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第三章

帝国

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 帝国領で最も栄えている場所は何処か?――答えは聞くまでもない首都である帝都デルベリアだ。帝国領において――いや大陸において並ぶことのない大君主、ビルムベル・フォレス・ガルバルト・ラームスのお膝元である帝都は、常に人の笑顔で溢れており、どこもかしこも活気に満ちている。
 そして、今日で最も帝都で活気のある場所が一つあった。

 それは帝国闘技場――。
 身分も出自も問わない、誰もが腕っ節だけで頂点を目指せる場所だ。
 しかし、リスクも伴う。ここで行なわれるのは生死を賭けた戦いだ。人の命を賭けた正真正銘の殺し合いがここでは許可されている。
 そのルールに怯えた者達は直ぐさま唾を翻して逃げ帰るが、どうやっても帰れない者もいる。それは終身刑を受けた罪人達や戦闘奴隷だ。彼らはここに連れてこられ命を賭けた戦いを強いられる。そして、終われば地下の牢獄へと入れられるのだ。
 上手く行けば解放して貰えるがそうなる前に大抵の者は息絶える。大衆の殆どは知らない事実である。

 そんな闘技場の入り口に多くの人だかりができていた。普段であればそんな場所に訪れるのは、行く当てに困った放浪者か犯罪者が多いのだが、今日に限っては違った。見事な甲冑を纏った騎士、歴戦の戦士を匂わせる傭兵。彼らが入り口で受付を済ませ、闘技場の中へと消えていく。

 今日は皇帝であるビルムベルが帝国領全てに出した勅旨の影響だ。
 闘技場にて優勝した者に騎士団長の座。そして、金貨1000枚を授ける。簡単に言えばこのようなものだ。対象は貴族だけではなく、農民や放浪者も含まれている。
 それに待ったを掛けたのが貴族達だ。彼らは農民や放浪者ごときが名誉な地位を得られることを良しとせず反対したが、皇帝の『ならば貴様らの持つ騎士団から精鋭を集め、これを阻止すれば良いだけだ』という言葉で沈黙した。

 そして、当日――集まったのは600名を超える戦士達。村の腕っ節の強い者から由緒正しき貴族の家系のお坊ちゃままで様々な人材が集まった。
 そんな中に一人の金髪の青年がいた。彼の名はレギン・ヘグス。しがない平民だ。
 彼もまた、優勝の賞品に興味を抱き、己の将来に夢を見てここへと訪れたのだった。






 そこを言葉で表わすのならば豪華絢爛――この言葉以外にないだろう。
 芸術性に優れた家具や美術品。所狭しと並べられているのではなく、適切に並べられることによって部屋そのものが一つの美と言っても良いほどである。

 座り心地の良さそうなソファーに腰掛けることなく横に立つ一人の魔女。この国の最高魔術師ウルだ。対面――上座に当たる部分に腰掛けているのは、老輩ながらも目の鋭さが印象に残る男だ。
 ウルはいつものような煙管を持ってダランとした態度ではなく、帽子を取り背筋を伸ばしている。約500名の魔術師達を取りまとめる最高位に就いている彼女がそこまでの礼節を取る相手はたった一人しかいない。
 この国の頂点に立つ男――ビルムベル・フォレス・ガルバルト・ラームスだ。


「陛下、お久しぶりにございます。どうやら此度は顔色が優れているようで安心致しました」
「……あぁ、久しいな。しかし、相変わらず年は取らぬか。貴様がうらやましいわ」

 ビルムベルがウルと出会ったのは、成人して直ぐ、兄弟との権力争いが絶えなかった頃だ。魔術など信じなかった頭の硬い父親は彼女を雇うことはなかったが、密かに雇い入れ、裏から色々と助けて貰っていた。その時から全く変わらない容姿に若干嫉妬する。
 皇帝として自身の戦う力など必要ないことだと分かってはいるが、ウルを視界に入れる度に自分は衰えている。その事実が突きつけられているようで嫉妬の炎を燃やしてしまう。
 だが、今は我慢の時だ。鋼の理性で欲望を抑えつけ、表情に出さないようにする。

「面を上げよ。それと、ここには余しかおらぬ。そんな格式張った態度は不要だ」
「あら、ならいつも通りにさせて頂きますわ陛下」

 途端に張り詰めた空気は消え、ウルがどこからともなく煙管を出して煙を吹かせる。そして、二人がくつろげるソファーに一人で寝転んで皇帝と向かい合った。
 その態度は国の頂点に立っている皇帝に向ける態度ではないが、ビルムベルは気にはしない。

「闘技場の方は準備が進んでいるようね」
「当たり前だ。領土拡大に向けて我らはもっと強大な力を得なければならない」
「でも、?」
「いなければまた探せば良い。それだけのことよ」

 テーブルに置かれた金で細工がしてあるグラスにワインを注ぐ。皇帝自らがやる行為ではないが一人ではないと酒も飲めないので仕方がない。

「お酒、禁止されているんじゃないの?」
「下らぬ医者の言うことなど知ったことか」
「お医者様達が可愛そうね」

 そう言って煙管に口を付けて煙の味を堪能する。慣れた煙の香りが鼻腔を満たす。舌で味をたっぷりと味わうとふわりと紫煙を吐き出した。

「あ、そうだ。フラメル伯爵って知ってる?」
「馬鹿にするな。臣下の名前ぐらい全て知っておるわ」
「その伯爵の所に捕まっていた王国の王女なんだけど、結構優秀だったわよ。魔力領だけで言うなら「指輪は持ってきたか?」……」

 ウルの言葉を遮り、尋ねる。ビルムベルは元々王国の王女に何の関心もない。領土の平定も大事だが、それよりも大事なことがある。王族が身に付けているだろう指輪だ。王国の王宮全てを調べたが、机や絨毯をひっくり返しても、何処を探しても出てこなかったのだ。
 ならば逃げ出した王女が持っていると考えるのが当然だろう。

「残念だけど、伯爵の所に置いてきたの……結果は分かるでしょ?王女様は伯爵を殺して逃げて、指輪も一緒にさようなら~」
「何故持ってこなかった?」

 低く、唸るように問いかける。それは脅しているようにも見える。だが、問いかけられたウルは手をヒラヒラとさせて何でもないように口を開く。

「別に誰かの手柄を横取りするようなことはしたくなかっただけよ。へまをしたのは貴女の臣下よ?」

 グラスが割れる音が響いた。赤いワインがビルムベルの手を伝って絨毯へと落ちていく。

「ウル、今度は見つけたら貴様が持ってこい」
「…………」
「返事がないぞ。よもや妹の身を案じているのではあるまいな」
「そんなんじゃないわよ。妹達とは、何年も前に袂を別かってる。今更敵対しようが
 構わないわよ。ちょっと面倒くさいなって思っただけよ」

 皇帝の問いにそよ風が吹いたように対処するウル。その様子はいつも通り飄々として嘘をついているかどうか分からないが、付き合いの長いビルムベルは嘘を言っていないことが分かった。

「ならば良い」
「それじゃあ、私は研究室に戻らせて貰うわ。挨拶はもう終わったし、貴方の注文にも答えなきゃいけないしね」

 そう言って立ち上がり、帽子を被りながら部屋を後にしようとする。そして、扉の前まで来ると思い出したように振り向いた。

「そう言えば、王女様に手を貸した男の話しをしたっけ?」
「初耳だな」
「そっか、なら言っておくわ。一応王女様にも味方がいるかも、それだけよ。じゃ~ねぇ~♡」

 かなり簡潔に情報を言い残して、部屋を後にする。そんな自由奔放な姿に文句を言いたくなる。じゃ~ね~♡ではない。若い容姿だから良いものを……実際中身は老輩の自分より年上なのだから似合わないことをするんじゃない思ってしまう。

「…………はぁ」

 しかし、そんなことを言っても直らないのは出会ってから同じだった。胸の鬱憤を少しでも張らすための溜息が一つ漏れた。
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