それなりに怖い話。

只野誠

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かびん

かびん

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 廃墟に一つまだ割れていない、しかも、綺麗で汚れてない花瓶が飾られている。
 流石に花が飾られてはいないが、花瓶自体は驚くほど綺麗だ。

 まるで誰かが花瓶だけを掃除しているかのように、埃一つ、汚れ一つついてない。
 そんな花瓶が、廃墟の一室に飾られている。

 そこへ少女がやってくる。
 俗にいうところの放置子と言う奴で、少女は親が帰ってくるまで、少女は自分の家にも入れもしない。
 行く当てもない。
 だから、こんな誰も来ない廃墟の一室で時間を潰すのだ。

 この廃墟は少女の家からさほど離れていない。
 屋根壁はまだちゃんとあり、暑さ寒さ、雨風は、一応は、最低限しのげる。
 そんな理由から少女はこの廃墟で暇をよく潰していた。

 この少女が花瓶を掃除しているわけではない。
 この花瓶は少女が廃墟を見つける前から、この花瓶だけは廃墟の一室に綺麗なまま飾られている。

 そんな花瓶だ。
 嫌でも目立つ。
 最初こそ、他に誰か人がいるのかと少女は思っていたが、この廃墟に誰かが訪れることはない。

 だからだろうか。
 少女は自分のことを、この廃墟の主だと、この廃墟の持ち主だと、そう思うようになっていた。
 ならば、この綺麗な花瓶も自分の物だと、そう思ったのだ。

 最初は花瓶に水を入れることから始めた。
 公園の水飲み場から水を汲んできて、花瓶に入れる。
 次に、廃墟の外に生えている、花が咲いている草を摘んできて、その花瓶に挿したのだ。

 そうすることで廃墟が少しだけ華やいだ。
 それを見た少女も嬉しくなっていた。

 だが、次の日、花瓶には少女が挿した花は無くなっていた。
 それどころか水もない。
 水が入っていた湿り気すらない。

 花瓶の中はカラカラに乾いていたのだ。

 少女は自分以外に誰かがこの廃墟にいるのだと悟る。
 そして、自分がこの廃墟の主なのにと、子供ながらに、いや、子供だからこそ、憤慨する。

 少女はもう一度、花瓶に水を入れ、花を挿した。
 少女がその花を愛でていると、異変は起きた。

 少女がさした花が、少女の眼のまでどんどんと短くなっていくのだ。
 まるで花瓶に吸い込まれるように。
 花が完全に花瓶の中に吸い込まれると、次はズズズズズズッと水を吸い込むような音がする。
 その音もやがて止まる。

 少女が恐る恐る花瓶に触れると、花瓶は軽くなっていた。
 先ほどまで花瓶の中には水が入っていてそれなりに重量があったはずなのに。
 今は花瓶本来の重さしかない。

 少女は悟る。
 自分がこの廃墟の主ではないと。
 この廃墟の主はこの花瓶であると。
 そして、この廃墟の主は水と花を欲しているのだと。

 それから毎日、少女は花瓶に水を入れ、花を挿し続けた。
 それがこの廃墟にいるための条件だと勝手に思っていたからだ。

 だが、そうしていると花の咲いている草が廃墟の周りで見つからなくなる。
 苦し紛れにタンポポなどもさしてみたが、それすらも廃墟の周辺ではなくなってしまった。

 花の咲いてない草も同じように花瓶は吸い込むので、少女は他の花が見つかるまで草で我慢してくださいと、草も挿し続けた。

 そんなある日、少女は好奇心から花瓶の中を覗いてしまう。
 少女が花瓶を除いた瞬間、それを待っていたかのように花瓶から黒い手が、細く長い手が、さっと現れ、少女を頭から掴み、そして、花瓶の中へと連れ去った。

 以後、この辺りで少女の姿が見られなくなる。
 廃墟には今も綺麗な花瓶だけが残されている。



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