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前編
新たな一歩と嘘発見器?
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言葉の意味を考えた。
私にとっての今の平穏ってなんだろう、と。
過去のアリサの平穏は、あの高い塀に囲まれたお屋敷の中で過ごすことだったのかもしれない。
でも、私は違う。
私はアリサ・セシリア・キルシュライトじゃない、達川有紗だ。身分は女子高生。
いきなり結婚、妊娠している所からして、全く平穏じゃない。むしろ波乱しかない。
ここで大人しく閉じこもっている事が、私の為になるのかと問われれば、私には全く分からない。何も解決策が思い付かない、そう表した方が正しい。
中身がアリサ・セシリア・キルシュライトじゃない、そう言えば話は早いのかもしれない。
けれど、ここにはアリサの味方ばかりで、私の味方なんていない。どんな状況に転ぶかが未知数。それが怖くて、中々切り出せない。
ジギスムントさんの言う通り、ただの記憶喪失だったら良かったのに……。
――それに、ローブの少女の事もある。
私の能力が正確ならば、あの子はアリサの味方なんじゃないかとも思う。
だって、始終私の事を心配してくれていた。私に何かしたかったら、ローちゃんみたいに吹っ飛ばしていたはず。
それなのに私とアーベルくんだけ、何ともなかったし。
それに、『あの男の手から、助けなければ』そう彼女は強く思っていた。
あの男――、それを指す人物が私の知っている範囲内で答えられるとするならば、ローデリヒさん、ジギスムントさん、国王様位しかいない。
そして、知らない男の人の声も気になる。
『ローデリヒ・アロイス・キルシュライトを僕は絶対に許さない。アリサ、君を必ず助けに行くから』
彼はそう強く思っていた。知らない男の人と、ローブの少女が繋がっているのなら、あの男はローデリヒさんということになる。
なんでローデリヒさんを敵視してるんだろう?
考えても全く分からない……。
分かるのは三人共、多分アリサの味方だって事だ。
アリサの味方同士の争い……?
訳わかんないなこれ。
それにアルヴォネンの人達が来ている時の襲撃だったから、関係が全くないとは思えない。
うーん、と私は頭を捻った。
「どうした?」
黙り込んだ私の反応に、ローデリヒさんが眉を寄せる。
「なんだか、……なんだろう?」
今まで当たり前のように感じていた事ばかりだった。まるでそれがずっと今まで続いてきた日常のように。身に染みた習慣とでもいうかのように。
自分の姿が変わっていた事だって、気付くのが遅かった。
キルシュライト語だって、使いこなすのはすぐだった。
ローちゃんの存在だって、即生活に馴染んだ。
アーベルくんの事だって、会った時からずっと可愛がっていた。
侍女さんなんて初めてだったのに、気にすら留めていなかった。
お屋敷の事だってそうだ。塀の外から出たいとすら思わなかった。
片手で自分の額を覆う。何か大事な答えがすぐそこにあるような。私は大事な何かを見落としているような……。
とても、もどかしい。
例えるなら、百円玉を落として自販機の下に入っちゃった気分。すぐそこに百円玉が見えているのに取れないっていうか。
あれ普通に恥ずかしいんだよね。取ってるとこ見られるの。
そんなどうでもいいことを思い出しつつ、大事な事を聞いた。
「……今晩から三晩、パーティーって本当にあるんですか?」
ローブの少女が口にした誘いは、彼女の善意から来るものだった。
まるで私が誰かに奪われたかのように。
「どこでそれを……?」
ローデリヒさんの海色の瞳が動揺で僅かに揺れる。
彼の反応的に本当にパーティーは行われるみたいだ。
「教えてください。何のパーティーなんですか?」
ずいっとローデリヒさんに向かって距離を詰めた。彼は渋い顔をする。
教えたくない、といった感情が丸見えだった。
「……アルヴォネンの王太子夫妻の歓迎パーティーだ。新婚旅行らしいし、盛大に祝わなければな」
「新婚、旅行……?」
新婚旅行で他国の王城来るんだ……。
スケール大きいけど、つまり他人の家に来るって事じゃない?王族事情分かんないな……。
思いっきり疑問が顔に出ていたらしい。ローデリヒさんは渋い顔を維持したまま、深々と疲れたように溜め息をついた。
「メインは海辺の観光地だと言っていた。だが本来の目的は、新婚旅行と称して、貴女に会いに来たのだろう。……立ち寄ったとしか話してなかったが」
……どうしよ。あのローブの少女の目的とは合致してる。
となると、みんなアリサの味方なのに何故こんなにもややこしくなって、ぶつかり合っているのか。
取り敢えず、ローデリヒさんの事だ。
あのお屋敷はどう考えてもアリサの為に建てられたかのようだった。高い塀に囲まれているけれど、完全に隔離されている感じしかない。
アリサがそれを望んでいたのかは分からない。
でも、ローデリヒさんがアルヴォネンに関わって欲しくないという思いは確実。それはきっと、アリサが過去の記憶を取り戻す事を恐れているから。
断片的な記憶を時々思い出す。私は知らないはずなのに。
過去の記憶については、ろくでもない気しかしない。
けれど、ローブの少女が言った助けなきゃという気持ちが本心から来る強いものならば、私はここに居ない方がいいんじゃないの?
少なくとも、彼女は長い間アリサを助けたがっていた。一時の気の迷いではなさそうだった。
そして、ローデリヒさんが私の事をちゃんと心配してくれているのも分かっている。彼もアリサの味方だ。
考えれば考える程、グルグルと同じ事を堂々巡りしていた。全く分からない。全貌が見えてこない。
考えてみると私の能力って、嘘発見器みたいな感じだなあ。
「……あれ?嘘発見器?」
……これって、使えるんじゃないんだろうか?
最初私の能力が怖い、なんて思った。随分と危ない事をやらされていたけれど、非常に便利な能力なんじゃない?
……だから、国王様に利用されたんだと思うんだけど、この訳の分からない状況では使いやすい。
「嘘発見器?」
ローデリヒさんが私の言葉を復唱する。
私は結界のペンダントを握った。ひんやりとした鉱物の感触が、手のひらに伝わってくる。
所詮、他人事だ。そう思うと同時に、自分の事のように感じてしまう。
この酷く矛盾した感情は、この身体の意識に引きずられているからなんじゃないかって。
けれど、そうも言ってられない。
「私、歓迎パーティーに出たいです。アルヴォネンの王太子夫妻と会ってみたい」
このややこしい事態を明確化する為には、どうしたって会うことは避けられないはずだから。
「ローデリヒさんの気持ちも分かります。ルーカスって人は、少なくとも過去の私と関わっています。だから離縁するかどうかも、記憶を取り戻さないかどうかも、その人達に会ってから決めたい」
ローデリヒさんの海色の瞳が大きく揺らいだ。ほんの少しだけ彼は俯く。金色の髪が彼の目元を覆い隠した。
「……ろくな、記憶じゃない。忘れた方がいい記憶だ。思い出すかもしれないんだぞ。貴女が傷付くかもしれない」
「……それでも、私はこれから先を選択する上で大事な事だと思うんです」
ローデリヒさんは両手で顔を覆う。骨ばった手が、ほんの少しだけ震えていた。
恐れている、とでもいうように。
「結界は間に合わない。あの屋敷を囲っていた結界だってまだ壊れたままだ。パーティーは結界無しで出ることになる。沢山の人の悪意を聞くことになるんだぞ」
「むしろ望むところです」
私の答えにローデリヒさんは口を閉ざす。部屋の近くにも人はいないみたいで、この場に沈黙が降り積もった。
握り締めたペンダントトップがすっかり温くなった頃、彼はポツリと後悔するように呟いた。
「……私は、貴女に傷ついて欲しくないだけなんだ」
「それは……」
ローデリヒさんが沢山心配してくれているのに、私は更に心配を掛けている。そんな罪悪感が胸の中で滲んだ。
「でも貴女がこの先の未来を、貴女自身で決める上で必要と言うのなら、……私は協力しよう。貴女は記憶が混乱しているから、判断材料が欲しいという気持ちも理解しているつもりだ」
ローデリヒさんは顔を覆っていた手を下ろした。
もう彼の手は震えてはいなかった。海の色をした瞳は、静かに凪いでいる。
「だが、貴女が傷付く事は耐えられない。私も傍には出来るだけいるが、不測の事態が起きた時にはコイツを頼ってくれ」
ローデリヒさんが扉の方を向くと、何故かデブ猫ローちゃんが堂々と室内に入ってきた。そのままゆっくりとした足取りで、ローデリヒさんの座っているソファーの隣にお行儀よく飛び乗った。
「使い魔のローだ。猫の形をしているが、私と日頃から視界共有をしている。転移魔法はローの視界共有を利用して、行ったことのない場所へ転移出来ないというマイナス面を消しているんだ」
なんか良く分からない理論が出てきたけれど、取り敢えずローちゃんはただのデブ猫ではないという事か。思わずローちゃんをまじまじと見つめる。
どっからどう見てもデブ猫だ……。
「今晩パーティーに参加するには準備が足りないが、明日の夜参加出来るように今から手配しよう」
ローデリヒさんはゆっくりと立ち上がる。私も慌ててそれに倣った。
「あの、ありがとうございます!」
頭を下げると、ローデリヒさんは少しだけ口元に笑みを浮かべた。だけれど、寂しそうに目を細める。
「……いや、礼には及ばない」
軽く手を振って、彼は一度も振り返らずに外へ出て行った。
ローちゃんと二人で部屋に取り残される。ローちゃんと二人でいるけど、この場面はローデリヒさんも見てるって事か……不思議な感覚。
そして私は一つ、重大な事に気付いた。
「あ、あれ?ローちゃん前に脱衣場まで入ってきてなかった……?」
私にとっての今の平穏ってなんだろう、と。
過去のアリサの平穏は、あの高い塀に囲まれたお屋敷の中で過ごすことだったのかもしれない。
でも、私は違う。
私はアリサ・セシリア・キルシュライトじゃない、達川有紗だ。身分は女子高生。
いきなり結婚、妊娠している所からして、全く平穏じゃない。むしろ波乱しかない。
ここで大人しく閉じこもっている事が、私の為になるのかと問われれば、私には全く分からない。何も解決策が思い付かない、そう表した方が正しい。
中身がアリサ・セシリア・キルシュライトじゃない、そう言えば話は早いのかもしれない。
けれど、ここにはアリサの味方ばかりで、私の味方なんていない。どんな状況に転ぶかが未知数。それが怖くて、中々切り出せない。
ジギスムントさんの言う通り、ただの記憶喪失だったら良かったのに……。
――それに、ローブの少女の事もある。
私の能力が正確ならば、あの子はアリサの味方なんじゃないかとも思う。
だって、始終私の事を心配してくれていた。私に何かしたかったら、ローちゃんみたいに吹っ飛ばしていたはず。
それなのに私とアーベルくんだけ、何ともなかったし。
それに、『あの男の手から、助けなければ』そう彼女は強く思っていた。
あの男――、それを指す人物が私の知っている範囲内で答えられるとするならば、ローデリヒさん、ジギスムントさん、国王様位しかいない。
そして、知らない男の人の声も気になる。
『ローデリヒ・アロイス・キルシュライトを僕は絶対に許さない。アリサ、君を必ず助けに行くから』
彼はそう強く思っていた。知らない男の人と、ローブの少女が繋がっているのなら、あの男はローデリヒさんということになる。
なんでローデリヒさんを敵視してるんだろう?
考えても全く分からない……。
分かるのは三人共、多分アリサの味方だって事だ。
アリサの味方同士の争い……?
訳わかんないなこれ。
それにアルヴォネンの人達が来ている時の襲撃だったから、関係が全くないとは思えない。
うーん、と私は頭を捻った。
「どうした?」
黙り込んだ私の反応に、ローデリヒさんが眉を寄せる。
「なんだか、……なんだろう?」
今まで当たり前のように感じていた事ばかりだった。まるでそれがずっと今まで続いてきた日常のように。身に染みた習慣とでもいうかのように。
自分の姿が変わっていた事だって、気付くのが遅かった。
キルシュライト語だって、使いこなすのはすぐだった。
ローちゃんの存在だって、即生活に馴染んだ。
アーベルくんの事だって、会った時からずっと可愛がっていた。
侍女さんなんて初めてだったのに、気にすら留めていなかった。
お屋敷の事だってそうだ。塀の外から出たいとすら思わなかった。
片手で自分の額を覆う。何か大事な答えがすぐそこにあるような。私は大事な何かを見落としているような……。
とても、もどかしい。
例えるなら、百円玉を落として自販機の下に入っちゃった気分。すぐそこに百円玉が見えているのに取れないっていうか。
あれ普通に恥ずかしいんだよね。取ってるとこ見られるの。
そんなどうでもいいことを思い出しつつ、大事な事を聞いた。
「……今晩から三晩、パーティーって本当にあるんですか?」
ローブの少女が口にした誘いは、彼女の善意から来るものだった。
まるで私が誰かに奪われたかのように。
「どこでそれを……?」
ローデリヒさんの海色の瞳が動揺で僅かに揺れる。
彼の反応的に本当にパーティーは行われるみたいだ。
「教えてください。何のパーティーなんですか?」
ずいっとローデリヒさんに向かって距離を詰めた。彼は渋い顔をする。
教えたくない、といった感情が丸見えだった。
「……アルヴォネンの王太子夫妻の歓迎パーティーだ。新婚旅行らしいし、盛大に祝わなければな」
「新婚、旅行……?」
新婚旅行で他国の王城来るんだ……。
スケール大きいけど、つまり他人の家に来るって事じゃない?王族事情分かんないな……。
思いっきり疑問が顔に出ていたらしい。ローデリヒさんは渋い顔を維持したまま、深々と疲れたように溜め息をついた。
「メインは海辺の観光地だと言っていた。だが本来の目的は、新婚旅行と称して、貴女に会いに来たのだろう。……立ち寄ったとしか話してなかったが」
……どうしよ。あのローブの少女の目的とは合致してる。
となると、みんなアリサの味方なのに何故こんなにもややこしくなって、ぶつかり合っているのか。
取り敢えず、ローデリヒさんの事だ。
あのお屋敷はどう考えてもアリサの為に建てられたかのようだった。高い塀に囲まれているけれど、完全に隔離されている感じしかない。
アリサがそれを望んでいたのかは分からない。
でも、ローデリヒさんがアルヴォネンに関わって欲しくないという思いは確実。それはきっと、アリサが過去の記憶を取り戻す事を恐れているから。
断片的な記憶を時々思い出す。私は知らないはずなのに。
過去の記憶については、ろくでもない気しかしない。
けれど、ローブの少女が言った助けなきゃという気持ちが本心から来る強いものならば、私はここに居ない方がいいんじゃないの?
少なくとも、彼女は長い間アリサを助けたがっていた。一時の気の迷いではなさそうだった。
そして、ローデリヒさんが私の事をちゃんと心配してくれているのも分かっている。彼もアリサの味方だ。
考えれば考える程、グルグルと同じ事を堂々巡りしていた。全く分からない。全貌が見えてこない。
考えてみると私の能力って、嘘発見器みたいな感じだなあ。
「……あれ?嘘発見器?」
……これって、使えるんじゃないんだろうか?
最初私の能力が怖い、なんて思った。随分と危ない事をやらされていたけれど、非常に便利な能力なんじゃない?
……だから、国王様に利用されたんだと思うんだけど、この訳の分からない状況では使いやすい。
「嘘発見器?」
ローデリヒさんが私の言葉を復唱する。
私は結界のペンダントを握った。ひんやりとした鉱物の感触が、手のひらに伝わってくる。
所詮、他人事だ。そう思うと同時に、自分の事のように感じてしまう。
この酷く矛盾した感情は、この身体の意識に引きずられているからなんじゃないかって。
けれど、そうも言ってられない。
「私、歓迎パーティーに出たいです。アルヴォネンの王太子夫妻と会ってみたい」
このややこしい事態を明確化する為には、どうしたって会うことは避けられないはずだから。
「ローデリヒさんの気持ちも分かります。ルーカスって人は、少なくとも過去の私と関わっています。だから離縁するかどうかも、記憶を取り戻さないかどうかも、その人達に会ってから決めたい」
ローデリヒさんの海色の瞳が大きく揺らいだ。ほんの少しだけ彼は俯く。金色の髪が彼の目元を覆い隠した。
「……ろくな、記憶じゃない。忘れた方がいい記憶だ。思い出すかもしれないんだぞ。貴女が傷付くかもしれない」
「……それでも、私はこれから先を選択する上で大事な事だと思うんです」
ローデリヒさんは両手で顔を覆う。骨ばった手が、ほんの少しだけ震えていた。
恐れている、とでもいうように。
「結界は間に合わない。あの屋敷を囲っていた結界だってまだ壊れたままだ。パーティーは結界無しで出ることになる。沢山の人の悪意を聞くことになるんだぞ」
「むしろ望むところです」
私の答えにローデリヒさんは口を閉ざす。部屋の近くにも人はいないみたいで、この場に沈黙が降り積もった。
握り締めたペンダントトップがすっかり温くなった頃、彼はポツリと後悔するように呟いた。
「……私は、貴女に傷ついて欲しくないだけなんだ」
「それは……」
ローデリヒさんが沢山心配してくれているのに、私は更に心配を掛けている。そんな罪悪感が胸の中で滲んだ。
「でも貴女がこの先の未来を、貴女自身で決める上で必要と言うのなら、……私は協力しよう。貴女は記憶が混乱しているから、判断材料が欲しいという気持ちも理解しているつもりだ」
ローデリヒさんは顔を覆っていた手を下ろした。
もう彼の手は震えてはいなかった。海の色をした瞳は、静かに凪いでいる。
「だが、貴女が傷付く事は耐えられない。私も傍には出来るだけいるが、不測の事態が起きた時にはコイツを頼ってくれ」
ローデリヒさんが扉の方を向くと、何故かデブ猫ローちゃんが堂々と室内に入ってきた。そのままゆっくりとした足取りで、ローデリヒさんの座っているソファーの隣にお行儀よく飛び乗った。
「使い魔のローだ。猫の形をしているが、私と日頃から視界共有をしている。転移魔法はローの視界共有を利用して、行ったことのない場所へ転移出来ないというマイナス面を消しているんだ」
なんか良く分からない理論が出てきたけれど、取り敢えずローちゃんはただのデブ猫ではないという事か。思わずローちゃんをまじまじと見つめる。
どっからどう見てもデブ猫だ……。
「今晩パーティーに参加するには準備が足りないが、明日の夜参加出来るように今から手配しよう」
ローデリヒさんはゆっくりと立ち上がる。私も慌ててそれに倣った。
「あの、ありがとうございます!」
頭を下げると、ローデリヒさんは少しだけ口元に笑みを浮かべた。だけれど、寂しそうに目を細める。
「……いや、礼には及ばない」
軽く手を振って、彼は一度も振り返らずに外へ出て行った。
ローちゃんと二人で部屋に取り残される。ローちゃんと二人でいるけど、この場面はローデリヒさんも見てるって事か……不思議な感覚。
そして私は一つ、重大な事に気付いた。
「あ、あれ?ローちゃん前に脱衣場まで入ってきてなかった……?」
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