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第四章

城塞都市

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「ふんふんふ~ん♪」
「…………」

 一番前には妙に気分の良いガンドライド。その顔は大変満足したような表情を浮かべて鼻歌を歌っている。
 ダッカ大盗賊団を壊滅させたシグルド達は現在城塞都市ディキルで賞金首の受け渡しをし終わり、宿泊地を目指していた。

 ――城塞都市ディキル
 メレット迷宮から北西に十日ほど歩くと見えてくる城塞都市。城塞都市と言うだけあって他とは一線を越す分厚く高い城壁が貴族区画と平民区画に分かれて二重に覆っており、上には移動用のバリスタが備えられている。
 北のヴォルガ族と呼ばれる者達が治める遊牧国家に攻め込むための足掛かりとして重要なこの都市は、普通の住民は勿論いるが、軍事関係の者達も多く住んでいる。

 当然そんな都市に入るには厳重なチェックが入る。
 手荷物、身元確認、訪れた理由にその他諸々だ。チェックは常に帝国騎士数十人が囲んで怪しい動きをする者がいれば即座に取り押さえられるようにしている。
 囲まれる者はさぞ話づらいだろう。鍛え上げられた体をした騎士達が囲んで睨み付けてくるのだ。誰だって萎縮してしまう。
 例え、帝国民であっても萎縮してしまう場所。難関の一つとも言えるその場所は――――何ともまぁ簡単に突破することができた。
 ミーシャも姿を隠していたし、気絶させた盗賊団の幹部を連れてきたことが幸いしたのだろう。悩みの種が一つ減ったと騎士達が喜び、潔く通してくれたのを覚えている。
 不安の一つとしてあったガンドライドが魔除けによって街に入れないというものもあっさりと解決した。不死者アンデッドと妖精、そして人間の混ざり物である彼女には魔除けの効果は三分の一程度しか効果を発揮しなかったらしく、普通に街の中に入ることができた。
 何だが警戒していた分脱力感があるが、通れたのでまぁ良しとしよう。

「よう婆さん!! 今日は良いのが入ったよ。 見ていかないかい?」
「おいおい、聞いたか? また出たんだってよ」
「くそっ!! やられた、スリだ!!」
「おーい。 そこのお嬢さん。 今街で人気の甘味スイーツはいかが?」
「ふんふん♪――お?」
「勝手に何処かに行くな」

 街並みを見回ながら歩いていると、どこからともなく話し声が聞こえてくる。人も多くなればそこでは必ず問題が起きるように事件も起きているようだが、積極的に関わり合うつもりのないシグルドは歩き去ろうとする。だが、道端にある出店から美味しそうな匂いをガンドライドが嗅ぎ付けて寄っていくのを目にし、慌てて阻止する。

「――ふぎゃっ」

 首を絞められる形になったガンドライドがギロリ――と眼球を動かせ、言葉を発さずに圧力だけを掛けてくる。毎回文句を言いたい時はこんな感じだ。と言うよりもシグルドが話しかけても必要最低限しか返さないガンドライドに原因がある。

「まずは宿を決めてからだ。 それから好きにすれば良い」

 溜息を付きながら首根っこを掴む手を離す。不満があるのか睨み付けてくるが徹底して無視し、ガンドライドを追い越して先へと進む。

 ゼルダンにルッディ―ルに以下数名のダッカ大盗賊団の賞金首達。彼らを全て受け渡して手に入れた金額は、なんと金貨百枚と銀貨七十二枚。頭領であるダッカは別の逃げ道を隠し持っていたせいで逃げられてしまったが、少しだけなら遊んで暮らせる額が手に入った。
 しかし、物事には優先順位がある。疲れ切っていたミーシャを休めるためにもまずは宿に行かなければならない。

「どこに泊まるかって決めてるの? 私そろそろお姉様成分が足りなくなってきたんだけど」
「安心しろ。 受け渡しをした時に良い場所は教えて貰った。 今はそこを目指しているんだよ」

 この街には帝国騎士達が在住している。街にも全身鎧フルプレートの騎士達が隊列を成して歩いている。そんな場所においそれとミーシャが顔を出せるはずもなく、指輪を使って姿を隠しているのだ。
 姿を隠しているとは言え、周りに敵しかいないというのは精神的疲労に繋がる。ならばせめて泊まれる場所だけは安心して過ごせるように――そう考えて、値は張るが貴族が泊まるような宿泊者の情報が秘匿される場所を選んだのだ。

「それってまだ着かないの?」
「もうすぐ着くよ――――ほら、あそこだ」

 一気に機嫌の悪くなり、不満を口にするガンドライドにシグルドが振り返り、目の前を指差す。
 見えたのはディギルでも二番目に値を張る宿屋【三日月の下の猫】だ。






 ボフンッと何も言わずに一つの寝台に体を投げ出すミーシャ。その顔はげっそりとしており、死者のようなどんよりとした雰囲気を放っている。何故こんなことになっているかは言うまでもないだろう。

「ムグゥッ!! ムーーーー!!」

 そんなミーシャと逆に元気が有り余っている者が一人。口に布を噛まされ、手足を拘束されたガンドライドだ。彼女は部屋に入った瞬間にげっそりした状態のミーシャに襲いかかろうと飛び掛かったため、流石にもうミーシャが持たないと判断したシグルドによって拘束された。

「う゛ぇえう゛ぁう゛ぁんぎぃじう゛ぁじゃんう゛ぉどう゛ぐぎう゛!!」訳:お姉様との時間を邪魔するな

 目を血走らせながら睨み付けてくるガンドライドに溜息をつく。
 見た目だけは、美しい女性と仲睦まじく歩いているように見えるため、そう言った関係なのだと勝手に思い込んだ男達の嫉妬の視線に晒されて頭を抱えたくなっていたというのに何故本人からもこんなに恨まれなければならないのだろうか……。
 確かに魅力的だ。肉体だけは…………精神は幼く、実は幼女好きの変態だ。美女が見せるあどけない表情が好きだと言う男共もいるだろうが、それは中身が少女なだけだと知っているシグルドからすれば対象外である。

 シグルドが頭を抱えている間にも体をよじらせ拘束を解こうとしながらミーシャへと近づいている。――――器用なことだ。
 いくら防音が効いていると言っても流石にこれ以上暴れさせるわけにはいかない。しかし、シグルドが押さえつければ必ず反発し、取り押さえられたとしても後が絶対に酷くなるのは明白。
 故に手綱を握る主の力を借りることにした。

「ミーシャ……一声頼む」

 体を捻らせベッドへと寄ってくるガンドライド。ミーシャが彼女に向かって言った一言はシンプルだった。
 体は俯せのまま、顔だけ向けて一言。

「――――黙れ」

 大きくも小さくもない普通の声量。毛布に埋もれているせいで顔は半分しか見えないが、僅かに出る不機嫌さは感じ取れた。
 命じられたガンドライドも借りてきた猫のように大人しくなる。それでもミーシャの寝台の下に潜り込もうとするのはどうなのだろうかとも思うが……。

「喉渇いた」
「了解」

 疲れた声で呟かれた声にシグルドが返事をする。
 流石貴族用の宿だと言われるだけあり、部屋の中は広く美しい。中央のテーブルには花が花瓶に挿されており、『ようこそ』と帝国文字で記入された小さな羊皮紙がある。
 シグルドは窓際に設置された棚の上にある果実水を硝子のコップへと注ぎ、ミーシャの元へと戻ってくる。

「ほらっ……取ってきたぞ」
「むうぅ」

 怠そうに体を起こし、シグルドから果実水を受け取ると一気に飲み干す。

「ぷは~~~~」
「…………おっさんみたいだな」
「ほっとけ」

 これぐらいは大目に見てくれと言いたげにミーシャが大の字に寝台へと寝そべる。子供一人で寝そべると転げ回れる程の大きさがあり、もう一人大人が寝ても問題ない。――が、ミーシャは一人で寝るつもりだ。部屋に二つしかないベッドの一つで……。
 シグルドは言わずもがなガンドライドをここに乗せるつもりはない。寝る時には拘束してから寝る。そうしなければ色々やばい……体力的に。

「ミーシャ…………そろそろ話せるか?」
「あぁ、そうだったな」

 ガンドライドをどのように朝まで拘束するかを考えていると隣の寝台に腰掛けたシグルドが口を開く。
 何を話すかなど言うまでもない。ミーシャが腕を一振りして中の音を漏れぬように遮断する。シグルドも周辺に人の気配がないから聞いてきたのだろうが、念には念だ。

「それじゃ、これからのことを話そうか」
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