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後編
何を知っている?
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「エーレンフリートがおかしいと、最初は気付きもしなかった。信用等といった不安定なものではない。単純に違和感すらなかった」
宿のベッドがギシリと軋む音を立てる。ローデリヒ様が浅く腰掛けているからだ。
私は流石にちょっと疲れて横になっている。寝るつもりはあんまりない。けど、ベッドに横になるとその前まで特に眠くはなかったのに、いつの間にか寝落ちしてる事ってあるよね。
私が眠る気がないと分かったのか、ローデリヒ様は私の隣に寝転んだアーベルを撫でながら、ゆっくりと口を開いた。
ちなみにローデリヒ様も私もお金を持っていなかったので、急いで上着を売ってきたらしい。上着って売れるんだ……と思いながら、金額を聞いてみたらかなり良い値段でびっくりした。それでも足元をかなり見られたらしい。世間知らずは私です。
ローデリヒ様の上着ってどんだけ高いの……。王太子だからか?
ちなみにローデリヒ様も自分でお金を持ち歩く事がほぼなかったから、盲点だった……と頭を抱えていた。
「エーレンフリートに不自然な点を見つけたのは、未来のアーベルが来たからだ。アーベルが父上に言ったんだと、
――鍵はちゃんと、閉めていたんです、と」
「鍵はちゃんと閉めていた?」
意味が分からない。
「アーベルが来た日、エーレンフリートが私の私室で父上に馬乗りにされていたんだ」
「待って、そこからもう追いつけないんですけど」
ちょっと絵面がよく分かんない事になってるんだけど、国王様って側室いっぱいいるから女の人好きだと思い込んでた。どちらも好きなんだね。
なんでローデリヒ様の私室なのかが分からないんだけどさ……。
「アーベルが来た日、16歳のアーベルとエーレンフリートも遭遇していたらしい。私の執務室で。どうやらエーレンフリートは父上の隠し子だと疑っていたようだが……、アーベルとエーレンフリートは戦っていたらしい。父上が来るまで」
戦っていた?
思わずベッドに寝転がっているアーベルに視線を落とす。ちょっとなんでそんな危ないことになっているの……?
「父上が来ると同時に、アーベルはその場を離脱した。エーレンフリートと父上が私の私室に残った形になる。そのすぐ後に私が私室に訪れた。ほぼ同時刻、ヴァーレリーが走り去るアーベルとすれ違っていたようだ。ヴァーレリーは私だと思っていたらしいが」
だからローデリヒ様の私室にエーレンフリートさんと国王様が居たのね……。馬乗りになってるのはどうかと思うけど。
「前提として、王太子の私室の鍵は、何人も持てるものではない。私自身1本。父上が1本。侍従達が2本ローテーションしている。1本は予備で厳重に保管されていて、利用するのには記録と私の許可を取らなければ使用できない事になっている。エーレンフリートは合鍵なんて持ってはいないし、許可も取っていないし、記録上も予備の鍵を使用していない。
そして、王太子の私室だ。基本的に施錠しないという事は無い」
私もローデリヒ様の私室の鍵持ってないけど、特に欲しいとも言ったことはないし、使わないな……。予備使うなんて、鍵失くしたとかよっぽどの事しかない。
「ローデリヒの部屋の鍵を持っていないだろう?と父上はエーレンフリートに問い掛けたんだ。私もその場にいた。だからはっきり覚えている。
――開いてたんですよ、とエーレンフリートは確かに言った」
開けっ放しになっていたのか?なんて思ったけど、次のローデリヒ様の言葉で、違和感を持った。
「アーベルはおそらく10年後の私の鍵を持っているようだった。
父上が来た当時、私の部屋にはアーベルとエーレンフリートがいた。部屋の前の近衛騎士達は二人共倒れ伏していた。
エーレンフリートは鍵が開けっ放しだった、
アーベルは鍵はちゃんと閉めていた、と話している」
じゃあ、鍵はアーベルしか開けられなかったということ?
「父上が言うには、アーベルの目的の1つは、離宮行きの行程の草案を盗むこと」
「盗むって……」
私はそんな悪い子に育てた覚えはありません。
「盗む……というより、別の者の手に渡るのを阻止したと言うべきか。離宮行きの日は近付いていた。私室に置いていたのは、ほぼ確定に近い草案だったんだ」
離宮行きの話自体は、今まで住んでいたところの工事が出産予定日までに間に合わない、またはギリギリになりそうだという事を知ってすぐだったので、比較的早い段階で決まっていた。人の心の声が聞こえないように魔法を使っていたが、どうにも人の出入り自体多い王城が落ち着かなくて、私がお願いしたのだ。
「それでも確定させて近衛に渡すまでは数日は要する予定だったが、数日あればある程度の反乱の準備は出来る。草案の所在地を直接的でないにしろ教えたのは、父上だったらしい。アーベルがわざわざ過去に来てまで間違えたなんてことは思えない、と父上は仮説立てていたようだ」
国王様……一体何を考えてたんだ……。
「話を少し戻すが、部屋の前には見張りの近衛騎士が2人共倒れ伏していた。1人は2年目の新人。1人は20年のベテランだった。だが、ベテランの方は倒れる寸前、異変を察知していたそうだ」
ローデリヒ様が眉間に皺を寄せる。
「その者が言うには、エーレンフリートならばもっと完璧に隠し通すらしい。つまり、エーレンフリートよりも魔法に未熟な者――、アーベルが犯人に名前が挙がる。父上とアリサがアーベルと別れた時刻と、真っ直ぐに私の私室に向かった時間を考慮に入れると、アーベルの可能性が非常に高い」
かなり軟派でチャラそうなイメージしかないエーレンフリート様。やっぱり実力は近衛騎士団長を務めるだけあるということなんだ……。
「アーベルが草案目当てに私の私室へと入り、鍵を施錠。施錠後にエーレンフリートが入ってきた、という筋書きであれば、エーレンフリートが嘘を付いているという事になる。
逆に、アーベルが施錠をせずにエーレンフリートが開けっ放しだったから入って来たのだとすると、アーベルが嘘を付いている事になる」
証拠がないと、どちらが本当のことを言っているのか分からない。でも、どちらかが間違ったり、嘘を言っていなければ辻褄が合わない。
「エーレンフリートが部屋の見張りの騎士を完全に欺いて、アーベルより先に室内に居たと仮定する。まず最初に鍵の問題が発生するが、エーレンフリートの言う通り、開けっ放しだったとしよう。
だが、後から来たアーベルに草案を盗まれるとは思えない。エーレンフリートとアーベルは、魔法の力量で言えばエーレンフリートの方が優れているからだ。例え、アーベルの魔法が特殊でエーレンフリートが遅れをとったとしても、疑問が残る。
何故、近衛騎士を欺いてまで私室に入ったのか?、と」
ローデリヒ様とエーレンフリート様の仲はそれなりに良い。ただ、寝室でないにしろ、王太子の私室に1人で立ち入ることは侍従以外居ないのが普通だ。
「ここまでは状況証拠を幾つか繋ぎ合わせたに過ぎない。明確な動機も、片方からは事情すらまともに聞けていない。未来へ帰ってしまっているし、帰っていなくとも聞けなかっただろう。だから、確証なんてなかったんだ。疑い、だけで」
ローデリヒ様は視線を寝転がっているアーベルに向けた。アーベルはローデリヒ様の指を楽しそうにニギニギしている。
「結局のところ、危険を冒して過去に来てまで、何を伝えようとしていたのか?、という疑問に収束する。客観的に見て、息子贔屓だと言われてしまえばそれまでだが、未来の私が過去に来る事を許しているんだ。アーベルの所持していた鍵束は、現在の私の持っているものと同じ物。未来の私は、このタイミングで16歳のアーベルが来ることを分かっているのだろう。未来の私が息子を危険にさせてまで無駄な事はしないはずだ」
それは私も同意見。アーベルを危ない目に合わせてまで、過去に行かせるなんて事をしない。自分の中でそれだけは揺らがないって分かっている。分かっているからこそ、アーベルが来た理由を優先させてしまう。
客観的に見たら確たる証拠なんて無い。無いけれど、私自身が子供にそんな事をさせないと信じているから。
「アーベルが来たから、最悪の未来は回避出来ている……。いや……、未来のアーベルが来なければ、この先の未来を変えられないのだろう」
私の普段の思考からすると、そう考えるのが自然だ、とローデリヒ様は続けた。ローデリヒ様も同じことを思っていたようで、ちょっとホッとする。
ローデリヒ様はアーベルの額に手を当て、キラキラと輝く海色の瞳を覗き込んだ。
「なあ、アーベル。何を知っているんだ?」
宿のベッドがギシリと軋む音を立てる。ローデリヒ様が浅く腰掛けているからだ。
私は流石にちょっと疲れて横になっている。寝るつもりはあんまりない。けど、ベッドに横になるとその前まで特に眠くはなかったのに、いつの間にか寝落ちしてる事ってあるよね。
私が眠る気がないと分かったのか、ローデリヒ様は私の隣に寝転んだアーベルを撫でながら、ゆっくりと口を開いた。
ちなみにローデリヒ様も私もお金を持っていなかったので、急いで上着を売ってきたらしい。上着って売れるんだ……と思いながら、金額を聞いてみたらかなり良い値段でびっくりした。それでも足元をかなり見られたらしい。世間知らずは私です。
ローデリヒ様の上着ってどんだけ高いの……。王太子だからか?
ちなみにローデリヒ様も自分でお金を持ち歩く事がほぼなかったから、盲点だった……と頭を抱えていた。
「エーレンフリートに不自然な点を見つけたのは、未来のアーベルが来たからだ。アーベルが父上に言ったんだと、
――鍵はちゃんと、閉めていたんです、と」
「鍵はちゃんと閉めていた?」
意味が分からない。
「アーベルが来た日、エーレンフリートが私の私室で父上に馬乗りにされていたんだ」
「待って、そこからもう追いつけないんですけど」
ちょっと絵面がよく分かんない事になってるんだけど、国王様って側室いっぱいいるから女の人好きだと思い込んでた。どちらも好きなんだね。
なんでローデリヒ様の私室なのかが分からないんだけどさ……。
「アーベルが来た日、16歳のアーベルとエーレンフリートも遭遇していたらしい。私の執務室で。どうやらエーレンフリートは父上の隠し子だと疑っていたようだが……、アーベルとエーレンフリートは戦っていたらしい。父上が来るまで」
戦っていた?
思わずベッドに寝転がっているアーベルに視線を落とす。ちょっとなんでそんな危ないことになっているの……?
「父上が来ると同時に、アーベルはその場を離脱した。エーレンフリートと父上が私の私室に残った形になる。そのすぐ後に私が私室に訪れた。ほぼ同時刻、ヴァーレリーが走り去るアーベルとすれ違っていたようだ。ヴァーレリーは私だと思っていたらしいが」
だからローデリヒ様の私室にエーレンフリートさんと国王様が居たのね……。馬乗りになってるのはどうかと思うけど。
「前提として、王太子の私室の鍵は、何人も持てるものではない。私自身1本。父上が1本。侍従達が2本ローテーションしている。1本は予備で厳重に保管されていて、利用するのには記録と私の許可を取らなければ使用できない事になっている。エーレンフリートは合鍵なんて持ってはいないし、許可も取っていないし、記録上も予備の鍵を使用していない。
そして、王太子の私室だ。基本的に施錠しないという事は無い」
私もローデリヒ様の私室の鍵持ってないけど、特に欲しいとも言ったことはないし、使わないな……。予備使うなんて、鍵失くしたとかよっぽどの事しかない。
「ローデリヒの部屋の鍵を持っていないだろう?と父上はエーレンフリートに問い掛けたんだ。私もその場にいた。だからはっきり覚えている。
――開いてたんですよ、とエーレンフリートは確かに言った」
開けっ放しになっていたのか?なんて思ったけど、次のローデリヒ様の言葉で、違和感を持った。
「アーベルはおそらく10年後の私の鍵を持っているようだった。
父上が来た当時、私の部屋にはアーベルとエーレンフリートがいた。部屋の前の近衛騎士達は二人共倒れ伏していた。
エーレンフリートは鍵が開けっ放しだった、
アーベルは鍵はちゃんと閉めていた、と話している」
じゃあ、鍵はアーベルしか開けられなかったということ?
「父上が言うには、アーベルの目的の1つは、離宮行きの行程の草案を盗むこと」
「盗むって……」
私はそんな悪い子に育てた覚えはありません。
「盗む……というより、別の者の手に渡るのを阻止したと言うべきか。離宮行きの日は近付いていた。私室に置いていたのは、ほぼ確定に近い草案だったんだ」
離宮行きの話自体は、今まで住んでいたところの工事が出産予定日までに間に合わない、またはギリギリになりそうだという事を知ってすぐだったので、比較的早い段階で決まっていた。人の心の声が聞こえないように魔法を使っていたが、どうにも人の出入り自体多い王城が落ち着かなくて、私がお願いしたのだ。
「それでも確定させて近衛に渡すまでは数日は要する予定だったが、数日あればある程度の反乱の準備は出来る。草案の所在地を直接的でないにしろ教えたのは、父上だったらしい。アーベルがわざわざ過去に来てまで間違えたなんてことは思えない、と父上は仮説立てていたようだ」
国王様……一体何を考えてたんだ……。
「話を少し戻すが、部屋の前には見張りの近衛騎士が2人共倒れ伏していた。1人は2年目の新人。1人は20年のベテランだった。だが、ベテランの方は倒れる寸前、異変を察知していたそうだ」
ローデリヒ様が眉間に皺を寄せる。
「その者が言うには、エーレンフリートならばもっと完璧に隠し通すらしい。つまり、エーレンフリートよりも魔法に未熟な者――、アーベルが犯人に名前が挙がる。父上とアリサがアーベルと別れた時刻と、真っ直ぐに私の私室に向かった時間を考慮に入れると、アーベルの可能性が非常に高い」
かなり軟派でチャラそうなイメージしかないエーレンフリート様。やっぱり実力は近衛騎士団長を務めるだけあるということなんだ……。
「アーベルが草案目当てに私の私室へと入り、鍵を施錠。施錠後にエーレンフリートが入ってきた、という筋書きであれば、エーレンフリートが嘘を付いているという事になる。
逆に、アーベルが施錠をせずにエーレンフリートが開けっ放しだったから入って来たのだとすると、アーベルが嘘を付いている事になる」
証拠がないと、どちらが本当のことを言っているのか分からない。でも、どちらかが間違ったり、嘘を言っていなければ辻褄が合わない。
「エーレンフリートが部屋の見張りの騎士を完全に欺いて、アーベルより先に室内に居たと仮定する。まず最初に鍵の問題が発生するが、エーレンフリートの言う通り、開けっ放しだったとしよう。
だが、後から来たアーベルに草案を盗まれるとは思えない。エーレンフリートとアーベルは、魔法の力量で言えばエーレンフリートの方が優れているからだ。例え、アーベルの魔法が特殊でエーレンフリートが遅れをとったとしても、疑問が残る。
何故、近衛騎士を欺いてまで私室に入ったのか?、と」
ローデリヒ様とエーレンフリート様の仲はそれなりに良い。ただ、寝室でないにしろ、王太子の私室に1人で立ち入ることは侍従以外居ないのが普通だ。
「ここまでは状況証拠を幾つか繋ぎ合わせたに過ぎない。明確な動機も、片方からは事情すらまともに聞けていない。未来へ帰ってしまっているし、帰っていなくとも聞けなかっただろう。だから、確証なんてなかったんだ。疑い、だけで」
ローデリヒ様は視線を寝転がっているアーベルに向けた。アーベルはローデリヒ様の指を楽しそうにニギニギしている。
「結局のところ、危険を冒して過去に来てまで、何を伝えようとしていたのか?、という疑問に収束する。客観的に見て、息子贔屓だと言われてしまえばそれまでだが、未来の私が過去に来る事を許しているんだ。アーベルの所持していた鍵束は、現在の私の持っているものと同じ物。未来の私は、このタイミングで16歳のアーベルが来ることを分かっているのだろう。未来の私が息子を危険にさせてまで無駄な事はしないはずだ」
それは私も同意見。アーベルを危ない目に合わせてまで、過去に行かせるなんて事をしない。自分の中でそれだけは揺らがないって分かっている。分かっているからこそ、アーベルが来た理由を優先させてしまう。
客観的に見たら確たる証拠なんて無い。無いけれど、私自身が子供にそんな事をさせないと信じているから。
「アーベルが来たから、最悪の未来は回避出来ている……。いや……、未来のアーベルが来なければ、この先の未来を変えられないのだろう」
私の普段の思考からすると、そう考えるのが自然だ、とローデリヒ様は続けた。ローデリヒ様も同じことを思っていたようで、ちょっとホッとする。
ローデリヒ様はアーベルの額に手を当て、キラキラと輝く海色の瞳を覗き込んだ。
「なあ、アーベル。何を知っているんだ?」
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