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第二章. 娘は勇者! パパは聖女!?
028. 幻想崩壊・中
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(何この人)
純花はあっけにとられていた。
基本的に友人を必要としない純花とて、あそこまでの態度は取れない。別に波風を立てたいわけではないからだ。
「フフフ。相当イライラしてましたわね。わたくしの勝ちですわ」
しかも勝ち負けの基準がよく分からない。強さで勝てないから口喧嘩でというのは分からなくもないが、さっきのは別に勝ってないと思う。何なら相手が大人な分負けてると思う。
暴言の嵐。そのせいで周囲はざわついている。「こ、これは一体……」「頑張りすぎて幻覚が見えてきたようだ」「魔王に操られてるに違いない」みたいに困惑しまくっている。何とか収めようとジュディスが頑張っているが、あまり効果は無い模様。
「仕返しはこれでいいとして……さ、うるさいのがいなくなったので再開しましょうか。ほら、いつでもどうぞ」
目の前の人物が剣を抜く。本気で相手をするつもりらしい。いくら成長の遅い自分でも、あの程度の強さに負けるとは思えないのだが。
しかし有難い申し出には違いない。冒険者という職業に荒事は切り離せないと聞く。ならば魔力も扱えるはず。魔力知覚の為の刺激にはなるだろう。騎士とは違う戦い方も参考になるかもしれない。
純花は剣を正眼に構える。しかし……
「? どうしましたの? いつでもどうぞ」
「いや……構えないの?」
相手は剣をぷらーっと持ったままで構えもしない。一体何のつもりなのか。疑問に思った純花が言葉を発すると、レヴィアはため息をついた。
「ハァ……。ホント、凡人というものはやっかいですわね。純花、これがわたくしの構えみたいなものなので、気にせずとも宜しくてよ」
あれ、どこで自分の名前を知ったのだろう。おまけに名前呼びと馴れ馴れしい。
一瞬疑問に思う純花だが、そういえば彼女はよくここを覗きに来ていた。何かの拍子に知ったのだろう。名前呼びもこの世界では一般的なものらしく、騎士たちからも”スミカ殿”と呼ばれている。ただ、流石に呼び捨てではなかった。
(いや、今考える事じゃない)
純花はそう判断し、目の前の事に集中する。一つ深呼吸をし、短く吐き出すと共に相手を見据えた。そして前へと踏み出し、レヴィアに向かって斬撃を放つ。
が、さらっとよけられてしまう。
既に何度も経験した事だ。この結果は想定済み。純花は相手の動きを注視し……
(いない!?)
レヴィアの姿が無い。左右を見回すが、やはりいない。一体どこに……
「ふーっ」
「うひゃあっ!」
耳元に吐息。くすぐったさに思わず声を上げてしまう。がばっと振り向くと、くすくす笑うレヴィアがいた。
「な、何すんのさ!」
「いえ、隙だらけでしたのでちょっぴりイタズラ心が。さ、もう一度どうぞ」
カモーンとばかりに指をちょいちょいされる。間抜けな声を出してしまったせいで純花は顔を赤くしている。文句を言いたい気持ちはあったが、自分が弱いのが悪いので仕方ないと気持ちを落ち着ける。
再び剣を振るう純花。……が、やはり避けられる。
純花は先ほどより警戒を強化。相手がニヤニヤしていたのでまたイタズラをしてきそうだ。絶対に目を離さないとばかりにレヴィアを注視する。
(右!)
今度は見えた。目にもとまらぬ動きであったが何とか見切る事が出来た。返す刀でそちらを切りつける。
「お、ちょっとマシになりましたわね。ペースを上げましょうか」
その攻撃をあっさり避けつつレヴィアは宣言。再び純花が攻撃すると、言葉通りさらに速い動きでレヴィアは回避。
(後ろ!)
見える。動きは見えた。しかし……
「ふーっ」
「ひゃあああっ!」
動きが追いつかない。再び耳元でふーっとされてしまう。キッと睨むも相手はニヤニヤしたまま。
(次は逃さない)
羞恥に顔を染めながらも純花は決意。ほえ面かかせてやる。そんな気持ちが表情に現れていた。
……が、やはり当たらない。
動きは見切れるようになったものの、体が動かない。やりたいように体が追いつかない。そんな感覚であった。
「理解できましたか?」
動きを止め、問いかけてくるレヴィア。何の事だろう? 純花は不満顔をしながらも言葉を返す。
「……何が」
「あら? 気づかなくて? それ、邪魔でしょうに」
レヴィアは純花の剣を指差す。剣技が未熟な事を指摘しているのだろうか?
「そりゃ、まだ慣れないけど。練習はしてるよ」
「ふーん。ところで、何で剣なんて使ってますの?」
「当たり前でしょ。武器がなきゃ戦いなんてできない」
大雅や勝美のように経験と魔力、そしてレアスキルがあれば別だろうが……。どれも自分には無いものなので訓練するしかない。
その言葉を聞いたレヴィアはアチャーとばかりに額に手を当てて呆れている。そのまま一つため息を吐き、自らの剣を鞘に戻してしまった。
「少々恐ろしいですが、ま、仕方ないでしょう。ほら、そんなもの捨ててかかってきなさい」
「えっ」
今度は格闘術の訓練をするという。一応、軽く習いはしたのでできないことは無い。無いのだが……
(いいのかな。当たったら折れそうだけど)
細い腕に細い腰つき。見るからに戦闘向けではない。剣を使えば非力さは補えるだろうが、素手は無理だろう。
(いや、当たらない自信があるのか。私の剣、全部避けてたし)
剣を避けられるというのは珍しくない。しかしそれを何度も、さらに紙一重でともなると普通は出来ない。教官の騎士とて剣や盾を用いて防ぐ事もあるというのに。この場で最も強いジュディスとて難しいに違いない。事実、遠くから戦いを見ている彼女も驚愕の表情をしている。
(なら大丈夫かな。思いっきり行こう)
もはや弱いという認識は消えていた。恐らくこの間は正面から戦ったからあんな結果となってしまったのだろう。
気になるのは魔力を一切使ってこない事だが、その割には動きが鋭い。恐らく自分が知らない技術を用いているのだ。
そう考えた純花は剣をしまい、拳を構える。手をクイクイさせて『来い』と言ってくるので、じりじりと近づき、軽めにパンチを放つ。
が、当たらない。何度やっても同じだった。剣で戦った時と同じように触れる事すらできず、舞うようにひらひらと回避される。
「うーん……?」
ちょっぴり不審げな顔をし始めるレヴィア。何かを考えている様子。しばらくして納得がいったとばかりの表情になる。
彼女はバックステップし、純花から距離を取った。そしてここに来て初めて魔力を見せる。
金色の淡い魔力光――それが彼女の全身を包み始んでいた。
「これなら遠慮はいらないでしょう。さ、思いっきり……いえ、それなりに……とにかく、ちょっぴり力を込めても結構ですわ」
「……よく分からないけど、分かった」
恐らく『手加減無用』と言っているのだろう。別に手加減などしていないのだが。
他者の魔力に比べて少し弱弱しいのは気になるものの、遠慮はいらないというのならその程度で十分という見積りなのだと思われる。
再びじりじりと近づき、拳を振るうと……
「えー……。純花、流石に気遣いしすぎでしてよ?」
軽く受け止められる。手のひらで拳を掴まれており、相手にダメージを受けた様子は無い。
彼女の言葉にむっとする純花。煽られていると感じたのだ。
「……気遣ってなんかない。本気でやってるんだけど」
「嘘。だってコレ、当たっても死なないレベルですわよ? 骨折くらいは覚悟してましたのに。これじゃちっちゃい頃の方がまだマシでしたわ」
「は?」
小さい頃? この人は何を言ってるのだろうか。初対面の自分の事など何一つ知らないだろうに。
「うーん…………ああ、そういや俺も本気でブン殴った事ねーな。いや、でも……」
レヴィアは小声で何かを呟いている。そんな時――
「レヴィア! 来てくれていたのか!」
入口の方から声。見れば、大雅ほか六卿の面々が入り口にいた。討伐から帰って来たばかりらしく、鎧姿や法衣姿だ。
大雅は喜色を浮かべつつ駆け足で向かってくる。他の面々も走りはしないが、ぞろぞろと練兵場の中に入ってきた。
「ね、ねえ彩人くん。何だか雰囲気が変じゃない?」
「うん……。何かあったのかな?」
異変を感じ取る百合華と彩人。当然の反応である。
悩んだりぼーっとしたり気絶したりしている同級生及び教官たち。唯一正気なのは彼らを叱咤するジュディスだが、その声に効果は無く。起きている者全員が一点を見つめている。
「あん? あれは……木原と、お姫様か?」
彼らの視線の先を見た勝美が不思議そうにつぶやく。純花は素手で構えており、レヴィアは首をかしげている。周囲の状況もそうだが、この二人が向き合っているのもよく分からない状況だ。
そんな状況に気づかないまま、大雅はレヴィアへと言葉を放つ。
「ようやくセシリアも動いたか。抗議した甲斐があった」
「うん?」
大雅の存在にまるで気づいていないレヴィアだったが、間近に来た事でようやく気付いたらしい。彼の方へ振り向く。
同時に大雅はレヴィアを抱き寄せ、顎をクイッと持ち上げて言った。
「けれど、こんな真似はやめて欲しい。お前が戦うなど俺は望んじゃいない。お前はいてくれるだけでいいんだ。戦いは俺に任せ、安心して待っていろ」
イケメンと美少女が絡む美しい光景。乙女ゲーなら一枚絵が表示されるシーンである。ヒロインの大切さに気付いた俺様男子が執着を見せ、プレイヤーの乙女心をきゅんきゅんさせる場面だ。
が、肝心のヒロイン役が全くきゅんきゅんしていない。『は? 何だコイツ』という感情を隠しもせず、いやーな顔をしている。
「汚い手で触らないで下さいまし」
「へっ?」
瞬間、宙を舞う大雅。
レヴィアに力を入れた様子は全くなかったのに、百八十センチはある男がくるりと回転。そのまま地面へと叩きつけられ、「がはっ!」と苦し気に息を吐きだす。
「初対面でセクハラたぁいい度胸してんじゃねーか。金払え。訴えられなくねーんならな」
「ぐっ! がっ!」
倒れた大雅をレヴィアがげしげしと蹴りだすレヴィア。顔を重点的に。整った顔にどんどん傷が出来ていくので非常に勿体ない。
(すご……)
純花は驚きに目を見開いていた。周囲の人間は目の前の女の変わりっぷりに驚いているが、彼女の視点は別だ。合気道のような技術に驚嘆していた。
今までは当事者だったので分からなかったが、第三者として見るとその動きは凄まじく洗練されている事が分かる。
「あっ! そうだ! ムカツク奴なら思いっきりやれますわよね。それじゃあ……」
その凄腕は蹴っている最中に何かに思い至ったらしく、手を合わせて喜ぶ。周辺をきょろきょろし、何かを探し始めた。因みに踏まれていた大雅は茫然として横たわったままだ。
「そうそう、アナタでしたわ。アナタ、こっち来て下さいまし」
「えっ。ア、アタシ?」
お目当てを見つけたらしく、ちょいちょいと手招き。指名された勝美は困惑顔だ。そのまま動かないのでレヴィアは彼女の元へと移動し、背中を押して純花の前へと追いやる。
「この人なら遠慮なくブン殴れますよね? コツは思いっきりやる事ですわ。怒りをそのままぶつけるような感じで。まあ死ぬでしょうが、頑張って揉み消すので安心して頂戴」
「ふ、ふざけんなぁっ!!」
物騒すぎる発言に激怒する勝美。そりゃそうだ。使い捨てのサンドバック扱いされれば誰だって怒る。
「いきなり何なんだアンタは! ケンカ売ってんのか!」
「まあ、品の無い言葉遣い。お里が知れましてよ? 大した生まれじゃないでしょうから、せめて外面だけは整えないと」
まるで姑のようなイヤミを返すレヴィア。純花をボコッてたのを見ていたせいか敵意満々であった。その言葉を聞いた勝美はさらに怒りを強くする。
「ああ!? アタシは早乙女家の生まれだぞ! じーさんはレスリング! 父親と母親は空手のオリンピック選手だ! アタシだって――」
「へえ。天才同士のサラブレットという訳ですか。丁度いい当て馬ですわね。純花、やっちゃいなさい」
「この……!」
怒りが頂点に達した勝美はレヴィアへと拳を振るう。頭はかっかしているものの、子供の頃から何十万回と繰り返された動きである。陰りは一切無い。
「あら、相手はわたくしではありませんわ」
が、当たらない。殆ど体を動かすことなく避けられてしまう。その結果に驚愕しつつ彼女は再び拳を突き出す……が、かすりもしない。
一度ならまだしも二度続けば偶然ではない。そう考えたらしく、勝美は距離を取り、冷えた表情で警戒し始める。
「アンタ……相当やるみたいだね。弱いって聞いてたんだけど」
「フッ。まあめちゃくちゃ努力しましたし、そこそこはやれますわよ? 少なくともアナタ程度じゃ相手になりませんわ」
「言ってくれるじゃないか……! おい! アタシと勝負しな!」
勝美は闘志をたぎらせている。体から溢れ出す魔力がそれを表しているようだ。
「だから相手はわたくしでは無いと言ってるじゃありませんか。相手はあっち」
が、対するレヴィアにやる気は見られず、純花を指差している。それを見た勝美は失笑。
「はあ? 何でそんな雑魚とやんなきゃいけないのさ。もう興味なんてねーよ」
「ふーん。『もう興味が無い』ですか。成程成程」
納得顔をするレヴィア。何かを察しているようだ。
「……何だよ」
勝美は不快そうにつぶやく。知らない人間に勝手に訳知り顔をされたのだ。そう感じるのもおかしくは無い。
その彼女の反応を見たレヴィアはくすくすと笑い始める。
「大体分かりましてよ。アナタ、純花が怖いんでしょう?」
「……は?」
意味が分からない。そんな風に呆ける勝美に対し、レヴィアは続ける。
「昔同じような方がおりましたもの。よーく分かりますわ。一流のスポーツマンと、何もしてないわたくし。勝敗は歴然なはずなのに……くすくすくす」
嘲笑。レヴィアは彼女と誰かを同一視している様子だった。それを見た勝美はかああーっと顔を赤くさせる。何か心当たりがあるのだろうか。
「それじゃ仕方ありませんわね。誰か別の方を――」
「……るよ」
「は? 何かおっしゃいました?」
「やるっつってんだろ!! ボコボコにしてやるよ!!」
憤怒の表情。激情と共に莫大な魔力が放たれ、辺りをざわつかせている。
色々と混乱していた生徒たちもこの衝撃で覚醒。
「す、すげぇ」
「早乙女さん、いつの間にあんな魔力を……」
「やべぇなんてモンじゃねーぞ。あんなので殴られたら死んじまう……」
驚愕と恐怖が広がり始めた。事実、彼女の魔力量は熟練の戦士をはるか超えていた。同じ六卿ならまだしも、ここにいる者とは戦いにすらなるまい。文字通り死に至るだろう。
事実そうなると考えたらしく、ジュディスが焦るようにこちらへ向かい、勝美をなだめようとする。
「ま、待て! 流石に見過ごせんぞ! 勇者同士の争いなど無益――」
「うるせえ!!」
ドゴォン!!
激情のままに放たれた裏拳。それをマトモに食らったジュディスが吹っ飛んでいく。完全に油断していたらしく、防御が間に合わなかったようだ。それを見たレヴィアが「うわ、顔に入った。可哀そー」とちょっぴり引いている。
(……ちょっと待って。私、あれと戦うの?)
純花は顔を青くした。
恐らく今のジュディスは自分と同じ。魔力を使ってはいるが、強化を行っていない状態。つまりあれを食らえば彼女と同じ結末になる。
無意識に助けを求めてしまい、きょろきょろと周囲を見回す。
ジュディスは気絶。他の騎士は恐怖の表情。元凶は「がんばれー」と能天気に応援している。ダメだ。全員あてにならない。
「ちょ、ダメだって! 勝美ちゃん落ち着いて……!」
焦った様子の彩人が走ってくる。
……情けないが彼に頼るしかない。確か、彩人と勝美はそれなりに親しかったはず。彼ならばどうにか――
「はいストップ。邪魔しないで下さいまし」
「ちょ、離してください!」
どうにか出来ると思ったところでレヴィアが彩人を後ろからホールド。こちらへ来るのを邪魔をしている。彩人はもがついて逃れようとするも……
「ん? アナタ、どっかで見たことありますわね」
「はい? 僕は貴方なんて……」
「まあどうでもいいか。それよりあまり暴れないで下さいまし。わたくし非力なんですから。ほら、ふぅー」
「ひゃあん! み、耳に息をかけないで!」
……何やらイチャついている。それを見た百合華が「彩人君になにしてるの! 離れなさいよ!」と激怒しつつも二人を離れさせようと頑張る。ここだけ見れば三角関係のラブコメ状態であった。
「よそ見してんじゃねぇよ!」
勝美が突っ込んできた。莫大な魔力は身体能力に多大なブーストをかけているらしく、数メートルの距離を一瞬にして詰められる。
もう剣での攻撃は間に合わない。防御も不可能。
「くっ!」
寸前でサイドステップし、相手の拳を何とか回避。しかし、次に待っていたのは鋭い回し蹴りだった。
「っ!」
見えてはいたものの反応できず、左腕付近に痛烈な痛みが走る。衝撃で吹っ飛ばされ転倒。
(ぐっ……! やばい。腕が折れるかも……!)
あまりの威力に腕がジンジンする。しかし倒れている訳にはいかない。腕の痛みを我慢し、純花はすぐさま立ち上がろうと――
「クソが! 寝てんじゃねぇ!」
「がはっ!」
腹に蹴りを入れられた。内臓の空気が無理矢理押し出され、血反吐と共に口から出る。
今までの勝美からは考えられない行動だ。いくらイジメのような真似をしていた彼女とて、倒れた相手に追い打ちするような事はしてこなかった。スポーツマン、あるいは格闘家としての矜持があるのだろう。
が、今の彼女にそれを守ろうとする気は微塵も見えない。それほどに激怒しているらしい。
意識が朦朧とする。
立てない。これほどのダメージを負ったのだ。立てるはずがない。
そのまま意識を手放そうとし――
純花はあっけにとられていた。
基本的に友人を必要としない純花とて、あそこまでの態度は取れない。別に波風を立てたいわけではないからだ。
「フフフ。相当イライラしてましたわね。わたくしの勝ちですわ」
しかも勝ち負けの基準がよく分からない。強さで勝てないから口喧嘩でというのは分からなくもないが、さっきのは別に勝ってないと思う。何なら相手が大人な分負けてると思う。
暴言の嵐。そのせいで周囲はざわついている。「こ、これは一体……」「頑張りすぎて幻覚が見えてきたようだ」「魔王に操られてるに違いない」みたいに困惑しまくっている。何とか収めようとジュディスが頑張っているが、あまり効果は無い模様。
「仕返しはこれでいいとして……さ、うるさいのがいなくなったので再開しましょうか。ほら、いつでもどうぞ」
目の前の人物が剣を抜く。本気で相手をするつもりらしい。いくら成長の遅い自分でも、あの程度の強さに負けるとは思えないのだが。
しかし有難い申し出には違いない。冒険者という職業に荒事は切り離せないと聞く。ならば魔力も扱えるはず。魔力知覚の為の刺激にはなるだろう。騎士とは違う戦い方も参考になるかもしれない。
純花は剣を正眼に構える。しかし……
「? どうしましたの? いつでもどうぞ」
「いや……構えないの?」
相手は剣をぷらーっと持ったままで構えもしない。一体何のつもりなのか。疑問に思った純花が言葉を発すると、レヴィアはため息をついた。
「ハァ……。ホント、凡人というものはやっかいですわね。純花、これがわたくしの構えみたいなものなので、気にせずとも宜しくてよ」
あれ、どこで自分の名前を知ったのだろう。おまけに名前呼びと馴れ馴れしい。
一瞬疑問に思う純花だが、そういえば彼女はよくここを覗きに来ていた。何かの拍子に知ったのだろう。名前呼びもこの世界では一般的なものらしく、騎士たちからも”スミカ殿”と呼ばれている。ただ、流石に呼び捨てではなかった。
(いや、今考える事じゃない)
純花はそう判断し、目の前の事に集中する。一つ深呼吸をし、短く吐き出すと共に相手を見据えた。そして前へと踏み出し、レヴィアに向かって斬撃を放つ。
が、さらっとよけられてしまう。
既に何度も経験した事だ。この結果は想定済み。純花は相手の動きを注視し……
(いない!?)
レヴィアの姿が無い。左右を見回すが、やはりいない。一体どこに……
「ふーっ」
「うひゃあっ!」
耳元に吐息。くすぐったさに思わず声を上げてしまう。がばっと振り向くと、くすくす笑うレヴィアがいた。
「な、何すんのさ!」
「いえ、隙だらけでしたのでちょっぴりイタズラ心が。さ、もう一度どうぞ」
カモーンとばかりに指をちょいちょいされる。間抜けな声を出してしまったせいで純花は顔を赤くしている。文句を言いたい気持ちはあったが、自分が弱いのが悪いので仕方ないと気持ちを落ち着ける。
再び剣を振るう純花。……が、やはり避けられる。
純花は先ほどより警戒を強化。相手がニヤニヤしていたのでまたイタズラをしてきそうだ。絶対に目を離さないとばかりにレヴィアを注視する。
(右!)
今度は見えた。目にもとまらぬ動きであったが何とか見切る事が出来た。返す刀でそちらを切りつける。
「お、ちょっとマシになりましたわね。ペースを上げましょうか」
その攻撃をあっさり避けつつレヴィアは宣言。再び純花が攻撃すると、言葉通りさらに速い動きでレヴィアは回避。
(後ろ!)
見える。動きは見えた。しかし……
「ふーっ」
「ひゃあああっ!」
動きが追いつかない。再び耳元でふーっとされてしまう。キッと睨むも相手はニヤニヤしたまま。
(次は逃さない)
羞恥に顔を染めながらも純花は決意。ほえ面かかせてやる。そんな気持ちが表情に現れていた。
……が、やはり当たらない。
動きは見切れるようになったものの、体が動かない。やりたいように体が追いつかない。そんな感覚であった。
「理解できましたか?」
動きを止め、問いかけてくるレヴィア。何の事だろう? 純花は不満顔をしながらも言葉を返す。
「……何が」
「あら? 気づかなくて? それ、邪魔でしょうに」
レヴィアは純花の剣を指差す。剣技が未熟な事を指摘しているのだろうか?
「そりゃ、まだ慣れないけど。練習はしてるよ」
「ふーん。ところで、何で剣なんて使ってますの?」
「当たり前でしょ。武器がなきゃ戦いなんてできない」
大雅や勝美のように経験と魔力、そしてレアスキルがあれば別だろうが……。どれも自分には無いものなので訓練するしかない。
その言葉を聞いたレヴィアはアチャーとばかりに額に手を当てて呆れている。そのまま一つため息を吐き、自らの剣を鞘に戻してしまった。
「少々恐ろしいですが、ま、仕方ないでしょう。ほら、そんなもの捨ててかかってきなさい」
「えっ」
今度は格闘術の訓練をするという。一応、軽く習いはしたのでできないことは無い。無いのだが……
(いいのかな。当たったら折れそうだけど)
細い腕に細い腰つき。見るからに戦闘向けではない。剣を使えば非力さは補えるだろうが、素手は無理だろう。
(いや、当たらない自信があるのか。私の剣、全部避けてたし)
剣を避けられるというのは珍しくない。しかしそれを何度も、さらに紙一重でともなると普通は出来ない。教官の騎士とて剣や盾を用いて防ぐ事もあるというのに。この場で最も強いジュディスとて難しいに違いない。事実、遠くから戦いを見ている彼女も驚愕の表情をしている。
(なら大丈夫かな。思いっきり行こう)
もはや弱いという認識は消えていた。恐らくこの間は正面から戦ったからあんな結果となってしまったのだろう。
気になるのは魔力を一切使ってこない事だが、その割には動きが鋭い。恐らく自分が知らない技術を用いているのだ。
そう考えた純花は剣をしまい、拳を構える。手をクイクイさせて『来い』と言ってくるので、じりじりと近づき、軽めにパンチを放つ。
が、当たらない。何度やっても同じだった。剣で戦った時と同じように触れる事すらできず、舞うようにひらひらと回避される。
「うーん……?」
ちょっぴり不審げな顔をし始めるレヴィア。何かを考えている様子。しばらくして納得がいったとばかりの表情になる。
彼女はバックステップし、純花から距離を取った。そしてここに来て初めて魔力を見せる。
金色の淡い魔力光――それが彼女の全身を包み始んでいた。
「これなら遠慮はいらないでしょう。さ、思いっきり……いえ、それなりに……とにかく、ちょっぴり力を込めても結構ですわ」
「……よく分からないけど、分かった」
恐らく『手加減無用』と言っているのだろう。別に手加減などしていないのだが。
他者の魔力に比べて少し弱弱しいのは気になるものの、遠慮はいらないというのならその程度で十分という見積りなのだと思われる。
再びじりじりと近づき、拳を振るうと……
「えー……。純花、流石に気遣いしすぎでしてよ?」
軽く受け止められる。手のひらで拳を掴まれており、相手にダメージを受けた様子は無い。
彼女の言葉にむっとする純花。煽られていると感じたのだ。
「……気遣ってなんかない。本気でやってるんだけど」
「嘘。だってコレ、当たっても死なないレベルですわよ? 骨折くらいは覚悟してましたのに。これじゃちっちゃい頃の方がまだマシでしたわ」
「は?」
小さい頃? この人は何を言ってるのだろうか。初対面の自分の事など何一つ知らないだろうに。
「うーん…………ああ、そういや俺も本気でブン殴った事ねーな。いや、でも……」
レヴィアは小声で何かを呟いている。そんな時――
「レヴィア! 来てくれていたのか!」
入口の方から声。見れば、大雅ほか六卿の面々が入り口にいた。討伐から帰って来たばかりらしく、鎧姿や法衣姿だ。
大雅は喜色を浮かべつつ駆け足で向かってくる。他の面々も走りはしないが、ぞろぞろと練兵場の中に入ってきた。
「ね、ねえ彩人くん。何だか雰囲気が変じゃない?」
「うん……。何かあったのかな?」
異変を感じ取る百合華と彩人。当然の反応である。
悩んだりぼーっとしたり気絶したりしている同級生及び教官たち。唯一正気なのは彼らを叱咤するジュディスだが、その声に効果は無く。起きている者全員が一点を見つめている。
「あん? あれは……木原と、お姫様か?」
彼らの視線の先を見た勝美が不思議そうにつぶやく。純花は素手で構えており、レヴィアは首をかしげている。周囲の状況もそうだが、この二人が向き合っているのもよく分からない状況だ。
そんな状況に気づかないまま、大雅はレヴィアへと言葉を放つ。
「ようやくセシリアも動いたか。抗議した甲斐があった」
「うん?」
大雅の存在にまるで気づいていないレヴィアだったが、間近に来た事でようやく気付いたらしい。彼の方へ振り向く。
同時に大雅はレヴィアを抱き寄せ、顎をクイッと持ち上げて言った。
「けれど、こんな真似はやめて欲しい。お前が戦うなど俺は望んじゃいない。お前はいてくれるだけでいいんだ。戦いは俺に任せ、安心して待っていろ」
イケメンと美少女が絡む美しい光景。乙女ゲーなら一枚絵が表示されるシーンである。ヒロインの大切さに気付いた俺様男子が執着を見せ、プレイヤーの乙女心をきゅんきゅんさせる場面だ。
が、肝心のヒロイン役が全くきゅんきゅんしていない。『は? 何だコイツ』という感情を隠しもせず、いやーな顔をしている。
「汚い手で触らないで下さいまし」
「へっ?」
瞬間、宙を舞う大雅。
レヴィアに力を入れた様子は全くなかったのに、百八十センチはある男がくるりと回転。そのまま地面へと叩きつけられ、「がはっ!」と苦し気に息を吐きだす。
「初対面でセクハラたぁいい度胸してんじゃねーか。金払え。訴えられなくねーんならな」
「ぐっ! がっ!」
倒れた大雅をレヴィアがげしげしと蹴りだすレヴィア。顔を重点的に。整った顔にどんどん傷が出来ていくので非常に勿体ない。
(すご……)
純花は驚きに目を見開いていた。周囲の人間は目の前の女の変わりっぷりに驚いているが、彼女の視点は別だ。合気道のような技術に驚嘆していた。
今までは当事者だったので分からなかったが、第三者として見るとその動きは凄まじく洗練されている事が分かる。
「あっ! そうだ! ムカツク奴なら思いっきりやれますわよね。それじゃあ……」
その凄腕は蹴っている最中に何かに思い至ったらしく、手を合わせて喜ぶ。周辺をきょろきょろし、何かを探し始めた。因みに踏まれていた大雅は茫然として横たわったままだ。
「そうそう、アナタでしたわ。アナタ、こっち来て下さいまし」
「えっ。ア、アタシ?」
お目当てを見つけたらしく、ちょいちょいと手招き。指名された勝美は困惑顔だ。そのまま動かないのでレヴィアは彼女の元へと移動し、背中を押して純花の前へと追いやる。
「この人なら遠慮なくブン殴れますよね? コツは思いっきりやる事ですわ。怒りをそのままぶつけるような感じで。まあ死ぬでしょうが、頑張って揉み消すので安心して頂戴」
「ふ、ふざけんなぁっ!!」
物騒すぎる発言に激怒する勝美。そりゃそうだ。使い捨てのサンドバック扱いされれば誰だって怒る。
「いきなり何なんだアンタは! ケンカ売ってんのか!」
「まあ、品の無い言葉遣い。お里が知れましてよ? 大した生まれじゃないでしょうから、せめて外面だけは整えないと」
まるで姑のようなイヤミを返すレヴィア。純花をボコッてたのを見ていたせいか敵意満々であった。その言葉を聞いた勝美はさらに怒りを強くする。
「ああ!? アタシは早乙女家の生まれだぞ! じーさんはレスリング! 父親と母親は空手のオリンピック選手だ! アタシだって――」
「へえ。天才同士のサラブレットという訳ですか。丁度いい当て馬ですわね。純花、やっちゃいなさい」
「この……!」
怒りが頂点に達した勝美はレヴィアへと拳を振るう。頭はかっかしているものの、子供の頃から何十万回と繰り返された動きである。陰りは一切無い。
「あら、相手はわたくしではありませんわ」
が、当たらない。殆ど体を動かすことなく避けられてしまう。その結果に驚愕しつつ彼女は再び拳を突き出す……が、かすりもしない。
一度ならまだしも二度続けば偶然ではない。そう考えたらしく、勝美は距離を取り、冷えた表情で警戒し始める。
「アンタ……相当やるみたいだね。弱いって聞いてたんだけど」
「フッ。まあめちゃくちゃ努力しましたし、そこそこはやれますわよ? 少なくともアナタ程度じゃ相手になりませんわ」
「言ってくれるじゃないか……! おい! アタシと勝負しな!」
勝美は闘志をたぎらせている。体から溢れ出す魔力がそれを表しているようだ。
「だから相手はわたくしでは無いと言ってるじゃありませんか。相手はあっち」
が、対するレヴィアにやる気は見られず、純花を指差している。それを見た勝美は失笑。
「はあ? 何でそんな雑魚とやんなきゃいけないのさ。もう興味なんてねーよ」
「ふーん。『もう興味が無い』ですか。成程成程」
納得顔をするレヴィア。何かを察しているようだ。
「……何だよ」
勝美は不快そうにつぶやく。知らない人間に勝手に訳知り顔をされたのだ。そう感じるのもおかしくは無い。
その彼女の反応を見たレヴィアはくすくすと笑い始める。
「大体分かりましてよ。アナタ、純花が怖いんでしょう?」
「……は?」
意味が分からない。そんな風に呆ける勝美に対し、レヴィアは続ける。
「昔同じような方がおりましたもの。よーく分かりますわ。一流のスポーツマンと、何もしてないわたくし。勝敗は歴然なはずなのに……くすくすくす」
嘲笑。レヴィアは彼女と誰かを同一視している様子だった。それを見た勝美はかああーっと顔を赤くさせる。何か心当たりがあるのだろうか。
「それじゃ仕方ありませんわね。誰か別の方を――」
「……るよ」
「は? 何かおっしゃいました?」
「やるっつってんだろ!! ボコボコにしてやるよ!!」
憤怒の表情。激情と共に莫大な魔力が放たれ、辺りをざわつかせている。
色々と混乱していた生徒たちもこの衝撃で覚醒。
「す、すげぇ」
「早乙女さん、いつの間にあんな魔力を……」
「やべぇなんてモンじゃねーぞ。あんなので殴られたら死んじまう……」
驚愕と恐怖が広がり始めた。事実、彼女の魔力量は熟練の戦士をはるか超えていた。同じ六卿ならまだしも、ここにいる者とは戦いにすらなるまい。文字通り死に至るだろう。
事実そうなると考えたらしく、ジュディスが焦るようにこちらへ向かい、勝美をなだめようとする。
「ま、待て! 流石に見過ごせんぞ! 勇者同士の争いなど無益――」
「うるせえ!!」
ドゴォン!!
激情のままに放たれた裏拳。それをマトモに食らったジュディスが吹っ飛んでいく。完全に油断していたらしく、防御が間に合わなかったようだ。それを見たレヴィアが「うわ、顔に入った。可哀そー」とちょっぴり引いている。
(……ちょっと待って。私、あれと戦うの?)
純花は顔を青くした。
恐らく今のジュディスは自分と同じ。魔力を使ってはいるが、強化を行っていない状態。つまりあれを食らえば彼女と同じ結末になる。
無意識に助けを求めてしまい、きょろきょろと周囲を見回す。
ジュディスは気絶。他の騎士は恐怖の表情。元凶は「がんばれー」と能天気に応援している。ダメだ。全員あてにならない。
「ちょ、ダメだって! 勝美ちゃん落ち着いて……!」
焦った様子の彩人が走ってくる。
……情けないが彼に頼るしかない。確か、彩人と勝美はそれなりに親しかったはず。彼ならばどうにか――
「はいストップ。邪魔しないで下さいまし」
「ちょ、離してください!」
どうにか出来ると思ったところでレヴィアが彩人を後ろからホールド。こちらへ来るのを邪魔をしている。彩人はもがついて逃れようとするも……
「ん? アナタ、どっかで見たことありますわね」
「はい? 僕は貴方なんて……」
「まあどうでもいいか。それよりあまり暴れないで下さいまし。わたくし非力なんですから。ほら、ふぅー」
「ひゃあん! み、耳に息をかけないで!」
……何やらイチャついている。それを見た百合華が「彩人君になにしてるの! 離れなさいよ!」と激怒しつつも二人を離れさせようと頑張る。ここだけ見れば三角関係のラブコメ状態であった。
「よそ見してんじゃねぇよ!」
勝美が突っ込んできた。莫大な魔力は身体能力に多大なブーストをかけているらしく、数メートルの距離を一瞬にして詰められる。
もう剣での攻撃は間に合わない。防御も不可能。
「くっ!」
寸前でサイドステップし、相手の拳を何とか回避。しかし、次に待っていたのは鋭い回し蹴りだった。
「っ!」
見えてはいたものの反応できず、左腕付近に痛烈な痛みが走る。衝撃で吹っ飛ばされ転倒。
(ぐっ……! やばい。腕が折れるかも……!)
あまりの威力に腕がジンジンする。しかし倒れている訳にはいかない。腕の痛みを我慢し、純花はすぐさま立ち上がろうと――
「クソが! 寝てんじゃねぇ!」
「がはっ!」
腹に蹴りを入れられた。内臓の空気が無理矢理押し出され、血反吐と共に口から出る。
今までの勝美からは考えられない行動だ。いくらイジメのような真似をしていた彼女とて、倒れた相手に追い打ちするような事はしてこなかった。スポーツマン、あるいは格闘家としての矜持があるのだろう。
が、今の彼女にそれを守ろうとする気は微塵も見えない。それほどに激怒しているらしい。
意識が朦朧とする。
立てない。これほどのダメージを負ったのだ。立てるはずがない。
そのまま意識を手放そうとし――
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