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瀬戸際の泥棒と窓際の彼女

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 いつの間にか寝ていたらしい。こんな時間に目を覚ましたのは久しぶりだ。そう思いながら甲田は体を伸ばす。ソファの革と服が擦れて音が鳴った。その音に反応したのか、クロが耳をピクッと動かしながら起きてきた。
 クロはすっかり甲田に懐いていた。事あるごとに頭や体を撫でてほしいと催促してくる。
 一通り撫でてやってから、甲田は2階へと上がる。窓から漏れる光が家の隅々を照らしていた。だがやはりどこか薄暗く、静寂も変わらない。
 二階には二部屋あった。二部屋ともドアが開け放たれていて室内が見渡せた。
 女性はいなかった。
 片方の部屋には何も置かれていなかった。ガランとした空間がそこにあり、引っ越してきて間もない部屋というよりかは、夜逃げしてずいぶん経つような部屋と言った方が合っていた。
 もう一つの部屋にはベットと本棚と勉強机があり、カーペットも敷かれている。この家で唯一、辛うじてだが生活が感じられる部屋だった。
 きっと、この部屋は彼女の部屋なのだろう、と甲田は思う。
 なぜ、この家はこんなにも生活感がないのだろう。人が住んでいるというよりかは、住んでいたと言った方が正しい。使われなくなって半年ほどは経っていそうだが、実際この家には彼女が住んでいた。キッチン横の冷蔵庫を見てみたが、食料もない。そもそも電気が通っていなかった。不可解なのは冷蔵庫の横にあったクロのものと思われるドックフードだった。ドックフードの袋は噛み切られていた。人がハサミや手を使って開けたのではなく、クロ自身が袋を噛み切って中のドックフードを食べていたようだ。床に無造作にドックフードが散らばっていた。
 一体、この家はなんなのだろうか?
 考えてみても答えは浮かばず、そのうち小腹が空いてきた。時刻は昼になろうとしているところだった。
 なにか食べ物を買いに行こうとクロを置いて玄関の扉を開ける。
 一瞬、扉を開けたら泥棒が待ち構えているだとかヤクザがナイフを向けているだとかギャングが銃を構えているだとか、絶体絶命の瞬間をイメージしてしまいじっとりと手に汗が浮かんだ。だが、実際には扉を開けても誰もいない。待ち構えていたのは照りつける太陽に青い空と乾いた風だった。久々に見る太陽に目を細め、下を向く。眩しかった訳ではなかった。今日のような天気は、あの時を思い出してしまう。

 適当に食事を済ませ、帰り際にペットショップに寄り犬用の首輪とリードを買って甲田は家へと帰った。
 はち切れんばかりに尻尾を振り、舌をだらんと出しているクロが甲田を迎えた。どうやら女性はまだ帰っていないようだった。
 甲田はクロに買った青色の首輪を付けてやった。最初のうちクロは首を振ったり首を掻いたり煩わしそうにしていたが、少しすると慣れたようだ。首輪にリードを繋ぎ外に出る。クロはまだ子犬だが、柴犬というだけあり力強い足並みで歩いては地面を仕切りにクンクンと嗅ぐ。そして思い出したかのように顔を上げ甲田の方を見る。甲田がいることに安心して歩きだす。引かれるリードから甲田はクロの好奇心や喜びが伝わってきた。
 こんなところを河合さんに見られたらヤバイな、と甲田は苦笑する。
「あんた…大丈夫か? 一人で笑ってるし」
 甲田は恐る恐る後ろを向く。クロが先へ先へと進もうとしているのがリードから伝わる。
「河合さん、マジでいつから後ろにいるんすか」
「今日はたまたまあんたを見かけたから今からだ。こんな時間に会うとは思わなかったけどな」
 ワンっ!とクロが先に進もうと急かす。
「なんというかまぁ」と河合が頭を掻きながら言う。「夜道で前から俺が歩いてくるのに気づかず歌ってるやつと目が合っちまったような気まずさだ」
「同感です」
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