死に行く前に

yasi84

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第3章 祖母

会うなら今、言うなら今、やるなら今

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 あの女性の話をどこまで信じていいのか分からなかったが、その後に話してくれた噂話は、まったくの偽りだ、と強く言うこともできなかった。
 秋山さんは帰ってきているだろうか。
  無意識の内に足は相談屋へと向いていた。伊藤渚のことと、三崎絵梨のことを話さなくてはならない。
 いろいろなことがいっぺんに起こり、混乱している頭をなんとか冷静にさせながら先ほどの女性の話と三崎絵梨の言葉を何度も頭の中で反芻し歩いていると、景色が視界から消え、相談屋まで続く一本道を歩いている錯覚に陥る。実際は何度か曲がり、信号で止まり、前からくる自転車を避けているのだが、ほとんど無意識の内にしていた。
 だけど、そこまで集中し考えているのにもかかわらず、考えはまとまらず何か閃くものもなかった。
 相談屋は常に鍵があいている。秋山さんいわく、こんな儲かってるかどうかもわからないお店に盗みにくるやつはいない、だそうだ。
 やはり秋山さんは居らず、家主のいない家は少し寂しそうだった。
 一体、どこに出かけたのだろうか、と思いながらソファに腰を下ろした。
 大きく伸びをして、息を吐き出し、とりあえずはあの女性が言っていたことをもう一度よく思い出した。

 伊藤渚は源文枝から、娘を探すためお金を預けられた。そのお金をネコババしようと企んでいる、と女性は言った。
「借金よ借金」
「借金なんてあるんですか?」伊藤渚が金遣いが荒いようには到底思えない。
「それは分からないけど、でもそう考えたほうが自然じゃない? 伊藤さんには借金があって困っていた。そんな時に運よく源文枝さんからお金を預かった。それで借金を返済した」代々伝わる言い伝えを話すかのように言う。
「でも、それじゃあなんで娘さん探しを伊藤さんはやめないで、私達に依頼してきたんですか?探してるって嘘をついちゃえば、源さんにはそれが嘘か本当か見分けられないですよね」
「さすがにお金だけ貰って何もしないっていうのは伊藤さんも気が引けたんじゃない?」
「うーん」
「まぁ、あくまで噂だからね」私が言ってたとか言わないでね、と女性は念を押し、「あ、そうだ」と手を叩きながら「あのお兄さんはもう来ないの?」と言った。
 あのお兄さん、とはきっと秋山さんのことだろう。女性は頬を赤くし「カッコいいわぁ、あのお兄さん。彼氏?」と聞いてきたので私は慌ててかぶりをふった。
「昨日もこのくらいの時間に来て、源文枝さんの病室に行ってたわ」
「この時間に、ですか?」
「ええ」
 おかしい。昨日のこの時間は、3人で手分けして源恵の情報を集めて回っていたはずだ。
 なぜ、秋山さんは病院にいたのだ。
「秋山さんは他に何かしてました?」
「うーん、特に何かしてたわけじゃないわね。源文枝さんとなにか話してはいたけど内容までは聞いちゃ悪いしそもそも聞こえなかったから」
 思い返せば、昨日、集合場所のこの病院に秋山さんは1番早くいた。それはつまり、ずっと病院にいたから、ということなのだろうか。だとしても、なぜ私に黙っている必要があったのだろう。
 そう言えば、と女性はなにかを思い出したようで自然と私は女性の顔をまじまじと見てしまう。
「目が合ったのよ! お兄さんと。私、ときめいちゃった」と言うものだから気づかれないようにため息をついた。
「あのお兄さん、今日はもう来ないの?」
「今日は、秋山さんは用事があって来ないです。私も源さんに会いに来たんですけど体調が悪いそうなので良くなってから出直そうと思って。その時、秋山さんも来るかもしれませんね」
「それはだめよ」
「それはだめ?」秋山さんが来れないことがよっぽどだめなのか、それとも次に来る時、秋山さんの他に私がいるのがだめなのか、と瞬時に考えた。
「原則としてね、緩和医療を受けている患者は、現時点が1番患者さんの体が良い状態って考えなきゃだめなの」そう言う女性は、もう秋山さんにときめくおばさんではなく、1人の看護師として言っていた。
「よくね、お見舞いに来た家族が、もう少し良くなってきたら1日家に戻れるよう手続きしてみようかって、言うのよ。でもね、もう少し良くなるって言うのは緩和医療ではあんまり考えちゃだめなの。確かに、その日その日で体調の良し悪しはあるかもしれないけど、基本的には今が1番良い状態なの。だから、良くなったらって言って、後悔する家族を沢山見てきたの。いつ急変して亡くなっちゃうかも分からないんだから」会うなら今、言うなら今、やるなら今、緩和医療じゃなくても、そうよねぇ、と女性は言った。
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