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第五章
潜入
しおりを挟む姿を隠したミーシャの服をガンドライドが掴みながら、スラムへと足を踏み入れようと進んでいたシグルド達はスラム街に入るための入口で足を止めをくらっていた。本来なら街の人々も近づかないスラム街。だが、騎士が出動しているためか、何があったのかと野次馬達が集まっていた。
「見れないな。前はどうなっている?」
「何か騎士が威嚇してる。あ、スラムから出てきた人が、鉄の馬車に乗せられた。あれってもしかして、牢屋?」
集まってきた野次馬達に対応するためか、騎士達がスラムに入らないように睨みを利かせている。そのせいで進むこともできず、立ち往生状態になっている。
「鉄の馬車だと?普通のものより一回り大きいやつか?」
「うん、何か道の中央に一つだけドンっと置いてある」
目の前にいる男の頭を叩いて、野次馬の先を確認する。頭を叩かれた男は、苛立ちの視線を向けてくるが、ガンドライドの眼光に怯み、顔を真っ青にして道を譲る。
「……一つだけ、か」
一斉検挙のようなものなのだろうかと考えが思い浮かぶが、それにしては、罪人を搬送する牢が少ない。
では、個人を捕まえようとしているのか。だが、スラムの中には犯罪者が組織を作っている。仲間意識があるかどうかは知らないが、縄張りに入られた者が、良い顔をするとは思えない。
少し考えこんでいると足音を耳にする。野次馬かと目を向けてみればそこにいたのは他の入口を見ていたシグルドだ。
「どうだった?」
「他の所も同じようなものだった。騎士が数人いて、スラムに入らないようにしてる」
一般人でも知るようなスラムへの入口は勿論、中にいる組織が秘密裏に使用する通路に至るまで、鼠一匹も逃がさないと言わんばかりの張り込み具合だった――そうシグルドが続ける。
「…………」
「どうする? 情報は諦めるか?」
黙り込むミーシャにシグルドが尋ねる。一体何の目的で騎士が動いたのかは分からないが、こうなってしまっては、中にいる情報屋と会うことはできない。運よく外に出ていることを願っても良いが、運任せで計画を進めるのは賭けでしかない。
時間を取られるのは痛いが、捕まっている、もしくは死んでいる情報屋を探すよりもマシだ。
「…………見に行くか」
「はぁ?」
「え?」
黙り込んでいたミーシャの口から出た言葉に、シグルドとガンドライドは耳を疑う。だが、軽やかな足音と雨が弾かれる様子を見て、聞き間違いではなかったと確信する。
「お、お姉様っ――一人で行ったらっ」
「おいっ!! 何するんだ」「ちょっと!!」
ミーシャの身を心配したガンドライドが前へと踏み出そうとして目の前にいる野次馬達と揉み合いになる。力で圧倒的に勝るガンドライドは掴みかかる野次馬をものともせずに進もうとする。
「イテェッ」「誰だ!? 俺の足を踏んだ野郎は!!」「押すんじゃねぇよ!?」
人が密集した状態。そんな場所で、一人が動けばそれは全体に伝染する。動き出したものが、隣の者の肩に、そして、隣の者が更に隣の者へ。波のように動きは伝わりっていき、騒ぎを大きくしていく。
騒ぎが目に見えて大きくなったことを訝しんだ騎士達も剣に手をかけて動き出す。
「くそっ――すまない。手加減はする」
「ブボォッ!?」
騎士が動き出したのを目にしたシグルドが決心し、近くにいた男を突き飛ばす。勿論、手加減をして、だ。
「何をしやがる!!」
「あぁ? 何をしやがるってのはこっちの台詞だ!! 俺の足を踏みやがって――許さねぇぞ!!」
「キャアァ!?」
突き飛ばされた男は数人を巻き込み、倒れ込む。女性も近くにいたのか甲高い悲鳴が通りに響く。
本当ならばこんなことはやりたくもないが、何もしなければ前に進めはしない。心の中で謝罪をしながらも、短気な男を装い、相手を挑発する。
「オラァ、どうした!? かかって来い!!」
「くそったれがぁ!!」「やっちまえぇ!!」
挑発を受けた男が顔を真っ赤にしてシグルドへと走り出す。突き飛ばされた時に巻き込まれた者達も一緒だ。
止めに来たはずの騎士達も手を出せない程の大騒動まで発展し、通りが怒声と悲鳴で埋め尽くされる。
「(ガンドライドッ)」
「ふんっ」
騒動の中で、シグルドがガンドライドへと目配せをする。
人混みの中視線が合わさる。時間にしてみれば一秒にも満たない時間だ。しかし、意図を伝えるには十分だった。
言う通りになるのが気に食わないガンドライドが不満げに鼻を鳴らす。その瞬間、ガンドライドの体が崩れる。
水妖精達に代々受け継がれているスキル――液体化。三分の一は妖精である彼女にとって、寄生していた妖精の力を扱うことは難しくはない。
女性という形から、あらゆるものに変形する水へと変化し、群衆の足元を蛇のように通り過ぎていく。誰もが喧嘩に夢中になり、騎士達も騒ぎを止めようと必死で足元に注意が行かず、誰にも注目されることも邪魔されることもなくガンドライドはスラムへと侵入する。
「(上手くいったか)」
それを見届けたシグルドはもう演技の必要はないとスラムの入口に背を向け、走り出す。後ろから怒声と罵声が聞こえてくるが、追っ手を撒くために加速。雨の影響で通りを進む人は少なく、邪魔もないためシグルドは遠慮しない。
適当に相手と距離が開いたのを見計らって人気のない路地に入り、跳躍、壁を二、三度蹴って屋根上へと昇るとようやく一息つく。
「(運が良いのか悪いのか分からないが、今日は雨。見つかりやすい状況は揃ってる。できるだけ、早く追いつけよ。ガンドライド)」
スラムの方向へと顔を向けながらシグルドが息を吐く。
いくら姿や気配を消せても存在自体まで消すことはできない。小雨が降れば、弾かれ、ぬかるんだ地面を踏めば足跡もつく。誰かに見つかる前にはガンドライドと合流して欲しい。
「(――それにしても、随分あの馬達は疲れていたな)」
遠目から確認して感じ取った違和感。騎士の屯所から駆けてきたと言うわりには、疲労が強く見て取れた。屯所からの距離を考えると馬があれだけ疲労するのはあり得ない。そして、それは一頭だけではなく、全ての馬が同じように疲労していた。
ふと、余計な思考をしていることに気付く。
今考えるのはどうやって自分もスラムに侵入し、二人と合流するかだ。もしくは、外の出口を確保するかだ。
「(俺も潜入することはできるが二人以上に上手くはできないからな。 やっぱり、出口を確保するしかないか)」
肉体を水へと変換し、敵地への侵入することもできるガンドライド。姿隠しの指輪で姿と気配を消すことができるミーシャ。
問題は足跡など痕跡が出てしまうことだが、先程のように騒ぎを起こした方が良いだろう。入るのに姿を見られて、三人とも関係者だと思われるよりはマシだ。
そうなると、必要なのは状況を確認できる目だ。
「お、いたな」
辺りを見渡し、目的のものを見つける。
シグルドの目線の先にいたのは複数匹の鳩。街の緊急時だけでなく、魔術を使えない一般人達の連絡網ともなっている街の伝書鳩が、檻の中で鳴いていた。
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