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「俺はこんな茶番を観るためにここへ来たわけじゃないんだが」
 重苦しい雰囲気ぶち破ったのは、ローレンス公爵だ。
「オルキス、おいで?一緒に帰ろう」
 オルキス殿がビクリと揺れて、俺の背中に隠れる。ちょっとやめてくれよ、なんて思いながら睨まれるのももう馴れた。
「おい貴様、とっととオルキスを解放しろ」
 ローレンス公爵の目はどうなっているのだろう?これではまるで俺がオルキス殿を捕らえてるみたいだろう。
「あの、お父上がいらっしゃったみたいですし、お帰りになられては…?」
 こればかりはリオナも口添えしてくれる。
「そうよ、オルキス。これ以上私の婚約者に迷惑をかけないでちょうだい」
「…お前は…エドワードは、私の味方だよな…?」
 うーん、どうしたものか。
 果たして俺は二十四時間後に生きているのだろうか。
「オルキス、確かにやり過ぎたかもしれない!」
 お?
「そうだよな、この歳でいきなり共に風呂は不味かったかもしれない!」
 何やってんだこのオッサン……んんっ、ローレンス公爵、何やってるんですか。
「っ…私は子供ではありません!それに今まで無視していたのにっ!」
「それはお前が可愛すぎて」
「可愛くありません!!」
「いいや可愛い、私はお前を婿にはやらんからな」
「公爵家の嫡男が婿には行きません!」
「最も、他の女にやる気もないが」
 何いってんの?このオッサン。もうオッサンでいいだろ。
 これこそ茶番だ。
「ちょっと!どうでもいいけど、エドワード!早くこの女を帰してよ!!」
 と、ミーシャが突然叫ぶ。四方八方からの冷たい視線に俺はウンザリしてしまう。
「…エドワード」
「……はい?なんですか」
 まだ匿えと言われるのかと思えば、さすがオルキスだ。
「俺、あのそばかす女、きらい。醜い」
 ーーそばかすはミーシャのコンプレックスの一つ。それを見事言い当て、人の神経を逆なでする。
 さすが、と叫びたくなる。
「なによアンタ!!公爵家だか何だか知らないけどね!アンタの方がみに……くい……し……っ…」
 最後の方はオルキス殿の美貌に圧倒され、弱くなったが。少なくとも心は多少歪んでおろうと、オルキス殿の方が綺麗だということに変わりはない。
「ねぇ、エドワード様?お選びになって?」
 リオナの声が響き渡る。どこか静かな物言いなのに、ミーシャが叫んだときよりもよく聞こえる。
「私とその女と。どちらをこの場から追い出すか、お決めになって下さいませ」
 そんなこと考えるまでもない。
「もちろん、リオナが出ていく謂れはない、…おい」
 近くのメイドに声をかける。その女はミーシャと仲が良かったと、その頃の俺は気付かなかったが。
「あんまりですわ!」
「は?」
 まさか、この女までも当主の息子である俺に逆らうとは。なんなんだ、この家は?この屋敷のメイドは、壊れているのか?それとも俺が悪いのか?
「ミーシャに散々夢をお与えになり、都合が悪くなれば逃げるのですか!私たちは平民ですが、それでも人間ですわ!」
 なんと言えばいいのだろう。平民は平民だ。平民は人間だが、所詮貴族よりも劣る。それが平民だ。
「…さすが、平民ですわね」
 リオナがふふっと笑う。その顔に見惚れ、俺は言葉を更に失った。
「なんですって!?」
「少なくとも貴族の子女のメイドであれば、どれだけ物申したいことがあろうと客人の前で喚きはしませんわ。それに、平民が伯爵家の女主人?正妻?夢を見るのもいい加減になさい。身分も地位も名声も出身も、学も教養も礼儀も作法も、エドワード様に相応しいのは私よ」
 胸を張って言える彼女はすごいのだと思う。凛としていて、それを妬ましく思った自分が本当に恥ずかしい。彼女は彼女なりの努力があって、それを手に入れたのに。
「屋敷のメイドが夢を与えられて、それを受け入れるのが間違っているのよ。私という婚約者、公爵家の令嬢に平民が勝てるとでも?」
「え、エドワードだっているし、真実の愛があれば…」
「例えエドワード様がいても私は裏切り者を容赦しないわ。貴方諸とも、命を奪ってあげてもよかったのよ?」
「なっ、犯罪よ!!?」
「私が直接手下すわけでもないもの」
 そう言ってうっとりと笑う彼女が手を振り上げるが早いか、思いきりミーシャの頬を叩いた。
 ご丁寧に、ネオハルト公爵とは反対の頬を。
 これでミーシャの顔はまるでハムスターのようにパンパンだ。
「お父様は貴女のような薄汚れた人間が触れていいものではないのよ、もちろん私も、エドワード様も」
「いった…!何するのよ!!!」
「私の平手打ちが甘いと思うほどに、貴方は苦しむでしょうね。オルキスを貶そうとしたのだから」
 あ、と思いローレンス公爵の方を見る。同様にミーシャも同じ方を見て、顔が真っ青になっている。
 卒倒しなかったことを誉めてやろう。
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