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 ウチ、と言っても食事をするのは一階の食堂だ。
 今日は定休日なので、オリエさんの許可を得て場所を借りることになっている。
 私の部屋にはキッチンもないし、テーブルも小さいからお客さまを招くにはちょっと心許ないのだ。

 さて、前日の夜から用意しておいたものを温め直して、下準備しておいた食材を手早く仕上げていかなくては!

 その間、子供達はミドさんに食堂のテーブルで絵本を読んでもらってご機嫌だ。
 二人にとってうさ耳付きのフードはお気に入りだから、室内に入った今も被ったまま。こうしてミドさんと並んでると、本当にウサギの親子みたい。

 ライラも私の姿が近くに見えるからか泣いたりせず、絵本のイラストをつついてお利口さんにしている。
 ミドさんの優しい雰囲気は、子供にも好かれるんだなぁ。
 いつもほんとにありがとうございます!


※※※


「これ全部、あの短時間でアリサさんが作ったんですか⁉︎」

 テーブルに並べた料理を見てミドさんが感嘆の声を上げた。
 食堂メニューでも定番のシチューは、ミドさんが苦手な人参を抜いてある。
 自家製の生地にベーコンとチーズをたっぷりのせたピザを焼いて、特製ドレッシングを掛けた彩りの良いチョップドサラダと港で取れた鮮魚のカルパッチョも食卓に並べた。
 そして、ぜひ注目してほしいのはこの世界にはない天ぷらだ‼︎
 いつも自分で食べる時は、キノコや山菜を中心に揚げるけれど、今日は贅沢に海老もつけました!
 私が美味しいと思うものを、ミドさんにも美味しいと思ってもらえるといいな。


「すごいなぁ。この白いのはなんですか?」
「よくぞ聞いてくれました! それは天ぷらです!」
「テンプラ? 初めて見る料理です。どんな味がするんだろう」
「ふふ、ぜひ召し上がってみてください!」

 ミドさんは白くて長い耳をピクピクさせながら、目を輝かせている。 

「キースとライラはこっちだよ」

 興味深そうにテーブルを覗いていた子供達は、最近離乳食を終えて大人と同じように食べられるようになってきたけれど、具材を細かく刻んだシチューと小さく切ったかぼちゃの天ぷらなどを子供達用としてお皿を別にしている。 
 キースはかぼちゃが大好きなので、私を見上げた目がキラキラしていた。可愛い。

 「いただきます!」と食事の前に子供達と両掌を合わせると、それを見ていたミドさんは「変わったお祈りの仕方ですね。今日は僕もそうしようかな」と組んでいた掌を同じように合わせてくれた。


「美味しい…っ!」

 天ぷらを口にしたミドさんの第一声に、ほっと胸を撫で下ろした。
 文化はだいぶ違うけれど、味覚は元の世界ともそんなに違わないようで安心した。
 実はデザートにプリンも作ってみたんだよね。この感じならそれも受け入れてもらえるかもしれない。


「テンプラ、初めての食感です! 外がカリカリしてる!」
「ふふふ、面白いでしょ?」
「ピザも生地がモチモチですね!」
「昨日、子供達と捏ねたんですよ」
「あ、このシチュー……」
「え?」
「ニンジンが、入ってないんですか…?」
「あ、それは、ミドさんが人参を嫌いなのかなって思ってて……。すみません、私の勘違いでしたか?」
「いえ、嫌いです……。なぜ、知っていたんですか?」
「ふふ、食堂に食べにきてくれた時に、人参だけはいつも食べてなかったですよね」
「あはは、そんな子供っぽいところを見られてたなんて、恥ずかしいですね。……でも、それ以上に、う、嬉しいです……」

 ミドさんは照れたように襟足をかいて、頬をピンク色に染めた。その姿は女の私より可憐である。
 

「アリサさん、僕……」


 ミドさんが何か口を開いたとき、店の入口の方からガタリと物音がした。
 食堂は定休日なのに、お客さんが間違って来ちゃったのかな? それともオリエさんだろうか。


「誰だろう? ちょっと見てきますね」

 ミドさんに断りを入れて席を立つ。
 店の扉の曇りガラスには、大きな黒い影が映って見えた。
 背の高さから、オリエさんじゃない。なら、やっぱりお客さんだろう。


「すみません、今日お店はお休みなんで……す……………は?」


 扉の内鍵を開けて顔を出すと、そこに居るはずのない人物が立っていた。






「……これはどういう事だ?」


 低く地を這うような声音。
 この人は、こんな怖い声を出す人だっただろうか。

 銀髪碧眼。
 三角の獣耳も、モフモフの尻尾も、綺麗な白銀色。
 スラリと背が高く、いつも小綺麗な格好をして、驚くほど綺麗な顔を持っている。

 そうだ、あの人は、こんな感じだったかもしれない。



「ローガン……」


『どうしてここに居るの?』

 そう言葉にしようとして震える唇を動かそうとした時、微かに風が動いた。


「ぐっ⁉︎」

 店の奥でガタンと大きな音がして、ミドさんのくぐもった声が聞こえた。
 そちらを振り向けば、先程まで目の前にいたはずのローガンがいつ移動したのかミドさんの首を腕で壁に押さえつけていた。
 ローガンの背が高いために、ミドさんの足が床から僅かに浮いている。


「ちっ、ちょっとなにしてるの⁉︎ やめて‼︎」
「……」
「ローガン‼︎ 離して! そんな事したらミドさんが死んじゃう……っ!」
「……」
「ねぇ! お願いやめて!」

 バシバシとローガンの背中を叩いたり、ミドさんを押さえつけている腕を引っ張ってもビクともしない。
 顔を青くして悶えるミドさんを壁に張りつけにしたまま、真っ直ぐに無表情で彼を見据えている。


 待って、なにこれ。
 本気で殺すつもりなの? 何で?

 どうしてローガンが急に現れて、こんな事をするのかわからない。


「ねぇえ!やめてよぉ……っ、なんで、こんな、ミドさんが死んじゃうぅ……!」

 頭が混乱して、目の前のローガンが恐ろしくて、涙がボロボロと零れ落ちた。
 それと同時にそれまでビックリして固まっていた子供が連鎖するように大声で泣き始めた。

 ローガンの視線が、ゆっくりとキースとライラを捉え、すうっと目を細めたのを見て、悪寒が走る。

 泣いている場合じゃない……っ!
 キースとライラに向けられていた視界を塞ぐように手を広げてローガンの前に立ちはだかった。

「子供達に触らないで! 今すぐミドさんを離して! でないと警務官に貴方を引き渡すからっ!」
「……番に手を出せば、万死に値するのは当然だ」

 喋った……!!
 一応会話が成り立とうとしている。
 でも、なにを言っているのかわからない。手を出す?

「ミドさんが、貴方に何したっていうの? どんな理由があろうと、いきなり暴力を振るうなんて最低だよ!」
「……」
「ローガン、これ以上ガッカリさせないで!」
「……お前がそれを言うのか」

 ローガンがミドさんを押さえつけていた腕を外して私に向き直った。
 ミドさんは床に倒れた衝撃で断たれていた酸素を急に吸い込んでしまったため、激しく咳き込んでいる。


「ミドさんっ!」

 駆け寄ろうとした所を、今度は私がローガンの腕に捕まった。
 後ろからひょいと腰を持ち上げられて、足をバタつかせても、脛を蹴ってもビクともしない。
 ちょっと、どんな鍛え方してんのよ!


「お前が近付けば、次こそソイツを殺す」

 ピタリと抵抗を止めた。

 ミドさんが生理的な涙に目を潤ませながらローガンを見上げて「キース……」と、かすれた声で呟いたのが聞こえてハッと我に返る。

 そうだ、子供達は⁉︎

 ライラはギャン泣き継続中。キースは涙の粒を頬っぺたに付けたままポカンとローガンを見上げていた。

「こ、子供達に手を出さないでっ! 何かしたら私が貴方を殺すから!」
「物騒な事を言うな」
「さっきから物騒な事をしてるのは貴方でしょう⁉︎」
「妻の浮気を咎めて何が悪い」

 …………妻?

 ローガンを振り返るように見上げると「何だその顔は」と眉を寄せられた。

「念のため聞くけど、誰が誰の妻?」
「……」
「そこ、何で黙るの?」
「……お前に、ワカメが転移して来た時の俺の気持ちがわかるか」
「は?」

 何の話?
 首を傾げる。

「なぜ、来なかった? お前は俺を受け入れていたはずだ。なのに俺の呼びかけには応えず、漸く迎えに来てみれば別の男と生活を共にしているだと? 子供まで……あり得ない。お前は俺の番だ。なぜ裏切った? 最初から俺を騙していたのか?」


 私を射抜くように見据えていたローガンの碧眼がドロリと色を変えた。
 晴れた日の海の様に澄んだ青は、深海の闇のような黒へと変化していく。
 それと同時に、ローガンの銀色の綺麗な髪が、毛先から墨を吸い上げるように黒く染まっていった。


 目の錯覚……では、ないよね?
 え、自分で気付いてないの?


「ローガン……か、髪……え、大丈夫なの?」

 声を震わせれば、ローガンの私を捉える腕に力が篭り、背中からギュウッと抱きしめられた。



「黙れ、裏切り者……っ」


 そして、私の首元に顔を埋めたローガンに、くぐもった声で恨めしげにそう言われた。


 裏切り者? 
 ……私が?


「は?」


 ローガンは、私のスイッチを押してしまった。 
 
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