上 下
17 / 80
前編

新たな一歩と嘘発見器?

しおりを挟む
 言葉の意味を考えた。

 私にとってのの平穏ってなんだろう、と。
 アリサの平穏は、あの高い塀に囲まれたお屋敷の中で過ごすことだったのかもしれない。

 でも、私は違う。

 私はアリサ・セシリア・キルシュライトじゃない、達川有紗だ。身分は女子高生。

 いきなり結婚、妊娠している所からして、全く平穏じゃない。むしろ波乱しかない。

 ここで大人しく閉じこもっている事が、私の為になるのかと問われれば、私には全く分からない。何も解決策が思い付かない、そう表した方が正しい。

 中身がアリサ・セシリア・キルシュライトじゃない、そう言えば話は早いのかもしれない。
 けれど、ここにはアリサの味方ばかりで、の味方なんていない。どんな状況に転ぶかが未知数。それが怖くて、中々切り出せない。

 ジギスムントさんの言う通り、ただの記憶喪失だったら良かったのに……。

 ――それに、ローブの少女の事もある。
 私の能力が正確ならば、あの子はアリサの味方なんじゃないかとも思う。
 だって、始終私の事を心配してくれていた。私に何かしたかったら、ローちゃんみたいに吹っ飛ばしていたはず。
 それなのに私とアーベルくんだけ、何ともなかったし。

 それに、『あの男の手から、助けなければ』そう彼女は強く思っていた。

 あの男――、それを指す人物が私の知っている範囲内で答えられるとするならば、ローデリヒさん、ジギスムントさん、国王様位しかいない。

 そして、知らない男の人の声も気になる。

『ローデリヒ・アロイス・キルシュライトを僕は絶対に許さない。アリサ、君を必ず助けに行くから』

 彼はそう強く思っていた。知らない男の人と、ローブの少女が繋がっているのなら、あの男はローデリヒさんということになる。

 なんでローデリヒさんを敵視してるんだろう?
 考えても全く分からない……。

 分かるのは三人共、多分アリサの味方だって事だ。
 アリサの味方同士の争い……?
 訳わかんないなこれ。

 それにアルヴォネンの人達が来ている時の襲撃だったから、関係が全くないとは思えない。

 うーん、と私は頭を捻った。

「どうした?」

 黙り込んだ私の反応に、ローデリヒさんが眉を寄せる。

「なんだか、……なんだろう?」

 今まで当たり前のように感じていた事ばかりだった。まるでそれがずっと今まで続いてきた日常のように。身に染みた習慣とでもいうかのように。

 自分の姿が変わっていた事だって、気付くのが遅かった。
 キルシュライト語だって、使いこなすのはすぐだった。
 ローちゃんの存在だって、即生活に馴染んだ。
 アーベルくんの事だって、会った時からずっと可愛がっていた。
 侍女さんなんて初めてだったのに、気にすら留めていなかった。
 お屋敷の事だってそうだ。塀の外から出たいとすら思わなかった。

 片手で自分の額を覆う。何か大事な答えがすぐそこにあるような。私は大事な何かを見落としているような……。

 とても、もどかしい。

 例えるなら、百円玉を落として自販機の下に入っちゃった気分。すぐそこに百円玉がのに取れないっていうか。
 あれ普通に恥ずかしいんだよね。取ってるとこ見られるの。

 そんなどうでもいいことを思い出しつつ、大事な事を聞いた。

「……今晩から三晩、パーティーって本当にあるんですか?」

 ローブの少女が口にした誘いは、彼女のから来るものだった。
 まるで私が誰かに奪われたかのように。

「どこでそれを……?」

 ローデリヒさんの海色の瞳が動揺で僅かに揺れる。
 彼の反応的に本当にパーティーは行われるみたいだ。

「教えてください。何のパーティーなんですか?」

 ずいっとローデリヒさんに向かって距離を詰めた。彼は渋い顔をする。
 教えたくない、といった感情が丸見えだった。

「……アルヴォネンの王太子夫妻の歓迎パーティーだ。新婚旅行らしいし、盛大に祝わなければな」
「新婚、旅行……?」

 新婚旅行で他国の王城来るんだ……。
 スケール大きいけど、つまり他人の家に来るって事じゃない?王族事情分かんないな……。

 思いっきり疑問が顔に出ていたらしい。ローデリヒさんは渋い顔を維持したまま、深々と疲れたように溜め息をついた。

「メインは海辺の観光地だと言っていた。だが本来の目的は、新婚旅行と称して、貴女に会いに来たのだろう。……立ち寄ったとしか話してなかったが」

 ……どうしよ。あのローブの少女の目的とは合致してる。

 となると、みんなアリサの味方なのに何故こんなにもややこしくなって、ぶつかり合っているのか。

 取り敢えず、ローデリヒさんの事だ。

 あのお屋敷はどう考えてもアリサの為に建てられたかのようだった。高い塀に囲まれているけれど、完全に隔離されている感じしかない。
 アリサがそれを望んでいたのかは分からない。

 でも、ローデリヒさんがアルヴォネンに関わって欲しくないという思いは確実。それはきっと、アリサが過去の記憶を取り戻す事を恐れているから。

 断片的な記憶を時々思い出す。私は知らないなのに。

 過去の記憶については、ろくでもない気しかしない。

 けれど、ローブの少女が言ったという気持ちが本心から来る強いものならば、私はここに居ない方がいいんじゃないの?
 少なくとも、彼女は長い間アリサを助けたがっていた。一時の気の迷いではなさそうだった。

 そして、ローデリヒさんが私の事をちゃんと心配してくれているのも分かっている。彼もアリサの味方だ。

 考えれば考える程、グルグルと同じ事を堂々巡りしていた。全く分からない。全貌が見えてこない。

 考えてみると私の能力って、嘘発見器みたいな感じだなあ。

「……あれ?嘘発見器?」

 ……これって、使えるんじゃないんだろうか?

 最初私の能力が怖い、なんて思った。随分と危ない事をやらされていたけれど、非常に便利な能力なんじゃない?
 ……だから、国王様に利用されたんだと思うんだけど、この訳の分からない状況では使いやすい。

「嘘発見器?」

 ローデリヒさんが私の言葉を復唱する。
 私は結界のペンダントを握った。ひんやりとした鉱物の感触が、手のひらに伝わってくる。

 所詮、だ。そう思うと同時に、自分の事のように感じてしまう。
 この酷く矛盾した感情は、この身体の意識に引きずられているからなんじゃないかって。

 けれど、そうも言ってられない。

「私、歓迎パーティーに出たいです。アルヴォネンの王太子夫妻と会ってみたい」

 このややこしい事態を明確化する為には、どうしたって会うことは避けられないはずだから。

「ローデリヒさんの気持ちも分かります。ルーカスって人は、少なくとも過去の私と関わっています。だから離縁するかどうかも、記憶を取り戻さないかどうかも、その人達に会ってから決めたい」

 ローデリヒさんの海色の瞳が大きく揺らいだ。ほんの少しだけ彼は俯く。金色の髪が彼の目元を覆い隠した。

「……ろくな、記憶じゃない。忘れた方がいい記憶だ。思い出すかもしれないんだぞ。貴女が傷付くかもしれない」
「……それでも、私はを選択する上で大事な事だと思うんです」

 ローデリヒさんは両手で顔を覆う。骨ばった手が、ほんの少しだけ震えていた。
 恐れている、とでもいうように。

「結界は間に合わない。あの屋敷を囲っていた結界だってまだ壊れたままだ。パーティーは結界無しで出ることになる。沢山の人の悪意を聞くことになるんだぞ」
「むしろ望むところです」

 私の答えにローデリヒさんは口を閉ざす。部屋の近くにも人はいないみたいで、この場に沈黙が降り積もった。

 握り締めたペンダントトップがすっかり温くなった頃、彼はポツリと後悔するように呟いた。

「……私は、貴女に傷ついて欲しくないだけなんだ」
「それは……」

 ローデリヒさんが沢山心配してくれているのに、私は更に心配を掛けている。そんな罪悪感が胸の中で滲んだ。

「でも貴女がこの先の未来を、貴女自身で決める上で必要と言うのなら、……私は協力しよう。貴女は記憶が混乱しているから、判断材料が欲しいという気持ちも理解しているつもりだ」

 ローデリヒさんは顔を覆っていた手を下ろした。
 もう彼の手は震えてはいなかった。海の色をした瞳は、静かに凪いでいる。

「だが、貴女が傷付く事は耐えられない。私も傍には出来るだけいるが、不測の事態が起きた時にはコイツを頼ってくれ」

 ローデリヒさんが扉の方を向くと、何故かデブ猫ローちゃんが堂々と室内に入ってきた。そのままゆっくりとした足取りで、ローデリヒさんの座っているソファーの隣にお行儀よく飛び乗った。

「使い魔のローだ。猫の形をしているが、私と日頃から視界共有をしている。転移魔法はローの視界共有を利用して、行ったことのない場所へ転移出来ないというマイナス面を消しているんだ」

 なんか良く分からない理論が出てきたけれど、取り敢えずローちゃんはただのデブ猫ではないという事か。思わずローちゃんをまじまじと見つめる。

 どっからどう見てもデブ猫だ……。

「今晩パーティーに参加するには準備が足りないが、明日の夜参加出来るように今から手配しよう」

 ローデリヒさんはゆっくりと立ち上がる。私も慌ててそれに倣った。

「あの、ありがとうございます!」

 頭を下げると、ローデリヒさんは少しだけ口元に笑みを浮かべた。だけれど、寂しそうに目を細める。

「……いや、礼には及ばない」

 軽く手を振って、彼は一度も振り返らずに外へ出て行った。

 ローちゃんと二人で部屋に取り残される。ローちゃんと二人でいるけど、この場面はローデリヒさんも見てるって事か……不思議な感覚。

 そして私は一つ、重大な事に気付いた。

「あ、あれ?ローちゃん前に脱衣場まで入ってきてなかった……?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

ヤクザの帝王と小人の皇子

荷居人(にいと)
BL
親が多額の借金を追い、自殺にて他界。借金は息子による成人したばかりの星野皇子(ほしのおうじ)が受け持つことに。 しかし、皇子は愛情遮断性低身長を患い、さらには父による虐待、母のうつ病による人間不信、最低限の食事による栄養不足に陥っていた。 そんな皇子をひとりにしなかったのは借金取りヤクザの若頭海野帝王(うみのていおう)。 躊躇わず人を殺せる極悪非道の帝王と心を閉じている小人皇子の依存ラブ。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko
恋愛
お茶会の参加中に魔獣に襲われたオフィーリアは前世を思い出し、自分が乙女ゲームの2番手悪役令嬢に転生してしまった事を悟った。 ゲームの結末によっては、断罪されて火あぶりの刑に処されてしまうかもしれない立場のキャラクターだ。 断罪を回避したい彼女は、攻略対象者である公爵令息との縁談を丁重に断ったのだが、何故か婚約する代わりに彼と友人になるはめに。 ゲームのキャラとは距離を取りたいのに、メインの悪役令嬢にも妙に懐かれてしまう。 更に、ヒロインや王子はなにかと因縁をつけてきて……。 平和的に悪役の座を降りたかっただけなのに、どうやらそれは無理みたいだ。 しかし、オフィーリアが人助けと自分の断罪回避の為に行っていた地道な根回しは、徐々に実を結び始める。 それがヒロインにとってのハッピーエンドを阻む結果になったとしても、仕方の無い事だよね? だって本来、悪役って主役を邪魔するものでしょう? ※主人公以外の視点が入る事があります。主人公視点は一人称、他者視点は三人称で書いています。 ※連載開始早々、タイトル変更しました。(なかなかピンと来ないので、また変わるかも……) ※感想欄は、ネタバレ有り/無しの分類を一切おこなっておりません。ご了承下さい。

処理中です...