23 / 58
2023/01/15 BGM: pupa - Creaks
しおりを挟む
朝、ふと見たニュースに言葉を失う。高橋幸宏が亡くなったとのこと。私は高橋幸宏のソロや多彩なプロジェクトは追えていなくてせいぜいYMOを聴き込んだだけという程度で、つまりは「にわか」に過ぎない。だけどそのYMOを久しぶりに聴き返しながら、改めて彼らが絶妙な才能のぶつかり合いの中にあったことを再確認する。私はYMOは日本のビートルズと呼ばれるに相応しいと思っている。ワールドワイドに名高い坂本龍一やアンビエントサウンドにおいて深遠さを見せつける細野晴臣とタメを張れるポップセンスを発揮した高橋幸宏の偉大さを私はいつまでも記憶するだろう。あのソフトな声も含めて。合掌。
今日は発達障害を考えるミーティングだった。ZOOMをアップデートして参加する(パソコンのスペックが追いつかなくなってきたようだ。貧乏は辛い)。私は木曜日に行った別のミーティングでのプレゼンテーションである「タイパ」について話した。参加者から活発な意見が出てくる。堀江貴文的な「修業は時間の無駄」という意見に対して、「それも一理ある」という側面と「そこまで言うか」という側面の両端から論じなければならない(つまり、一概に正しいとも間違っているとも言えない)という意見をもらった。それはその通りなので、自分の意見が「タイパ」にとらわれじっくり考える時間と手間を欠く短絡的なものではなかったかと反省した。複眼思考(山崎浩一)を大事にしたい。
そのミーティングが終わったあと、時間が空いたので図書館に行きFacebookで薦められた木村敏の本などを借りる。そして自分だけの時間を楽しむ。下條信輔『サブリミナル・マインド』を読み認知的不協和理論について学ぶ。自分の中に相矛盾する意見を持つことができず、自己正当化に走ってしまう心理。例えば「酒の呑み過ぎは体を壊す」「酒を止めなければ」という心理と「酒は百薬の長」という2つの見解はどこかでぶつかる。ならば必然的にどっちかが勝つ。私自身数え切れないほどこの矛盾する心理にぶつかり、無理やり「酒は健康にいいんだ」と思い込もうとしたなと苦い記憶を反芻する。
下條信輔の本は実に多彩な実験データを引き、そこから私たちの認知の複雑さや(敢えて言えば)曖昧さを引き出す。私は自分自身を1個の人格/1個の主観として捉えている。だが、私自身が本当に私のことを一番良くわかっていると言えるだろうか。記憶や知覚は間違えたり嘘をついたりすることがある。あるいはタイトルにある「サブリミナル」効果によって騙されることもある。私自身、自分の世界の捉え方が他人と違いうる可能性について考えさせられる。この思索を突き詰めていくと「自分が見ている赤と他人の赤との違いは何だろうか」という「クオリア」の話題に至りうるのかな、とも思う。そこからウィトゲンシュタインの哲学まではあと一歩。「つながってきた!」と思い嬉しくなる。
今日は発達障害を考えるミーティングだった。ZOOMをアップデートして参加する(パソコンのスペックが追いつかなくなってきたようだ。貧乏は辛い)。私は木曜日に行った別のミーティングでのプレゼンテーションである「タイパ」について話した。参加者から活発な意見が出てくる。堀江貴文的な「修業は時間の無駄」という意見に対して、「それも一理ある」という側面と「そこまで言うか」という側面の両端から論じなければならない(つまり、一概に正しいとも間違っているとも言えない)という意見をもらった。それはその通りなので、自分の意見が「タイパ」にとらわれじっくり考える時間と手間を欠く短絡的なものではなかったかと反省した。複眼思考(山崎浩一)を大事にしたい。
そのミーティングが終わったあと、時間が空いたので図書館に行きFacebookで薦められた木村敏の本などを借りる。そして自分だけの時間を楽しむ。下條信輔『サブリミナル・マインド』を読み認知的不協和理論について学ぶ。自分の中に相矛盾する意見を持つことができず、自己正当化に走ってしまう心理。例えば「酒の呑み過ぎは体を壊す」「酒を止めなければ」という心理と「酒は百薬の長」という2つの見解はどこかでぶつかる。ならば必然的にどっちかが勝つ。私自身数え切れないほどこの矛盾する心理にぶつかり、無理やり「酒は健康にいいんだ」と思い込もうとしたなと苦い記憶を反芻する。
下條信輔の本は実に多彩な実験データを引き、そこから私たちの認知の複雑さや(敢えて言えば)曖昧さを引き出す。私は自分自身を1個の人格/1個の主観として捉えている。だが、私自身が本当に私のことを一番良くわかっていると言えるだろうか。記憶や知覚は間違えたり嘘をついたりすることがある。あるいはタイトルにある「サブリミナル」効果によって騙されることもある。私自身、自分の世界の捉え方が他人と違いうる可能性について考えさせられる。この思索を突き詰めていくと「自分が見ている赤と他人の赤との違いは何だろうか」という「クオリア」の話題に至りうるのかな、とも思う。そこからウィトゲンシュタインの哲学まではあと一歩。「つながってきた!」と思い嬉しくなる。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話
赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる