上 下
4 / 17

イケオジじゃなくてイケメンだった

しおりを挟む


「おかえりなさい!!」

 
 外の草木を踏み締める微かな足音で、アドルフが帰ってきたのがわかる。
 玄関前で待ち構えて、ここだ! っていうタイミングで内側から扉を開けるとビックリした顔のアドルフが目を丸くして立っていた。


「へへっ、大成功ー。ビックリした?」
「……チッ、バカが」


 アドルフが暴言を吐いて顔を顰めた。
 なんだと! なんて遊び心のわからない男だ。


「俺は警戒心が無さすぎることに驚いてるんだ! 外を確認せずに安易に扉を開けるなと前にも言っただろうが。なぜ覚えない?!」
「ちゃんと確認したよ。足音でわかるもん」
「こんの、馬鹿……っ」


 バカ?? なんでよ。足音でわかるんだよ、すごいじゃん!
 目の前では額に手を当てたアドルフから「はぁあ~」とあからさまな深いため息が落とされる。


「とにかくお前は余計なことをするな。家にいろ。外に出るな。ドアも開けるな。わかったな?」
「横暴だ! 虐待だ!」
「なんだ? 文句があるなら出て行け」
「ない」


 すっ、と引いて「ごめんなさい」と謝っておく。
 アドルフは「ほんとにわかってんのか?」と疑いの目を向けてくるけれど、私は大人で元社蓄なので、身を守る為に心の伴わない謝罪なんていくらでもできるのだ。
 追い出されて化け物の餌になるくらいなら、アドルフの理不尽を飲み込む方を選ぶ。


「アドルフ、お腹すいた。ちょっと寒い。火を起こして」
「全く……少し待ってろ」
 

 この世界に来て、10日ほどが過ぎた。
 第一印象。とても怖かったアドルフは、口は悪いし愛想もないけど、とても優しい人だった。否、お人好しだった。
 お願いすれば大抵のことは怖い顔で「お前ふざけんなよ」と言いながらも叶えてくれる。
 なんともチョロいイケオジであることがわかると私にも遠慮というものがなくなってきていた。


「はやく、はやく!」


 部屋の中で弓筒を背負う大きな背中に纏わりついて急かすと、腰につけていた麻袋をどさりと床に置いたアドルフが疲れた顔で振り返った。


「まずは荷物を片付けさせろ。それにお前も火くらい……」
「なに?」
「……いや、なんでもない」
「火の付け方、教えてくれたら自分でやるよ?」
「ダメだ。絶対になにもするな。お前に教えたら二次被害の方が恐ろしい」


 アドルフが「家ごと燃やされそうだ」と珍しく冗談を言うので思わず声をあげて笑ったら、至極真面目な顔で「よく笑えるな……」と冷めた声を返された。

 そういうわけで何故か私は火の扱いを禁止されているため、料理はもっぱらアドルフの仕事となった。
 今日の夕食は、昨日アドルフが焼いたナンのようなパンと火で炙って表面をカリッとさせた干し肉を挟んで食べるらしい。
 手際良く調理するアドルフのいるキッチンから漂ってくる芳ばしい香りが食欲を刺激する。

 出来上がった干し肉サンドがお皿に乗せられてテーブルに運ばれてきた。私もお茶を淹れたマグカップをふたつ持って席につく。
 いただきます! と両手を合わせて早速パクリ。
 

「おいしい!」
「そうか」
「アドルフも美味しい?」
「そうだな」
「口に合ってよかった!」
「作ったのは俺だけどな」
「うん、いつもありがとう!」


 素直にお礼を言うと、アドルフはスッと目を逸らす。お、照れてんのか? ふふふ、このチョロイケオジめ。
 ニヤニヤしながらその顔を見ていると、不機嫌そうに眉を寄せられた。


「なんだ?」
「いや、アドルフって歳いくつなのかなって。眉間の皺は深いけど、よく見ると意外と肌艶はいいね」
「失礼なやつだな」
「褒めてるのに。ねえ、いくつ? 40歳くらい?」
「は?」
「え?」


 アドルフの眉間の皺が更にぎゅっと深くなった。


「40だと?」
「あ、違った? もしかして39?」
「刻むな。そんなわけないだろうが」
「ええ…? じゃあ41とか?」


 気を遣って一歳ずつ刻めば「どうして上に行くんだ」と不満気に返される。
 いいから早よ言え。何歳だよめんどくさい。
 私は「え~私、何歳に見えますぅ?」っていうやり取りが世界で一番嫌いなのだ。
 

「……28だ」
「ん? ……あー、はい。あはは」
「笑うところじゃない。本当に今年で28だ」
「え……28!!??」


 待って、待って待って!?
 私が26なんですけど!? え、ニ個上? ニ個しか上じゃないの? 嘘でしょ!!


「アドルフ年の数え方間違ってない?! 一年を何ヶ月だと思ってるの?!」
「……」


 その後、何度も確認したけど、年の数え方は現代日本とほぼ同じだった。
 なのに、アドルフは28歳……。こんな貫禄ある二十代、いる?
 

「ごめんなさい。もっとおじ……年上だと思ってたから……」
「まあ、おまえから見たらおじさんには変わりないだろうが……」
「いえ、まさか、二つしか歳が離れてないなんて信じられなくて」
「ふたつ? ……待て。お前は今年で20のはずだろう」
「え? 26ですけど?」
「は?」


 アドルフが固まっている。
 え、なに。なんで私がハタチなの? でもまあ、悪い気はしない。日本人は若く見えるらしいからなあ。
 
 呆然と私を見つめていたアドルフが、片手で自身の顔を覆った。肩を落として、呼吸を整えるように深く息を吐いていて。


「お前……誰なんだ」


 ん、私の名前? アドルフは私のことをお前とばかり呼ぶから忘れちゃったのかな。


「? ウタですよ」
「……そう、か……。そうだな。お前は、ウタだったな」


 俯いたまま噛み締めるように『ウタ』と数度名前を呼ばれる。
 だ、大丈夫かな、この人……。28歳なのに記憶が曖昧なようで、こっちが不安になってくる。介護? そろそろ介護なの?
 ソワソワしていると、アドルフがガバっと顔を上げた。何かを無理やり納得させたような固い表情をしている。
 

「あの、アドルフ大丈夫?」
「ああ、問題ない。何もない」


 ほんとかよ。
 どことなく上の空のアドルフは、私がおじさんだと思っていたから落ち込んでいるのかもしれない。
 なんだか罪悪感を覚えて『ほら、おじさんって言っても、イケオジだとは思ってたからね? いいじゃん、イケてるおじさんなんだから、ね?』と必死にフォローしてみるがボンヤリしたままだ。
 ならばと優しい気持ちで洗い物を率先して手伝おうと手を出したけれど、ハッとした顔のアドルフに『ウタは何もするな。余計なことをするな』と下げなく断られてしまった。
 余計なこととは。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ
恋愛
 幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。  突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。  ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。 カクヨム、小説家になろうでも連載中。 ※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。 初投稿です。 勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و 気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。 【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】 という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。

婚約者の不倫相手は妹で?

岡暁舟
恋愛
 公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。

少女を胸に抱き「可愛げのない女だ」と言う婚約者にどういう表情をしたら良いのだろう?

桃瀬さら
恋愛
大きな丸いメガネ越しにリーリエは婚約者と少女が抱き合っているのを見つめていた。 婚約者が"浮気"しているのに無表情のまま何の反応もしないリーリエに。 「可愛げのない女だ」 吐き捨てるかのように婚約者は言った。 どういう反応をするのが正解なのか。 リーリエ悩み考え、ある結論に至るーー。 「ごめんなさい。そして、終わりにしましょう」

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

私より美しく女装した弟に、婚約者が私だと勘違いして一目惚れしてしまいました

奏音 美都
恋愛
地元の名士であるジェントリの娘であるジュリエッタは18歳になり、子爵の爵士であるアーロンと婚約を交わし、初めて両家の顔合わせを迎えることとなった。 容姿に自信がなく、今までずっと縁談にも恋愛にも縁がなかったジュリエッタは、美貌と噂されるアーロンとの初対面を楽しみにしていた。 パブリックスクールで虐めにあって以来引きこもりになった弟のミッチェルもその場に出ることになっていたのだが、あろうことか彼は女装して登場した。 そして、あろうことかアーロンはミッチェルを婚約者だと勘違いし、一目惚れしてしまうのであった。

処理中です...