それなりに怖い話。

只野誠

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やしょく

やしょく

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 男は週末の深夜、夜食を作っていた。
 湯を沸かし、袋麺を手に取る。

 ちょっとした夜更かしの美味しいアクセントだ。

 深夜の台所はどこか不思議だ。
 台所だけに光が灯り、それ以外のところは真っ暗だ。
 まるで闇の中にこの台所だけに明かりがともっているかのような感覚に襲われる。

 外から聞こえてくる虫の鳴き声が聞こえ五月蠅い。
 まるでこの台所に向けて鳴いているように聞こえる。

 湯が沸いたので、乾麺を湯の中に沈める。
 その様子を男は、じっと黙って見つめ、麺が茹で上がるのを待つ。

 湯を沸かし続けることで台所の湿度が上がる。
 換気扇のスイッチを入れようとしたところで、男は留まる。
 この換気扇は少し古い。
 音が大きいのだ。
 一軒家とはいえ、深夜につけるのは少したばかられる。

 ただでさえ蒸し暑い夏の夜なのに、湯を沸かし続けているので、台所はかなり蒸し暑くなる。
 台所についている洗面台の鏡が湯気で曇る。
 けれど、男はそんな事は気にしない。

 麺も茹で上がったので、火を止めて袋麺のスープを入れる。
 おいしそうな臭いが立ち込め始める。

 男はそれを器に移す。
 箸を持ち、食べ始めようとしたときだ。
 うまそうだな、と、声を掛けられる。
 男が声を掛けられた方を向くと、そこには曇りガラスの窓があった。
 曇りガラスの向こう側に人影があった。

 男は驚く。
 こんな深夜に他人が家に入り込んで来ている。
 驚かないわけはない。
 男はすぐに、誰だ、と声を荒げる。
 曇りガラスの向こうの人影が揺らめく。
 それを少し分けてくれないか? そうすれば何もせずに去ってやる、と、人影は男に答える。
 ゾワゾワっとした物を感じた男は無言で頷く。
 なにか嫌なものを、曇りガラスの向こうから感じる。
 決して関わってはならない存在。
 男にはそう思えた。
 だから、男は作ったラーメンを小鉢にうつして割り箸を添えて、曇りガラスの窓を少しだけ、小鉢がギリギリ取れるくらい開ける。
 窓の縁にラーメンを入れた小鉢を置く。

 それを毛むくじゃらの、人の手ではない手が受け取る。
 同時に物凄い獣臭を男は感じる。

 曇りガラスの向こうでパチンと割り箸を割る音が聞こえ、ズルズルズルとラーメンを啜る音が聞こえる。
 そして、これはこれは旨い、という声がはっきりと聞こえる。

 しばらくして、毛むくじゃらの手が、空になった小鉢を窓の縁に置く。
 約束通り何もせずに去ってやる、その言葉を残して曇りガラスの向こうの人影は闇へと消えていった。

 男は窓を閉め、小鉢をしっかりと洗い、残ったラーメンには手も付けずに、自分の部屋に逃げ込んだ。
 翌日、男が台所に行くと、空になったラーメンの器だけが残されていた。

 男は、あの毛むくじゃらのなにかは、結局のところ約束を守らなかったのだと知った。



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