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瀬戸際の泥棒と窓際の彼女
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「佐田は」とソファに座る甲田は神田美咲に説明する。心なしか、クロも話に参加しているように二人を見つめる。
「風雷神の佐田、っていう異名があったんだ」説明することで、不安や動揺を取り除きたかったのかもしれない。
「なんか古臭いね」
「実際、そう呼ばれてたのは昔だから」と甲田は言い、自分のつま先を見つめる。「風のように速く物を盗み、雷のように凶暴」
「風のように速く物を盗み雷のように凶暴」と神田美咲は詩を詠むかのように繰り返した。「そもそも、泥棒がそんな異名が付くほど有名になってていいわけ?」
「鋭い」と甲田は笑う。「でも、逆に言えばそれほど有名だったのにも関わらず、警察には捕まらず物は盗み人を殺した」殺した、という言葉が孤独な闇の部屋に染み渡る感覚があった。
「とにかく、佐田って奴は伝説の泥棒と呼ばれるほどには恐ろしいやつだ。いろんな都市伝説もある」
「都市伝説?」
「明るいところが急に真っ暗になるとなにも見えないだろ? だいたいその闇に完璧に慣れるまでには30分はかかるんだが、まぁ周りが薄っすら見えてくるくらいなら1分あれば充分なんだ」
「物知りね」
「佐田は明かりの灯った一軒家を停電させて、家主が周りが見えない約1分の間に気づかれることなく目的の物を盗んだ。風のように早く、の由来だよ」
「そんなこと可能なの?」
「1分じゃそんなことできるわけがない。ましてや気づかれないようになんて。だからこれは都市伝説に近いんだけどな」クロが耳の後ろを後ろ足で掻いていた。そんな陳腐な都市伝説を信じる奴なんていないだろ。と言ってるようにも見える。
「それと佐田は、盗みに入った家の住人を必ず痛めつける。時には殴り続け、蹴り続け、意識を失ったら覚醒させてまた殴る蹴る。死ぬ一歩手前まで繰り返す。度が過ぎてそのまま殺してしまったことも何度もあった。虫の息の住人の目の前で妻を襲ったり、子供に暴力を振るったり、する」
少しの沈黙の後、「それも都市伝説?」と神田美咲が言った。その声は都市伝説であってくれと願うようだった。
「都市伝説だよ」ホッとした表情を神田美咲は見せる。
「でも、事実なんだ」
「え」
「そうゆう都市伝説がある。でもそれは都市伝説じゃなくて事実だ。俺の目の前で、そうやって両親は殺されたから。ほとんど覚えてないけど、クローゼットの扉の隙間から、父親と母親が殴られて蹴られるのが見えた。それが怖くて目を閉じても、鈍い音と呻き声とすすり泣きが聞こえたよ」話しながら甲田は、頭の奥底に仕舞っていた記憶が蘇る。父親に抱かれ目覚める甲田。理由もわからぬままにクローゼットへと押し込まれ、絶対に出てきてはダメだと言われた。状況もなにも理解できていない甲田はいつもとは違う雰囲気に少しワクワクしつつクローゼットの扉をほんの少し、片目が覗けるほど、開けた。決して忘れることのない記憶だった。
自分の手が震えていることに気づく。この話をしたのは、神田美咲が初めてだった。人に話して初めて、甲田は自分の両親を目の前で殺した佐田に抱いているのは、憎しみよりも、恐怖の方が大きいのだと知った。
気がつくと、震える甲田の手を神田美咲の手が包んでいた。だが、感触はない。彼女の手は甲田の手をすり抜けてしまう。それでも、神田美咲は甲田の手に自らの手を被せる。甲田の震えは止まらない。佐田への恐怖もあったが、それ以上に神田美咲の手に、体温も、感触すらも感じることのできないことに、強い孤独を感じ、悲しみに震えていた。
神田美咲は、自分の孤独な手が、今目の前にいる孤独な泥棒の手を包むことができないことに悲しみを覚えていた。そのことに甲田は気づいたが、神田美咲の顔を見ることはできなかった。
「風雷神の佐田、っていう異名があったんだ」説明することで、不安や動揺を取り除きたかったのかもしれない。
「なんか古臭いね」
「実際、そう呼ばれてたのは昔だから」と甲田は言い、自分のつま先を見つめる。「風のように速く物を盗み、雷のように凶暴」
「風のように速く物を盗み雷のように凶暴」と神田美咲は詩を詠むかのように繰り返した。「そもそも、泥棒がそんな異名が付くほど有名になってていいわけ?」
「鋭い」と甲田は笑う。「でも、逆に言えばそれほど有名だったのにも関わらず、警察には捕まらず物は盗み人を殺した」殺した、という言葉が孤独な闇の部屋に染み渡る感覚があった。
「とにかく、佐田って奴は伝説の泥棒と呼ばれるほどには恐ろしいやつだ。いろんな都市伝説もある」
「都市伝説?」
「明るいところが急に真っ暗になるとなにも見えないだろ? だいたいその闇に完璧に慣れるまでには30分はかかるんだが、まぁ周りが薄っすら見えてくるくらいなら1分あれば充分なんだ」
「物知りね」
「佐田は明かりの灯った一軒家を停電させて、家主が周りが見えない約1分の間に気づかれることなく目的の物を盗んだ。風のように早く、の由来だよ」
「そんなこと可能なの?」
「1分じゃそんなことできるわけがない。ましてや気づかれないようになんて。だからこれは都市伝説に近いんだけどな」クロが耳の後ろを後ろ足で掻いていた。そんな陳腐な都市伝説を信じる奴なんていないだろ。と言ってるようにも見える。
「それと佐田は、盗みに入った家の住人を必ず痛めつける。時には殴り続け、蹴り続け、意識を失ったら覚醒させてまた殴る蹴る。死ぬ一歩手前まで繰り返す。度が過ぎてそのまま殺してしまったことも何度もあった。虫の息の住人の目の前で妻を襲ったり、子供に暴力を振るったり、する」
少しの沈黙の後、「それも都市伝説?」と神田美咲が言った。その声は都市伝説であってくれと願うようだった。
「都市伝説だよ」ホッとした表情を神田美咲は見せる。
「でも、事実なんだ」
「え」
「そうゆう都市伝説がある。でもそれは都市伝説じゃなくて事実だ。俺の目の前で、そうやって両親は殺されたから。ほとんど覚えてないけど、クローゼットの扉の隙間から、父親と母親が殴られて蹴られるのが見えた。それが怖くて目を閉じても、鈍い音と呻き声とすすり泣きが聞こえたよ」話しながら甲田は、頭の奥底に仕舞っていた記憶が蘇る。父親に抱かれ目覚める甲田。理由もわからぬままにクローゼットへと押し込まれ、絶対に出てきてはダメだと言われた。状況もなにも理解できていない甲田はいつもとは違う雰囲気に少しワクワクしつつクローゼットの扉をほんの少し、片目が覗けるほど、開けた。決して忘れることのない記憶だった。
自分の手が震えていることに気づく。この話をしたのは、神田美咲が初めてだった。人に話して初めて、甲田は自分の両親を目の前で殺した佐田に抱いているのは、憎しみよりも、恐怖の方が大きいのだと知った。
気がつくと、震える甲田の手を神田美咲の手が包んでいた。だが、感触はない。彼女の手は甲田の手をすり抜けてしまう。それでも、神田美咲は甲田の手に自らの手を被せる。甲田の震えは止まらない。佐田への恐怖もあったが、それ以上に神田美咲の手に、体温も、感触すらも感じることのできないことに、強い孤独を感じ、悲しみに震えていた。
神田美咲は、自分の孤独な手が、今目の前にいる孤独な泥棒の手を包むことができないことに悲しみを覚えていた。そのことに甲田は気づいたが、神田美咲の顔を見ることはできなかった。
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