全部誤解です。

雪成

文字の大きさ
上 下
2 / 33

②全部誤解です。

しおりを挟む


今日はカーライル侯爵家主催の夜会である。
煌びやかな男女が集まる中にナタリア・カーライルは親友ミレーヌの姿を見つけた。ナタリアは隣にいた自身の婚約者へ断りを入れてからひとりミレーヌの側へと向かう。

「ミッちゃん!」
「ナッちゃん!」

声をかけると美しい淑女が弾けるような笑顔を見せた。滑らかな金系の髪を繊細に編み込んで、整った目鼻立ちは人形のようでとても愛らしい。光を集めたような銀色の生地に深いブルーの糸で細やかな刺繍が施された上品なドレスは彼女の透けるような白い肌をより美しく魅せていた。

(ああ、今日も親友が尊いっ!)

ナタリアは彼女の手を取って悶えそうな衝動を再会を喜ぶ形で誤魔化した。

「ミッちゃん、会えて嬉しいわ!きてくれたのね!」
「ええ、勿論よ。今日を楽しみにしていたもの。お招きありがとう」

ミレーヌが、ふふふと微笑めば周囲に花弁が舞う幻想さえ浮かんでくる。ナタリアは学生時代にミレーヌと学園で出会い、思い切って声をかけて良かったと今も思っている。ミレーヌはナタリアにとって『親友』であり『推し』なのだ。

そんなミレーヌの横には今日も今日とて彼女の義弟クラウドが当たり前の顔をしてそこにいた。
ミレーヌはその距離感に慣れてしまっているのか気付いていないのか、クラウドは夜会では番犬よろしく常に姉の側を離れず、時に婚約者のように彼女の肩や腰を抱き寄せる事もある。
義理の姉弟であることはクラウドを嫌う義母の態度から周知の事実で、適齢期でありながらもお互いに婚約者を持たない為その関係を怪しまれることも多いのだ。
クラウドはどうなろうと構わない。アイツは確信犯で悪い噂が立とうとも自業自得なのだから。
でもミレーヌは違う。どこかおっとりしていて悪意に疎いところがある。純粋に義弟を心配し大切に思う優しい姉なのに不本意な噂で婚期が遅れるなどあってはならないとナタリアは思っている。

今日の夜会はチャンスだった。
クラウドに従姉妹を任せている間に、ミレーヌに素敵な男性との出会いを果たしてもらうのだ。
見目麗しく心優しいミレーヌに話しかけたいと思っていた男達は多い。ナタリアは実際、ミレーヌの親友として仲を取り持ってもらえないかと相談を受けたことも多々あった。本来ミレーヌはとてもモテているのだ、クラウドさえいなければ。
そんなミレーヌに想いを燻らせている男性の中からナタリアがこれだと思う相手を今日はこの場に呼んでいる。お節介だと言われようともミレーヌには幸せになってもらいたい。出来れば同じ時期に結婚して同じ時期に子供を産んでお互いの子供同士が男女なら結婚させるのがナタリアの夢だ。

「ナタリア嬢、こんばんは。素敵な夜ですね」
「あらクラウド様。こんばんは、貴方も来てくれてありがとう」

お互いににっこりと人好きのする顔で挨拶を交わしているが、クラウドからは何故か敵意のようなものを感じた。最近ミレーヌと考えたお互いの風変わりなニックネーム「ミッちゃんナッちゃん」が気に入らなかったのだろうか。それともナタリアがクラウドに従姉妹を紹介しようとしていること?まあ、なんにせよ姉に自分の色のドレスを纏わせて周りを牽制するようなゲスい男に怯むナタリアではない。

「そうそう、ミッちゃんから話は聞いた?早速、従姉妹のアリアナを紹介したいのだけど」
「ええ、話は先ほど馬車の中で伺いました。しかし会場入りしてすぐだなんてアリアナ嬢も気負ってしまうのでは?恥ずかしがり屋の妖精に事を急いてはいけません。雰囲気に慣れるまでは女性同士、姉代わりのナタリア嬢がそばに居るのが安心でしょう。私も長い時間、姉をひとりにするわけにはいきませんから」

鋭利な冷たさを孕んだ綺麗な顔で丁寧に気遣うそぶりを見せながら、言外に『最初から最後までなんてミレーヌとの時間が減るから無理。少しくらいなら相手してやるけど後はそっちでなんとかして』と言われているのがよくわかる。ナタリアは扇子でヒクリと痙攣らせた口端を隠した。

「あらクラウド。何を言っているの」

そんな中、空気を読まずに声を上げたのはミレーヌだ。そのキョトンとした顔が大変可愛いらしく抗議の声を上げられた当のクラウドは途端に相好を崩した。どこから見てもデレッデレである。

「なあに姉さん」
「私の事は放って置いてくれていいのよ。それよりアリアナ様だわ。確かに慕っているナタリアなら安心でしょうけれどそれでは何も変わらないもの。貴族であれば社交は避けて通れないのだから早く場に慣れるのに越した事はないわ」

義弟によって社交の殆どを阻まれてしまっている自覚のない姉が、得意気に先輩風を吹かせてクラウドを諫めると、クラウドは困ったように眉を下げてミレーヌの腰をそっと引き寄せた。

「でも姉さんもひとりじゃ危ないよ。悪い男が近寄ってきたらどうするの」

1番たちが悪いお前が言うな、とナタリアは思った。
なんなら思わず「ハッ」と鼻で笑ってしまったがクラウドはナタリアを綺麗に無視した。

「大丈夫よ、私はモテないもの。今まで誰にも声をかけられたことがないのよ」

それもこれもクラウドのやり過ぎなまでの牽制のせいなのだが、少し悲し気に肩を竦めたミレーヌをクラウドは慈愛の表情を浮かべて見つめて、更に抱き込むように両腕でミレーヌの腰を引き寄せた。

「姉さんには俺がいるでしょう。ここにいるどの男より姉さんを愛してるよ。それじゃ不満?」
「だからそういうことじゃないのよ」
「…愛してるよ、本当に」
「も…もうっ!だからそれやめて!」


(おいおいこの腐れシスコン野郎。お前いい加減にせぇよ)

薄く微笑みを浮かべて傍観者と成り果てているナタリアのこめかみには血管が浮かびはじめた。

思った以上に事態は深刻である。刻一刻と、腐れシスコン野郎もといクラウドは驚くべきスピードでシスコンを悪化させている。次会った時は公衆の面前でミレーヌを押し倒すかもしれない。いや、奴はそのくらい平気でやるだろう。

ナタリアは少しだけこんなヤバい奴に自分の従姉妹を紹介していいものかと思い直しそうになったが、よく考えてみたら従姉妹のアリアナも相当なものだった。
見た目は小柄で庇護欲をそそる美少女だが、その実、今年社交界デビューしたとは思えないほど奔放なのである。あの手この手で男を誑かし学生時代は学園でちょっとしたハーレムを築いていたらしい。
実家である子爵家は彼女に手を焼いており、アリアナの男好きが社交界に広がる前になんとか結婚させてしまいたい…と相談されるほど。そんなジャジャ馬なら、もしかしたら腐れシスコン野郎を落とせるかもしれない。

ナタリアは従姉妹の魔性に賭けることにした。
今のところアリアナもゲーム感覚でノリノリだ。性格に難はあれどクラウドはその美形でも有名なので、話を持ちかけた時アリアナは「相手にとって不足なし」と悪い顔をしてニヤリと笑っていた。
あんたらお似合いだよ、とナタリアは思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

婚約者を追いかけるのはやめました

カレイ
恋愛
 公爵令嬢クレアは婚約者に振り向いて欲しかった。だから頑張って可愛くなれるように努力した。  しかし、きつい縦巻きロール、ゴリゴリに巻いた髪、匂いの強い香水、婚約者に愛されたいがためにやったことは、全て侍女たちが嘘をついてクロアにやらせていることだった。  でも前世の記憶を取り戻した今は違う。髪もメイクもそのままで十分。今さら手のひら返しをしてきた婚約者にももう興味ありません。

婚約者の貴方が「結婚して下さい!」とプロポーズしているのは私の妹ですが、大丈夫ですか?

初瀬 叶
恋愛
私の名前はエリン・ストーン。良くいる伯爵令嬢だ。婚約者であるハロルド・パトリック伯爵令息との結婚を約一年後に控えたある日、父が病に倒れてしまった。 今、頼れるのは婚約者であるハロルドの筈なのに、彼は優雅に微笑むだけ。 優しい彼が大好きだけど、何だか……徐々に雲行きが怪しくなって……。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※ 相変わらずのゆるふわ設定です。R15は保険です ※ 史実等には則っておりません。ご了承下さい ※レナードの兄の名をハリソンへと変更いたしました。既に読んで下さった皆様、申し訳ありません

豪華クルーズに乗り込んだら大富豪に本気求愛種付けされた話

トリイチ
恋愛
推し活と生活費を稼ぐため豪華クルーズのアルバイトに飛びついた愛海。 意気揚揚と船に乗り込み渡された制服はバニーガールだった──。 ※この作品はフィクションです。 pixiv、ムーンライトノベルズ、Fantiaにも投稿しております。 【https://fantia.jp/fanclubs/501495】

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

処理中です...