never coming morning

高山小石

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9.北半球総合学校(ノース)へ

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 先ほどの自分達と同じように楽しそうなジーニィにせかされたクリオネとリマキナは、大きな門を、それに続く北半球総合学校ノースを見上げていた。
「ホントに南半球総合学校サウスとそっくり」
「ここ、本当に北半球総合学校ノース?」
 北半球総合学校ノースの正面玄関に立ったクリオネリマキナは、しばらく動けないでいた。
「ほらほら、おいてくぜ?」
 ジーニィはするりと門をくぐると目的の教室へと向かう。
 今日、ジーニィの住宅区は日曜日で休みだが、他の曜日の生徒はノースに来ている。学校は人でいっぱいだ。
「ひゃー、見たことない人ばっかり」
「変な感じ」
 クリオネとリマキナは初めて歩く北半球総合学校ノースにどきどきだった。
 慣れた足取りで歩くリーフは、すれ違いざま見知った顔に声をかけた。
「よう、ディーナ!」
「ハイ、ウッディ……じゃないわね。リーフ?」
 目を細めてリーフを見つめるディーナ。
「正解。よくわかったな」
「服よ。ノースとサウスで流行が違うのか、どことなく違うのよね」
「へぇ。こっちの今のハヤリってどんなのなんだ?」
 ディーナと立ち話を始めたリーフを残して、ジーニィは教室に急ぐ。
 目的の教室の前の廊下には、きな臭い匂いが立ちこめてきた。
「良かった。ジーニィ!」
「どうにかしてくれ!」
「止まらないんだ!」
 うっすら煙がもれる教室からあふれ出した生徒が口々に叫ぶ。
「わかった。みんな下がってて」
 ジーニィは鞄から取り出した防具を付けると教室に入った。
 教室の中は煙で充満していて、防塵マスクつきグラスをつけていても視界が悪い。4本足の動物のようなものの頭から火花と煙を上げてのたうちまわっているのが、その火花のおかげでぼんやりと見えた。
(これは完全に停止させないと)
 ジーニィは腰につけていた工具を取り出すと、巻き込まれないように注意しながら火花が出ている部分に近づいた。
 まずは主電源を切って動きを止める。
 それでもバチバチと音をたてる不吉な火花と煙は止まらない。
 ジーニィは器用に工具を使ってなだらかな曲線の部分を開けると、中の回路を切断していく。
 最後の回路を切断したところで、やっと火花が止まった。
 断熱布で全体を覆うと、やがて煙も止まった。
「ふぅ」
 窓を開けて、外の空気を入れて一息ついたところに先生がやってきた。イスや机が倒れ、すすだらけの教室に眉をひそめる。
「まあまあジーニィ! これはまたなんの騒ぎですか?」
「すみません。この教室、しばらく使えませんから、他の教室で授業してください」
「またですか! ジーニィ、この教室にもそうやって移動したのですよ。こんなに壊してばっかりだとポイントを減らしますよ!」
 まったくもう、と先生は教室を出てパンパンと手を叩く。
「みなさん! 教室を移動してください。三階の予備教室で授業を行います」
「ちぇ。使ってない予備教室なんてまだまだいっぱいあるんだから、そんなに怒らなくてもいいのに」
 クリオネとリマキナが教室に入った途端、惨状に目を奪われる。
「すすだらけだ」
「机もイスも壊れちゃってる」
「おいおい君たち。俺の心配は?」
 ふてくされたジーニィの声もどこふく風に、南の双子は断熱布を被った長い四本の足に気づいた。
「それ、なに?」
「まさか、動物?」
「ふっふっふ。なんだと思う?」
 いつもの調子を取り戻して不敵に笑うジーニィの元へ、同い年くらいの少女が二人、教室に駆け込んできた。
「ごめんなさい!」
「私たちが悪いの!」
「リンダにサニー。いったいどうしたんだ?」
 優し気なジーニィの声に、二人の少女は競争するように話し出した。
「今日は私の当番だから、私が乗るって言ったのに」
「だって私も乗りたかったんだもん」
「壊れるよって言ったのに」
「だってだって二人乗りしたかったんだもん。『白馬の王子様』だから」
「白馬の王子様ぁ?」
 クリオネとリマキナがハモった。
「ああ、うん。よーくわかった。今度は二人乗りOKにしとくから、またその時乗ってよ」
「ほんとに? ありがとうジーニィ」
「ごめんねジーニィ」
「いいよ。さ、先生に見つからない内に早く授業に戻って」
 二人の少女はばたばたと走っていった。
「で?」
「これ、なんなの?」
 クリオネとリマキナはジーニィに答えをうながした。
「これは白い馬をかたどった掃除機、その名も『白馬の王子様』!」
「…………」
「ああ~。なんだよその目は! 掃除だって楽しいに越したことないだろ? 初めは『火星人ムー君』だったんだけど、どうも評判悪くってさ~。そこから華麗にモデルチェンジしたのに」
(モデルチェンジ以前に)
(ネーミングセンス悪すぎ)
「やっぱり『白馬の王子様』には二人で乗りたいって乙女心があるんだな。俺も今回は勉強になったよ」
 一人で納得するとジーニィは、その手で熱がとれたことを確かめると、断熱布をとった。現れたモノに思わずクリオネとリマキナは声を上げた。
「どうかした?」
 断熱布の下に現れたのは、すすけてはいるけれどリアルな馬の顔だった。
「本物……じゃないよね?」
「当然だろ? 本物の馬なんか貴重すぎて使えないよ」
「すごい。本物みたいだ」
「ああ。見た目もバッチリだろ? それはもー、俺が精魂込めて作ったんだから」
 そう言えばジーニィってチサトの人形も作ってたな、とクリオネとリマキナは思い出した。
 長いまつげが優しげな目は黒々と濡れている。ピンと伸びた耳、流れる毛並み、首から背にかけて大きくふたが開いてメカメカしい中身が見えていなければ、標本と言われても納得しただろう。
「これは乗ってみたいかも」
 リマキナはやわらかそうな馬の頭に手を伸ばしていた。
「おおっ。リマキナさん! この魅力がわかるとは、さっすが~」
 クリオネは開いた馬の回路から目を離せないでいた。
「ジーニィ! この馬ってもしかしてエアバイクの原理で動いてる?」
「そう。その応用だよ。色々試したんだけど、エアバイクが一番いいなぁって」
「なんで掃除機がそんな高度な造りなんだよ?」
 エアバイクに使われている浮くための磁石は、地球に反応する特別な石だ。地球外科学が入ってきてからのもので、まだ新しい技術だった。
「掃除の効率も良かったんだよ。エアを循環させて吸い込めるようにしてあるんだ。四本も足があるから自動ゴミ分別もできるし」
「それだけにしてはこの回路の多さは」
「ああ、それは馬の動きを忠実に再現するためさ。やっぱり外見だけじゃなく、動きにもこだわらないとね」
 嬉しそうなジーニィの様子に、クリオネの脳裏にはユーリの言葉が浮かんでいた。
(参考になるガラクタって、このことだったんだ! 最新の科学力でこんなもの作るなんて、ほんとにジーニィって)
「落魄の天才、またやったんだって?」
 リーフとウッディがそろって教室に入って来た。嫌なとこ見られたなー、とジーニィは苦い顔になる。
「ウッディ、いたのか」
「そりゃいるさ。騒がしいから、ま~た何かやらかしたんだろうと思って来てみたんだ」
「そりゃどうも」
 リーフとウッディが『白馬の王子様』に近づく。
「あー壊れちゃったのか。でもおれは前の火星人の方が好きだったなぁ」
「『火星人ムー君』はタコを参考にして作った俺もお気に入りだったんだけどね、見た目も動きも気持ち悪いって女子に泣かれたからな~」
 残念そうなジーニィだったが、リマキナは馬の出来からどれだけ高性能でもムー君は想像もしたくなかった。
「それはそうと、クリオネ、リマキナ。二人ともジーニィの友達だったんだ。知らなかったよ」
「最近知り合ったばかりなんだ」
「お久しぶり、ウッディ」
「せっかくだし、こっちでもお茶会しようよ!」
 リーフの提案にジーニィが渋い顔になる。
「え、俺、修理が」
「そんなの後でいいじゃん」
「そうそう。どうせこの教室しばらく使用できないんだし」
「リーフとウッディにそろって会うの久しぶりだし」
「ったく、しょうがないなぁ」
 ジーニィが丁寧に断熱布を再び馬にかけると、5人はウッディの部屋に向かった。
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