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第三章
メレット迷宮4
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――ザザザザザザッ!!
左足に巻き付いた触手のようなものに引き摺られる。時には沼の上を跳ね、草木にぶつかりながらも谷の奥底へと引き釣り込まれていく。
「こんの――――――離せっ!!」
地面に体がぶつかり大きく跳ねる際に、魔術で触手を切り取る。力強く巻き付かれていた触手は意外にもあっさりと千切れた。
だが、拘束は外せても慣性は消せない。引っ張る触手を失ったことでスピードが落ちた体は運良く下にあった沼へと落ちていく。
「グェェ…………最悪だ」
口の中に泥でも入ったのかジャリジャリする。唾と共に吐き出すも嫌な食感と味は消えない。
「畜生――――私は何処まで引き込まれたんだ?」
沼を這い出ながら辺りを見渡す。
さっきまでシグルドと一緒にいたのに先に歩いた瞬間何かに引き摺られ、沼地に一人。ここに連れてこられた時点で触手のようなものはなくなった。どうやらあれはここへ連れ込むための罠のようなものらしい。
ミーシャは冷静に状況を把握する。
集中して魔力感知を行なうとこれまで確認できていたシグルドの魔力を感じることができない。魔物も魔力を保有しているため、感知することはできるはずなのだがそれも結界に阻まれ感知できない。
「(厄介だな……戻ろうにもそれを許さないか)」
後ろに手を伸ばすと指先に固い感触が伝わる。知らぬ間に結界の中に踏み入ってしまったらしい。だとしたらかなりの実力者である。上級魔術師に匹敵するミーシャに気取られずに結界を隠蔽していたのだから。
結界内はこれまでと同じような景色が広がっていたが、一点だけ違う所があった。
濃い霧の中でぼんやりと光る青白い光。まるでこっちに来いとばかりに出現した青白い光――どう考えても嫌な予感しかしない。だが、既にシグルドとは離ればなれになっており、待っていたとしても絶対に遭遇はできない。
溜息を一つ付く。
相手のフィールドで戦うことがどんなに不利かを知っている。魔術を使うのならばなおさらだ。それでも行くしか道はない。後ろに活路はないのだから……。
青白い光に向かって歩き出し、途中にある石を数個拾い上げ、即席のルーン石を作り上げる。これまで持っていた物はと同じ威力にはならないが、もしもの時の保険のためだと用意はしておく。
青白い光に近づくにつれて周りの深い霧が晴れていくような気がする。そして、霧を抜けて目にした光景にミーシャが目を見開かせる。
「これは……」
向こう側には巨大な霧の壁。まるで透明の壁で遮られているかのようにそこから霧は漏れ出してこない。それはミーシャの後ろも同じだ。
そして、その向かい合った霧の壁の中心地に一人で倒れた樹木に腰を落ち着ける灰色のボロボロのフード付きマントを被った女性がいる。俯いている姿は弱々しいが、同時に不気味にも見えてしまう。
足を一歩踏み出すとグチュッと水分を多く含んだ苔を踏みつけることになり、気色の悪さを感じるが、何が起きても良いように魔力の準備をする。
もう一歩、踏み出そうとしたときだった。
「――――」
不意に弱々しく倒れた樹木に腰落としていた人物が立ち上がり、ミーシャへと振り向く。それと同時にその正体が明らかになる。
長い黒髪に灰色のボロボロのフード付きマントを纏い、その下は全身鎧を纏っていた。
「お前は……何だ?」
そう尋ねてしまったのも無理はない。こんな沼地に全身鎧の騎士が一人いれば違和感は拭えない。
「――――」
「(人間? いや、違うな――)」
だが、女騎士が言葉を発することはない。ただ真っ直ぐに立っている。
普通に考えてこんな場所に騎士がいるはずがない。いたとしても帝国の騎士であるならば可能性はある。しかし、帝国の騎士でならば胸に小さく白竜の紋章が刻まれてあるはずなのにそれがないのだ。
「姿を現せよ魔物。 人の形を真似るのはよせ」
魔力を込め、いつでも魔術を発動できるようにしながらミーシャが構える。
「――ググッ」
――ジュルリ。舌舐めずりをするような音がフルフェイスの下から聞こえる。それは目の前のご馳走に待てを掛けられている狂犬と似ていた。
「■■■■■■■■■■■■■!!」
「何だ、不死者の一種か?」
魂の味を楽しみにしている女騎士に、人を襲う不死者かと予想を付けて対策を練る。一足一刀を見逃さないと目を凝らすと同時に、その目が見開くことになる。いつの間にか女騎士の手には身の丈以上の騎乗槍が握られていたのだ。
「■■■■■■!!」
騎士が吠える。それに呼応するかのように周囲の水が不死者の足下へと収束し、馬の形を形成していく。 水でできた馬――馬上の上で不死者がボロボロになったマントを脱ぎ捨てる。
黒い甲冑、そして溢れ出す巨大な魔力。
戦闘態勢は万全。後は戦場の戦士次第で戦いが始まろうとしている。
「…………結界を解いてくれるならもっと粋の良い奴が来るんだが?」
勝てないと本能で察するが、それでも恐怖を封じ込め、交渉してみるが――
「■■■■■■■■■■■■!!」
上手くは行かなかった。そもそも言葉すら満足に発せられない奴に交渉など無意味だ。攻めて人間型ならば、言葉ぐらい発してくれても良いんじゃないかと悪態尽く。
――汗が頬を伝う。
「ご馳走になるつもりはないぞ」
「■■■■■■!!」
周辺の水によって形成された馬に跨がり、突進を仕掛ける。普通の馬のように足で駆けるのではなく、陸を滑るように波を発生しながら突進してくる。その範囲は、通常の騎兵の間合いよりも幅が広く厄介なものだった。
「身体強化」
自らの肉体を強化し、水の馬によって引き起こされる波を避けるために跳び上がる。シグルドほどではないが凡人よりも強力な肉体になったミーシャは何とか波をやり過ごした。
続けてミーシャは指を走らせる。
「炎よ」
描いたのは炎の力が秘められたルーン。
まずは、様子見としてある程度の威力で牽制を行なう。ルーンは炎へと変化し、すれ違った不死者へと向かっていく。
炎は正確に命中するが、炎で水を焼いた所で何かが変わるわけはない。そもそも質量が違いすぎた。
山火事がバケツ一杯の水で消せないように相性が悪くても質量が上回れば押し切れることだってある。だが、今回は地の利はあちらにあり、水はそこらの沼に大量にある。バケツ一杯分の水を消費させた所で後から補給されるだけだった。
「■■■■■■」
不老の騎士が騎乗槍を振るう。空中に浮かび上がったのは水の槍だ。それが一、二、三本――まだまだ増え、ミーシャの視界を埋め尽くす。
――瞬間、槍の軍団の中から一つが飛び出す。
躱すことも反応することも不可能だった。肉体、反射神経全てを魔術で強化しているにも関わらず、後ろに着弾するまでそれが発射されたことにすら気付かなかった。
「洒落にならないなっ」
その威力に冷や汗を流す。一つ一つに込められた魔力の桁が違い、受ければ確実に殺される必殺の一撃。
今のはただのデモンストレーションだ。相手がどんな表情をするかを楽しむための余興。その予想通りにガンドライドが再び腕を振るう。
一撃必殺の水の槍が軍勢となってミーシャを襲った。
「――ッ!アルジズ!!」
回避不能と咄嗟に理解したミーシャは防御に全魔力を注ぎ込む。瞬間――視界に入ったのは大量の水だ。
時には渇いた喉を癒やし、潤いを与えてくれる水に速度を与えてやれば鋼鉄すら粉々にする凶器と化す。
障壁ごとミーシャを吹き飛ばし、地面を何度も弾みながらようやく止まる。球体型の障壁であったため、地面に体が打ち付けられることはなかったが、衝撃は消えない。
舌を噛みかけながらも体勢を整える。
「――こんのっ!!」
敵は圧倒的に強い。それでも尚戦意は消えていない。帝国騎士に追いかけ回された時に身に付けた意地汚さが彼女の心を支えていた。
「■■■■■■」
それは、実力差が分かりながらも立ち向かおうとする者を嘲笑っているかのように思えた。
もし――あの少女が立ち向かうことすらできなくなった時にはどういった表情を浮かべるのだろう。そんなことを考えているのだろうかと嫌な想像をしてしまう。
それでも膝を屈するのはゴメンだった。
「(せめて、アイツが来るまで――)」
それが生き残るための最善策。魔力の消費を抑え、生き残ることを重視して戦う。乱れた息を整え、再び始まった猛攻を切り抜けた。
左足に巻き付いた触手のようなものに引き摺られる。時には沼の上を跳ね、草木にぶつかりながらも谷の奥底へと引き釣り込まれていく。
「こんの――――――離せっ!!」
地面に体がぶつかり大きく跳ねる際に、魔術で触手を切り取る。力強く巻き付かれていた触手は意外にもあっさりと千切れた。
だが、拘束は外せても慣性は消せない。引っ張る触手を失ったことでスピードが落ちた体は運良く下にあった沼へと落ちていく。
「グェェ…………最悪だ」
口の中に泥でも入ったのかジャリジャリする。唾と共に吐き出すも嫌な食感と味は消えない。
「畜生――――私は何処まで引き込まれたんだ?」
沼を這い出ながら辺りを見渡す。
さっきまでシグルドと一緒にいたのに先に歩いた瞬間何かに引き摺られ、沼地に一人。ここに連れてこられた時点で触手のようなものはなくなった。どうやらあれはここへ連れ込むための罠のようなものらしい。
ミーシャは冷静に状況を把握する。
集中して魔力感知を行なうとこれまで確認できていたシグルドの魔力を感じることができない。魔物も魔力を保有しているため、感知することはできるはずなのだがそれも結界に阻まれ感知できない。
「(厄介だな……戻ろうにもそれを許さないか)」
後ろに手を伸ばすと指先に固い感触が伝わる。知らぬ間に結界の中に踏み入ってしまったらしい。だとしたらかなりの実力者である。上級魔術師に匹敵するミーシャに気取られずに結界を隠蔽していたのだから。
結界内はこれまでと同じような景色が広がっていたが、一点だけ違う所があった。
濃い霧の中でぼんやりと光る青白い光。まるでこっちに来いとばかりに出現した青白い光――どう考えても嫌な予感しかしない。だが、既にシグルドとは離ればなれになっており、待っていたとしても絶対に遭遇はできない。
溜息を一つ付く。
相手のフィールドで戦うことがどんなに不利かを知っている。魔術を使うのならばなおさらだ。それでも行くしか道はない。後ろに活路はないのだから……。
青白い光に向かって歩き出し、途中にある石を数個拾い上げ、即席のルーン石を作り上げる。これまで持っていた物はと同じ威力にはならないが、もしもの時の保険のためだと用意はしておく。
青白い光に近づくにつれて周りの深い霧が晴れていくような気がする。そして、霧を抜けて目にした光景にミーシャが目を見開かせる。
「これは……」
向こう側には巨大な霧の壁。まるで透明の壁で遮られているかのようにそこから霧は漏れ出してこない。それはミーシャの後ろも同じだ。
そして、その向かい合った霧の壁の中心地に一人で倒れた樹木に腰を落ち着ける灰色のボロボロのフード付きマントを被った女性がいる。俯いている姿は弱々しいが、同時に不気味にも見えてしまう。
足を一歩踏み出すとグチュッと水分を多く含んだ苔を踏みつけることになり、気色の悪さを感じるが、何が起きても良いように魔力の準備をする。
もう一歩、踏み出そうとしたときだった。
「――――」
不意に弱々しく倒れた樹木に腰落としていた人物が立ち上がり、ミーシャへと振り向く。それと同時にその正体が明らかになる。
長い黒髪に灰色のボロボロのフード付きマントを纏い、その下は全身鎧を纏っていた。
「お前は……何だ?」
そう尋ねてしまったのも無理はない。こんな沼地に全身鎧の騎士が一人いれば違和感は拭えない。
「――――」
「(人間? いや、違うな――)」
だが、女騎士が言葉を発することはない。ただ真っ直ぐに立っている。
普通に考えてこんな場所に騎士がいるはずがない。いたとしても帝国の騎士であるならば可能性はある。しかし、帝国の騎士でならば胸に小さく白竜の紋章が刻まれてあるはずなのにそれがないのだ。
「姿を現せよ魔物。 人の形を真似るのはよせ」
魔力を込め、いつでも魔術を発動できるようにしながらミーシャが構える。
「――ググッ」
――ジュルリ。舌舐めずりをするような音がフルフェイスの下から聞こえる。それは目の前のご馳走に待てを掛けられている狂犬と似ていた。
「■■■■■■■■■■■■■!!」
「何だ、不死者の一種か?」
魂の味を楽しみにしている女騎士に、人を襲う不死者かと予想を付けて対策を練る。一足一刀を見逃さないと目を凝らすと同時に、その目が見開くことになる。いつの間にか女騎士の手には身の丈以上の騎乗槍が握られていたのだ。
「■■■■■■!!」
騎士が吠える。それに呼応するかのように周囲の水が不死者の足下へと収束し、馬の形を形成していく。 水でできた馬――馬上の上で不死者がボロボロになったマントを脱ぎ捨てる。
黒い甲冑、そして溢れ出す巨大な魔力。
戦闘態勢は万全。後は戦場の戦士次第で戦いが始まろうとしている。
「…………結界を解いてくれるならもっと粋の良い奴が来るんだが?」
勝てないと本能で察するが、それでも恐怖を封じ込め、交渉してみるが――
「■■■■■■■■■■■■!!」
上手くは行かなかった。そもそも言葉すら満足に発せられない奴に交渉など無意味だ。攻めて人間型ならば、言葉ぐらい発してくれても良いんじゃないかと悪態尽く。
――汗が頬を伝う。
「ご馳走になるつもりはないぞ」
「■■■■■■!!」
周辺の水によって形成された馬に跨がり、突進を仕掛ける。普通の馬のように足で駆けるのではなく、陸を滑るように波を発生しながら突進してくる。その範囲は、通常の騎兵の間合いよりも幅が広く厄介なものだった。
「身体強化」
自らの肉体を強化し、水の馬によって引き起こされる波を避けるために跳び上がる。シグルドほどではないが凡人よりも強力な肉体になったミーシャは何とか波をやり過ごした。
続けてミーシャは指を走らせる。
「炎よ」
描いたのは炎の力が秘められたルーン。
まずは、様子見としてある程度の威力で牽制を行なう。ルーンは炎へと変化し、すれ違った不死者へと向かっていく。
炎は正確に命中するが、炎で水を焼いた所で何かが変わるわけはない。そもそも質量が違いすぎた。
山火事がバケツ一杯の水で消せないように相性が悪くても質量が上回れば押し切れることだってある。だが、今回は地の利はあちらにあり、水はそこらの沼に大量にある。バケツ一杯分の水を消費させた所で後から補給されるだけだった。
「■■■■■■」
不老の騎士が騎乗槍を振るう。空中に浮かび上がったのは水の槍だ。それが一、二、三本――まだまだ増え、ミーシャの視界を埋め尽くす。
――瞬間、槍の軍団の中から一つが飛び出す。
躱すことも反応することも不可能だった。肉体、反射神経全てを魔術で強化しているにも関わらず、後ろに着弾するまでそれが発射されたことにすら気付かなかった。
「洒落にならないなっ」
その威力に冷や汗を流す。一つ一つに込められた魔力の桁が違い、受ければ確実に殺される必殺の一撃。
今のはただのデモンストレーションだ。相手がどんな表情をするかを楽しむための余興。その予想通りにガンドライドが再び腕を振るう。
一撃必殺の水の槍が軍勢となってミーシャを襲った。
「――ッ!アルジズ!!」
回避不能と咄嗟に理解したミーシャは防御に全魔力を注ぎ込む。瞬間――視界に入ったのは大量の水だ。
時には渇いた喉を癒やし、潤いを与えてくれる水に速度を与えてやれば鋼鉄すら粉々にする凶器と化す。
障壁ごとミーシャを吹き飛ばし、地面を何度も弾みながらようやく止まる。球体型の障壁であったため、地面に体が打ち付けられることはなかったが、衝撃は消えない。
舌を噛みかけながらも体勢を整える。
「――こんのっ!!」
敵は圧倒的に強い。それでも尚戦意は消えていない。帝国騎士に追いかけ回された時に身に付けた意地汚さが彼女の心を支えていた。
「■■■■■■」
それは、実力差が分かりながらも立ち向かおうとする者を嘲笑っているかのように思えた。
もし――あの少女が立ち向かうことすらできなくなった時にはどういった表情を浮かべるのだろう。そんなことを考えているのだろうかと嫌な想像をしてしまう。
それでも膝を屈するのはゴメンだった。
「(せめて、アイツが来るまで――)」
それが生き残るための最善策。魔力の消費を抑え、生き残ることを重視して戦う。乱れた息を整え、再び始まった猛攻を切り抜けた。
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