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第三章. 最強娘を再教育

047. 気まずい

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「あっ! ネイさん!」
「はい!?」
「光! 光が見えますよ!」

 ジェスが嬉しそうな声を出した。前を見ると、確かにぼんやりとした光がある。
 
 小走りで近づく。するとそれは魔力を動力とした明かりであった。隣には上層と同じ色の細い通路があり、暫く先には階段がある。が、困ったことに通路は太い金属製の柵でふさがれていた。
 
「カギ穴は……ありませんね」
「恐らく逆側から開ける仕組みなのでしょう。ふんっ!」

 魔力を全開にして押したり引いたりしたが、ビクともしない。鉄くらいなら何とかなるので、よほど頑丈な材質でできているのだと思われる。ジェスと二人がかりでやっても駄目だった。
 
「駄目か。困ったな」
「ネ、ネイさん。ど、どうしましょう」
「救助を待つしかないでしょうな……」

 慌て始めるジェスに、ネイは冷静に伝える。

「とにかく一度休憩しましょう。別の方法を探すにしても救助を待つにしても、体力は温存するに越した事は無い。幸い魔物はいないようだし」
「あ、は、はい!」

 ネイは壁を背もたれにして腰掛ける。ジェスも同様に隣に三角座りをした。
 
 一瞬、ちらりとこちらを見たジェスだが、すぐに顔を伏せてしまった。落ち込んでいるような仕草だ。それを見たネイは気遣うような声を出す。

「ど、どうしたジェス殿。何やら沈んでいるようだが」
「! い、いえ……。ええと……ギルの事で、ちょっと」
「ギルフォード殿?」
「ええ。また叱られてしまうな、と」

 その言葉にネイは納得した。普段からあのような態度なのだ。ミスをすればどうなるか簡単に想像はつく。
 
「そういえばお二人はどんな関係なので? 何というか、歯に布着せぬ仲のようですが……」

 あまり関係はよくないように見えるが、言葉遣いは二人とも気安い。その事をネイは疑問に思ったのだ。
 
「元同僚なんですよ。後継者として指名されるまでは聖都の聖騎士団に務めてたんです。ギルと一緒に」
「成程。それで……」

 ジェスが言うには、ギルフォードとは切磋琢磨する仲だったらしい。しかしジェスが後継者と指名された事で退団。その後ギルフォードがパートリーに赴任した事で再会したのだとか。
 
「厳しいんですよね、ギル。普段から『情けない』『しっかりしろ』『それでも元聖騎士か』と叱られてばかりで。いやまあ、僕が悪いんですが……」

 彼はハハハと力ない笑みを浮かべた。プライドの高そうなギルフォードである。元とはいえ、聖騎士だった者が情けないのは許せないのだろう。
 
「ジェス殿……。何、心配なさるな。昨日は魔物の大群相手に逃げず、今日とて勇気を出してここへ来た。いつかきっと大成し、ギルフォード殿も認めてくれるさ」
「ネイさん……。ありがとうございます」

 ネイは彼に対し慰めの言葉をかける。慰めとはいえ本心からの言葉だった。それを受けたジェスは気を取り直したようで、少しだけ表情に力が灯る。ネイのほほにも赤味が増す。
 
 そのまましばらく当たり障りのない会話が続いた。一度話した事でネイの緊張も多少取れ、元聖騎士という事も知った。そこを掘り下げればいいと考えた彼女は鍛錬の内容や聖騎士としての職務などを質問する。が、何故かジェスは答えづらい様子だ。あまりいい思い出が無いのだろうか。
 
「と、ところでネイさん。さっきの話の続きなんですが、勇者様と何かあったんですか?」
 
 彼は話題をそらすように質問してきた。今度はこちらがあまり聞かれたくない内容であった。ネイは少し口元を引きつらせる。
 
「単独行動をしてたようですし、一体何があったんです? さっきはトラブルと言ってましたけど……」
「ま、まあちょっとな」

 答えにくいネイは話を濁した。いかに怒っていたとはいえ、冒険者失格の行動である。あまり話したくはない。
 
 その言葉で何かを察したのだろう。ジェスは気遣うように言った。

「あっ。も、もしかしてネイさんが悪いんですか? でしたら――」
「違うッ! 私は……!」

 首を絞められたのを思い出し、ネイは怒りと共に否定しようとし――
 
「私は……」

 しかし、途中で声のトーンが落ちてしまう。思い浮かべた純花の表情。あの顔は……

「……いや、私が悪いんだろうな……」

 一つため息を吐き、懺悔するように言った。
 
「実は、誤ってヤツの大事な物を壊しかけてな。わざとやったのだと勘違いされ、激怒されたのだ。それで私もカーッとなってしまい、三人と別れ……この有様という訳だ」

 ネイはうなだれながら言った。怒りのあまり霞んでしまっていたが、あの時……怒る前の純花は絶望したような表情だった。プレートが無事と分かってからは涙ぐむほどに安心していた。それほどに大切なものだったのだろう。
 
 察するに、母との思い出の品か。離れ離れになった今では心の支えだったのかもしれない。それを壊しかけたのだから怒るのも納得できる。

「ネイさん……。けど、勇者様も悪いのでは? 勝手に勘違いして殺そうとするなんて」
「確かにやりすぎだとは思うが、それでも私が悪いよ。思えば私はヤツを勇者としてしか見ていなかった。実際、それに相応しい力を持っていたしな。だがヤツは勇者である前に……迷子の子供だったのだ……」

 母が心配だから帰りたい。嘘ではないだろうが、その前に寂しくて仕方がないのだ。寂しいからこそ帰りたがり、寂しいからこそ余裕が無い。泣き叫ぶ迷子の子供と同じ。
 
「全く、自分が情けない。心は今も騎士のつもりだったが、これでは騎士失格だな。泣いている者に気づきもしないなど……」
「…………」

 落ち込むネイを見たジェスは何かを考えているのか視線をそらした。
 
 が、少しして彼はネイの手を両手でそっと握り、優しげな表情で言った。
 
「大丈夫ですよ。きっと仲直りできます。ネイさんのように優しい方なら」
「ジェス殿……」

 その暖かない体温に触れ、ネイの心がドキンとする。落ち込んでいた気分が上向きになり、何とかなりそうな気がしてきた。
 
「まあギルに疎まれてる僕が言っても説得力が無いでしょうけど。あはは……」
「そ、そんな事は無いぞ! ジェス殿とて優しいではないか! こんな無骨者を気遣うなど――」
「無骨者なんて。ネイさんは素敵な方だと思いますよ。優しいし、美人だし……ちょっぴり面白いですし」

 くすくすと笑い始めるジェス。先ほど叫んだ見苦しくも情けない言葉を思い出しているのだろうか。ネイの顔がかあっと赤くなる。
 
「か、勘弁してくれ。あれはちょっとした気の迷いだ。決して本心ではないのだ」
「分かりました。聞かなかった事にしておきますから」

 そう言いつつも彼はくすくすと笑う。恥ずかしさのあまりネイがぷいっと顔をそらすと、ジェスは「す、すみません。もう笑いませんって」と軽めの謝罪をしてくる。
 
(全く、レディーをからかうなど。……ん?)

 ふと、ネイの心に何かがよぎった。既視感というか、何かに似ているような……。
 
 その正体に気づいたネイはハッとする。
 
(こ、この状況…………







 恋愛小説ものでよく見るやつだ!!)







 落ち込んだ彼女を彼氏が励まし、わざとおどけて慰める描写。大人系な男子とか、お茶目な男子がする感じのやつである。
 
 それに気づいたネイは思わずニヤけてしまう。まさか子犬系のジェスがしてくるとは思わなかったが、それだけに効果抜群である。ギャップ萌えというヤツだろうか。胸がきゅんきゅんする。

(というかコレ、いい雰囲気じゃないか? もしかして超チャンス? ピンチにおちいる二人。いるのはお互いだけ。急速に接近していく二人……)

 ネイはジェスの顔をちらりと見た。気弱そうな子犬系のイケメンで、タイプかタイプじゃないかと聞かれれば超タイプである。まあ他に十個くらいあるのだが。好きなタイプは。
 
 彼は気を許したような表情で、物理的にも精神的にも距離は近い。弱い所を見せた方が女はモテると言うし、世の中にはつり橋効果なるものもある。その二つのダブルアタックで急激に距離が縮まったのだろう。
 
(こ、これは……来たぞ! 私の時代が来た! フ、フハ、フハハハハハ!!)

 ネイは確信した。一月後は交換日記、二月後は恋人、三か月後にはキス、そして……!
 
(一年後にはウェディングドレス!! ハハハ! 悪いなレヴィア! お先に失礼してしまったようだ!)

 ニヤニヤと笑いながら妄想を続ける彼女。もちろん顔はそらしたままなのでジェスには見えていない。というか見せられない。
 
「あ、そういえば……」
「ウフフ。どうしたのダーリン?」
「ダーリン?」
「あっ! い、いやジェス殿」

 思わず妄想の呼び名が出てしまったので言い直す。
 
「大した事じゃないんですが……昨日、なんでギルは来なかったんだろうと思って」
「と、言うと?」
「その、町の防衛は我々騎士団の仕事なので文句はないのですが、あの状況で何故ギルたちは来なかったんだろうって。僕たちがやられてたら神官の方々だって危なかったのに」

 聖騎士は領主ではなく、ルディオス教の意向に従って動く。その任務は様々だが、町に駐屯しているという事は司教の命によって動くはず。そして教区のトップである司教が町の危機を見過ごすはずがない。
 
「確かに変だな。昨日の戦いには参加していないのに、今日は参加している。ジョセフ殿から何か聞いているか?」
「いえ、特には」
「……もしかして……」

 いきなり現れた魔物の大群。発見された遺跡。その遺跡は止まっており、ネイが罠にかかるタイミングで前触れなく稼働し始めた。

 よく考えれば何者かの作為が感じられる気がする。もしギルフォードがこれらの犯人だとしたら……

「魔王の手先?」
「なっ!?」

 ネイの頭に最悪の想像が浮かぶ。

 魔王は魔物の王とばかり思っていたが、その正体を確認した者はいない。ルディオス教の経典には”魔族”と書いてあるだけで、セシリアの言う異形がそれだと思っていた。しかし、他に配下がいないとも限らない。仮にそれが人型だとしたら……
 
「け、けどギルはずっと前からの知り合いなんですよ? 魔王の手先だなんて――」
「分からんぞ。途中で入れ替わったのか、何なら最初からそうだったのかもしれん」
「そ、そんな……」

 驚愕の表情を見せるジェス。元同僚が魔王の配下だったなど信じられないという顔だ。しかし心当たりがあったらしく……。
 
「そ、そういえば昔と随分変わっちゃた気が。前はもっと優しかったのに」
「むう……。まずいな。他の者も危ないかもしれん」

 ネイは立ち上がり、再び鉄柵を握りしめる。
 
「ぬっ……! おおおおおっ!!」
 
 が、どうにもならない。前に押そうが後ろに引こうが横に引っ張ろうがビクともしない。
 
「くそっ! ジェス殿! 手伝ってくれ!」
「は、はい!」

 二人して力を合わせるも、やはり動かない。先ほども試したので当然の結果だった。
 
「ハア、ハア……! 駄目か! ジェス殿、他に手立てはないか考え……ん?」

 ふと人の気配がしたので後ろを振り向く。するとそこには気まずそうな顔の純花がいた。
 
「ゆ、勇者!? 何故ここに!?」
「いや…………とりあえず壊すね」

 そう口にした純花は鉄柵の前へ歩み、少し力を入れた様子で手前に引っ張る。今までビクともしなかったそれはバキン! と派手な音を立て、あっさりと外れてしまった。
 
「これでいいでしょ。さっさと出るよ」
「お、おお……」

 相変わらずの馬鹿力にぽかーんとするネイ。これを見れば、さっきは手加減されていたんだろうかとも思う。本気で握られれば一瞬でボキッといってしまいそうだ。
 
 そんな恐ろしい事を考えていたが、すぐにはっとして気を取り直す。
 
「いかん! それより早く戻らねば!」

 自らの予測を思い出したのだ。その言葉に純花も同意を返し、三人は駆け出した。

 通路の先にあった階段を上る。見知らぬ場所に出たが、大体の方向は分かる。ネイたちは元いた場所の方向へと走った。
 
「グッ?」
「グォォォ……!」

 しかしその先には大量の魔物が。皆でいた時は一匹も遭遇せず、ネイ一人になった瞬間に十数体の魔物を目撃。そして今はこの数である。何者かの意志が働いている事は間違いない。
 
「くそっ! 相手にしている暇は無いと言うのに! 勇者! ジェス殿! 三人で強力して――」
「邪魔」

 純花は駆け出し、先頭にいたオーガを腹パン。その場所に見事な風穴があく。彼女は絶命したオーガの足を掴み、魔物の集団へと投げつけた。
 
「何してるの。早く行こう」
「あ、ああ」

 完全に殲滅はできていないが、投げた方向にぽっかりと道ができていた。三人はその道を通り抜け、時に左右から襲ってくる魔物を切り伏せつつ走る。
 
 しかし曲がり角を曲がった先には再び魔物が。
 
「くそっ! どれだけいるんだ! 勇者、頼む!」
「分かった」

 先ほどと同様に強引に道を開く。恐ろしいほどの数が足止めにもならない。その力にビビッたのか、ジェスは口元をひくつかせている。
 
 十字路、T字路と分岐が続く。どこを走っているのか正確には不明だが、方向はあっているはず。ネイは自分のカンを信じて走り続けた。
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