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第五章. 悪嬢 vs 悪役令嬢!? 真なるヒロインはどっちだ!
083. ロムルス無双
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一方、遠征したロムルスはというと。
彼は早々と現地へと到着しており、乗馬して道を進んでいた。彼の前後には自らが連れてきた近衛十数名と、現地の騎士団の約五十名。異形討伐の為に組まれた精兵たちであった。
目的地はとある小さな村。既に異形に滅ぼされている場所。これまでに得た情報から、そこが異形のねぐらになっているとロムルスは見ていた。
「お、王子。やはり危険ではないでしょうか。まずは町にこもって防衛し、様子を見るべきでは……」
「ならぬ。元を絶たねばきりがなかろう」
領主に仕える騎士団長が忠告してくるが、ロムルスは耳を貸さない。
異形の被害にあう東部地方。最初は小さな村が標的にされていたが、ここ最近は町を襲うようになってきた。
数はそれほど多くないが、強い。既に百を超える領民や兵士たちが犠牲になっている。これは町の中だけの話で、滅びた村を含めれば十倍以上の数になるだろう。城壁があり、兵士が常駐する町だからこそこの程度の被害で収まっていると言っていい。
彼らの努力もあり、二十体ほどの異形の撃破には成功している。しかし襲ってくる数は一向に減らない。異形は一通り人間を食い荒らすと、もう腹は満ちたとばかりに逃げ、再び町を襲ってくるのだ。前回よりもさらに数を増やして。
ここから予想されるのは、異形は現在進行形で増えているという事だ。恐らく数を増やす為に人間を食っているのだろう。よって、再び町を襲ってくる可能性は高い。なのにロムルスは防衛を選ばず、討伐を選んだ。元を絶たねばキリがないと主張して。
流石に危険すぎる。相手がどれだけの数がいるかもわからぬというのに。せめて偵察した後にするべき。そう言って止めた領主たちであるが、ロムルスは聞かなかった。
(防衛などしていたらいつまで経っても終わらん。千妃祭に間に合わないではないか……!)
国王以下、宰相や元帥といったトップ勢に乞われてここに来た。流石のロムルスとて彼ら全員に乞われれば無下にはできない。いや、無下にしようとしたのだが、「このまま異形が暴れ続ければ千妃にケチがつく」と言うもっともな事を言われ、了承せざるを得なかったのだ。
……いや、ケチがつくのはまだいい。一番の問題は、レヴィアがこの件を知ればどう思うかである。
心優しいレヴィアだ。間違いなく心を痛める。あの美しい顔が悲しみに染まるなど……男として、夫として許せる事ではない。故にロムルスはしぶしぶとはいえ、本気で解決に取り組む気でいる。まあ千妃祭優先なので期日になれば戻るつもりだが。解決の成否に関わらず。
(千妃祭には様々な審査がある。絶対に見逃すわけにはいかない。特に……!)
――水着審査。アレだけは見逃す訳にはいかない。
裸とはまた違う、えっちな恰好。それを着たレヴィアは羞恥に顔を赤く染める。
見たい。何としてでも見たい。
女に手を出す速さには定評のあるロムルスである。婚前交渉などお手の物だ。なのに千妃候補の誰にも手をだしていないのは水着審査があるからだ。裸を見てしまえば感動が減る。故に手をつなぐ以上の事は頑張って我慢していたのだ。ものすごくしょーもない理由だが、レヴィアにとっては幸いな事だったといえよう。
(しかし、出兵当日になって私の派遣を願うとは……父上や宰相がそんなギリギリの依頼をするとは思えん。明らかに別の人間の意図が働いている。それは間違いなく……)
ルシアだ。ヤツが動いたとしか思えない。
最初は平民グループの中でいじめられていたレヴィア。しかしルシアと出会ってからは貴族や冒険者なども彼女を排そうとしていた。
それもこれもルシアの仕業だろう。レヴィアの事が気に食わない様子だった彼女。その権力をもって裏から星の宮を動かしたに違いない。
(恐らく千妃が自分の権力を脅かすと考えたのだろう。第十后とはいえ、公爵家出身のルシアに逆らえる后はいない。一から九は一番上でも子爵家出身であるし)
后の中では最も強い権力を持ち、精神的な力関係でもロムルスの上をいく彼女。今まではそのお陰で自由に振る舞えた。それが陰ることを恐れたのだろう。だからこそ千妃に(ロムルスの中で)内定しているレヴィアに目を付け、排除しようとしているに違いない。
幼い頃の彼女であれば絶対にやらない行為。だが成長した今は分からない。自分とて幼い頃に比べれば格段に変わったのだから。
(后にするべきではなかったかもしれん。全く、何で結婚なんてしたのか本気で分からん。……いや、そうか。確か政治的な理由で……)
ルシアの裏工作から連想したのか、ロムルスはようやく思い出す。反乱軍との戦において、敵味方を区別する為にそういうしたのを。
(そうだった。あの偏屈な翁……公爵家当主と交渉したのを覚えている。最初は断られたんだったな。国を乱すとかで。……いや、既に戦は起きつつあったはず。なのに何故――)
「――殿下。ロムルス殿下」
「……む? どうした団長」
何かを思い出しかけたところで騎士団長に話しかけられた。ロムルスは思考を止め、耳を傾ける。
「もう少しで村です。殿下の身に何かあっては大変ですので、せめてお気をつけを」
「そうか。分かった」
彼の忠告を素直に受け取る。どうやら町に戻るのは諦めてくれたらしい。まだ目的地の村は見えないが、周囲にある木々のせいで遠くが見えないからだろう。
ロムルスは一連の考えを棚上げし、意識を切り替える。今すべきことは異形の全滅。それこそがヴィペールの問題、そして千妃の問題を解決に近づけてくれる。故に彼はこの討伐一回で全てを焼き尽くすつもりなのだ。
そうして暫く歩くと……。
「む?」
「王子、どうしました?」
「……何かいるな」
ロムルスは何らかの気配を感じ取った。
戦いに関しては超一流のロムルスである。様々な魔物と戦った経験がある為か、敵の気配のようなモノが何となくつかめるのだ。
彼の言を聞いた騎士団長は「総員! 警戒態勢!」と指示。兵士たちが武器を取り、周囲を見張る。ロムルスも馬から降り、腰に差した剣を抜く。
そうしてしばらく経つが……何も起こらない。異形どころか魔物が出てくる様子もなく、森は静かなもの。木々が揺れる音がするだけだった。油断なく周囲を見回していた兵士たちの警戒心も次第に弱まってくる。
「ッ! 馬鹿者!」
そのうちの一人、年若い兵士に向かいロムルスは叫ぶ。「えっ」と呆けた声を出した瞬間に迫る黒い影。油断していた兵士は全く反応する事が出来ない。
鋭い牙が彼の肉体を貫く――直前で、何かが横を通り過ぎる。
「ギャウン!」
崩れ落ちる影。気づけば彼の前には赤髪の男がおり、目の前の異形を切り裂いていた。
「お、王子! た、助かりました!」
兵士は身を震わせた。死が通り過ぎたことによる恐怖に加え、感動もしているのだろう。まさか王子自らかばってくれるなど普通は思わない。
しかしその感動に浸っている暇はない。見たことのない魔物が姿を現し始めた。森の中から続々と。
体長二メートルほどの漆黒の獣。目や鼻と言ったものは存在せず、口だけが異様に大きい。狼の口をさらに裂き、首にまで食い込んでいるという姿であった。
雰囲気もここらにいる魔物とは明らかに違う。異形という言葉がぴったりである。さらにその数は五十にも及び、兵士たちの数とあまり変わらない。
顔を青くする兵士たち。何人もの民があの大口に食われてきたのを見ており、さらにその数は襲撃時よりもはるかに多い。如何に彼らが精兵とはいえ、同数の異形相手に勝てるとは思えなかったのだ。
――しかし、ある者は別だった。
「炎よ」
ロムルスがそう言うと、周囲の温度が一気に上がる。彼の身体が赤い魔力を放ち、さらにその赤色が炎に変わってゆく。そしてそれは右手の剣へと集約し――炎の剣が出来上がった。
彼は地面を踏みしめ、異形へと飛び込む。炎の剣が振るわれ、それだけで目の前の異形はたやすく真っ二つになった。切り口は炭化しており、黒い身体がさらに黒くなっている。
とびかかってくる複数の異形たち。しかしロムルスは焦らず、さらに大きな炎を放ち、回転切りのようにぶん回した。炎に焼かれ、悲痛な声を上げて燃え尽きる異形たち。
――英雄王子ロムルス。またの名を“炎剣”のロムルス。
炎を自在に操り、それを武器とする。灼熱となった剣は全てを断ち切り、時に魔法のように放つ。これこそが彼の戦闘スタイルであった。
これは普通の戦士にはできない。魔力を炎に変えるのは魔法の領域。如何にオドを練っても火に変化したりはしない。
かといって魔法使いにも無理だ。属性付与と呼ばれる魔法で似たようなことはできるが、武器に火の精霊の力を込めるだけであり、炎を纏ったりはしない。
そもそも普通の者が炎など纏えばどうなるか。確実に火傷を負い、自らを傷つける結果となってしまう。内在魔力によって軽減できたとしても限界があるのだから。なのにロムルスが無事なのは、彼のレアスキルによるものだ。
――レアスキル、“炎の加護”。
その名の通り炎を自在に操り、炎熱に対する完全耐性を得る能力。これによってロムルスは炎を武器とする事ができ、自らが生み出した炎によって焼失する事もないのだ。シンプルな能力であったが、シンプルであるがゆえに強力な力でもある。
たった二振りで自らの周囲にいる異形を全滅させたロムルス。彼は兵士に対し叫ぶ。
「さあ、兵士たちよ! 魔王の異形など恐れるに足りず! 奮闘せよ! 諸君らには私がついている!」
「「「お、おおおおおお!!」」」
頼もしき王者の姿。それを見た兵士たちの士気が目に見えて向上。この男と共に戦えば勝利は間違いない。そう確信したからだ。
ロムルス自身、そうなるのを狙ってやった。自分一人で殲滅するのは容易だが、自分頼りになるのも困る。魔王の異形が相手にならないと分かった以上、兵士たちに経験を積ませた方がいい。
とはいえ、数が数だ。ロムルスは異形が密集している場所に狙いをつけ、跳躍。そしてその場所の地面へ思いっきり剣を叩きつけた。
――瞬間、地面から炎が爆発する。
ロムルスがいる場所を中心に、地面から炎が爆発したように吹き出たのだ。
広範囲にわたり噴出する炎。地面はマグマのように赤く染まっており、周囲の異形は一気に焼き尽くされた。
火の精霊を限界まで纏い、地中に数多く存在する土の精霊へ叩きつける。地中に火の精霊は少なく、また存在しづらい為、反発するように地面から噴き出す。そこにロムルスが自身のレアスキルにより炎として具現化させる。
炎地爆散。彼のレアスキルを生かした広範囲攻撃であった。世界広しといえども、このような技を放てる者はロムルス以外にいない。
戦場を暴れまわるロムルス。彼が動くたびに異形はその数を減らし、もはや十体程度しか残っていない。
(ここまでだな。後は部下に任せても大丈夫だろう)
そう判断したロムルスは殲滅速度を落とし、兵士たちを支援し始める。異形との戦闘経験、そしてそれを打ち破ったという経験はきっと彼らを強くするだろう。加えて彼らの手柄にもなる。
共に戦うという一体感。身を挺して兵士を助けるという優しさと頼もしさ。そして自ら手を下す固執せず、周囲を活躍させ、引き上げようとする心持ち。
これがあるからこそロムルスは軍部から多大な支持を受けているのだ。一般の兵士から騎士、指揮官に至るまで、彼に悪感情を持つ者は少ない。女関係では壊滅的にだらしないロムルスであるが、こと戦場においては無類の有能さを見せていた。
彼は早々と現地へと到着しており、乗馬して道を進んでいた。彼の前後には自らが連れてきた近衛十数名と、現地の騎士団の約五十名。異形討伐の為に組まれた精兵たちであった。
目的地はとある小さな村。既に異形に滅ぼされている場所。これまでに得た情報から、そこが異形のねぐらになっているとロムルスは見ていた。
「お、王子。やはり危険ではないでしょうか。まずは町にこもって防衛し、様子を見るべきでは……」
「ならぬ。元を絶たねばきりがなかろう」
領主に仕える騎士団長が忠告してくるが、ロムルスは耳を貸さない。
異形の被害にあう東部地方。最初は小さな村が標的にされていたが、ここ最近は町を襲うようになってきた。
数はそれほど多くないが、強い。既に百を超える領民や兵士たちが犠牲になっている。これは町の中だけの話で、滅びた村を含めれば十倍以上の数になるだろう。城壁があり、兵士が常駐する町だからこそこの程度の被害で収まっていると言っていい。
彼らの努力もあり、二十体ほどの異形の撃破には成功している。しかし襲ってくる数は一向に減らない。異形は一通り人間を食い荒らすと、もう腹は満ちたとばかりに逃げ、再び町を襲ってくるのだ。前回よりもさらに数を増やして。
ここから予想されるのは、異形は現在進行形で増えているという事だ。恐らく数を増やす為に人間を食っているのだろう。よって、再び町を襲ってくる可能性は高い。なのにロムルスは防衛を選ばず、討伐を選んだ。元を絶たねばキリがないと主張して。
流石に危険すぎる。相手がどれだけの数がいるかもわからぬというのに。せめて偵察した後にするべき。そう言って止めた領主たちであるが、ロムルスは聞かなかった。
(防衛などしていたらいつまで経っても終わらん。千妃祭に間に合わないではないか……!)
国王以下、宰相や元帥といったトップ勢に乞われてここに来た。流石のロムルスとて彼ら全員に乞われれば無下にはできない。いや、無下にしようとしたのだが、「このまま異形が暴れ続ければ千妃にケチがつく」と言うもっともな事を言われ、了承せざるを得なかったのだ。
……いや、ケチがつくのはまだいい。一番の問題は、レヴィアがこの件を知ればどう思うかである。
心優しいレヴィアだ。間違いなく心を痛める。あの美しい顔が悲しみに染まるなど……男として、夫として許せる事ではない。故にロムルスはしぶしぶとはいえ、本気で解決に取り組む気でいる。まあ千妃祭優先なので期日になれば戻るつもりだが。解決の成否に関わらず。
(千妃祭には様々な審査がある。絶対に見逃すわけにはいかない。特に……!)
――水着審査。アレだけは見逃す訳にはいかない。
裸とはまた違う、えっちな恰好。それを着たレヴィアは羞恥に顔を赤く染める。
見たい。何としてでも見たい。
女に手を出す速さには定評のあるロムルスである。婚前交渉などお手の物だ。なのに千妃候補の誰にも手をだしていないのは水着審査があるからだ。裸を見てしまえば感動が減る。故に手をつなぐ以上の事は頑張って我慢していたのだ。ものすごくしょーもない理由だが、レヴィアにとっては幸いな事だったといえよう。
(しかし、出兵当日になって私の派遣を願うとは……父上や宰相がそんなギリギリの依頼をするとは思えん。明らかに別の人間の意図が働いている。それは間違いなく……)
ルシアだ。ヤツが動いたとしか思えない。
最初は平民グループの中でいじめられていたレヴィア。しかしルシアと出会ってからは貴族や冒険者なども彼女を排そうとしていた。
それもこれもルシアの仕業だろう。レヴィアの事が気に食わない様子だった彼女。その権力をもって裏から星の宮を動かしたに違いない。
(恐らく千妃が自分の権力を脅かすと考えたのだろう。第十后とはいえ、公爵家出身のルシアに逆らえる后はいない。一から九は一番上でも子爵家出身であるし)
后の中では最も強い権力を持ち、精神的な力関係でもロムルスの上をいく彼女。今まではそのお陰で自由に振る舞えた。それが陰ることを恐れたのだろう。だからこそ千妃に(ロムルスの中で)内定しているレヴィアに目を付け、排除しようとしているに違いない。
幼い頃の彼女であれば絶対にやらない行為。だが成長した今は分からない。自分とて幼い頃に比べれば格段に変わったのだから。
(后にするべきではなかったかもしれん。全く、何で結婚なんてしたのか本気で分からん。……いや、そうか。確か政治的な理由で……)
ルシアの裏工作から連想したのか、ロムルスはようやく思い出す。反乱軍との戦において、敵味方を区別する為にそういうしたのを。
(そうだった。あの偏屈な翁……公爵家当主と交渉したのを覚えている。最初は断られたんだったな。国を乱すとかで。……いや、既に戦は起きつつあったはず。なのに何故――)
「――殿下。ロムルス殿下」
「……む? どうした団長」
何かを思い出しかけたところで騎士団長に話しかけられた。ロムルスは思考を止め、耳を傾ける。
「もう少しで村です。殿下の身に何かあっては大変ですので、せめてお気をつけを」
「そうか。分かった」
彼の忠告を素直に受け取る。どうやら町に戻るのは諦めてくれたらしい。まだ目的地の村は見えないが、周囲にある木々のせいで遠くが見えないからだろう。
ロムルスは一連の考えを棚上げし、意識を切り替える。今すべきことは異形の全滅。それこそがヴィペールの問題、そして千妃の問題を解決に近づけてくれる。故に彼はこの討伐一回で全てを焼き尽くすつもりなのだ。
そうして暫く歩くと……。
「む?」
「王子、どうしました?」
「……何かいるな」
ロムルスは何らかの気配を感じ取った。
戦いに関しては超一流のロムルスである。様々な魔物と戦った経験がある為か、敵の気配のようなモノが何となくつかめるのだ。
彼の言を聞いた騎士団長は「総員! 警戒態勢!」と指示。兵士たちが武器を取り、周囲を見張る。ロムルスも馬から降り、腰に差した剣を抜く。
そうしてしばらく経つが……何も起こらない。異形どころか魔物が出てくる様子もなく、森は静かなもの。木々が揺れる音がするだけだった。油断なく周囲を見回していた兵士たちの警戒心も次第に弱まってくる。
「ッ! 馬鹿者!」
そのうちの一人、年若い兵士に向かいロムルスは叫ぶ。「えっ」と呆けた声を出した瞬間に迫る黒い影。油断していた兵士は全く反応する事が出来ない。
鋭い牙が彼の肉体を貫く――直前で、何かが横を通り過ぎる。
「ギャウン!」
崩れ落ちる影。気づけば彼の前には赤髪の男がおり、目の前の異形を切り裂いていた。
「お、王子! た、助かりました!」
兵士は身を震わせた。死が通り過ぎたことによる恐怖に加え、感動もしているのだろう。まさか王子自らかばってくれるなど普通は思わない。
しかしその感動に浸っている暇はない。見たことのない魔物が姿を現し始めた。森の中から続々と。
体長二メートルほどの漆黒の獣。目や鼻と言ったものは存在せず、口だけが異様に大きい。狼の口をさらに裂き、首にまで食い込んでいるという姿であった。
雰囲気もここらにいる魔物とは明らかに違う。異形という言葉がぴったりである。さらにその数は五十にも及び、兵士たちの数とあまり変わらない。
顔を青くする兵士たち。何人もの民があの大口に食われてきたのを見ており、さらにその数は襲撃時よりもはるかに多い。如何に彼らが精兵とはいえ、同数の異形相手に勝てるとは思えなかったのだ。
――しかし、ある者は別だった。
「炎よ」
ロムルスがそう言うと、周囲の温度が一気に上がる。彼の身体が赤い魔力を放ち、さらにその赤色が炎に変わってゆく。そしてそれは右手の剣へと集約し――炎の剣が出来上がった。
彼は地面を踏みしめ、異形へと飛び込む。炎の剣が振るわれ、それだけで目の前の異形はたやすく真っ二つになった。切り口は炭化しており、黒い身体がさらに黒くなっている。
とびかかってくる複数の異形たち。しかしロムルスは焦らず、さらに大きな炎を放ち、回転切りのようにぶん回した。炎に焼かれ、悲痛な声を上げて燃え尽きる異形たち。
――英雄王子ロムルス。またの名を“炎剣”のロムルス。
炎を自在に操り、それを武器とする。灼熱となった剣は全てを断ち切り、時に魔法のように放つ。これこそが彼の戦闘スタイルであった。
これは普通の戦士にはできない。魔力を炎に変えるのは魔法の領域。如何にオドを練っても火に変化したりはしない。
かといって魔法使いにも無理だ。属性付与と呼ばれる魔法で似たようなことはできるが、武器に火の精霊の力を込めるだけであり、炎を纏ったりはしない。
そもそも普通の者が炎など纏えばどうなるか。確実に火傷を負い、自らを傷つける結果となってしまう。内在魔力によって軽減できたとしても限界があるのだから。なのにロムルスが無事なのは、彼のレアスキルによるものだ。
――レアスキル、“炎の加護”。
その名の通り炎を自在に操り、炎熱に対する完全耐性を得る能力。これによってロムルスは炎を武器とする事ができ、自らが生み出した炎によって焼失する事もないのだ。シンプルな能力であったが、シンプルであるがゆえに強力な力でもある。
たった二振りで自らの周囲にいる異形を全滅させたロムルス。彼は兵士に対し叫ぶ。
「さあ、兵士たちよ! 魔王の異形など恐れるに足りず! 奮闘せよ! 諸君らには私がついている!」
「「「お、おおおおおお!!」」」
頼もしき王者の姿。それを見た兵士たちの士気が目に見えて向上。この男と共に戦えば勝利は間違いない。そう確信したからだ。
ロムルス自身、そうなるのを狙ってやった。自分一人で殲滅するのは容易だが、自分頼りになるのも困る。魔王の異形が相手にならないと分かった以上、兵士たちに経験を積ませた方がいい。
とはいえ、数が数だ。ロムルスは異形が密集している場所に狙いをつけ、跳躍。そしてその場所の地面へ思いっきり剣を叩きつけた。
――瞬間、地面から炎が爆発する。
ロムルスがいる場所を中心に、地面から炎が爆発したように吹き出たのだ。
広範囲にわたり噴出する炎。地面はマグマのように赤く染まっており、周囲の異形は一気に焼き尽くされた。
火の精霊を限界まで纏い、地中に数多く存在する土の精霊へ叩きつける。地中に火の精霊は少なく、また存在しづらい為、反発するように地面から噴き出す。そこにロムルスが自身のレアスキルにより炎として具現化させる。
炎地爆散。彼のレアスキルを生かした広範囲攻撃であった。世界広しといえども、このような技を放てる者はロムルス以外にいない。
戦場を暴れまわるロムルス。彼が動くたびに異形はその数を減らし、もはや十体程度しか残っていない。
(ここまでだな。後は部下に任せても大丈夫だろう)
そう判断したロムルスは殲滅速度を落とし、兵士たちを支援し始める。異形との戦闘経験、そしてそれを打ち破ったという経験はきっと彼らを強くするだろう。加えて彼らの手柄にもなる。
共に戦うという一体感。身を挺して兵士を助けるという優しさと頼もしさ。そして自ら手を下す固執せず、周囲を活躍させ、引き上げようとする心持ち。
これがあるからこそロムルスは軍部から多大な支持を受けているのだ。一般の兵士から騎士、指揮官に至るまで、彼に悪感情を持つ者は少ない。女関係では壊滅的にだらしないロムルスであるが、こと戦場においては無類の有能さを見せていた。
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