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第四章

三つ巴2

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巨大な穴が開いたことによって散布されていたガスが流れていく。そのおかげで、全力で武器を使用した戦いができるようになってしまった。

こんなことをするつもりはなかったのに……そう溜息をつきそうになる。
先程から冗談では済まされない殺気を撒き散らしてベルムとシグルド。二人をヤル気満々のガンドライドは止まる気配がない。
騎乗槍ランスを振り下ろすのと同時に魔術を使用し、大量の槍を降り注がせる。

「~~~~!! 洒落にならないぞっ、ガンドライド!!」
「洒落で済まそうなんて思っちゃいないわよ。 バ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~カ!!」

少しでも脚を止めてしまえば針の筵になり、槍の一つ一つの威力が致命傷。魔剣によって弾き返した槍の重さに目を見開く。
下水道に住み着いた怪物の討伐が依頼だったはず。まだ、ベルムに敵意を向けるのは分かる。それなのに何故こんなことをするのか、全く心当たりのないシグルドが大声で問いかけるが、返ってきたのは子供が拗ねた時に出す罵倒だ。
それと槍の数を増加し、シグルドとベルムの頭上へと降り注がせる。
十、二十、三十――――数えるのも馬鹿らしくなる槍の雨が一人と一匹を襲う。

「――チィッ」

舌打ちをしながらも魔剣を槍に沿わせて狙いを外す。
頭部を穿つはずだった水の槍はほんの少しずれるその瞬間――

「クゥッ!?」

水の槍が無数に分かれてシグルドの頬を掠める。
それは槍というより棘だった。枝のように分かれ、敵を貫くために拡散した水の棘は地面へと突き刺さるとその範囲を更に拡大していく。

「(うっとおしい!! 何だこれ!?)」

それも一つだけではない。地面へと突き刺さった槍は水へと戻ることなく棘を分散させていく。
最早、上にだけ意識を向けておけばいいとは言えなくなった。上からは槍が降り注ぎ、横から予測不能な動きで水の棘が増殖していく。

そして、相手はガンドライドだけではない。
――暗闇の中に火花が散る。
視線が絡み合う。

槍を掻い潜り、背中を見せたシグルドに襲い掛かったベルム。隙を突いたと思った一撃は防がれ、反撃とばかりに出された前蹴りが腹に食い込んだ。
互いに距離が離れると同時に槍が降り注ぐ。

「私をっ!! 無視してんじゃねぇ!!」
「ガンドライドッ」

騎乗槍と魔剣がぶつかる。
拮抗は一瞬。すぐにシグルドが押し返すが、再びガンドライドは騎乗槍を振り下ろす。
何度も、何度も、何度も、何度も――――。

村の子供が英雄に憧れてよくやるようなチャンバラのような動き。武道をかじる者からすれば思わず失笑してしまうような雑な振り下ろし。
しかし、その威力は金剛石をも叩き潰せる。

「オラァ!! どうだぁ!?」
「――グゥッ」

脚が地面へとめり込み、罅を作る。
間近に見たガンドライドは歯を食いしばり、親の仇を向けるような目つきでこちらを睨んでいる。

「――一体、何のつもりだ!?」
「死ねぇ!!」

問いを投げても答えは返ってこない。いっそう雑になった振り下ろしを避けたシグルドを襲うのは水の棘。
全てを打ち払うのは不可能。

防御アルジズ

故に魔術を行使する。
指でなぞるのはあらゆる敵の攻勢を撥ね退ける鉄壁の防御のルーン。
魔力が文字となる。余計な術式は必要ない。ルーン魔術は文字一つ一つが確立した術式のようなもの。
刻んだ瞬間に効力は発揮される。

シグルドを包み込むように現れる光の膜は水の棘を弾き返し、決して通しはしない。
光の膜が水の棘を弾き返し、傷一つついていない様子を目にすると、シグルドが大きく一歩を踏み出す。

この場において、機動力という点では最もシグルドが劣っている。ガンドライドは水流操作で縦横無尽に動き回り、ベルムは水掻きによって、人間の頃とは比べ物にならない身体能力を遺憾なく発揮している。
この場においてシグルドは愚鈍な亀。
しかし、間合いにさえ入れば、制圧することも可能ということでもある。

「オラァ!!」
「――ブッ」

障壁を纏ったままガンドライドへと突撃。
それは、強固な鎧を着たまま生身の人間に突撃するようなもの。まさか、防御したまま攻勢に転じるとは思っていなかったガンドライドは初動が遅れる。
肺の中にある空気が全て吐き出され、息が途切れる。

「お姉様の技をっ!!」
「悪いな。お行儀の良い戦い方じゃなくて!!」

火種を出せば大爆発を起こすことなどもう考える必要はない。空気の流れができた今、溜まり込んだガスは流れていったため、気にすることがなくなった。
容赦のない体当たりをぶちかまし、ガンドライドを壁に叩き付ける。ガンドライドが初めに開けた穴の丁度反対側、そこに全く同じ大きさの穴が開き、三つ壁を突き破った所でガンドライドは投げ出され、倒れ伏す。


「クソが!!――私はっ!! 私はぁっ!!」
「落ち着けガンドライド。落ち着いて話でもすれば――」
「黙れェ!!」

歯を食いしばり、拳を血が滲むほど握りしめる。
その様子は何か焦っているようにも見えるが、その何かが分からない。ミーシャと離れて時間が経つからという理由ではない。恐らくそんな軽いものではない。もっと根本的なこと――彼女の存在を揺らがしかねないことだ。

「(だが、それは何だ? 一体何がこいつをこんなにも焦らせている?)」

頭を捻って考えても答えは出て気はしない。しかし、問題を解決しなければガンドライドは止まらない。

「――私の前で、隙を見せてんじゃねぇよ」

施行に耽るシグルドの耳に届いたのは怒りの声。それと同時に今度はシグルドが吹き飛ばされる。

「アンタのその、敵を前にして隙を見せるのが気に食わないっ」
「俺の戦い方に不備があるのは認める……しかし、何故それでお前が怒る?」
「敵に口を利く余裕があるのか!?」
「そもそも、お前は敵ではなくて味方だろう。本当なら戦う意味もないぞ」
「ふざけんじゃねぇ!!」
「ふざけてはいない。至って真面目だよ」

その言葉にガンドライドの顔が真っ赤に染まる。
ガンドライドが石の壁を蹴り飛ばし、投擲のように石礫を投げてくる。魔剣によってそれらを叩き落し、続く大振りの一撃を真っ向から受け止める。

「ガンドライド。俺に癪に障る所があるならば謝罪を――」
「いらないっつってんだろ!! アンタは私に潰されたらいいんだよぉ!!」

騎乗槍と魔剣が火花を散らす。

「許せねぇ、許せねぇ、許せねぇ!!」
「だから、それを教えてくれって言ってんだよ!! ただ八つ当たりされてもこっちは分かんないんだぞ!?」

――ピタリ。
その言葉を皮切りにガンドライドの動きが止まる。
これまで何度も言葉をかけても止まらなかったガンドライドが突然止まったことで違和感を覚えたシグルドは何が起こっても対応できるように構える。
話を聞いて貰う気になった――なんて都合の良いことが起こるはずがない。それは体を震わせ、殺気を増大させたガンドライドを見れば一目瞭然だからだ。

「…………なるほど、ね。アンタにとっては、私のこれもただの八つ当たりみたいなもので軽く流せるってか」

つくづく、つくづく自分は人の神経を逆なでしてしまうのが上手いなと思ってしまった。決して自分自身で評価する点ではないし、つけたくもないのだが、これまでの出来事を思い出すとそう考えてしまう。

「行くぞ、竜殺し。アンタを殺した後は、あの怪物だ!!」

シグルドが誤解を解く前に、ガンドライドは飛び出す。騎乗槍を前へと突き出し、シグルドを一刺しにしようと加速していく。
言葉を掛ける暇もない。
やむを得ない。そう判断してシグルドも魔剣を構え、迎撃の構えを取る。

だが、一つだけシグルドは忘れていたことがある。

それは、この場にいるもう一人の戦士の存在でもない。
お忘れだろうか?彼がこの暗闇の中で相手をハッキリと認識できる理由――――それは、目薬の効果時間の経過だった。

ガンドライドとシグルドの両者がぶつかり合う直前、突如としてシグルドの視界が暗闇に包まれる。
それは一瞬の硬直、一瞬の驚愕故に起きた思考の空白。

三メートルの騎乗槍が、シグルドの腹に突き刺さる。
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