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異世界編

10.おばぁちゃんと器の話

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 厨房では、腰がシャッキリしたおばぁちゃんが食事の準備をしていたわ。

「あんたエルフの関係者だろ? あたしゃ少しだけどエルフ族の血が入っていてね。おかげで毒や呪いも効きにくくて死なずに済んだんだけど、頭の方がすっかりぼんやりしちまってねぇ。さっき飲ませてくれたアレのおかげで久しぶりにハッキリ物を考えられるようになったよ。ありがとね」

 ちょっと色々ツッコみどころ満載なんだけど。
 とにかく、おばぁちゃんはクォーターよりも薄いけれどもエルフの血を継いでいるみたいなの。
 アタシみたいに一族の名前を聞いていないからエルフの知識はないんだけど、人間の薬よりもエルフ用の薬が効くんですって。

「人間とエルフは元の器が違うようなもんだ。あたしゃ、器はエルフなみに大きいけど、能力は人間なみでね。人間の薬はあたしには弱くて効きにくいんだ」

 ただの人間だったら死んでいた毒を受けたおばぁちゃんは死ななかった。でも治すのにも人間の薬では足りなかったということね。
 種族も寿命も違うんだから、考えてみれば当然よね。
 なぁんにも考えないでエルフのレシピを使っちゃったのはアタシだけど。

 アセってる時は失敗するものだし、しでかした後にごちゃごちゃ言ってもしょうがないわよね。
 危ない薬じゃなかったのが不幸中の幸いよ。今度からもっと気をつけるわ。
 なにごとも切り替えが大事よね。

「おばぁちゃんが丈夫な人で良かったわ。混血の人はみんな丈夫なの?」

「うちの家系でも器や能力はまちまちだったから、混血児にどっちの特性が出るかは決まってないんだろうさ。でも、あんたの年格好や聖女の能力を聞く限り、あんたはエルフと同等かそれ以上だろうね」

「それ以上になることもあるの?」

「あるさ。ほれ、あたしがいい例だろ? 薄い血しかないのに器はエルフなみ」

 言われてみれば確かにそうね。
 統計をとったら法則がわかるのかしら?
 でも、エルフと混血なことはおおっぴらにしないみたいだから、推測することしかできないんですって。 

 当面の問題は、エルフとの混血児の能力じゃなくて、毒とか物騒なことよ。

 領主の息子だって話していたじゃない。妙な仕掛けを防ぐために無駄な物は排除してるって。
 毒の混入を防ぐために料理人は解雇したって。
 おばぁちゃんを人質にとられるかもしれないとも言ってたわよね。

 なんで狙われているの?
 おばぁちゃんはなにと交換されるの?
 やっぱり領主の座かしら?

 お食事の手伝いをしながら聞いたおばぁちゃんの話をまとめると。

 教会で噂話として聞いていた、領主の息子が遊んでいて偶然ケガをした話があったじゃない?
 実際のところ、ただのケガじゃなくて、巧妙に仕組まれた罠だったの。領主様も陰謀で殺されたそうよ。

 その後、あわや息子もってところを、おばぁちゃんが身を呈して防いだり、奥さんがなんとかしのいでやり過ごしていた。でも、どこからか魔の手が伸びてきて、奥さんもおばぁちゃんも呪いにかかった状態になってしまった。

 これはすぐに死ぬ呪いじゃなくて、体力や思考能力を徐々に奪っていく呪いだった。

 毒や呪いにおかされたおばぁちゃんは、おかしいのはわかっていたけれども、頭がボンヤリしてしまって、原因を突き止めることはできなかった。
 領主の奥さんはどんどん衰弱していって、気力だけで動いていたみたいね。

 ここで暮らしていた聖女が力を使えなくなったのも、奥さんのキツい言動が原因のひとつだったかもしれないけど、呪いのせいでもあったんだわ。
 浅黒い肌は日焼けしたからかと思っていたけれど、あれも呪いの副産物。
 奥さんがお医者さんを呼ばせなかったのは、医者嫌いだからじゃなくて、呼んでもどうしようもないからだったのね。

 呪いはお屋敷のどこかに仕掛けられたものだったみたいなのよ。

 奥さんが今みたいにヘンクツな感じになっちゃったのも、呪いで身体がしんどくなってからですって。先輩聖女が「奥様は最初は優しくて強くて美しい最強の聖女様だった」と話してくれた内容と一致するわね。

 どうやら今回呪いが解けたのは、アタシがお屋敷にかけた、エルフ語のスッキリクリーンの呪文と、エルフレシピの華やかポーションのおかげっぽいの。
 呪いを解除したところに強回復できたから効果テキメンだったってわけよ。

 ほんとラッキーよね。
 これ、うっかりエルフの知識を使い間違っていたら、簡単にぐちゃどろのスプラッタになっちゃってたんじゃない? 結果オーライで良かったわぁ。

「領主様を殺して成り代わろうってことなの? 領主様ってそんなに簡単に成り代われるものなの?」

「いんや。狙われているのは領主の座じゃないよ」
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