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自覚する気持ち
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「おはようございまーす」
今日も気怠げな佐伯さんが隣りに座った。
「うー、頭痛い」
「飲み過ぎ?」
「はい、ついつい楽しくなっちゃって」
「若いなー」
「おじさんみたい」
「佐伯さんからすればおじさんでしょ?」
「佐野さんは若く見えるけどな」
「そんな事を言っても何も出ないよ」
「ほんとに、かっこいいし
どうして結婚していないのか不思議~」
「どうしてだろうね?」
この手の話になるといくつになっても対応に困る。
自分がゲイだという事は周りには言うつもりはないし。
適当に笑って誤魔化しておく。
「そういえば、前に言ってた川瀬蓮
今度舞台やるんですよ」
「へー、そうなんだ」
彼は仕事の話をあまりしない。
だから何をしているのか全く知らない。
この前読んでいたのはそれだったのかな。
「絶対チケット取るって決めてるんです
でも超人気だから難しそうで」
「ふーん」
彼に言えば取ってもらえるだろうか。
聞いてみよう。
昼休みに入って、彼にチケットを取ってもらう事はできるかメッセージを送った。
見にくんの?と聞かれたから、同僚の女の子が見たいんだってと返すと、知らないと返ってきた。
まぁ、難しいか。
諦めてスマホの画面を閉じた。
舞台が終わる翌週の土曜日に来てほしいと連絡が入った。
佐伯さんは無事にチケットを取り観に行ったようで、興奮気味に語ってくれた。
俺も一度彼の作品を見てみようか。
たくさんあるからどれから見たらいいのか迷ってしまう。
少し前に読んだ小説が原作の映画を見つけた。
ある日突然失踪した恋人。その恋人の行方を探す男。彼女の行方を追ううちに知らない彼女の姿が浮き彫りになっていく。恋人は一体何者なのか。真相を追う男が辿り着いた先に見たものとは……というものだ。
彼はその主人公の男を演じていた。
長い話だったからこれは映画1本で纏まるのか?という疑問を抱きつつも見てみることにした。
映画はそれなりにおもしろかった。
演技のことはよく分からないけれど、彼が自分の思っていた人物像にとても近くて驚いた。
見た目は彼なのに醸し出す雰囲気は全くの別人で、普段映画を見ない俺でも惹き込まれたのだから、彼の仕事が途切れない理由が分かった気がした。
これは今度伝えないといけないな。
彼の他の演技も観てみたいと思い、彼の作品を観るという趣味が新しく加わった。
何本か作品を観ることができた。
同一人物なのか?と思うほどにその役柄の幅は広く、髪型や口調はもちろんのこと体型まで変わるからいつも新しい発見をしたような気分になって面白い。
役が憑依するという話を聞くけれど、彼はまさしくそのタイプの役者なのではないかと思った。
彼に指定された日。
合鍵を使って家に入る。
「お邪魔します」
「久しぶりー」
「舞台お疲れ様
同僚の子も感動してたよ」
「そりゃどうも」
「俺もね、君の作品観たよ」
「何観たの?」
「最初に見たのは深愛」
「あぁ、あれか」
「おもしろかったよ
俺の思う人物像に近くてよかった」
「へー、ありがと」
「あとは春の夜に君を想うとか風のうたとか」
「恋愛ものも見たんだ?」
「一応ね
どれも君と同一人物とは思えないくらい豹変してて惹き込まれたよ
すっかりファンになってしまった」
「そうなんだ。なんか照れるな」
「生の演技というものも観てみたいから、今度舞台があったら観に行くよ」
「そん時はチケット渡す」
「あれ、取れるの?」
「いや……まぁたぶん」
「そうか、楽しみにしてるよ」
「俺のじゃないんだけど、ちょうど観に行こうと思ってた舞台があってさ、よかったら一緒に観に行かない?」
「いいの?
一緒に観に行く人がいるんじゃないの?」
「あぁ、山口だから大丈夫
1人で行かせるの心配って言って無理やり2枚買わされたんだよね
佐野さんだったら喜んで譲ると思うよ?
あっ、でも平日の昼間だった」
「有給使わなきゃいけないし、休めるよ
いつなの?」
「来週の水曜」
「分かった、来週の水曜ね
楽しみにしてる」
「山口に言っとこ」
「山口さん楽しみにしてたら申し訳ないな」
「さすが山口。喜んでお譲りしますだって
あいつ佐野さん贔屓だからな」
「よかった、俺からもお礼を言っておくよ」
「別にいいのに」
「いやいや、ちゃんとしておかないと」
「あんま連絡取ってほしくないんだけど
あー、腹減ってきたな」
「これだけ送らせて」
「もう待てないなー」
「分かったよ、ちょっと待ってて」
お礼のメッセージを送ろうとした手を止めてキッチンへ向かった。
お礼忘れないようにしないと。
フライパンと鍋を取り出して、準備を始める。
今日は生姜焼きだ。
何故かあるキャベツ用のピーラーを使ってキャベツを千切りにする。
千切りキャベツがあっという間にできた。
これ買おうかな。
彼のキッチンにはこれは何に使うんだろうという謎のものがたまにある。
この前1つ判明したのはキウイカッターだ。
何となく使うかもしれないと思って買ったらしい。
かと思えばハイスペック家電があったりするからおもしろい。
フライパンに豚肉を入れて混ぜておいたタレを絡める。
誰かの為に作るというのは楽しいものだ。
出来上がった料理を並べて一緒に食べる。
「ブルーレイ……」
「ん?」
「見たいのあったら持って帰っていいよ
家にあるから」
「あぁ、そうなんだ
じゃあ借りて帰ろうかな」
「うん、いいよ」
どれから借りようか。
楽しみが増えた。
シャワーを浴びると眠くなってしまった。
先に寝てもいいか問うといいよと言われたから、寝室へ行きベッドへ潜り込んだ。
舞台とはどんなものなんだろう。
ワクワクしてしまって、そんな自分に苦笑する。
彼は自分の知らない新しい世界を見せてくれる。
いつの間にか眠っていて、目を覚ますと彼が隣で眠っていた。
無防備に眠る彼。
柔らかそうなその髪に触れたくなって思わず手を伸ばした。
はっと我に返り慌ててその手を引っ込める。
何を考えてるんだ、俺は。
思いもよらぬ自分の行動に戸惑う。
そっとベッドから抜け出して冷たい水で顔を洗った。
「おはよー」
眠そうな顔をした蓮くんがドアの間から顔を覗かせた。
「ごめん、起こしちゃったかな?」
「いや、別に」
そのままジッと見られて、少したじろいでしまう。
「何かついてる?」
「ん?別に。俺も顔洗おー」
入れ違いに洗面所を出た。
髪を触った事気付かれたりしてないよな。
変な緊張感に襲われる。
朝食を食べてブルーレイを選び、今日はもう帰るよと告げて家を出た。
いつもならもう少しゆっくりするのだが勝手に気まずくなってしまった。
次に会うときにはいつものように過ごせる。
寝ぼけていたのだろうと結論づけて、家路についた。
約束の水曜日。
待ち合わせは劇場前だ。
蓮くんと外で会うのは初めてだな。
人が多くて無事に会えるのか少し不安になってくる。
「さーのさん」
急に声をかけられてビクリとしてしまった。
「びっくりした
よかったよ、無事に会えて」
「どこにいても佐野さんのこと分かるよ」
「本当に?
そんなにオーラあるかな?」
「ハハ、うん。オーラあるある」
「どちらかというと目立たないんだけどな」
「俺だけが分かればいいんだよ
さてと、じゃあ行きますか」
「うわー、なんだか緊張してきたな」
「始まったらあっという間だよ」
半信半疑だったけれど、彼の言ったとおり始まってみればグッと引き込まれてしまい、あっという間に終わってしまった。
あぁ、すごい臨場感だった。
鳴り止まない拍手に自分も負けじと賛辞を贈った。
「どうだった?」
「すごかったよ、あの……あの人
名前が出てこないけど、主役の女優さん
あの人よかったね」
「ああいうのがタイプ?」
「タイプとかそういうのではないけど」
「ふーん、じゃあどういうのがタイプ?」
「タイプか、どんな人だろうな
あんまり考えたことないな
蓮くんは?」
「料理ができる人……かな」
「食べるの好きだもんね」
「あと年上の人」
「へー、そうなんだ」
「覚えといて」
「紹介できないよ?」
「してくれなくていい
……あっ、ちょっとこっち来て」
「どうしたの?」
「シュウがいる」
彼の目線を辿ると、ベビーカーを押している女の人とその隣を歩く男の人がいた。
「あの夫婦?
男の人の方だよね……?」
「そう……」
「子供がいるの?
別れてどれくらい経つんだっけ?」
「1年も経ってないんじゃない?」
「計算があわないんじゃないか?
もう生まれて……?」
「二股だったんじゃねーの?
俺は本命じゃなかったってことだろ」
「なんだよ、それは
彼女がいるのに蓮くんとも付き合っていたっていうのか?」
「さあ、そうなんじゃない?」
「なんてやつなんだ
別れて正解だ、あんな男」
「そうだね、別れて正解だよ」
「まったく、1番嫌いなタイプだよ
蓮くんの事を何だと思ってるんだ」
「フッ、そんな怒らなくても」
「蓮くんを傷付けたんだから許せないよ」
「俺は平気だよ
あの人を見ても何とも思わないし
ただ鉢合わせたくなくて隠れただけ」
「本当に? 大丈夫?」
「全然平気
佐野さんがいるしね」
「俺? なんの役にもたってないけど」
「そんな事ない
怒ってくれてありがと
やっぱ間違いないわ」
「何が?」
「なんでもない
なんかうまいもん食べに行こうぜ」
「そうだね、何にしようか?」
「俺全然店わかんないんだけど、佐野さんは?」
「知ってるように見える?」
「見えない」
「個室のほうがいいのかな?」
「別に気付かれないからいいよ」
「いや、気付くでしょ
蓮くんはやっぱり人目を引くよ
君はすごい役者さんなんだからね」
「俺の事知らなかったくせによく言うよ」
「いや……まぁ、そうだけど」
「ハハハ、反応おもしろ
まっ適当に入ろうぜ」
目についた蕎麦屋さんに入った。
夕飯にはまだ少し早い時間のせいかそれともあまり人気がないのか……店内にはあまり人がいなかった。
水を運んできた店員さんが蓮くんを二度見した。
ほら、やっぱり気付かれてる。
本人は特に気にする様子もなく、メニュー表を真剣な表情で見ていた。
注文した蕎麦を一緒に食べる。
「またさ、誘ってもいい?」
「お芝居観るの?」
「芝居だけじゃなくて、映画とか買い物とか」
「それは別に構わないけど」
「そっか、よかった」
また次があるのか。
嬉しさが表に出ないようにズルズルと蕎麦を啜った。
店を出て、駅の方へと歩き出す。
「おいしかったね」
「今日は俺んち来ないよな?」
「そうだね、着替えないし
家に帰るよ」
「そっか
今仕事落ち着いてるから、また連絡する」
「分かった
今日は電車で来たの?」
「そうだけど」
「大丈夫? 騒がれたりしなかった?」
「しないよ、心配しすぎ」
「それならいいんだけど」
駅で別れて電車に揺られる。
今日見たシュウという男を思い出す。
二人が並んでいるところを想像してしまう。
彼は自分とは似ても似つかない、爽やかな笑顔のイケメン。
蓮くんを弄びやがって。
本当に許せない。
俺なら絶対に彼のことを大切にするのに……。
それでも、隣にいるのに相応しいのは彼のような人なんだろうと考えてしまう。
地味でパッとしない俺なんかじゃない。
そう考えて気持ちが沈む。
いや、何落ち込んでいるんだよ。
これじゃまるで彼の隣にいたいと思っているようじゃないか。
まるで彼の事を……
俺は好きになっているのか?
身の程知らずの恋をするほど馬鹿じゃないと思っていたのに。
このまま会い続けていいのだろうか。
やり場のない気持ちを抱えたまま今まで通り過ごせるとは思えない。
伝えたところで彼を困らせてしまうに違いないし。
答えは出ないままに降りる駅に到着した。
家に着いてソファに腰をおろして、ふと思い出す。
彼が言っていた好みのタイプ。
いやいや、ちょっと当てはまってるけど好みはあくまでも好みだし。
気持ちを自覚したとたんに色々と考えてしまう。
恋とはこういうものだったか?
久々に訪れた感情になんだか落ち着かない。
36歳の春、俺は一回り歳が離れた子に恋をした。
今日も気怠げな佐伯さんが隣りに座った。
「うー、頭痛い」
「飲み過ぎ?」
「はい、ついつい楽しくなっちゃって」
「若いなー」
「おじさんみたい」
「佐伯さんからすればおじさんでしょ?」
「佐野さんは若く見えるけどな」
「そんな事を言っても何も出ないよ」
「ほんとに、かっこいいし
どうして結婚していないのか不思議~」
「どうしてだろうね?」
この手の話になるといくつになっても対応に困る。
自分がゲイだという事は周りには言うつもりはないし。
適当に笑って誤魔化しておく。
「そういえば、前に言ってた川瀬蓮
今度舞台やるんですよ」
「へー、そうなんだ」
彼は仕事の話をあまりしない。
だから何をしているのか全く知らない。
この前読んでいたのはそれだったのかな。
「絶対チケット取るって決めてるんです
でも超人気だから難しそうで」
「ふーん」
彼に言えば取ってもらえるだろうか。
聞いてみよう。
昼休みに入って、彼にチケットを取ってもらう事はできるかメッセージを送った。
見にくんの?と聞かれたから、同僚の女の子が見たいんだってと返すと、知らないと返ってきた。
まぁ、難しいか。
諦めてスマホの画面を閉じた。
舞台が終わる翌週の土曜日に来てほしいと連絡が入った。
佐伯さんは無事にチケットを取り観に行ったようで、興奮気味に語ってくれた。
俺も一度彼の作品を見てみようか。
たくさんあるからどれから見たらいいのか迷ってしまう。
少し前に読んだ小説が原作の映画を見つけた。
ある日突然失踪した恋人。その恋人の行方を探す男。彼女の行方を追ううちに知らない彼女の姿が浮き彫りになっていく。恋人は一体何者なのか。真相を追う男が辿り着いた先に見たものとは……というものだ。
彼はその主人公の男を演じていた。
長い話だったからこれは映画1本で纏まるのか?という疑問を抱きつつも見てみることにした。
映画はそれなりにおもしろかった。
演技のことはよく分からないけれど、彼が自分の思っていた人物像にとても近くて驚いた。
見た目は彼なのに醸し出す雰囲気は全くの別人で、普段映画を見ない俺でも惹き込まれたのだから、彼の仕事が途切れない理由が分かった気がした。
これは今度伝えないといけないな。
彼の他の演技も観てみたいと思い、彼の作品を観るという趣味が新しく加わった。
何本か作品を観ることができた。
同一人物なのか?と思うほどにその役柄の幅は広く、髪型や口調はもちろんのこと体型まで変わるからいつも新しい発見をしたような気分になって面白い。
役が憑依するという話を聞くけれど、彼はまさしくそのタイプの役者なのではないかと思った。
彼に指定された日。
合鍵を使って家に入る。
「お邪魔します」
「久しぶりー」
「舞台お疲れ様
同僚の子も感動してたよ」
「そりゃどうも」
「俺もね、君の作品観たよ」
「何観たの?」
「最初に見たのは深愛」
「あぁ、あれか」
「おもしろかったよ
俺の思う人物像に近くてよかった」
「へー、ありがと」
「あとは春の夜に君を想うとか風のうたとか」
「恋愛ものも見たんだ?」
「一応ね
どれも君と同一人物とは思えないくらい豹変してて惹き込まれたよ
すっかりファンになってしまった」
「そうなんだ。なんか照れるな」
「生の演技というものも観てみたいから、今度舞台があったら観に行くよ」
「そん時はチケット渡す」
「あれ、取れるの?」
「いや……まぁたぶん」
「そうか、楽しみにしてるよ」
「俺のじゃないんだけど、ちょうど観に行こうと思ってた舞台があってさ、よかったら一緒に観に行かない?」
「いいの?
一緒に観に行く人がいるんじゃないの?」
「あぁ、山口だから大丈夫
1人で行かせるの心配って言って無理やり2枚買わされたんだよね
佐野さんだったら喜んで譲ると思うよ?
あっ、でも平日の昼間だった」
「有給使わなきゃいけないし、休めるよ
いつなの?」
「来週の水曜」
「分かった、来週の水曜ね
楽しみにしてる」
「山口に言っとこ」
「山口さん楽しみにしてたら申し訳ないな」
「さすが山口。喜んでお譲りしますだって
あいつ佐野さん贔屓だからな」
「よかった、俺からもお礼を言っておくよ」
「別にいいのに」
「いやいや、ちゃんとしておかないと」
「あんま連絡取ってほしくないんだけど
あー、腹減ってきたな」
「これだけ送らせて」
「もう待てないなー」
「分かったよ、ちょっと待ってて」
お礼のメッセージを送ろうとした手を止めてキッチンへ向かった。
お礼忘れないようにしないと。
フライパンと鍋を取り出して、準備を始める。
今日は生姜焼きだ。
何故かあるキャベツ用のピーラーを使ってキャベツを千切りにする。
千切りキャベツがあっという間にできた。
これ買おうかな。
彼のキッチンにはこれは何に使うんだろうという謎のものがたまにある。
この前1つ判明したのはキウイカッターだ。
何となく使うかもしれないと思って買ったらしい。
かと思えばハイスペック家電があったりするからおもしろい。
フライパンに豚肉を入れて混ぜておいたタレを絡める。
誰かの為に作るというのは楽しいものだ。
出来上がった料理を並べて一緒に食べる。
「ブルーレイ……」
「ん?」
「見たいのあったら持って帰っていいよ
家にあるから」
「あぁ、そうなんだ
じゃあ借りて帰ろうかな」
「うん、いいよ」
どれから借りようか。
楽しみが増えた。
シャワーを浴びると眠くなってしまった。
先に寝てもいいか問うといいよと言われたから、寝室へ行きベッドへ潜り込んだ。
舞台とはどんなものなんだろう。
ワクワクしてしまって、そんな自分に苦笑する。
彼は自分の知らない新しい世界を見せてくれる。
いつの間にか眠っていて、目を覚ますと彼が隣で眠っていた。
無防備に眠る彼。
柔らかそうなその髪に触れたくなって思わず手を伸ばした。
はっと我に返り慌ててその手を引っ込める。
何を考えてるんだ、俺は。
思いもよらぬ自分の行動に戸惑う。
そっとベッドから抜け出して冷たい水で顔を洗った。
「おはよー」
眠そうな顔をした蓮くんがドアの間から顔を覗かせた。
「ごめん、起こしちゃったかな?」
「いや、別に」
そのままジッと見られて、少したじろいでしまう。
「何かついてる?」
「ん?別に。俺も顔洗おー」
入れ違いに洗面所を出た。
髪を触った事気付かれたりしてないよな。
変な緊張感に襲われる。
朝食を食べてブルーレイを選び、今日はもう帰るよと告げて家を出た。
いつもならもう少しゆっくりするのだが勝手に気まずくなってしまった。
次に会うときにはいつものように過ごせる。
寝ぼけていたのだろうと結論づけて、家路についた。
約束の水曜日。
待ち合わせは劇場前だ。
蓮くんと外で会うのは初めてだな。
人が多くて無事に会えるのか少し不安になってくる。
「さーのさん」
急に声をかけられてビクリとしてしまった。
「びっくりした
よかったよ、無事に会えて」
「どこにいても佐野さんのこと分かるよ」
「本当に?
そんなにオーラあるかな?」
「ハハ、うん。オーラあるある」
「どちらかというと目立たないんだけどな」
「俺だけが分かればいいんだよ
さてと、じゃあ行きますか」
「うわー、なんだか緊張してきたな」
「始まったらあっという間だよ」
半信半疑だったけれど、彼の言ったとおり始まってみればグッと引き込まれてしまい、あっという間に終わってしまった。
あぁ、すごい臨場感だった。
鳴り止まない拍手に自分も負けじと賛辞を贈った。
「どうだった?」
「すごかったよ、あの……あの人
名前が出てこないけど、主役の女優さん
あの人よかったね」
「ああいうのがタイプ?」
「タイプとかそういうのではないけど」
「ふーん、じゃあどういうのがタイプ?」
「タイプか、どんな人だろうな
あんまり考えたことないな
蓮くんは?」
「料理ができる人……かな」
「食べるの好きだもんね」
「あと年上の人」
「へー、そうなんだ」
「覚えといて」
「紹介できないよ?」
「してくれなくていい
……あっ、ちょっとこっち来て」
「どうしたの?」
「シュウがいる」
彼の目線を辿ると、ベビーカーを押している女の人とその隣を歩く男の人がいた。
「あの夫婦?
男の人の方だよね……?」
「そう……」
「子供がいるの?
別れてどれくらい経つんだっけ?」
「1年も経ってないんじゃない?」
「計算があわないんじゃないか?
もう生まれて……?」
「二股だったんじゃねーの?
俺は本命じゃなかったってことだろ」
「なんだよ、それは
彼女がいるのに蓮くんとも付き合っていたっていうのか?」
「さあ、そうなんじゃない?」
「なんてやつなんだ
別れて正解だ、あんな男」
「そうだね、別れて正解だよ」
「まったく、1番嫌いなタイプだよ
蓮くんの事を何だと思ってるんだ」
「フッ、そんな怒らなくても」
「蓮くんを傷付けたんだから許せないよ」
「俺は平気だよ
あの人を見ても何とも思わないし
ただ鉢合わせたくなくて隠れただけ」
「本当に? 大丈夫?」
「全然平気
佐野さんがいるしね」
「俺? なんの役にもたってないけど」
「そんな事ない
怒ってくれてありがと
やっぱ間違いないわ」
「何が?」
「なんでもない
なんかうまいもん食べに行こうぜ」
「そうだね、何にしようか?」
「俺全然店わかんないんだけど、佐野さんは?」
「知ってるように見える?」
「見えない」
「個室のほうがいいのかな?」
「別に気付かれないからいいよ」
「いや、気付くでしょ
蓮くんはやっぱり人目を引くよ
君はすごい役者さんなんだからね」
「俺の事知らなかったくせによく言うよ」
「いや……まぁ、そうだけど」
「ハハハ、反応おもしろ
まっ適当に入ろうぜ」
目についた蕎麦屋さんに入った。
夕飯にはまだ少し早い時間のせいかそれともあまり人気がないのか……店内にはあまり人がいなかった。
水を運んできた店員さんが蓮くんを二度見した。
ほら、やっぱり気付かれてる。
本人は特に気にする様子もなく、メニュー表を真剣な表情で見ていた。
注文した蕎麦を一緒に食べる。
「またさ、誘ってもいい?」
「お芝居観るの?」
「芝居だけじゃなくて、映画とか買い物とか」
「それは別に構わないけど」
「そっか、よかった」
また次があるのか。
嬉しさが表に出ないようにズルズルと蕎麦を啜った。
店を出て、駅の方へと歩き出す。
「おいしかったね」
「今日は俺んち来ないよな?」
「そうだね、着替えないし
家に帰るよ」
「そっか
今仕事落ち着いてるから、また連絡する」
「分かった
今日は電車で来たの?」
「そうだけど」
「大丈夫? 騒がれたりしなかった?」
「しないよ、心配しすぎ」
「それならいいんだけど」
駅で別れて電車に揺られる。
今日見たシュウという男を思い出す。
二人が並んでいるところを想像してしまう。
彼は自分とは似ても似つかない、爽やかな笑顔のイケメン。
蓮くんを弄びやがって。
本当に許せない。
俺なら絶対に彼のことを大切にするのに……。
それでも、隣にいるのに相応しいのは彼のような人なんだろうと考えてしまう。
地味でパッとしない俺なんかじゃない。
そう考えて気持ちが沈む。
いや、何落ち込んでいるんだよ。
これじゃまるで彼の隣にいたいと思っているようじゃないか。
まるで彼の事を……
俺は好きになっているのか?
身の程知らずの恋をするほど馬鹿じゃないと思っていたのに。
このまま会い続けていいのだろうか。
やり場のない気持ちを抱えたまま今まで通り過ごせるとは思えない。
伝えたところで彼を困らせてしまうに違いないし。
答えは出ないままに降りる駅に到着した。
家に着いてソファに腰をおろして、ふと思い出す。
彼が言っていた好みのタイプ。
いやいや、ちょっと当てはまってるけど好みはあくまでも好みだし。
気持ちを自覚したとたんに色々と考えてしまう。
恋とはこういうものだったか?
久々に訪れた感情になんだか落ち着かない。
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