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瀬戸際の泥棒と窓際の彼女

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 甲田はその夜も一仕事を終え帰ってきた。出迎えてくれたのはクロと神田美咲だった。
 この奇妙な共同生活が始まってから二週間が経つ。最初こそ二人の間に会話は無かったが、クロがどちらにも分け隔てなく甘え擦り寄って行くうちに、それが二人の間を繋ぐ橋のように、徐々に話をするようになっていった。
「甲田さん、よく泥棒から泥棒して見つからないよね。泥棒って自分が盗まれるって思ってないからガード甘いの?」と神田美咲は言う。
「それもある」と甲田は答える。クロは早速甲田の膝の上に乗り、我が物顔で頭を撫でられている。
「今まで見つかりそうになったことは?」
「二回ある」
「見つかったの?」
「俺は運が良いらしくてね。一回目は見つかりそうになったところで部屋が停電したんだ。それで逃げれた。酔っ払いが電柱に上着を被せたとか噂があるけど、よく分からない。二回目は見つかりそうになった時、隣人が来た」
「隣人?」と神田美咲は可笑しそうな声を出す。
「泥棒だって近所付き合いはある。余り物のお裾分けをしに来たらしい。玄関で対応してるうちに逃げた」
「奇跡ね」
「本当にそうだ」
 そう言い二人は笑った。甲田は、人と話して笑うことなど今までほとんどなかった。
 話す相手がいて笑い合えて、犬もいる。家族とは、こうゆうものなのかと甲田は思った。だが、不思議とこの家の中はまだ孤独だった。静寂も二人の話し声で幾分賑やかになった。それでもこの家は孤独だ。それは神田美咲が未だに病院では孤独に窓の外を見て、生きる気力を失ったままだからなのだろう。霊体で、夜になると現れるこの家の彼女はとても明るくて気さくな女性だ。一度だけ見た神田美咲とは、まったく違った。もしかすると、これは俺が頭の中にだけ作り出した想像のものなのではないのか? と甲田は思うことがあった。奴への復讐を目前にし、今まで経験したことのない他人との生活、繋がりをどこかで求めだした自分が見せている幻覚なのではないのだろうか。
「甲田さん、それなに?」神田美咲の声で甲田は思考を遮られる。神田美咲はテーブルの上に置いてある球体のアロマキャンドルを指差した。
「あぁ、それか」と甲田は説明する。
 今日の昼間、クロの散歩に行こうとしていた時だった。突然玄関のドアが叩かれた。ちょうど玄関から出る時に叩かれたので、その勢いが止まらずにドアを開けてしまった。クロは勢いよく飛び出して行き、スーツを着た男にぶつかった。
 男はセールスマンだと名乗り、このアロマキャンドルを勧めてきたのだ。
「とりあえず無料お試しでどうぞって」
「どうゆう効果があるの?」
「睡眠を誘うらしい。眠れない時はこれに火をつければ睡眠を促進するみたいだな」
「睡眠薬となにが違うの」と神田美咲が言う横で、アロマキャンドルが気になるのか、クロがテーブルに前足を置き覗き込んでくる。
「同じだろう。三つあって、一つで二日分らしい。間違っても三つ同時に使うなってキツく言われたよ。そんな事したら一瞬で意識を失うって」
「この家にもセールスなんて来るのね」と神田美咲は驚いていた。
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