上 下
59 / 80
後編

変なこと。(ローデリヒ過去)

しおりを挟む
 勢いで言ってしまったようだった。

 ハッと息を詰めたべティーナは、ローデリヒの険しい顔つきに黙り込んだ。しばしの無言の後に、べティーナはポツリポツリと事情を説明しだす。

 人体の構成には魔力が不可欠だ。
 誰もが魔力を持っている。そして、胎児が成長するのにも魔力が必要になる為、妊婦には魔力不足に陥りやすい。

 それは、両親の魔力差があればあるほど顕著に現れる。
 だから、魔力の少ない平民と多い貴族との婚姻はほとんど行われない。婚姻しても子供が出来ないからだ。
 つまり、国王ディートヘルムと侍女であったべティーナの大恋愛は非常に珍しく、国民に持て囃された。
 しかし、やはり平民と国王の魔力差は大きかった。

 貴族の血を引いていたべティーナでも、先祖返りと言われていたディートヘルムとの魔力差は埋められず、妊娠中は常に魔力不足になっていたらしい。一時は意識朦朧とするほど悪かった。その時、子供が無事に産まれても、虚弱体質だろうと宮廷医には言われていたのである。

 ようやく月満ちて産まれた待望の子供は、人の形をしていなかった。

「だから、アロイス。貴方が今こうしているのは奇跡なのよ」

 ローデリヒの肩に手を乗せて、べティーナは真剣な声音で説得する。

「私は貴方が健康で居てくれればいいの。アロイスが無茶する方が私には耐えられない」
「母上……」

 念を押すように「無理はしちゃ駄目、分かった?」とべティーナは再度言う。ローデリヒは困惑しながら、頷いた。

 肩に食い込んだ指が、少し痛かった。

 ローデリヒの返事に満足したらしいべティーナは、ようやく安心したように微笑む。

「分かってくれて良かった……。後宮ここも危ないから、ディートヘルム様に行って離れましょうね」

 ローデリヒに毒を盛った実行犯は、既に捕まっている。背後にいた側室の一人も同様だ。だから、安全だという漠然とした認識が幼いローデリヒにはあった。
 ずっと過ごしてきた王城から離れるというイメージがローデリヒには湧かなかったが、あまりにも取り乱す母親に従った。

 結論から言うと、王城から出ることは叶わなかった。

 現国王の唯一の子息。当たり前だった。
 国王ディートヘルムが許さない上に、他の重要ポストに就いていた貴族も難色を示す。例え国王の後宮に側室として親族を入れている貴族でも、現在の王子はローデリヒしかいないのは充分に分かっている。キルシュライト王族の事を考えると、このまま王城に留まって家庭教師に勉学を教わり続けているのがいい。

 その頃になると、側室の数と子供の数、国王の魔力の大きさも考えると、ローデリヒの後に子供が出来ないかもしれないという話も裏で出ていた。

 それでもべティーナは諦めなかったようだったが、ローデリヒは素直に父親に言われた事をこなしていた。幼いながらもべティーナに対する風当たりが更に強まっている事を分かったからこそ、更に真面目に打ち込んだ。

 家庭教師達からローデリヒの努力を聞いていたのだろう。国王はべティーナの元に来なくなった代わりに、近衛騎士団長と訓練するローデリヒの元に来るようになった。休憩中のローデリヒに近付いてきた国王は、ニコニコしながら隣に腰を下ろす。ローデリヒは額に流れる汗をグイッと乱暴に拭いた。

「ローデリヒ。頑張っているようだな」
「父上……」

 そんな父親にローデリヒは難しい顔をして、問う。

「父上。何故母上の元へ行かないのですか?」
「そうだな……。今ちょっと喧嘩中だからだな」
「喧嘩……?」
「ああ。私は謝っているんだがなあ……、中々許してはもらえなくて」
「そうなんですか……」

 家庭教師なら、頭の良い人なら何か知っていると思って、聞いてみたのだ。両親の仲をどうすればいいのか、と。

 二人は恋愛結婚で仲良しだったから、きっと仲直り出来ると家庭教師達は困ったように答えてくれた。
 ならば、大丈夫なのかもしれない。そうローデリヒは不安を感じつつも思った。

「僕の、せいですか?」

 ローデリヒの落ち込んだ声に国王は苦笑しつつ、頭を撫でる。

「お前のせいじゃない」
「でも……」
「ほら、そう気負うな」

 ぐしゃっと国王は自身と同じ色をしたローデリヒの髪を乱す。「でも……」とローデリヒは声が喉に張り付くのを感じた。とても言いづらかった。だが、それでもローデリヒは聞いたのだ。

「母上が言っていたんです。僕が産まれた時、人の形をしていなかったって」

 国王の手がピタリと止まる。あとはもう勢いだった。

「どうして僕は生きているんですか?」

 周りの喧騒が遠い。近衛騎士達は国王とローデリヒから離れた位置で休憩をしている。親子の時間を邪魔しようとする者はいない。

 頭の上に乗ったままの手が動かなくなったのを感じて、ローデリヒは高い位置にある父親を見上げた。自分と同じ色の瞳がやや見開かれている。予想外の疑問だったらしい。

 だが、国王は我に返るのが早かった。小さく息をつく。

「それは、べティーナから聞いたのか?」
「……はい。虚弱体質だからって」

 べティーナの方がよっぽど虚弱体質だ。すぐに季節風邪にかかるべティーナに会っても、ローデリヒは何ともない。

「……お前は虚弱体質ではない。あまり風邪も引かないだろう」
「はい。でも、昔はどうだったんですか?」
「昔もお前は健康体だった。病気もしていないな」

 なんだ、とローデリヒは胸をなでおろした。自分が健康体だと認識していたものの、父親に肯定されるまで心配だったのだ。

「よかった。また母上が変なこと言ってるだけだったんですね」
「変なこと?」

 国王が眉をひそめる。ローデリヒは不満そうに唇を尖らせた。子供らしく、文句を言う。

「だって、母上、いつも僕の誕生日を間違えるんですよ」

 母親は少々おかしくなる時がある。いつもの事か、と納得をして水を飲んだ。いつの間にか乾いていた喉が潤っていく。

「……まあ、べティーナも生死をさまよったからな。あまり鮮明に覚えておらぬのだろう」
「聞いてます」

 だからこそ、ローデリヒは母親が悪く言われることが許せなかった。

「どうだ?べティーナはお前を可愛がってくれているか?」
「……最近ちょっと鬱陶しいです」

 可愛がられている。それはもう過保護な程に。ローデリヒを心配していると分かっているからこそ、あまり何も言えなかった。

 だが、その言葉を聞いた国王は、満足そうに頷いた。

「そうかそうか。なら、お前をべティーナの元で育ててよかったのかもな」

 ローデリヒは意味が分からずに瞬きをした。国王は気付かずに「励め」と一言告げて公務に帰っていく。その後ろ姿を見送りながら、ローデリヒは腑に落ちない顔をしたが、すぐに近衛騎士団長に呼ばれてそちらに意識が向いたのだった。



 ーーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー



「べティーナ。貴女、殿下をどうするつもりなの?」

 赤いリップを引いた唇が不機嫌そうに歪む。後宮の主とも言われているハイデマリーは、その出身の家のこともあり、後宮の中では誰も逆らえなかった。

 べティーナもハイデマリーがいきなり来ても追い払わずに中に入れていた。時々顔を合わせるハイデマリーをローデリヒは苦手としていたが、べティーナはそうでもないらしい。

「アロイスには危ないことをして欲しくないだけです」

 カリカリと神経質そうに言うハイデマリーにべティーナはのんびりと返す。間に挟まっているローデリヒは、黙ったまま話の行方を見守っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

ヤクザの帝王と小人の皇子

荷居人(にいと)
BL
親が多額の借金を追い、自殺にて他界。借金は息子による成人したばかりの星野皇子(ほしのおうじ)が受け持つことに。 しかし、皇子は愛情遮断性低身長を患い、さらには父による虐待、母のうつ病による人間不信、最低限の食事による栄養不足に陥っていた。 そんな皇子をひとりにしなかったのは借金取りヤクザの若頭海野帝王(うみのていおう)。 躊躇わず人を殺せる極悪非道の帝王と心を閉じている小人皇子の依存ラブ。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko
恋愛
お茶会の参加中に魔獣に襲われたオフィーリアは前世を思い出し、自分が乙女ゲームの2番手悪役令嬢に転生してしまった事を悟った。 ゲームの結末によっては、断罪されて火あぶりの刑に処されてしまうかもしれない立場のキャラクターだ。 断罪を回避したい彼女は、攻略対象者である公爵令息との縁談を丁重に断ったのだが、何故か婚約する代わりに彼と友人になるはめに。 ゲームのキャラとは距離を取りたいのに、メインの悪役令嬢にも妙に懐かれてしまう。 更に、ヒロインや王子はなにかと因縁をつけてきて……。 平和的に悪役の座を降りたかっただけなのに、どうやらそれは無理みたいだ。 しかし、オフィーリアが人助けと自分の断罪回避の為に行っていた地道な根回しは、徐々に実を結び始める。 それがヒロインにとってのハッピーエンドを阻む結果になったとしても、仕方の無い事だよね? だって本来、悪役って主役を邪魔するものでしょう? ※主人公以外の視点が入る事があります。主人公視点は一人称、他者視点は三人称で書いています。 ※連載開始早々、タイトル変更しました。(なかなかピンと来ないので、また変わるかも……) ※感想欄は、ネタバレ有り/無しの分類を一切おこなっておりません。ご了承下さい。

処理中です...