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謁見
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その後、経緯は詳しく分からないけれどアルノー伯爵は逮捕されて、今取り調べを受けていると教えてもらった。先生が尽力してくれたと聞いて、いち早くお礼を言いに行きたかったけれど、それはなかなか叶わなかった。
離縁した義母は、姉兄とともに実家の方に身を寄せているらしい。最初から最後まで裏切られ続けた彼女の事を思うと胸が傷んだ。ただただ幸せになってほしいと願うばかりだ。
僕はというと、正式にフェリクス様の婚約者となり、王様と王妃様に謁見をするという一大イベントを控えていた。そして、祖父に会うこと、その時に父が眠る場所を訪れることも決まっている。やることは目白押しだ。
ついに迎えた謁見の日。フェリクス様が用意してくれた服を着ることになっているのだが、何ともきらびやかでこれを着こなせるのだろうか?と服と対峙しながら考えていると、扉をノックする音が聞こえた。
誰だろう?
「はい」
「やぁ、ルシアンくん。ご機嫌いかが?」
「先生!! どうされたのですか?」
「今日は謁見の日だと噂で聞いてね。かぼちゃとネズミを用意してきたよ」
「……え?」
かぼちゃとネズミを見せながら満面の笑みを浮かべる先生に初めて会った日のことを思い出した。まだ諦めてなかったんだ……。
「先生、申し訳ないのですが、フェリクス様が迎えに来てくださる事になっていて」
「ふたりで乗っていくかい?」
「結構です」
「楽しみにしてきたのに……」
「すみません」
「まぁ、仕方がない。……馬車になるとこだけ見る?」
「見ないです」
「だよね」
物凄く深いため息を付きながらかぼちゃとネズミを仕舞った。こちらが悪いことをしたみたいで申し訳ない気持ちになる。
「先生。色々と尽力して下さったと聞きました」
「他ならぬルシアンくんのためだからね。気にしなくてもいいよ」
「ありがとうございました」
頭を下げて顔を上げると先生は優しく微笑んでいた。
「無事に結ばれて安心したよ」
「ありがとうございます」
「うんうん、いい笑顔だ。ん? おやおや、これは今日の衣装かい?」
「そうです」
壁にかけられた衣装を見て「すっごい彼の色だね」とニヤニヤしだした。
「そうだ。これ」
「なんですか?」
「体力を回復させる薬。毎日大変なんじゃないかと思って」
「別にそんな体力を使うような事していませんが?」
「若いからそう感じないとか?」
「ん? どういう事ですか?」
また先生がわけのわからない事を言いだした。体力を使うようなことって何だろう?
「だって毎日してるでしょ?」
しかも毎日するような……? 筋トレとか?
「何をですか? 筋トレ?」
先生が?という顔をしたあと、さらりと「エッチ」と発言した。
「エッ……!?」
「してないの?」
「した事ないです」
「……え? ほんとに? 結構時間経ってるよね?」
物凄く理解できないという顔をされて、異常な事なのかと不安になった。そういう事は当たり前のようにするものなの?
「ゆっくり進もうと言っていたし」
「あぁ、自ら墓穴掘ってるじゃん」
「それに、まだ傷跡が残っていてきれいな体じゃないから見せたくなくて」
「ルシアンくん」
「フェリクス様は気にされないかもしれませんが、やっぱり気になっちゃって……」
「ちょっと待っていて」
「はい」
姿を消したかと思うと、また何かを持って現れた。
「ごめんね、無神経な発言しちゃって」
「先生はよくそういう発言されるので気にしてません」
「なんかごめん。これ使って」
「なんですか?」
「塗り続けていたら薄くなると思う。とりあえず今あるものを持ってきたから、また調合してあげるよ」
「いいんですか?」
「うん。彼は気にしないと思うけどね」
「ありがとうございます」
「彼に塗ってもらったら?」
「見せることになっちゃうじゃないですか!!」
「そうか。ダメだね」
先生が作って下さった薬ならとても効果がありそうだ。早速今日から使ってみよう。
ふわっと光の粒が現れて、フェリクス様が姿を見せた。
「ルシアン!!」
「フェリクス様、早かったですね」
「早く会いたくて」
近寄ってくる彼に待ったをかけた。
「先生が」
くるりと振り返った彼が「いたのか」と一言呟いて、また僕の方へ近づいてきた。
「フェリクス様?」
「何もされてない?」
僕の頬を確かめるように撫でた。
「するわけ無いだろうが」
「ふん、どうだか。ルシアンは魅力的だからな」
「そりゃあね、グラッとくるくらい魅力的だけど」
「ほら、やっぱり。邪な目で見てる」
「冗談だよ。冗談」
「フェリクス様、落ち着いて」
ガルガルと吠えそうな勢いのフェリクス様を宥める。
「そろそろ着替えなきゃ。少しお待ち下さいね」
「うん。急がないから」
「はーい」
衣装を持って寝室へ向かった。着てみて姿見の前に立ってみる。着せられている感満載で笑いそうになった。絶対に似合ってないよな……どうしよう、出ていきたくない……行きたくなくなってきた。
「ルシアン、どうだ?」
出てこないからか、フェリクス様に声をかけられた。
「全然似合ってなくて」
「ルシアンは何を着ても素敵だと思うが?」
「そんなわけないです」
「出ておいで」
「やだぁ」
「ルシアン? 入るぞ?」
「入っちゃダメ。出ていくから」
扉を開けると「よく似合ってるじゃないか」と不思議そうな顔をされた。
「本当に似合ってますか?」
「似合ってる」
「変じゃないですか?」
「俺がルシアンのために作ったんだから似合わないわけがない」
「そう言ってもらえると安心します」
「誰にも見せたくないな」
「フェリクス様?」
フェリクス様の顔が近づいて目を閉じた。軽い口づけを何度か交わすとまた「見せたくない」と呟いた。
「そろそろ行かないといけませんよね?」
「うん」
「粗相しないように頑張ります!」
「いつものルシアンで大丈夫だから」
もう一度だけ、勇気をもらおうと自分から唇を近づけて、ぎゅっと抱きついた。
「パワー分けてもらっちゃいます」
「……可愛すぎる」
よし、とにかく無事に乗り切れるように頑張るぞ。
「何してたのー? 遅くなかったー?」
リビングに戻ると先生にからかわれて、恥ずかしくなり俯くと「君、よく我慢してるよね」とフェリクス様に向かって同情するように呟いた。
「まっ、頑張ってね」
「先生、ありがとうございました」
「うん、またね」
ヒラヒラと手を振りながら先生が姿を消した。
「俺達も行くか」
「はい!」
彼にくっついて目を閉じた。緊張は増すばかりだ。
「いいよ」
目を開けると見慣れない部屋に来ていた。ここはどこなんだろう?
「ここ、俺の部屋」
「フェリクス様の?」
部屋には執務机のような大きな机があり、その前にソファとテーブルが置かれてあって、扉がいくつかあった。
「着替えてくるから、待っていてくれ」
「分かりました」
ここがフェリクス様の部屋。ソファに座ってみようかな。ベロア素材の生地が高級感を物語っていて若干気が引けた。
「おぉっ」
沈み込むという程ではないけれど、程よいスプリング効果で座り心地は抜群にいい。それにしても、広い部屋だ。他にも部屋があるんだよね?彼と一緒に住むならどんな家がいいのだろう。やはり大きなお屋敷とかになるのかな。掃除が大変そうだ。
「お待たせ」
扉が開いて入ってきた彼は正装なのか、カッチリとした服にマントを羽織っていて、あっ、やっぱり王子様なんだなと思わされた。髪も撫でつけるようにセットしてあって見惚れるくらいかっこいい。いつもかっこいいんだけど。本当に僕がこの人の婚約者でいいのだろうかと不安になってくる。
「どうした?」
「かっこいいですね」
「惚れ直した?」
「はい、とても」
「そうなのか? こういうのが好きなのか?」
「見慣れないからですかね? いつもかっこいいですけど、なんというかオーラみたいなものが加わってさらにかっこよくなっているというか」
「そんなに褒められると思わなかった」
照れたように顔を赤くするフェリクス様を見て、こういうところが可愛くてとても好きだなんて思ってしまう。
「隣に立つと違いがありすぎそうですね。どうしよう」
「俺なんか霞むほど美しいと思うが」
「はわっ」
「仕返し」
にやりと笑うフェリクス様にやられた。
「そろそろ行こうか」
「はい」
彼の手を取って並び立った。
長い長い廊下に僕たちの足音だけが響き渡る。心臓が口から出そうなほどに緊張は増す。重厚感のある大きな扉の前にたどり着いた。この奥に……。どうしよう、もう帰りたい。隣を見上げると優しく微笑む彼がいて、ダメだしっかりしろと喝を入れる。
扉を開けてもらい、その中へと足を踏み入れた。まだ顔を上げてはいけない。目線を足元に移しながら一歩また一歩前へ進んでいく。彼が立ち止まったタイミングで足を止めて、跪いた。震えが止まらない。
「面をあげよ」
低音の重厚感ある声。これが王様の声なのか。顔を上げてまっすぐに前を見つめると、王様、王妃様、そして少し離れたところに王太子様が鎮座されていた。王女様はいらっしゃらないのか。放たれている圧倒的なオーラにたじろいでしまう。
「お……お初にお目にかかります。ルシアン・ド・ガルシアと申します」
「堅苦しいのはなしよ。ここには私達しかいないから肩の力を抜いてちょうだいね」
優しい王妃様の声にそう言われてもと恐縮してしまう。この国のトップにいる方たちの前で肩の力など抜けない。
「ようやくお会いできましたね。ずっとこの日を楽しみにいていたのですよ。まったく、この子には困っていたから本当に良かったわ」
「母上」
「だってそうでしょう? 初恋の人が忘れられないから婚約はしないと散々駄々をこねて、あなたを探し出すために舞踏会まで開いて」
そうだったのか、初耳だ。
「それは言わないでくれと言ったじゃないですか」
隣から慌てるフェリクス様の声が聞こえた。
「あら、そうでしたわ。ついうっかり」
扇子を広げて優雅に微笑まれた。一連の動作が洗練されていて美しい。
「この子と婚約してくれてありがとう」
「それにしても本当に美しい。何か困ったことがあったらいつでも兄に言いなさい」
「あら、ずるいわ。私に言ってくれていいのよ?」
「いや、そこは父である私だろう」
戸惑いながら顔を右往左往しているとフェリクス様が助け舟を出してくれた。
「やめてください。ルシアンが困っています」
「そうね、ごめんなさいね。嬉しくてつい」
「私達は君を息子として迎えられることを嬉しく思っているからね」
「身に余るお言葉ありがとうございます」
僕みたいな男、歓迎してもらえないかもしれないと不安だった。でもその不安を吹き飛ばしてくれるような温かい言葉をたくさん頂いた。
結局、時間いっぱいまで色々と質問をされて、ようやく退室となった。
離縁した義母は、姉兄とともに実家の方に身を寄せているらしい。最初から最後まで裏切られ続けた彼女の事を思うと胸が傷んだ。ただただ幸せになってほしいと願うばかりだ。
僕はというと、正式にフェリクス様の婚約者となり、王様と王妃様に謁見をするという一大イベントを控えていた。そして、祖父に会うこと、その時に父が眠る場所を訪れることも決まっている。やることは目白押しだ。
ついに迎えた謁見の日。フェリクス様が用意してくれた服を着ることになっているのだが、何ともきらびやかでこれを着こなせるのだろうか?と服と対峙しながら考えていると、扉をノックする音が聞こえた。
誰だろう?
「はい」
「やぁ、ルシアンくん。ご機嫌いかが?」
「先生!! どうされたのですか?」
「今日は謁見の日だと噂で聞いてね。かぼちゃとネズミを用意してきたよ」
「……え?」
かぼちゃとネズミを見せながら満面の笑みを浮かべる先生に初めて会った日のことを思い出した。まだ諦めてなかったんだ……。
「先生、申し訳ないのですが、フェリクス様が迎えに来てくださる事になっていて」
「ふたりで乗っていくかい?」
「結構です」
「楽しみにしてきたのに……」
「すみません」
「まぁ、仕方がない。……馬車になるとこだけ見る?」
「見ないです」
「だよね」
物凄く深いため息を付きながらかぼちゃとネズミを仕舞った。こちらが悪いことをしたみたいで申し訳ない気持ちになる。
「先生。色々と尽力して下さったと聞きました」
「他ならぬルシアンくんのためだからね。気にしなくてもいいよ」
「ありがとうございました」
頭を下げて顔を上げると先生は優しく微笑んでいた。
「無事に結ばれて安心したよ」
「ありがとうございます」
「うんうん、いい笑顔だ。ん? おやおや、これは今日の衣装かい?」
「そうです」
壁にかけられた衣装を見て「すっごい彼の色だね」とニヤニヤしだした。
「そうだ。これ」
「なんですか?」
「体力を回復させる薬。毎日大変なんじゃないかと思って」
「別にそんな体力を使うような事していませんが?」
「若いからそう感じないとか?」
「ん? どういう事ですか?」
また先生がわけのわからない事を言いだした。体力を使うようなことって何だろう?
「だって毎日してるでしょ?」
しかも毎日するような……? 筋トレとか?
「何をですか? 筋トレ?」
先生が?という顔をしたあと、さらりと「エッチ」と発言した。
「エッ……!?」
「してないの?」
「した事ないです」
「……え? ほんとに? 結構時間経ってるよね?」
物凄く理解できないという顔をされて、異常な事なのかと不安になった。そういう事は当たり前のようにするものなの?
「ゆっくり進もうと言っていたし」
「あぁ、自ら墓穴掘ってるじゃん」
「それに、まだ傷跡が残っていてきれいな体じゃないから見せたくなくて」
「ルシアンくん」
「フェリクス様は気にされないかもしれませんが、やっぱり気になっちゃって……」
「ちょっと待っていて」
「はい」
姿を消したかと思うと、また何かを持って現れた。
「ごめんね、無神経な発言しちゃって」
「先生はよくそういう発言されるので気にしてません」
「なんかごめん。これ使って」
「なんですか?」
「塗り続けていたら薄くなると思う。とりあえず今あるものを持ってきたから、また調合してあげるよ」
「いいんですか?」
「うん。彼は気にしないと思うけどね」
「ありがとうございます」
「彼に塗ってもらったら?」
「見せることになっちゃうじゃないですか!!」
「そうか。ダメだね」
先生が作って下さった薬ならとても効果がありそうだ。早速今日から使ってみよう。
ふわっと光の粒が現れて、フェリクス様が姿を見せた。
「ルシアン!!」
「フェリクス様、早かったですね」
「早く会いたくて」
近寄ってくる彼に待ったをかけた。
「先生が」
くるりと振り返った彼が「いたのか」と一言呟いて、また僕の方へ近づいてきた。
「フェリクス様?」
「何もされてない?」
僕の頬を確かめるように撫でた。
「するわけ無いだろうが」
「ふん、どうだか。ルシアンは魅力的だからな」
「そりゃあね、グラッとくるくらい魅力的だけど」
「ほら、やっぱり。邪な目で見てる」
「冗談だよ。冗談」
「フェリクス様、落ち着いて」
ガルガルと吠えそうな勢いのフェリクス様を宥める。
「そろそろ着替えなきゃ。少しお待ち下さいね」
「うん。急がないから」
「はーい」
衣装を持って寝室へ向かった。着てみて姿見の前に立ってみる。着せられている感満載で笑いそうになった。絶対に似合ってないよな……どうしよう、出ていきたくない……行きたくなくなってきた。
「ルシアン、どうだ?」
出てこないからか、フェリクス様に声をかけられた。
「全然似合ってなくて」
「ルシアンは何を着ても素敵だと思うが?」
「そんなわけないです」
「出ておいで」
「やだぁ」
「ルシアン? 入るぞ?」
「入っちゃダメ。出ていくから」
扉を開けると「よく似合ってるじゃないか」と不思議そうな顔をされた。
「本当に似合ってますか?」
「似合ってる」
「変じゃないですか?」
「俺がルシアンのために作ったんだから似合わないわけがない」
「そう言ってもらえると安心します」
「誰にも見せたくないな」
「フェリクス様?」
フェリクス様の顔が近づいて目を閉じた。軽い口づけを何度か交わすとまた「見せたくない」と呟いた。
「そろそろ行かないといけませんよね?」
「うん」
「粗相しないように頑張ります!」
「いつものルシアンで大丈夫だから」
もう一度だけ、勇気をもらおうと自分から唇を近づけて、ぎゅっと抱きついた。
「パワー分けてもらっちゃいます」
「……可愛すぎる」
よし、とにかく無事に乗り切れるように頑張るぞ。
「何してたのー? 遅くなかったー?」
リビングに戻ると先生にからかわれて、恥ずかしくなり俯くと「君、よく我慢してるよね」とフェリクス様に向かって同情するように呟いた。
「まっ、頑張ってね」
「先生、ありがとうございました」
「うん、またね」
ヒラヒラと手を振りながら先生が姿を消した。
「俺達も行くか」
「はい!」
彼にくっついて目を閉じた。緊張は増すばかりだ。
「いいよ」
目を開けると見慣れない部屋に来ていた。ここはどこなんだろう?
「ここ、俺の部屋」
「フェリクス様の?」
部屋には執務机のような大きな机があり、その前にソファとテーブルが置かれてあって、扉がいくつかあった。
「着替えてくるから、待っていてくれ」
「分かりました」
ここがフェリクス様の部屋。ソファに座ってみようかな。ベロア素材の生地が高級感を物語っていて若干気が引けた。
「おぉっ」
沈み込むという程ではないけれど、程よいスプリング効果で座り心地は抜群にいい。それにしても、広い部屋だ。他にも部屋があるんだよね?彼と一緒に住むならどんな家がいいのだろう。やはり大きなお屋敷とかになるのかな。掃除が大変そうだ。
「お待たせ」
扉が開いて入ってきた彼は正装なのか、カッチリとした服にマントを羽織っていて、あっ、やっぱり王子様なんだなと思わされた。髪も撫でつけるようにセットしてあって見惚れるくらいかっこいい。いつもかっこいいんだけど。本当に僕がこの人の婚約者でいいのだろうかと不安になってくる。
「どうした?」
「かっこいいですね」
「惚れ直した?」
「はい、とても」
「そうなのか? こういうのが好きなのか?」
「見慣れないからですかね? いつもかっこいいですけど、なんというかオーラみたいなものが加わってさらにかっこよくなっているというか」
「そんなに褒められると思わなかった」
照れたように顔を赤くするフェリクス様を見て、こういうところが可愛くてとても好きだなんて思ってしまう。
「隣に立つと違いがありすぎそうですね。どうしよう」
「俺なんか霞むほど美しいと思うが」
「はわっ」
「仕返し」
にやりと笑うフェリクス様にやられた。
「そろそろ行こうか」
「はい」
彼の手を取って並び立った。
長い長い廊下に僕たちの足音だけが響き渡る。心臓が口から出そうなほどに緊張は増す。重厚感のある大きな扉の前にたどり着いた。この奥に……。どうしよう、もう帰りたい。隣を見上げると優しく微笑む彼がいて、ダメだしっかりしろと喝を入れる。
扉を開けてもらい、その中へと足を踏み入れた。まだ顔を上げてはいけない。目線を足元に移しながら一歩また一歩前へ進んでいく。彼が立ち止まったタイミングで足を止めて、跪いた。震えが止まらない。
「面をあげよ」
低音の重厚感ある声。これが王様の声なのか。顔を上げてまっすぐに前を見つめると、王様、王妃様、そして少し離れたところに王太子様が鎮座されていた。王女様はいらっしゃらないのか。放たれている圧倒的なオーラにたじろいでしまう。
「お……お初にお目にかかります。ルシアン・ド・ガルシアと申します」
「堅苦しいのはなしよ。ここには私達しかいないから肩の力を抜いてちょうだいね」
優しい王妃様の声にそう言われてもと恐縮してしまう。この国のトップにいる方たちの前で肩の力など抜けない。
「ようやくお会いできましたね。ずっとこの日を楽しみにいていたのですよ。まったく、この子には困っていたから本当に良かったわ」
「母上」
「だってそうでしょう? 初恋の人が忘れられないから婚約はしないと散々駄々をこねて、あなたを探し出すために舞踏会まで開いて」
そうだったのか、初耳だ。
「それは言わないでくれと言ったじゃないですか」
隣から慌てるフェリクス様の声が聞こえた。
「あら、そうでしたわ。ついうっかり」
扇子を広げて優雅に微笑まれた。一連の動作が洗練されていて美しい。
「この子と婚約してくれてありがとう」
「それにしても本当に美しい。何か困ったことがあったらいつでも兄に言いなさい」
「あら、ずるいわ。私に言ってくれていいのよ?」
「いや、そこは父である私だろう」
戸惑いながら顔を右往左往しているとフェリクス様が助け舟を出してくれた。
「やめてください。ルシアンが困っています」
「そうね、ごめんなさいね。嬉しくてつい」
「私達は君を息子として迎えられることを嬉しく思っているからね」
「身に余るお言葉ありがとうございます」
僕みたいな男、歓迎してもらえないかもしれないと不安だった。でもその不安を吹き飛ばしてくれるような温かい言葉をたくさん頂いた。
結局、時間いっぱいまで色々と質問をされて、ようやく退室となった。
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