16 / 80
前編
王国と、個人と?
しおりを挟む
初めてだよ。
人生初めてだよ。
――お城に足を踏み入れるのは。
目の前にそびえ立つ大きな王城。キルシュライト王国首都キルシュの代名詞とも呼ばれている場所らしい。
近くからは全体像が見えない。
白い石は年季が入っているのか、所々灰色になっている。なっているが、物々しさを感じさせてむしろこれは……白亜の城よりホラー感が、あります……。
せっかく、今までいた屋敷の雰囲気に慣れてきた頃だったというのに。オマケに今まで住んでた屋敷は築年数は建って二年経ってないんだって。
めちゃくちゃ浅い。完全にアリサ用に建てられているのがよく分かる。
なんかすっごい隔離されてたからね……。
ちなみに王城は築城されてから、100年以上は経っているらしい。
……これ絶対いるやつだ。いるやつだよ。幽霊。
思うとめちゃくちゃ怖くなってきた。真っ昼間なのに。
もう膝、ガクガクです。
大破した屋敷を今使用する事は出来ない。硝子は床に散乱し、必要な家具は全部庭まで飛んで行っていた。無事だったのは私とアーベルくんのいた場所だけだった。
暴風は魔法により起こされたものらしい。魔力痕跡を辿ってみたけど、阻害されていたとの事。
ちなみに魔力痕跡とは、指紋みたいに一人一人違うものなんだって。
多分、ローブの少女がわざと私達を避けて風を巻き起こしたんだと思う。
見つけた、と彼女は言っていた。きっと目的は私――アリサなんだろう。
イーナさんとゼルマさんはヴァーレリーちゃんが守ったらしい。ヴァーレリーちゃんは、飛んできた家具にぶつかって足を骨折したんだと。
治癒魔法で即治してもらったらしく、私が会った時はピンピンしていた。
ローちゃんはかなり遠くの方まで飛ばされていたらしいんだけど、ソファーと壁の隙間に上手いこと収まって無傷だったらしい。
お屋敷にいた他の護衛騎士さんと侍女さんも、怪我をした人は何人もいたみたい。ただローデリヒさんがもう治療済みで、みんな元気にしていると話していた。
心底良かった……と安心すると同時に、治癒魔法ってすごいなと感心。
聞くところによると、怪我は全て治癒魔法ですぐ治療したらしく、よほどの重傷でない限り、あっという間に治ってしまうらしい。便利な世界だ……、と思ったけど、治癒魔法は怪我以外には効かないとも聞いた。
なるほど。だから私の記憶喪失誤解は、経過観察扱いになっちゃうのか……。
今はもう不思議な声は聞こえてこない。ローデリヒさんが応急処置として、臨時の結界が張れるペンダントをくれた。
現在、結界は私の周辺を覆うように展開されているそう。これが私の能力を抑えてくれるものだそうだ。
私は他の人に触れないし、他の人も私に触れないという縛りはあるけれど、これでひとまず平穏を取り戻せた。
ずっと同時に、色んな人から話し掛けられているような感覚だったからね。かなりうるさかった。
人混みの中にずっと放り出され続けてる感じ。
アーベルくんは、ローデリヒさんの腕に抱かれてご機嫌みたいだ。いつもより高い位置から見る風景が楽しくて仕方ないらしい。
ぷくぷくした手がローデリヒさんのワイシャツを握っている。
「普段は使ってないが、王太子妃の部屋はいつも綺麗にしている。この王城はかなりの人がいて、落ち着かないだろうが……しばらくは我慢して欲しい」
慣れたように裏口……と言っても、大きなマンションのエントランスレベルで大きい場所を通り抜けるローデリヒさん。
「大丈夫ですよ。仕方ないですもんね」
お屋敷ほぼほぼ半壊したようなものだし……、本当に死人でなくてよかったよ……。
ローデリヒさんに続いて城の中に入ると、どうやらそこは教会みたいな場所らしく、前方の中央部に祭壇が置かれ、参列席が並んでいる。
天井までがかなり高く、天井にはフレスコ画って言うんだっけ?なんかすごい大きな絵が描かれている。
ステンドグラスから差し込む光が祭壇を照らしていた。
壁や柱には芸術を感じさせるような、何やら細かい彫刻等がされている。
残念ながら、芸術センスゼロの私には何が何だか分からないけど。
口をポカンと開けて、まるで地方から上京してきたお上りさんみたいに周囲を眺める私。ローデリヒさんはそんな私の様子にちょっと目をみはった。
「珍しいか?」
「そうですね……、こういう場所には来ませんから……」
むしろ観光地って感じがする。
「まあ、少し経てば慣れるはずだ。貴女も短い間だが、王城に住んでいたからな」
え、住んでた?これが王族の居城?これが家の一部なの?
スケールが違いすぎてもう白目剥きそう。
その後、シャンデリアが並ぶ長い廊下とか、金、銀、宝石が散りばめられた柱とか、天井一面フレスコ画の場所とか通り抜けて、なんとか目的地まで来た時は、すっかり疲れきっていた。
豪華すぎて、庶民にはカルチャーショックが強すぎる。
ぐでん、と軟体動物のようにソファーにへたり込む私に、ローデリヒさんは眉を下げた。
「すまない。まだ体調が悪いのに無理をさせたな……。一応近道を使ってきたのだが……」
あれで近道……?
移動だけで20分は掛かってると思う。
オマケにすれ違う使用人の人達が廊下の端に寄って、私達が通り過ぎるまでみんな深々と礼をしているのだ。
本当に実感が今まで湧かなかったけど、ローデリヒさんそういえば王太子様だったんだよね……。
本当に実感湧かなくて、親バカな人くらいの感覚でいたんだけど。
あれ、それならイーナさんにちょっかいかけまくっている、犯罪っぽい国王様ってもっと凄い人なんじゃ……?
正しい認識に気付きそうになった時、ノックの音無しで扉が開く。
全員そちらの方へと視線が集まった。
「ローデリヒ!何やら大変な事になったらしいのう!アリサも気を落とすでないぞ!皆が治癒魔法で治る怪我で良かったわい!事後処理が大変そうだから、ワシがアーベルの面倒を見てやるからな!イーナ、お主も来るのだ」
オブラートに包みまくった上でのぽっちゃり系の中年男性――国王様は得意気にそう言った後、ひったくるようにローデリヒさんの手元からアーベルくんを取った。
そして、器用にアーベルくんを片手で抱きながら、もう片手でイーナさんの腰を抱く。
流れるような鮮やかな手つきに、一同唖然とする他なかった。
「ちょっ?!父上何を……?!」
「子守りはこの爺に任せよ!フハハハハ……イテッ」
慌てて立ち上がるローデリヒさんに、国王様は高笑いしてながら立ち去ろうとしていたけど、アーベルくんに髭を引っ張られていた。
「ゼルマもアーベルを見ていてくれ」
「はい」
ニコニコと穏やかに微笑みながら、ゼルマさんは国王様達の後を追う。やっぱりあの国王様凄い人じゃないんじゃないのか?ただのセクハラ親父なんじゃないか?なんて思ってるうちに、ローデリヒさんが人払いをした。
室内には私とローデリヒさんだけが残った。
さっきまでいたお屋敷の図書室より、ふかふかしているベルベット生地のソファーから身を起こす。
絶好の機会だ。私はずっと疑問に思っていたのだ。
多分碌でもない過去の記憶の中に、今回襲撃してきた少女との記憶があるのだろう。
中々話し出さないローデリヒさんに焦れて、私は口を開いた。
「私の記憶の事なんですけど」
「貴女の能力の事だが」
思いっきり被った。
お互い気まずそうに顔を見合わせる。ローデリヒさんの話がとても気になったので、先にそちらについて教えてもらう事にした。
「貴女の魔法の属性が精神属性というのは知っているだろう?」
「はい。ヴァーレリーちゃんに教えてもらって……」
「精神属性は人の精神に干渉出来る属性だ。貴女も例外なく、他人の精神に干渉出来る――と、嫁いできた時に貴女は言っていた」
渋い表情を浮かべたローデリヒさん。
本当は過去の事はあまり伝えたくはないのだが、と前置きをして重々しく口を開く。
「精神属性を持たない私には、どういった感覚なのかは分からない。ただ貴女には何もしなくても、人の強い感情が伝わってくると話していた」
「人の強い感情?人の心が読めるみたいな感じですか?」
「読心術……の一種なのだろうと思う。私も以前聞いてみたのだが、人の強い感情しか分からないのだと。
例えば誰かに対して強い怒りが一瞬芽生えたとする。しかし、その怒りは永続的なものではなく、段々と薄らいでいくものだった。その場合、一瞬芽生えた強い怒りの感情のみが読み取れて、薄らいでいく怒りの感情は読めない。
つまり、感情の移り変わりの部分と、ささやかな怒りの感情には干渉出来ないと言っていた」
複雑だ。複雑だけれど、なんとなく理解した気がする。
結界がなくなった瞬間、伝わってきた感情。その多くが負の感情だった。
普段から怒りっぽい人はともかく、殺意まで感じることはあまりないはず。
「だが、貴女のその能力は非常に便利だ。特に私達のような為政者にとっては。いつも内心何を考えているか分からない貴族ばかりを相手するからな」
肩を竦めてみせたローデリヒさんだったが、次には眉間に皺を寄せた。
「その力を利用したんだ。アルヴォネン国王は。一時の強い殺意だけでも、自分に対しての叛意を推し量れる指標になる」
「アルヴォネン……」
日記の中で出てきた名前だ。アリサの出身地かな?と推察を立ててた所。
「悪い者達に利用されないよう、貴女の力は秘匿された。貴女自身も悪用しないよう、魔法の使い方も教えていなかったと聞いている。アルヴォネン国王は王国の為に正しい使い方をしたと貴女は評している」
「……それって、ルーカスって人と関わっているんですか?」
確か婚約破棄をしていたと日記の中では書いてあった。たぶんアルヴォネン王国の人。噂っていうのも気になってる。
だから何か関わりがあるのかなあ、と軽い気持ちで聞いたのに、場の雰囲気ば一気に重々しくなった。
原因は分かってる。スっと目を細めたローデリヒさんが、地を這うような低い声を出したからだった。
「ルーカス、という名前をどこで知った?」
「……えっと、アリサが結婚当初から付けていた日記の中で出てきてました」
明らかに不機嫌になったローデリヒさんに、何か悪いことでも言ったのだろうか?と内心首を捻る。
「日記?」
「そうです。……あ、そういえばお屋敷から回収してくるの忘れた」
「後で持ってこさせよう。……日記の中でルーカスという男についてどう書かれていた?……その、思慕の念がまだあるとか……?」
思慕の念?好きってこと?
なんだ意外とローデリヒさんも、そういった恋バナについて気になるのか。本当に意外だなあ。王太子様が俗っぽい。
ローデリヒさんまだ十九歳らしいしね。そりゃ色々気になるお年頃だよね。
でも残念ながら、その期待には答えられないかな。
「いえ、ルーカス殿下と婚約破棄して密かに喜んだ……と。それだけしか書いてなかったです」
その後一ヶ月分読んだけど、ルーカスという名前は全く出てこなかった。
「婚約破棄して喜んだ……?分からないな……」
片手で口元を隠して、訝しげに考え込むローデリヒさんを見ていて、私はとんでもない思い違いをしている事に気付いた。
そりゃ夫婦なんだから、嫁から過去に婚約している男の名前出てきたら気になるだろう、と。
俗っぽいとか、色々気になるお年頃とか思ってごめん。そりゃ普通に気になるよね。
だって、嫁の昔の男ってことでしょ?
「それで、ルーカス殿下って関係あるんですか?」
「ああ……。ルーカス・コスティ・アルヴォネン王太子とは、アリサの能力がきっかけで婚約を結んだと言っていた。元々幼馴染みだったらしいが、その婚約も王国の為の正しい能力の使い方の一つだったのだろう」
「なるほど……」
やっぱり怖い属性だとばかり思っていたけど、これ私が思うより随分と危険な属性みたいだ……。
なんだか自分が怖くなってきた。
「一連の物事の側面しか見ていないが、私はルーカス・コスティ・アルヴォネンの事は好きになれない。……だが、実はルーカス・コスティ・アルヴォネンとティーナ・サネルマ・アルヴォネンが昨日からこの王城に滞在している。もし接触があったら充分に気を付けろ」
昨日から滞在で、今日お屋敷大破?
えっ、なんかそれ凄い関わってます感強いんだけど。
そして、ローブの少女が私と面識あったのって、もしかしてアルヴォネン王国の人間だから?
そして、ルーカスって人との婚約の経緯を知って、私は疑問に思ったのだ。
「……ローデリヒさんは私の能力が貴重だから、私と結婚したんですか?」
「いや、違う。貴女の能力を知ったのは結婚してからだ。……だが、皮肉なものだが、貴女を知るきっかけになった大元の原因は、貴女の能力だろう」
キラキラと輝く金髪を乱暴に骨ばった手でかきあげた彼は、真顔で目線を下に落としてポツリと吐き出した。
「為政者として見ると、貴女の能力はとても便利だ。
だが、私はその能力は統治する上では要らないと思っている。叛意があろうと無かろうと、実際にそれを行動に移すかどうかは分からない。準備するギリギリで思い留まる者もいるだろう。最後の最後まで迷い、選択し、決断するのは彼ら自身だ。気持ちだけで罰してしまえば、圧政にしかならない」
だから、とローデリヒさんは一拍置いて、私を真っ直ぐに見つめた。
「貴女は平穏に過ごしてくれるだけでいい」
人生初めてだよ。
――お城に足を踏み入れるのは。
目の前にそびえ立つ大きな王城。キルシュライト王国首都キルシュの代名詞とも呼ばれている場所らしい。
近くからは全体像が見えない。
白い石は年季が入っているのか、所々灰色になっている。なっているが、物々しさを感じさせてむしろこれは……白亜の城よりホラー感が、あります……。
せっかく、今までいた屋敷の雰囲気に慣れてきた頃だったというのに。オマケに今まで住んでた屋敷は築年数は建って二年経ってないんだって。
めちゃくちゃ浅い。完全にアリサ用に建てられているのがよく分かる。
なんかすっごい隔離されてたからね……。
ちなみに王城は築城されてから、100年以上は経っているらしい。
……これ絶対いるやつだ。いるやつだよ。幽霊。
思うとめちゃくちゃ怖くなってきた。真っ昼間なのに。
もう膝、ガクガクです。
大破した屋敷を今使用する事は出来ない。硝子は床に散乱し、必要な家具は全部庭まで飛んで行っていた。無事だったのは私とアーベルくんのいた場所だけだった。
暴風は魔法により起こされたものらしい。魔力痕跡を辿ってみたけど、阻害されていたとの事。
ちなみに魔力痕跡とは、指紋みたいに一人一人違うものなんだって。
多分、ローブの少女がわざと私達を避けて風を巻き起こしたんだと思う。
見つけた、と彼女は言っていた。きっと目的は私――アリサなんだろう。
イーナさんとゼルマさんはヴァーレリーちゃんが守ったらしい。ヴァーレリーちゃんは、飛んできた家具にぶつかって足を骨折したんだと。
治癒魔法で即治してもらったらしく、私が会った時はピンピンしていた。
ローちゃんはかなり遠くの方まで飛ばされていたらしいんだけど、ソファーと壁の隙間に上手いこと収まって無傷だったらしい。
お屋敷にいた他の護衛騎士さんと侍女さんも、怪我をした人は何人もいたみたい。ただローデリヒさんがもう治療済みで、みんな元気にしていると話していた。
心底良かった……と安心すると同時に、治癒魔法ってすごいなと感心。
聞くところによると、怪我は全て治癒魔法ですぐ治療したらしく、よほどの重傷でない限り、あっという間に治ってしまうらしい。便利な世界だ……、と思ったけど、治癒魔法は怪我以外には効かないとも聞いた。
なるほど。だから私の記憶喪失誤解は、経過観察扱いになっちゃうのか……。
今はもう不思議な声は聞こえてこない。ローデリヒさんが応急処置として、臨時の結界が張れるペンダントをくれた。
現在、結界は私の周辺を覆うように展開されているそう。これが私の能力を抑えてくれるものだそうだ。
私は他の人に触れないし、他の人も私に触れないという縛りはあるけれど、これでひとまず平穏を取り戻せた。
ずっと同時に、色んな人から話し掛けられているような感覚だったからね。かなりうるさかった。
人混みの中にずっと放り出され続けてる感じ。
アーベルくんは、ローデリヒさんの腕に抱かれてご機嫌みたいだ。いつもより高い位置から見る風景が楽しくて仕方ないらしい。
ぷくぷくした手がローデリヒさんのワイシャツを握っている。
「普段は使ってないが、王太子妃の部屋はいつも綺麗にしている。この王城はかなりの人がいて、落ち着かないだろうが……しばらくは我慢して欲しい」
慣れたように裏口……と言っても、大きなマンションのエントランスレベルで大きい場所を通り抜けるローデリヒさん。
「大丈夫ですよ。仕方ないですもんね」
お屋敷ほぼほぼ半壊したようなものだし……、本当に死人でなくてよかったよ……。
ローデリヒさんに続いて城の中に入ると、どうやらそこは教会みたいな場所らしく、前方の中央部に祭壇が置かれ、参列席が並んでいる。
天井までがかなり高く、天井にはフレスコ画って言うんだっけ?なんかすごい大きな絵が描かれている。
ステンドグラスから差し込む光が祭壇を照らしていた。
壁や柱には芸術を感じさせるような、何やら細かい彫刻等がされている。
残念ながら、芸術センスゼロの私には何が何だか分からないけど。
口をポカンと開けて、まるで地方から上京してきたお上りさんみたいに周囲を眺める私。ローデリヒさんはそんな私の様子にちょっと目をみはった。
「珍しいか?」
「そうですね……、こういう場所には来ませんから……」
むしろ観光地って感じがする。
「まあ、少し経てば慣れるはずだ。貴女も短い間だが、王城に住んでいたからな」
え、住んでた?これが王族の居城?これが家の一部なの?
スケールが違いすぎてもう白目剥きそう。
その後、シャンデリアが並ぶ長い廊下とか、金、銀、宝石が散りばめられた柱とか、天井一面フレスコ画の場所とか通り抜けて、なんとか目的地まで来た時は、すっかり疲れきっていた。
豪華すぎて、庶民にはカルチャーショックが強すぎる。
ぐでん、と軟体動物のようにソファーにへたり込む私に、ローデリヒさんは眉を下げた。
「すまない。まだ体調が悪いのに無理をさせたな……。一応近道を使ってきたのだが……」
あれで近道……?
移動だけで20分は掛かってると思う。
オマケにすれ違う使用人の人達が廊下の端に寄って、私達が通り過ぎるまでみんな深々と礼をしているのだ。
本当に実感が今まで湧かなかったけど、ローデリヒさんそういえば王太子様だったんだよね……。
本当に実感湧かなくて、親バカな人くらいの感覚でいたんだけど。
あれ、それならイーナさんにちょっかいかけまくっている、犯罪っぽい国王様ってもっと凄い人なんじゃ……?
正しい認識に気付きそうになった時、ノックの音無しで扉が開く。
全員そちらの方へと視線が集まった。
「ローデリヒ!何やら大変な事になったらしいのう!アリサも気を落とすでないぞ!皆が治癒魔法で治る怪我で良かったわい!事後処理が大変そうだから、ワシがアーベルの面倒を見てやるからな!イーナ、お主も来るのだ」
オブラートに包みまくった上でのぽっちゃり系の中年男性――国王様は得意気にそう言った後、ひったくるようにローデリヒさんの手元からアーベルくんを取った。
そして、器用にアーベルくんを片手で抱きながら、もう片手でイーナさんの腰を抱く。
流れるような鮮やかな手つきに、一同唖然とする他なかった。
「ちょっ?!父上何を……?!」
「子守りはこの爺に任せよ!フハハハハ……イテッ」
慌てて立ち上がるローデリヒさんに、国王様は高笑いしてながら立ち去ろうとしていたけど、アーベルくんに髭を引っ張られていた。
「ゼルマもアーベルを見ていてくれ」
「はい」
ニコニコと穏やかに微笑みながら、ゼルマさんは国王様達の後を追う。やっぱりあの国王様凄い人じゃないんじゃないのか?ただのセクハラ親父なんじゃないか?なんて思ってるうちに、ローデリヒさんが人払いをした。
室内には私とローデリヒさんだけが残った。
さっきまでいたお屋敷の図書室より、ふかふかしているベルベット生地のソファーから身を起こす。
絶好の機会だ。私はずっと疑問に思っていたのだ。
多分碌でもない過去の記憶の中に、今回襲撃してきた少女との記憶があるのだろう。
中々話し出さないローデリヒさんに焦れて、私は口を開いた。
「私の記憶の事なんですけど」
「貴女の能力の事だが」
思いっきり被った。
お互い気まずそうに顔を見合わせる。ローデリヒさんの話がとても気になったので、先にそちらについて教えてもらう事にした。
「貴女の魔法の属性が精神属性というのは知っているだろう?」
「はい。ヴァーレリーちゃんに教えてもらって……」
「精神属性は人の精神に干渉出来る属性だ。貴女も例外なく、他人の精神に干渉出来る――と、嫁いできた時に貴女は言っていた」
渋い表情を浮かべたローデリヒさん。
本当は過去の事はあまり伝えたくはないのだが、と前置きをして重々しく口を開く。
「精神属性を持たない私には、どういった感覚なのかは分からない。ただ貴女には何もしなくても、人の強い感情が伝わってくると話していた」
「人の強い感情?人の心が読めるみたいな感じですか?」
「読心術……の一種なのだろうと思う。私も以前聞いてみたのだが、人の強い感情しか分からないのだと。
例えば誰かに対して強い怒りが一瞬芽生えたとする。しかし、その怒りは永続的なものではなく、段々と薄らいでいくものだった。その場合、一瞬芽生えた強い怒りの感情のみが読み取れて、薄らいでいく怒りの感情は読めない。
つまり、感情の移り変わりの部分と、ささやかな怒りの感情には干渉出来ないと言っていた」
複雑だ。複雑だけれど、なんとなく理解した気がする。
結界がなくなった瞬間、伝わってきた感情。その多くが負の感情だった。
普段から怒りっぽい人はともかく、殺意まで感じることはあまりないはず。
「だが、貴女のその能力は非常に便利だ。特に私達のような為政者にとっては。いつも内心何を考えているか分からない貴族ばかりを相手するからな」
肩を竦めてみせたローデリヒさんだったが、次には眉間に皺を寄せた。
「その力を利用したんだ。アルヴォネン国王は。一時の強い殺意だけでも、自分に対しての叛意を推し量れる指標になる」
「アルヴォネン……」
日記の中で出てきた名前だ。アリサの出身地かな?と推察を立ててた所。
「悪い者達に利用されないよう、貴女の力は秘匿された。貴女自身も悪用しないよう、魔法の使い方も教えていなかったと聞いている。アルヴォネン国王は王国の為に正しい使い方をしたと貴女は評している」
「……それって、ルーカスって人と関わっているんですか?」
確か婚約破棄をしていたと日記の中では書いてあった。たぶんアルヴォネン王国の人。噂っていうのも気になってる。
だから何か関わりがあるのかなあ、と軽い気持ちで聞いたのに、場の雰囲気ば一気に重々しくなった。
原因は分かってる。スっと目を細めたローデリヒさんが、地を這うような低い声を出したからだった。
「ルーカス、という名前をどこで知った?」
「……えっと、アリサが結婚当初から付けていた日記の中で出てきてました」
明らかに不機嫌になったローデリヒさんに、何か悪いことでも言ったのだろうか?と内心首を捻る。
「日記?」
「そうです。……あ、そういえばお屋敷から回収してくるの忘れた」
「後で持ってこさせよう。……日記の中でルーカスという男についてどう書かれていた?……その、思慕の念がまだあるとか……?」
思慕の念?好きってこと?
なんだ意外とローデリヒさんも、そういった恋バナについて気になるのか。本当に意外だなあ。王太子様が俗っぽい。
ローデリヒさんまだ十九歳らしいしね。そりゃ色々気になるお年頃だよね。
でも残念ながら、その期待には答えられないかな。
「いえ、ルーカス殿下と婚約破棄して密かに喜んだ……と。それだけしか書いてなかったです」
その後一ヶ月分読んだけど、ルーカスという名前は全く出てこなかった。
「婚約破棄して喜んだ……?分からないな……」
片手で口元を隠して、訝しげに考え込むローデリヒさんを見ていて、私はとんでもない思い違いをしている事に気付いた。
そりゃ夫婦なんだから、嫁から過去に婚約している男の名前出てきたら気になるだろう、と。
俗っぽいとか、色々気になるお年頃とか思ってごめん。そりゃ普通に気になるよね。
だって、嫁の昔の男ってことでしょ?
「それで、ルーカス殿下って関係あるんですか?」
「ああ……。ルーカス・コスティ・アルヴォネン王太子とは、アリサの能力がきっかけで婚約を結んだと言っていた。元々幼馴染みだったらしいが、その婚約も王国の為の正しい能力の使い方の一つだったのだろう」
「なるほど……」
やっぱり怖い属性だとばかり思っていたけど、これ私が思うより随分と危険な属性みたいだ……。
なんだか自分が怖くなってきた。
「一連の物事の側面しか見ていないが、私はルーカス・コスティ・アルヴォネンの事は好きになれない。……だが、実はルーカス・コスティ・アルヴォネンとティーナ・サネルマ・アルヴォネンが昨日からこの王城に滞在している。もし接触があったら充分に気を付けろ」
昨日から滞在で、今日お屋敷大破?
えっ、なんかそれ凄い関わってます感強いんだけど。
そして、ローブの少女が私と面識あったのって、もしかしてアルヴォネン王国の人間だから?
そして、ルーカスって人との婚約の経緯を知って、私は疑問に思ったのだ。
「……ローデリヒさんは私の能力が貴重だから、私と結婚したんですか?」
「いや、違う。貴女の能力を知ったのは結婚してからだ。……だが、皮肉なものだが、貴女を知るきっかけになった大元の原因は、貴女の能力だろう」
キラキラと輝く金髪を乱暴に骨ばった手でかきあげた彼は、真顔で目線を下に落としてポツリと吐き出した。
「為政者として見ると、貴女の能力はとても便利だ。
だが、私はその能力は統治する上では要らないと思っている。叛意があろうと無かろうと、実際にそれを行動に移すかどうかは分からない。準備するギリギリで思い留まる者もいるだろう。最後の最後まで迷い、選択し、決断するのは彼ら自身だ。気持ちだけで罰してしまえば、圧政にしかならない」
だから、とローデリヒさんは一拍置いて、私を真っ直ぐに見つめた。
「貴女は平穏に過ごしてくれるだけでいい」
31
お気に入りに追加
3,799
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました
Kouei
恋愛
婚約者の様子がおかしい…
ご両親が事故で亡くなったばかりだと分かっているけれど…何かがおかしいわ。
忌明けを過ぎて…もう2か月近く会っていないし。
だから私は婚約者を尾行した。
するとそこで目にしたのは、婚約者そっくりの小さな男の子と美しい女性と一緒にいる彼の姿だった。
まさかっ 隠し妻と子供がいたなんて!!!
※誤字脱字報告ありがとうございます。
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました
Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、
あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。
ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。
けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。
『我慢するしかない』
『彼女といると疲れる』
私はルパート様に嫌われていたの?
本当は厭わしく思っていたの?
だから私は決めました。
あなたを忘れようと…
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす
リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」
夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。
後に夫から聞かされた衝撃の事実。
アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。
※シリアスです。
※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる