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第六章

黒竜は二匹いる

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 火花が散る。剣戟が一つ、二つ、三つ。絶え間なく続くかと思えば不意に止まり、また響き出す。
 その光景を騎士達は見ていた。
 目の前を踊るように舞う騎士と戦士。それはまさしく剣舞。超一流同士でしか見ることのできない命のやり取り。

「す、すごい」

 陳腐な言葉が隊長である騎士の口から出た。
 貴族であり、それなりの地位。それなりの実績しか積んでこなかった男が上には上がいると気付く。
 初めは嫉妬と軽蔑だった。噂に聞いた新たに団長の座を就任した男。それは農民出身だと言う。他にも噂は色々あるが、出自があやふやな存在が帝国騎士ならば誰もが憧れ、目指すべき椅子に座っているということには変わりはない。
 許せなかった。自分よりも地位が上なことが、出自の低い男に頭を下げなければいけないことが……。
 帝国の実力主義という方針についても男は疑問を持っていた。
 何故そんなことをする。何故代々続く血を尊重しないのか。貴族の血は信頼の証。先祖から受け継がれてきた血の歴史は歴代の皇帝に忠誠を誓ってきた証だ。
 それを実力がないから壊す。そんなことがあっていいはずがない。これまで積み上げて来たものを、歴史を、土地を、研鑽を実力がないからと言うだけで無くしてしまっていいはずがないのだ。

 ——そう、思っていた。

 これまでの嫉妬も恨みも軽蔑も泡のように消えてしまう。
 あぁ、これが陛下が欲した実力のある者か。と自分では辿り着けない極致を見せられ、これまで積み上げて来たものが何の意味もないのだと知る。
 自分が先祖の上から積み上げたものよりも、ポッと出てきた新人の方が積み上げるものの方が価値があり、積み上げる速度も速いのだ。

「——隊長!! 私達はどうすれば!?」

 部下の声が遠くから聞こえた。
 部下との距離はそれほど離れてはいない。それでも声が遠くから聞こえてきたのは気が沈んでいたせいだろう。
 これまで自分の仕事に誇りを持っており、疲れと言うものを感じなかったが、今では沼に浸かったように体が重い。それでも体を動かしていたのは隊長と言う仕事を癖になるまで長年してきたからだろう。
 男は最後に未だに続く剣戟を見て、諦めたような表情を作ると部下に指示を出し始める。




 真上から振り下ろされる一撃を魔剣で逸らす。
 耳を劈くような音が響き、逸らしたと言うのに殺しきれない衝撃がシグルドの体を襲った。

「ラァッ!!」

 だが、その程度で体を止めるシグルドではない。片足を軸に半回転し、お返しとばかりに相手の頭蓋を割るために魔剣を振り下ろす。

「チッ——」

 レギンが小さく舌打ちを零す。
 振り下ろされた魔剣を柄で受け止めたレギンは一度シグルドと距離を取り、自信の得物を持ち直す。

「いい魔剣を持ってるな。どこで手に入れた?」
「こいつは俺の家の家宝だよ。代々受け継がれてきたやつさ」

 互いに持つ得物に目をやり、掲げて見せる。
 持っているのは魔剣だとどちらも言わずとも理解する。魔剣と五十以上打ち合っていながら、刃こぼれ一つないのだ。それしか答えはない。

「へぇ、良い所の出かい」
「そんなんじゃない。親父はただの鍛冶屋だったよ」
「馬鹿馬鹿しい。ただの鍛冶屋がそんな業物持ってる訳がないだろうが」

 馬鹿にしているのかとレギンが睨んでくるが、シグルドは肩を竦める。確かに何故鍛冶屋がこんなものを持っているのかと問われると疑問が出てくる。
 しかし、今のシグルドにとってはどうでも良いことだ。もう父親はいないし、この魔剣が何処から来たのか知る由もない。分かったとしても大して問題視はしないだろう。
 権利を主張するのならば正当な権利を持つ者に、奪おうとする者のならば、それはまぁ要対応するだけだ。

「確かに。だけど、どうでも良いことだ。これからの俺には過去は関係なくなるからな」
「……?」

 訳が分からないとレギンが眉を顰める。が、シグルドは気にしない。魔剣を構え直し、地面を蹴る。

「チィッ」
「今度は俺からの質問だ。帝国が行っている外道な手段……お前は知っているか?」

 至近距離で問いかける。
 シグルドがどうしても聞いておきたかった事だ。自分の失態が原因となり、悲惨な姿になってしまった者達の姿を思い出し、柄を握る両手に力を籠める。

「外道……ねぇ」
「何か知っていそうだな」
「当たり前だろう。俺は帝国騎士団長様だぞ。思い当たるのは一つや二つ簡単に出てくる」

 簡単に、ごくあっさりとレギンは認める。
 肩を竦め、それがどうしたという態度にシグルドは視線を鋭くした。

「何だ。まさか、国が真っ当なやり方で動いていると思っていたのか? だとしたら笑っちまうな。あそこは戦場で戦ってる奴らよりも腹黒い怪物共がいる場所だぞ。力を持ち、それに酔う奴もいれば、愛国心が行き過ぎた奴もいる。そう言う奴らは自分の欲を満たすのに戸惑うことなんてしないのさ」
「お前は、それを止める側の人間じゃないのか」
「馬鹿じゃねぇのか。俺がこの地位に就くまでにどれだけのことをしたと思ってる。女子供に手をかけなかったとでも? 仲間の背中を刺さなかったとでも? 馬鹿言うなよ。全部やったに決まってる」

 ギリッと噛み締めた歯が砕けそうになる。
 咎めるべき側の人間が、強い力を持つ人間が、本来ならば守るべき弱い人々を守らず、共に戦う同胞に手をかける。シグルドにとっては考えても思いつかない方法であり、嫌悪する手段だ。それを平然とやったと口にするレギンに怒りが湧き出てくる。

「騎士の誇りとやらはどこへ行った!!」
「そんなものが俺にあるとでも? 農村出身だぞ俺は……この地位だって俺にとっては俺の力を存分に振るえるからいるだけだ」

 察してくれ、と面倒くさそうにレギンは肩を竦める。
 それを皮切りに止まっていた戦闘が動き出す。
 鍔迫り合いの状態からシグルドが蹴りを繰り出すも、レギンは繰り出された蹴りに乗って距離を取る。その後を逃がすまいとシグルドが追った。

「自国の何の罪もない人間が犠牲になっているかもしれないのに、それをお前は良しとするのか」
「お前の価値観を俺に押し付けるなよ。俺にとっては周りの奴らなんてどうなったっていいんだよ」
「——っ」
「それにしても随分余裕があるんだな。帝国を敵に回しているのに、その帝国の奴らのことを心配するなんて」

 不思議そうにレギンが首を傾げる。
 帝国の重要拠点であるこの街を襲う時点でもうその者は帝国の敵だ。そんな人物が帝国に住む人々のことを気にしているという矛盾に疑問を持つ。
 この男は帝国がしていることを知っているのか。それに憤りを感じて剣を取ったのか。色々と疑問が出てくるが、その疑問の答えは直ぐに見つかった。

「————あぁ、なるほど。お前のことだったのか」

 独りでにレギンが呟く。今度はシグルドが首を傾げる番だった。

「あぁ、あぁ……安心しろよ。ちゃんとこれからお前の力も使うさ。だから、そんなに高ぶるなって」
「……何を、しているんだ?」

 そうシグルドが言ったのも無理はない。何故なら、レギンは剣へと視線を落として口を開いていたからだ。
 これでは剣と会話をしているように見えてしまう。

「ん? おいおい、見て分からないのか? こいつも悲しそうにしているぞ」
「何だと?」

 生き物のように、意思があるかのように語るレギン。
 魔剣には意思がある。そう考えたこともシグルドはあった。何故なら、一度は声を聴いたことがあるからだ。だが、シグルドが声を聴いたのは、初めて魔剣を開放した時——(名前は憶えていない)伯爵との戦いの際だけだ。
 それ以降は一切声は耳にしておらず、うんともすんとも言っていない。だからこそ、ただの勘違いだったのかもしれないと思っていたのだ。

「魔剣には、確立した意識があるのか」
「さぁな。こいつは魔剣と言っても人造魔剣さ。お前もよく知るとある竜の心臓を使って作られた、な」

 黒塗りの魔剣を突き付ける。
 街灯の炎が剣に反射し、ギラリと光る。それが魔獣の瞳に見えたのは勘違いだろうか。

「さて、そろそろお互いの剣術比べは終わりにしようか」
「——ッ」

 シグルドの直感が危険を知らせる。それにシグルドは反射で動いていた。
 僅かに速くシグルドが魔剣を開放する。魔力が柄を通って刃へと走り、内包する力を発揮する。
 街の通りを埋め尽くしたのは炎。街に被害を出さないギリギリの出力でシグルドがレギンを思い切り焼き斬る。
 解放された魔剣の力は炎となってレギンを包む。もうこうなっては消火をする方法などない。ただの炎ではないのだ。炎の壁と同じく可燃物の有無など関係ない。ただ、そこにあることを主が命じるだけで魔力が尽きない限り燃え続けることができる。
 それがグラムの炎。この炎を消すのならば、シグルド以上の魔力が必要だ。近しい魔力でも同等の魔力でも駄目だ。大きく魔力が上回っていない限り、炎は完全に消せはしない。
 だが、シグルドは魔力の扱いは上手くはないものの保有する魔力は膨大だ。人と言う種族で同じ魔力量を持っている者などいないレベルだ。
 だから、終わるはずだった。

「呑め、ダーインスレイブ」

 炎が渦を巻く。
 そこには穴があった。グラムの炎でも照らすことができないほどの底のしれない穴。
 魔術を使っているのか。最初はそう思った。しかし、遅れて穴だと思っていたものが、これまで打ち合っていた魔剣だと気付く。

「はははっ。こいつも驚いてるぞ。魔剣の力を開放できるようになったんだな。ただの炎じゃないな。あぁ、恐ろしいよ」
「お前……それは」
「でも、俺の持つ魔剣の方が上だ」

 炎が晴れる。
 そこにいたのは傷一つないレギンだ。
 シグルドの頬にはいつの間にか冷や汗が流れていた。

「それは……一体何だ」
「はぁ。まだ察しがつかないのかよ。ハッキリ言わなきゃ分からないのか?」
「違う!! それが黒竜ファブニールに関わっていたぐらい俺にも分かる!!」

 肩を竦めて呆れる様な表情を作ったレギンにシグルドが怒鳴りつける。
 帝国が黒竜を使って実験していることは分かっている。それで怪物を創り出していることも、それ以外に何かをしている可能性だってあることも考えていた。
 だが、違う。目の前の男が持っているものは自分が知っているものではない。感ではあるものの断言できた。
 アレは黒竜の一部が使われていただろうが、もう黒竜のものではない。今では

「お前が持っている物は一体何だ……お前等、一体アイツの死体に何を混ぜ込んだんだ!?」

 余裕はなくなった。焦りがあった。
 自分は開けてはならない箱を開けてしまったのではと後悔が押し寄せた。
 焦燥感に駆られるシグルドに対して、レギンはいつも通りだった。自らに害をなすものを手にしていると言うのにそれが楽しいとばかりに歪な笑みを浮かべて、軽い調子で口を開く。

「グチグチうるせぇな。取り敢えず死んどけよ」

 地面を蹴るレギンを目にして、シグルドも構える。
 強敵と戦う時は常に高揚感があった。しかし、今はない。むしろ恐怖さえ出てきている。
 姿形は変わっていない。だが、魔剣——と呼ぶには生易しいものを手にし、笑みを浮かべるレギン。だが、この時はどちらもシグルドにとっては悍ましく見えた。
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