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第四章

ディギルの下水道3

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 倒れている死体は合計で五つ。全ての剣が叩き折られており、鎧も切り裂かれて使い物にならなくなっているものもいれば、上から強烈な衝撃を受けたように一部が凹んでいる物もある。
 全員が帝国騎士であり、傭兵の姿は確認できない。どうやらここにはいないらしい。

 壁にもたれるように事切れている一人の帝国騎士に近づく。
 鎧の胸の部分はひしゃげているが、それ以外に目立った外傷はない。

「他の者の鎧に傷はあるのに、この騎士にはない。 恐らく距離を保っていたんだな」
「怪物は他の奴らを殺してからそいつを殺した?」
「いや、それにしては外傷が少なすぎる。 それにこの騎士の死因は肺を潰されたことによる呼吸困難だ」

 ガンドライドの言葉を否定する。もしこの騎士の男が最後にやられたのなら何故打撃しか喰らっていないのか。他の騎士達は首筋を噛み砕かれ、頭を潰され、胸を引き裂かれている。最後に残った騎士をただ打撃で済ませるのだろうか?それに死因は呼吸困難であり、しばらく息はあったはず、それを止めも刺さずにその場を去るのは可笑しすぎる。


「ふむ。 鎧の凹み具合を見ると正面から打撃を受けたわけじゃないな。 この凹み具合……鎖分銅でやられた奴に似ているな」

 最も、威力は桁違いだが――。恐らくは尾でやられたのだろう……怪物は中距離に対応する武器を持っていると思って良い。尾を持つのは、小竜ワイバーンスワンプ系の魔物だが、どちらも大きさを考えれば、入ってこられない。
 死体の傷、防具の破壊状況から怪物がどれ程の戦闘能力を持っているか、想像を固めていく。
 他に手がかりはないと判断したシグルドが、今度は横向きに倒れ込んで絶命している騎士へと近づき、観察を始める。

「……爪の長さはそれ程長くないな。 精々二十センチって所か」

 その程度の爪の長さでは一度切り裂かれても死なない。指ごとねじ込まれて引き裂かれたのだろう。それも何度も行なわれたようだ。胴体の方では爪の長さなど分からないが、背中に刻まれた切り込み痕で爪の長さを測る。
 怪力で、鋼のような短く鋭い爪や尻尾、又は触手を持っている怪物――――残念ながら候補すら出てこない。
 一つ一つの傷跡ならばある程度の魔物の知識に該当するものの全て同じような傷をつけられる魔物はシグルドの知識にいなかった。

「こんな短い爪持ってる魔物なんているの?」
「これぐらいの長さだと……子鬼ゴブリンだな」
「じゃあ、子鬼がコイツら殺した――――ってことはないわよね」
「だろうな」

 人の子供程度の背丈、力、知能しかない子鬼に帝国騎士五人を倒すことなどできない。それに子鬼は基本臆病な生き物だ。常に集団で行動し、人を襲う時も数に物を言わせた攻め方しかしない。

「傷は知識に当てはまるけど、その魔物では他の傷は付けられない。 複数体いたとか?」
「それならもっと被害が広がっていても良いはずだ。 それに異種族が仲良く人を襲うと思うか?」
「ないね。 絶対に」

 自分でも異種族が手を取り合うなどないと分かっていたのだろう。シグルドの問いに否定して、嫌な者でも思いだしたかのように顔を顰める。
 今度は仲間に覆い被さり、守るように死んでいる騎士へと近づく。彼は傷付いた仲間を庇って死んだらしい。
 彼の死因は恐らく焼死。上半身に火を放たれて死んでいる。鎧も胸当てが溶け、皮膚とくっついており、酷い有様だ。

「怪物は炎を吐くか」
「それか、私のように魔術を使うかね」

 補正するように後ろからガンドライドが声を挙げる。
 炎を吐くなら小竜、炎狼ガルム。魔術を使うなら食人鬼オーガが考えられる。
 炎狼はともかく、小竜と食人鬼はこんな場所に入れない。大きさはどちらも三メートルは少なくともある魔物だ。ここに入ってくるとなると炎さえ何とかすれば倒せる。食人鬼は、身体能力や炎を使った魔術も扱えるが、主に人間から奪った武器や棍棒などで戦うことを好む種族だ。彼らが暴れればもっとここは酷い状況になっている。

 しかし、これは炎狼が引き起こしたものでもない。
 奴らには爪も牙も持っており、炎も吐くことは出来る。広い縄張り意識を持ち、一匹で行動もする。小竜と食人鬼に比べて大きさは二メートル程の四足獣のため、この場所に潜り込める可能性はあるが、それはない。
 奴らは牙や爪で獲物を狩る。打撃で人間を仕留めるようなことはしないのだ。

 死体に付けられた傷が正体と合わない。付けられた傷が正体を暴いていくはずなのに逆に怪物の正体が遠ざかっていく。

「…………よし、現在分かっていることをまとめよう」

 目を瞑り、頭をリセットする。言葉に出すことで互いの知識の共有そして、可笑しな点がないかの確認だ。
 ガンドライドは返事もせずに、ただこちらを向くだけ。シグルドはそれを了承と見なした。


「まず――尾を持ち、中距離の間合いでも相手に対応出来る」

 一番最初に調べた騎士の男。鎧の胸当てが凹んでおり、相当の威力だったことが伺える。それができる魔物は小竜や蛇系の魔物なのだが、どちらもこの場所に入ってくることができない。

「そして、怪物は怪力で鋼のような小さな爪を持っている」

 横向きに倒れ込む騎士を見下ろす。
 魔物にしては小さな爪を持っていることから子鬼かと思われたが、奴らの爪は鎧を裂けるような爪ではない。力も大人一人より弱く、

「――炎を吐くか、魔術を使う可能性がある」

 シグルドの言葉に続いてガンドライドが口を開く。
 味方を守るように覆い被さる騎士。彼の勇気も虚しく庇った仲間も焼け死んでおり、威力も範囲も高いことが分かる。そんなことができる代表格の魔物――炎狼は殺すことを目的に打撃で攻撃するような魔物ではなく、小竜や食人鬼は同じくこの場所に入ってくること自体が難しい。

 二人は魔物の姿を想像する。
 生身を裂くことのできる怪力を持ち、浅く鋭い爪で人を襲い、炎を操り、尾で人を殺せる魔物。

 まるで各魔物の部分を取ったような怪物の姿が浮かび上がる。腕が筋骨隆々な子鬼の爪を持ち、顔は炎狼、胴体から尾までが蜥蜴。
 この世に存在することのない生き物が完成してしまった。

「「((いるわけねぇじゃん))」」

 二人の心の声が重なり合った。

「取りあえず進もう。 もしかしたら手がかりがあるかも知れない」
「そうね」

 頭の中にいる珍妙な生き物を追い払い、一旦考えるのを止める。敵の正体が分からない以上情報を集めるしかない。
 まだここには帰ってきていない騎士達や傭兵達が残っているはず。生きているにしても死んでいるにしても、彼らから情報を得ることはできるだろう。

「――そうだ。 ちょっと待っててくれ」

 歩き出そうとした時、シグルドが振り返り、亡骸となった帝国の騎士四人にルーンを刻み込む。刻まれた瞬間、ルーンは炎となって直ぐさま効果を発揮する。
 これが今できる最善策だ。怪物を倒していない以上、運んで歩く訳にはいかない。そして、ここに放置していく訳にもいかない。今は不死者になっていなくとも時間が経てばなるかも知れない以上、死体は燃やしておく必要がある。

「……行こうか」

 彼らがヴァルハラへと辿り着けるよう祈り、シグルドは更に深い闇の中へと脚を進めた。
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