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「何をやっているのです、貴女たち!」
 廊下に響き渡る怒声はレミントン伯爵家のメイド長のものだった。
「どうして貴方がここにいるの、ミーシャ!先月限りで解雇したはずよ!!」
「っ…卑怯なのよ、貴方たち!私とエドワードを引き裂くなんて!」
 リオナは思わず目を丸くしてしまう。
 卑怯なのは一体どちらだというのだろう?そもそもエドワード様は元から私の婚約者だったのに、この女が横からかっさらおうとしたのだ。
「貴女もよ、レーザ!」
 指摘されたのはもう一人の女だ。仕草や言葉から平民出身だと見て取れる。
「主人にこのような場で!なんということをしてくれたのです!!」
 メイドの責任はメイド長の責任。だがメイド長が責任を取れなければ、全てレミントン伯爵夫人の責任となる。このメイド長は昔から知っているけれど、レミントン伯爵夫人への忠誠心は人一倍だ。夫人に責任がいくことを恐れているのだろう。
「なっ!私がエドワードに愛されたからって嫉妬しないでよ、この行き遅れババア!!」
 ーー凄いわね、この子。色んな感情を通り越して飛び越して、最早感心しか出てこない。
 それでも冷静に対処するメイド長は素晴らしい。彼女は限られた人しか知らない事実だが、子供が望めない身体だ。そのせいで良家の子女にも関わらず嫁ぎ先が中々なく、彼女自身も諦めがあったのだろう。
 そんな彼女に行き場所を与えたのこそがレミントン伯爵夫人だったのだ。
「…だから平民は嫌なんですわ」
 私がぼそりと呟くと、またミーシャが騒ぐ。
「なによ!平民だ貴族だと、貴族だからって何を言ってもいいわけ!!?」
「あら、言い方を間違えましたわ」
 私は精一杯の笑みを浮かべて言い放つ。
「貴女のような、常識外れで頭が湧いている人間は、これだから嫌なんですわ」
 実際、事実だろう。真実の愛だか何だか知らないけれど、ここまで周りの空気を読まず、公伯位の持つ方がいるこのような場所で騒ぎ立てるのだから。そもそも伯爵邸に忍び込むなど、どんな理由があっても許されることではない。
 私は今日、初めて人を叩いた。だから初めて知った。
 人を叩くということは、自分も痛いということ。
「レーザと言ったわね。貴女にも言いましょう」
 じっと見据えると、びくりと跳ね上がる。そんなにも恐怖を感じるくらいなら初めから歯向かわなければいい。
「そうね、確かに女の心を弄んだエドワード様にも非はあったわ。本来ならば公爵令嬢の私を放り捨てたのですから、私にはミーシャとエドワード様両方に罰を求めることも出来たのよ」
「っ…それは…!」
「貴女は見たところ愚かではないもの、分かるわよねぇ?私は彼女を見逃したの。…それなのにノコノコと、こんなところまで出てきたのは彼女の方よ?」
 リオナの琥珀色の目に、妖しい光が映る。
「代償は戴くわよ」
 この私の足止めをしたんですから、ね?
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