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第40話 『サポーター』

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 中央管理塔三階。

 応接間は到着した魔導リフトの正面に、わかりやすく位置していた。

 今まで通ってきた自動ドアタイプではなく、手動で開く木扉を押し開いた竜弥は、ユリファのために扉を開けておく。

「ほら、早く来いよ」

「あら、紳士」

「さすがに怪我人のことくらい気遣えるって」

 受付嬢の話だと応接間ということだったが、部屋の中を見回した竜弥は首を傾げた。

 真っ白な壁に囲まれた室内には、横幅が広い豪華な革張りのソファが一組、ぽつんと置かれているだけだったのだ。

 通常であれば、対面する形でソファやら椅子やらが置かれているのが普通の応接間だろう。

 これはどういうことだろうか。相手には椅子が不要……。

 もしくは、竜弥たちの座る場所などないという敵意の表示ではないかと、竜弥が密かに慄いていると、

『お待ちしておりました。三大魔祖ユリファ・グレガリアスさま、そして、その付き人の方』

 突然、室内に無感情な女の声が反響した。

 注意深く部屋を観察すると、白色の壁や天井のあちこちに、同じく白色のスピーカーが設けられていた。同色のため、目を凝らさないとわからない。

『声のみで失礼いたします。どうかご了承ください』

「だから、ソファが一組しかないわけか」

 竜弥は疑問が解消されて納得した表情を浮かべたが、ユリファの方はその非礼な態度に不快そうに目を細めた。

「来客相手に魔魂通信越しの対応なんて、リディガルードはずいぶん非常識な態度を取るようになったのね」

『私は魔魂通信によって、この中央管理塔全ての業務を一手に引き受けています。現在、あなたがたの対応の他に125件の業務を並行処理中。とはいえ、他の業務は私の魔魂を送り込むだけで、業務の大半を魔導品が自動処理することが可能なため、私の意識のリソースの80%はこちらに使われています』

「あなたの魔魂を使って管理塔の業務をこなしているですって? この塔は長い間、婆さん一人の魔魂で動いていたはずだけど」

『はい、確かにその通りです。しかし、大規模転移魔術発動後の度重なる魔物襲撃によって、都市長の魔魂は全て魔魂誘導砲他、対空魔魂火器に使用されています。そのため、私が中央管理塔の魔魂制御を行うように命令を受けました』

 氷のように冷たいその声は、先ほどの受付嬢とは違い、苛立った様子のユリファを前にしても怖気づく気配を見せなかった。

「わからない……なんでそんなことになってるの? あの人好きの婆さんが姿を見せないばかりか、出てきた奴も声だけ。中央管理塔の魔魂制御もそいつに任せるなんて……。まさかあんた、誰にも知られずあの婆さんをどうにかして、管理塔を乗っ取ってるんじゃないでしょうね?」

『……三大魔祖というのは、常識外れの言動をするものだと知識では知っていましたが、その発言には呆れさえ覚えます。私はあくまで、仕事として中央管理塔の制御を行っているに過ぎません。業務時間が終われば、都市の管理になど興味がありませんし、都市長のように市民と交流をするつもりもありません。よって、私が中央管理塔を乗っ取る気を起こすなど、万に一つもありえません』

「どうして婆さんがあんたみたいな奴を雇っているのか、甚だ疑問だわ」

 ここに来てからのユリファは苛立ちを隠そうともしていない。今も目つきを鋭くして、スピーカーの一つを睨みつけている。

 今のやり取りを聞いて、確かに竜弥もあまりいい気分はしなかったが、ユリファのように怒るほどではない。

 ユリファにとってリディガルードの街は、そして彼女が婆さんと呼ぶ都市長は思い入れのある人物なのかもしれなかった。

「で、俺たちをここに呼んだ理由はなんだ? 無闇に空を飛び回るなっていう忠告か?」

 このままでは険悪な雰囲気が続きそうだったので、竜弥が二人の会話に横から入る。

 すると、無機質な声は彼と話をした方が円滑に進むと考えたようで、会話相手を切り替えた。

『いえ、それは違います。付き人の方。用件はもっと明解な勧告です』

「その前に、俺は付き人じゃないぞ。俺はユリファのパートナーだ。御神竜弥って名前だから、名字でも名前でも好きに呼んでくれ」

『それは失礼いたしました、竜弥さま』

 無感情な声が竜弥を名前で呼ぶと、ユリファが隣でさらにむっとした顔になった。

 唐突な距離の詰め方が気に入らなかったのだろう。

 そして、スピーカー越しに届くその声が次に発した言葉が、ユリファをさらに激昂させることになる。

『――私どもの用件ですが、これは単純明快です。ただちに、このリディガルードから退去してください』

「…………は?」

 何を言われたのかわからないという風に、ユリファは顔を歪めた。

「それってどういう……」

『申し上げた通りです。この勧告は都市長からの指示によるものです』

 動揺するユリファを切り捨てるように、無感情な声は言ってのけた。

 ユリファは呆然として、その場で目を泳がせている。

「待ってくれ。俺たちは転移魔術が使えるっていう都市長の孫に会いに来たんだ。それさえ済めば、お前の言う通りここから出ていく。だから、少し時間をくれ」

「竜弥、何を言ってるの!」

 ユリファが噛みついてくるが、竜弥はそんな彼女を押し留める。

 ここで無理に突っ張って、都市長の孫に会えなくなってしまえば、ここに来た意味がなくなってしまう。

 それに、少しの滞在時間を稼ぐことで、リディガルードの都市長がそんな勧告を出してきた理由もわかるかもしれない。

『……そういうことですか。転移魔術のためにテリアさまを』

 竜弥の提案を聞き、無感情な声は一瞬押し黙った。そして、

『それで気が済むというのならよいでしょう。条件付きでテリアさまとの会話を許可いたします』

 と、言った。

「条件……?」

 竜弥が警戒しつつ訊ねると、『簡単なお願いなので大丈夫ですよ』と無感情な声は前置きをし、その条件を提示した。

『あなたがたには、魔魂通信が可能な携帯型魔導品を持っていってもらいます。つまり、私も魔導品越しにご同行するということですね。それではしばらくの間、よろしくお願いいたします。私のことは、「サポーター」とお呼びください』
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