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イケオジじゃなくてイケメンだった
しおりを挟む「おかえりなさい!!」
外の草木を踏み締める微かな足音で、アドルフが帰ってきたのがわかる。
玄関前で待ち構えて、ここだ! っていうタイミングで内側から扉を開けるとビックリした顔のアドルフが目を丸くして立っていた。
「へへっ、大成功ー。ビックリした?」
「……チッ、バカが」
アドルフが暴言を吐いて顔を顰めた。
なんだと! なんて遊び心のわからない男だ。
「俺は警戒心が無さすぎることに驚いてるんだ! 外を確認せずに安易に扉を開けるなと前にも言っただろうが。なぜ覚えない?!」
「ちゃんと確認したよ。足音でわかるもん」
「こんの、馬鹿……っ」
バカ?? なんでよ。足音でわかるんだよ、すごいじゃん!
目の前では額に手を当てたアドルフから「はぁあ~」とあからさまな深いため息が落とされる。
「とにかくお前は余計なことをするな。家にいろ。外に出るな。ドアも開けるな。わかったな?」
「横暴だ! 虐待だ!」
「なんだ? 文句があるなら出て行け」
「ない」
すっ、と引いて「ごめんなさい」と謝っておく。
アドルフは「ほんとにわかってんのか?」と疑いの目を向けてくるけれど、私は大人で元社蓄なので、身を守る為に心の伴わない謝罪なんていくらでもできるのだ。
追い出されて化け物の餌になるくらいなら、アドルフの理不尽を飲み込む方を選ぶ。
「アドルフ、お腹すいた。ちょっと寒い。火を起こして」
「全く……少し待ってろ」
この世界に来て、10日ほどが過ぎた。
第一印象。とても怖かったアドルフは、口は悪いし愛想もないけど、とても優しい人だった。否、お人好しだった。
お願いすれば大抵のことは怖い顔で「お前ふざけんなよ」と言いながらも叶えてくれる。
なんともチョロいイケオジであることがわかると私にも遠慮というものがなくなってきていた。
「はやく、はやく!」
部屋の中で弓筒を背負う大きな背中に纏わりついて急かすと、腰につけていた麻袋をどさりと床に置いたアドルフが疲れた顔で振り返った。
「まずは荷物を片付けさせろ。それにお前も火くらい……」
「なに?」
「……いや、なんでもない」
「火の付け方、教えてくれたら自分でやるよ?」
「ダメだ。絶対になにもするな。お前に教えたら二次被害の方が恐ろしい」
アドルフが「家ごと燃やされそうだ」と珍しく冗談を言うので思わず声をあげて笑ったら、至極真面目な顔で「よく笑えるな……」と冷めた声を返された。
そういうわけで何故か私は火の扱いを禁止されているため、料理はもっぱらアドルフの仕事となった。
今日の夕食は、昨日アドルフが焼いたナンのようなパンと火で炙って表面をカリッとさせた干し肉を挟んで食べるらしい。
手際良く調理するアドルフのいるキッチンから漂ってくる芳ばしい香りが食欲を刺激する。
出来上がった干し肉サンドがお皿に乗せられてテーブルに運ばれてきた。私もお茶を淹れたマグカップをふたつ持って席につく。
いただきます! と両手を合わせて早速パクリ。
「おいしい!」
「そうか」
「アドルフも美味しい?」
「そうだな」
「口に合ってよかった!」
「作ったのは俺だけどな」
「うん、いつもありがとう!」
素直にお礼を言うと、アドルフはスッと目を逸らす。お、照れてんのか? ふふふ、このチョロイケオジめ。
ニヤニヤしながらその顔を見ていると、不機嫌そうに眉を寄せられた。
「なんだ?」
「いや、アドルフって歳いくつなのかなって。眉間の皺は深いけど、よく見ると意外と肌艶はいいね」
「失礼なやつだな」
「褒めてるのに。ねえ、いくつ? 40歳くらい?」
「は?」
「え?」
アドルフの眉間の皺が更にぎゅっと深くなった。
「40だと?」
「あ、違った? もしかして39?」
「刻むな。そんなわけないだろうが」
「ええ…? じゃあ41とか?」
気を遣って一歳ずつ刻めば「どうして上に行くんだ」と不満気に返される。
いいから早よ言え。何歳だよめんどくさい。
私は「え~私、何歳に見えますぅ?」っていうやり取りが世界で一番嫌いなのだ。
「……28だ」
「ん? ……あー、はい。あはは」
「笑うところじゃない。本当に今年で28だ」
「え……28!!??」
待って、待って待って!?
私が26なんですけど!? え、ニ個上? ニ個しか上じゃないの? 嘘でしょ!!
「アドルフ年の数え方間違ってない?! 一年を何ヶ月だと思ってるの?!」
「……」
その後、何度も確認したけど、年の数え方は現代日本とほぼ同じだった。
なのに、アドルフは28歳……。こんな貫禄ある二十代、いる?
「ごめんなさい。もっとおじ……年上だと思ってたから……」
「まあ、おまえから見たらおじさんには変わりないだろうが……」
「いえ、まさか、二つしか歳が離れてないなんて信じられなくて」
「ふたつ? ……待て。お前は今年で20のはずだろう」
「え? 26ですけど?」
「は?」
アドルフが固まっている。
え、なに。なんで私がハタチなの? でもまあ、悪い気はしない。日本人は若く見えるらしいからなあ。
呆然と私を見つめていたアドルフが、片手で自身の顔を覆った。肩を落として、呼吸を整えるように深く息を吐いていて。
「お前……誰なんだ」
ん、私の名前? アドルフは私のことをお前とばかり呼ぶから忘れちゃったのかな。
「? ウタですよ」
「……そう、か……。そうだな。お前は、ウタだったな」
俯いたまま噛み締めるように『ウタ』と数度名前を呼ばれる。
だ、大丈夫かな、この人……。28歳なのに記憶が曖昧なようで、こっちが不安になってくる。介護? そろそろ介護なの?
ソワソワしていると、アドルフがガバっと顔を上げた。何かを無理やり納得させたような固い表情をしている。
「あの、アドルフ大丈夫?」
「ああ、問題ない。何もない」
ほんとかよ。
どことなく上の空のアドルフは、私がおじさんだと思っていたから落ち込んでいるのかもしれない。
なんだか罪悪感を覚えて『ほら、おじさんって言っても、イケオジだとは思ってたからね? いいじゃん、イケてるおじさんなんだから、ね?』と必死にフォローしてみるがボンヤリしたままだ。
ならばと優しい気持ちで洗い物を率先して手伝おうと手を出したけれど、ハッとした顔のアドルフに『ウタは何もするな。余計なことをするな』と下げなく断られてしまった。
余計なこととは。
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