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第六章
介入
しおりを挟む館が大きく燃え始める。
力を抑えていたとは言え、魔剣の炎。ただの木材が耐えられる訳もなく、この建物が崩壊するのは時間の問題だった。
「逃げるぞ!!」
「え――あ、きゃぁ!?」
レティー達の元へと移動し、急ぐようにシグルドは三人を纏めて抱きかかえる。
元からミーシャとレティーを助け出すためだけのつもりだったのだ。あわよくば黒竜について聞き出そうとも考えていたのは事実だが、もうそれどころではない。
生死の確認をすることもなく崩れた壁の一角から外へと飛び出す。
「レイ殿!?」
「喋るなよ。舌を噛むぞ!!」
そう言って更に加速し、館の囲いを抜けて貴族達の館が並ぶ区画へと入る。そこは一言で言えば地獄であった。
遊牧国家から来た侵入者。ヴァルガの戦士達が館へと押し入り、貴族達を引き摺り出す。髪の毛を引っ張られ、煌びやかな服もボロボロになった女性の貴族が額から血を流しながら泣き叫ぶが、戦士達は容赦なく首を斬り落とすとまた別の標的へと切り替える。そんな光景がそこかしこに広がっていた。
「――これはもう、虐殺ですね」
「……そうだな」
レティーの言葉にシグルドが短く答える。抱き抱える腕が僅かに強張るのをレティーは見逃さなかった。
敵国に同情の余地などない。祖国を脅かしたもの、滅ぼしたものとして恨みも当然あった。だが、その恨みは直接刃を振り下ろした者に対してのもの。そこに暮らす者にも災いあれと思う程冷酷ではない。
シグルドもそうだ。敵と認識してもそれは戦える者限定の話。その親族や戦えない者達まで巻き込もうとは考えてはいないのだ。
「(お前は……違ったんだな)」
レティーの腕に抱えているミーシャを見下ろす。そこにはぐったりとしたミーシャがいた。疲労と魔力切れによって意識を保つことすら難しい彼女にこの光景は見えているのか。見ていたら、何を思うのか。
笑うのか、それとも後悔するのか。
「――っ」
「レイ殿――――ッもしもの時は私は置いていって下さい」
「そんなことができるか。大丈夫。少しよろめいただけだ」
先程の閃光の弾幕。並みの魔術師が放ったものならばともかく、大陸でも最高峰の魔術師が扱う魔術は他の魔術と一線を超す。それを大量に体に受けては流石のシグルドも無事でないはずがない。
床には血が滴り、体は魔術の影響で大きな火傷を負っている。もう少し、長く体で受けていたら死んでも可笑しくはない。
紅く染まった服を見たレティーが身を案じるが、それを一蹴して傾きかけた体に喝を入れる。
ハッキリ言ってシグルドの体もそろそろ限界だ。いくら多少体が頑丈とは言え、魔術を体で受けすぎた。どこかで休息を取らなければ、流石のシグルドも不味い。――しかし、それでも今は急がなければならなかった。あれで死んでいればと願うが、そう簡単ではないと考える自分がいるのだ。だからこそ、せめて、あの女の街の外に出るまでは油断はできない。
シグルドが本気を出せば街の外に出るまで数分もかからない。彼の速度には矢を当てることすら難しい。だが、普通でないのは相手も同じなのだ。
「気分はどうだ?」
「見て、分かんない、の……さい、あくにっ……決まってるじゃない」
燃える館の中でビルムベルは全身に火傷を負い、大の字に倒れるウルに声を掛ける。
転移術式で炎の一部を飛ばし、直撃を避けたウルは未だに生きていたが、その姿から無事ではないと容易に想像できる。
「貴方は、無事? それにレギンは?」
「生きている。よく肩代わりしてくれた大儀である」
「それは、どうもっ」
ビルムベルが一つの霊薬を取り出す。それは帝国の錬金術師達に作らせたもの。不老不死に焦がれ、あらゆる病を治すために作り出されたものの試作品。淡い水色の容器の蓋を取り、それをウルの体へと振りかける。
「アッ――――アァア!!」
振りかけられた瞬間に直ぐに効果は出始める。ジュクジュクと音を立て、肉や皮膚が治癒を始める。本来ならば有り得ない程の治癒速度。これが魔力も使わずに現世に存在する素材だけで作り出された霊薬だと考えると恐ろしくもある。
「ッ――――ハァ」
「ふむ、治癒に関しては効果は抜群だな。さて、これで余の病は直るのか」
「使うのなら、注意しなさいよっ。結構キツイから」
「頭の書き留めておこう。では、命令だ」
殻になった容器を放り捨てたビルムベルが表情を変える。
「我が帝国を御ぼやかした敵を滅ぼせ」
「畏まりました。皇帝陛下」
落ちた帽子を拾い上げ、頭を下げて命令を承諾する。そして、レギンの傍に落ちている魔剣を手に取る。
「ちょっと使わせて貰うわよ。レギン。何、触媒として使うだけだから問題ないわよ」
館の外に視線を移す。
魔術で強化された視界は今も館の屋根を蹴って逃げるシグルドの姿が映っている。
「あの炎で全身焼かれる何て久しぶり。嫌なことを思い出させて貰ったお返しに貴方にも懐かしいものを見せてあげる。最も――もう混ざり合っちゃって気持ち悪いものになってるけどね」
錫杖のような杖を一振りして炎を吹き飛ばし、陣を引く。
狙いは大雑把で良い。周りを巻き込んでも良い。たった少数の敵を殺すためにもう駄目になった街を生贄にする。
「私は啜る。私は喰らう。私は滅ぼす。無限の可能性を喰らいましょう。甘美な味を楽しみましょう」
魔剣の元になったものとウルの魔術が複雑に絡み合う。暴走しているのではないかと思えばそうでもない。まるで紐の上を歩いているかのように絶妙なバランスを取っている。
「確定する――貴方の未来は死である」
グラムの炎さえ飲み込んだ黒く、気味の悪い何か——ウルならばこう答える。アレは穴だと。
魔剣の形が変貌する。脈を打っていた魔剣に肉が付き、一匹の黒い蛇が飛び出した。
「――――!!」
否応なく誰もがその穴に放り込まれた。ヴァルガの戦士も貴族も。敵味方関係なくその穴を前にして動くことはできなかった。
ゴッ!!!!と音が響き、空気が乱れ、衝撃が発生する。黒い蛇は館の壁を破壊し、街を破壊し、平原を抉る。いや、呑んだと言った方がいいのか。クッキリと黒い蛇が通った場所だけがスプーンで掬われたかのような形になっていた。
騒乱の真っただ中にあった街が一気に静かになる。城塞都市ディギル。この日、堅牢を誇るこの街は事実上その機能を停止した。
太陽が昇り始め、朝日が瓦礫と化した城壁を照らす。ビルベルムとウル。二人は崩壊した街並みを見下ろしていた。彼らの周りには護衛の騎士すらいない。ウルの後ろ以外に安全な場所はなかったため、全員が巻き込まれたのだ。
「終わったか」
「えぇ、アレにはどんな奴も逃げられない。重力も魔術も現象だって何もかもを吞み込んでしまうものだし、特に人に対しては絶対の効果を現すものだから」
「そうか…………それにしては怪訝な顔をしているな」
「…………」
ビルムベルの言葉にウルは眉間に皺を作る。魔術を放ち、シグルドを呑み込んだ瞬間を思い出しているのだ。
魔剣を弄りながらウルは答える。
「あの時――多分だけど何かしらの介入があった」
「生き延びているのか?」
「知らないわよ。もうこの世界にあの魔剣の力を感じないんだもの。だけど、居場所を誤魔化すぐらいの小細工をやっていたのよ? 力を感じさせない何かをしている可能性もあるわ」
これまで権能が上手く働かなかった理由が判明し、忌々しいとばかりに呟く。やはり自分は神とはつくづく相性が悪い、と――。
「そうか。まぁ良い。こちらは望みのものは手に入れたのだ。来るかどうかも分からんものを警戒するよりも歩を進める方が重要だ」
「……誰を行かせるの?」
「ハンスを行かせる。そこにいるレギンもな」
視線を自身の掌の中へと落とす。そこには、ミーシャが付けていた銀の指輪が朝日の光を反射してきらりと光っていた。
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