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瀬戸際の泥棒と窓際の彼女

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 月明かりに照らされて、泥棒はひっそりと、欠伸を噛み殺しながら忍び込む。
 絵になる、と甲田悟は思った。
 だがそれだけだった。絵になるだけで、それは一流の泥棒とは言わない。二流だ。
 一流の泥棒は、月明かりにも照らされてはならない。完全な闇の中で作業をし、ひっそりなどしなくても基本的な行動から音を立てない。意識せずとも無音が基本だ。だから欠伸を噛み殺すこともない。

 人々が深い眠りに就いた後が甲田の活動時間だった。それもあって、もうずっと青い空と太陽を見ていない。今日も空には黒い背景に星と月。それらを見ながら甲田は欠伸をする。
 一仕事終えた後だった。
 忍び込んだ家から、収穫したブツが入った黒い袋を手に持ち路地裏を歩いていた。リュックは開けるときジジジ、とチャックの音が鳴る。両手も空くし機敏に動ける点では適しているが、音が鳴ったら意味がない。その点黒い袋はチャックの音もない。衣擦れの音も上手いことブツと布を密着させればしない。黒い袋が最適だ。
 ただ、目立つ。黒い袋をこんな真夜中に大事そうに抱えていれば誰でも泥棒の二文字が頭に浮かぶ。
 だから甲田は少し急いでもう一つの大事な仕事をこなしに行く。

 閑静な住宅街、というがこんな真夜中ではどこもだいたい閑静だ。閑静な世界。そこに建つ一軒の家。そこに甲田は忍び込む。
 いつものように針金を鍵穴に通して解鍵し、ドアを開ける。なるべく足を床に垂直に下ろす。踵から床に触れ、そこからゆっくりと足全体を床につけて行く。染み付いた一連の動きにぎこちなさはない。
 家主は二階で寝ているはずだ。
 ダイニングキッチンへの扉を開ける。ひっそりとした闇が部屋の隅々まで行き渡っていた。
 入ってすぐ左側がキッチンになっていて、水道から垂れる水がボトッと流しに当たる。目の前には4人掛けのダイニングテーブルが置いてある。木目調の高価そうなテーブルだったが、あくまで高価そう、というだけで実際は安物だ、と甲田は思った。
 そのダイニングテーブルに、先ほど収穫したブツを置く。
 ボトッ。水滴が垂れる音。
 今度は冷蔵庫を開ける。音を立てないようにゆっくりと。だが俊敏に。
 卵やパンなどの食料を幾つか黒い袋に詰める。
 これで仕事は完了だ。
 甲田は家から出た。先ほどの家で手に入れたブツはダイニングテーブルに置いたままだ。だが、忘れたわけじゃない。わざとだ。
 ブツはブランド物の鞄だった。
 この家の家主が一週間前に車上荒らしに遭い盗まれたものだった。
 甲田が盗みに入った家が偶然同業者、つまり泥棒の家で、盗んだ鞄が偶然次に忍び込んだ家主の持ち物だったわけではない。
 甲田は泥棒専門の泥棒だった。
 盗まれた物を盗み返し持ち主の家に持っていき、それと引き換えに食糧を頂いていく。それが甲田悟の仕事だった。
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