上 下
60 / 89
時に立ち向かう竜と未来を知る屠所の羊

【Proceedings.53】時に立ち向かう竜と未来を知る屠所の羊.04

しおりを挟む
「またキミか」
 天辰葵の第一声はそれだった。
 ここ最近、相手としてよく出会う丁子晶が未来望のデュエルアソーシエイトとしているからだ。
 デュエルの相手として、デュエルアソーシエイトと合わせてこれで三回連続で顔合わせている。
「ふん! 今回は頼まれたからいるだけですよ!」
 丁子晶はそう言って天辰葵を恨めしそうに睨む。
「まあ、自分は負けるんだけどね、アハハ」
 と、実際の対戦相手である未来望は朗らかに笑う。
「望君…… まじめにやってくださいよ!」
 そして、丁子晶に怒られもしている。

「何なのこの人……」
 天辰葵も戸惑いを隠せない。
 今までにいないタイプだ。
 これで向こうからデュエルを持ちかけて来たのだから、本当によくわからない。
 なんとなく天辰葵が助けを求めるように申渡月子を見るが、
「わたくしも、よくは知らない方ですよ」
 と、申渡月子もそう言って首を傾げただけだ。

「自分はね、天辰さんを苦しめた上に負ける。今回はそんな役回りだよ」
 当の未来望はそう言って笑顔を浮かべている。
「なにそれ」
 と、そう言って天辰葵は疑わしい目を向ける。
 怪しすぎて、どこをどう疑っていいのかもわからない。
「それが自分の役目なんだよ」
 それに対して、未来望は本当に朗らかな笑顔でそう言い返すだけだ。

「ふーん」
 と、天辰葵は戌亥巧観が事前に言っていたことを思い出す。
 三強のデュエリストの中で、一番勝負強いのが戌亥巧観の兄である戌亥道明。
 で、一番強いのが、間違いなく喜寅景清。
 そして、恐らく最強なのが、この未来望とのことだ。
 結局のところ三人とも最強ということらしい。

「さて、宣誓でもしますか。もう会長も猫屋さんもスタンバっているし」
 未来望はどこか遠くを見てそう言った。
「こっからでもその様子がわかるんだね」
 と、天辰葵は未来望の向いている方を見てそう言うが、天辰葵には会長も猫屋茜も見つけることはできなかった。

「ふふ、さあ、どうかな? さて。未来望は天辰葵にデュエリストとして決闘を申し込む」
「私、天辰葵は未来望との決闘をデュエリストとして受ける!」

 その宣誓が池の前で行われると、地響きが鳴り出す。
 大きな池が割れ、水底より円形闘技場がせり出て来る。
 大きく水しぶきが舞い、それによって霧のようになり辺りを白く覆っていく。

 それと共に美しい、どこまでも美しいコーラスが聞こえてくる。
 円形闘技場少女合唱団だ。

 その歌声はどこまでも完成されている。
 一つ一つの歌声が完成されているので、それが合わさった時、それは想像もできないほどの素晴らしいハーモニーを、コーラスを、重なり合い醸し出している。
 それでも彼女たちが歌う歌詞だけはどうかと思うのだが、それすらもどうでもいいことのように、神々しいまでに美しいハーモニーなのだ。

「決闘決闘決闘決闘! その時が来たー!」
「決闘決闘決闘決闘! 今こそたちあーがれー!」
「決闘決闘決闘決闘! 雌雄を決するときだー」

 だが、円形闘技場少女合唱団の姿を見た者はいない。
 誰もいない。

 荘厳な雰囲気の漂う重々しくも静寂でいて神々しい、そんな部屋にも今日は誰もいない。

 学園中央にある大きな池のほとりに立つ戌亥道明の持つ、絶対少女議事録の「議事」の文字が様々な文字に高速で変わっていく。
 そして、最後にそも文字は「疑似」の字で止まる。
 絶対少女議事録は絶対少女疑似録となったのだ。
 それにより神刀召喚が行えるようになり、デュエリストは神刀の力を扱えるようになることはあまり知られていない。

 そんな絶対少女議事録、いや、今は絶対少女疑似録を持った戌亥道明と猫屋茜は円形闘技場と共に水底よりせり出してきた観客席に走る。
 特に猫屋茜は実況席を持って必死に走る。
 一般人である彼女に実況などできることはないのだが、それでも実況席を持って猫屋茜は走るのだ。
 自らの存在意義をかけて。

「はぁはぁはぁ、きょ、今日の解説役も生徒会執行団の会長、戌亥道明さんです」
 解説席を運び終えた猫屋茜はそう言いながらマイクの音量を調節する。
「これ、本当にいるのかい? まあ、好きにすればいいさ」
 相変わらず実況や解説など意味ないと思っている戌亥道明はそんなことを言う。

「いりますよ! 今日はとうとう三強と呼ばれる未来望さんの登場ですね!」
 猫屋茜は嬉しそうにそう言うのだが、
「望以外は前回と一緒だね。ここは望の解説だけにとどめておこうか」
 戌亥道明はそう言って解説をいきなり端折りにかかる。
「うっ、それはそうなんですが……」
 ただ戌亥道明の言うことも最もなので、猫屋茜もそれを認めるしかない。

「望、未来望は初代絶対少女の兄にして、ある意味最強のデュエリストだね」
 と、戌亥道明は、未来望を最強と認め、そう言った。
 彼のその身に宿る神刀の能力はどうにもならないものだ。
 わかっていてもどうにもならない。
 そんな力を持った神刀を未来望はその身に宿している。

「え? 最強なんですか? 喜寅さんや会長は?」
 少し驚いたように猫屋茜は聞き返す。
 最強は目の前にいる会長だと猫屋茜は思っていただけに意外な発言だった。
「ボクや喜寅さんがどんなに本気を出しても、本気を出した望に勝てるかどうかは疑問だね。ただ望は気分屋なところもあるし、そもそも勝敗にはこだわらないからね」
 その本気を出す時が限りなく少ない。
 だから、戌亥道明は今も絶対少女議事録を所持していることができている。

「そ、そうなんですか。あっ、そう言えば今回は必ず自分が、望さんが負けるって言ってましたね」
 猫屋茜は確かにそう言っていたのを思い出して、それを会長に伝える。
 それを伝えられた会長は少し残念そうな表情を見せる。
 未来望がそう言ったのなら、それは真実なのだろう。
 いきなりネタバレを喰らったようなものだ。
「なら、そうなんだろう。望はそういう奴だよ。まあ、解説はこれで終わりだね」
 天辰葵と未来望、この二人が本気で戦ったらどうなるのか。
 戌亥道明としても気になるところだったが、結果は先ほどの猫屋茜の言葉でわかってしまった。残念でならない。
「ええー、もう少しないんですか? あっ、望さんの神刀とか!」
 まだ話したりないと、猫屋茜は思いついたようにそう言った。
 今回のデュエルに未来望の神刀は直接は関係ないが、未来望ならその力を引き出せているはずだ。
 そう思って猫屋茜は会長に解説をお願いしたのだが、当の会長は少しだけ悩む。

「それは…… 今回は出番がまだないのか。なら、もう出番はあるまい。解説する意味もないよ」
 と、結論付ける。
 あと残っているデュエリストのメンバーを考えれば、恐らく今回は未来望がデュエルアソーシエイトになることはない。
 戌亥道明もそれを望む。
 未来望に宿っている神刀の力は余りにも大きいし、それを手にした時の代償もまた大きい。
 大概の人間はその結果、絶望に囚われてしまう。
 あれは使わないに越したことはない。
「え? どういうことですか?」
 ただ猫屋茜にはそのことを理解することはできない。
 いや、理解できているのは未来望と絶対少女議事録を持つ戌亥道明くらいなものだろう。
「未来望。その体に宿る神刀は出番がない。そう言ってるんだよ。なら、解説する意味もないだろう?」
「え? よく意味がわからないんですが…… あっ、でもほら、神刀の力を本人も引き出せるんですよね?」
 と、猫屋茜は言う。
 未来望ほどのデュエリストなら、確かに自身に宿る神刀の力を自在に引き出せそうなものだ。
「それはそうだが、それをデュエル前に言ってしまうのはどうかな?」
 と、今までさんざんやってきたことを戌亥道明はここに来て否定する。
「た、確かにそうですが……」
 それはいわゆるネタバレというものだ。
 なにか腑に落ちない物はあるが、会長の言うことも最もなのだ。
 ただ、猫屋茜としてはしゃべり足りないのだ。
「ほら、もう神刀召喚の儀が始まるよ」
 そう言われて仕方なく、猫屋茜もそちらに目を向ける。
 猫屋茜もデュエルを邪魔してまで実況したいわけではない。



 戌亥道明と猫屋茜が話している間に、四人は円形闘技場のステージに上がってきてお互いに向かい合っている。
 未来望が前に出て、丁子晶がそれに続く。

 未来望と丁子晶が向かい合う。
 そして、見つめ合う。
 お互いが顔を近づけ、唇が触れあいそうになる、その瞬間にお互いがよけあい、丁子晶の頬に未来望がキスをする。
 丁子晶の頬が光だし、硝子のように透明な刀身を持つ神刀、幻影観力を丁寧に抜き、それを天に掲げる。

「影を魅惑し幻に生を! 幻影観力!」



 天辰葵と申渡月子もお互い見つめ合う。
 しばらく二人だけの時間が過ぎ去った後、天辰葵は恭しく申渡月子に跪く。
 申渡月子はそっと右足を差し出す。
 天辰葵はその足を丁寧に持ち、靴を脱がし、靴下を脱がし、その素足を愛でる。
 十分に愛でた後、その白く美しい足に、爪先に、深くキスをする。
 爪先が光だし、刀の柄が現れ、天辰葵はそれを優雅に優しく引き抜く。

「月の下では何事も仔細なし! 月下万象!」

 葵がその刀を天に向かって掲げ、刀の名を高らかに宣言する。



━【次回議事録予告-Proceedings.54-】━━━━━━━


 希望を語る羊は竜を驚愕させる。
 竜の牙も爪も、羊には届かない。


━次回、時に立ち向かう竜と未来を知る屠所の羊.05━
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...