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第3章 祖母
秋山の疑念
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「私はもう一度、手紙の住所の辺りに聞き込みに行ってきます」と伊藤渚が言う。
「集合場所は病院で、17時に」
源恵について、ほとんど手掛かりはなかったが、とりあえずは行動に出ないと始まらないので、三手に別れ捜索することになった。伊藤渚が手紙の住所の辺りの捜索を申し出たので、私はもう少し海沿いの方へ行ってみるつもりだ。秋山さんは特に場所は決めずに当たってみる、とのことだ。
「ちゃんと探してくださいよ」
「あぁ」と秋山さんは返事をし歩いて行った。
ポツンと1人残された私は小田原へ向かった。海沿いに歩いていこうと思ったのだが、少し思いついたことがあり近くの学校に足を運ぶことにした。
源恵には中学一年生になった息子がいる。ということはこの小田原市の中学校に通っている、もしくは通っていたはずだ。学校に、聞いてみるのもいいかもしれない。
我ながらいい考えじゃないか、と自分を褒めていたのだが、いざ中学校に源洋介という生徒はいますか、と聞いてみると、個人情報は教えられないうんぬんで門前払いを食らった。
小田原市には三校の中学校があり、そのどれもが同じ対応で肩を落とした。
仕方がなく当てもなく探すことになったが目ぼしい情報も見つからずに集合の時間を迎えてしまった。
病院に着いたのは17時を10分ほど過ぎた時で、そこにはすでに秋山さんが居た。
「秋山さん、ちゃんと探しました?」
「あぁ」
「ならいいんですけど」
「なにか進展はあったか?」と事務的な声で秋山さんが聞いてくる。言外には特に何もないだろうが、というのがありありと見えた。
「特にないですね」
「なにも?」
「なにも」
「名前を聞いて心当たりがあった奴はいたか?」
「いなかったですね。誰に聞いても知らないしか返ってこないし、学校には門前払いを食らいましたし」
「そうか」と言った秋山さんの顔は無表情で感情はやはり読み取れないが、なにかを思案しているときの顔だった。他の人には分からないくらいの違いだがさすがにこう毎日秋山さんと接していると、その違いが分かるようになり少し嬉しく感じる。
「なにか引っかかることでもあるんですか?」
少しの沈黙の後、秋山さんは答えた。
「おかしいと思わないか? 源恵と息子についての情報が出て来なさすぎる」
「それは私たちの探し方の問題なんじゃ」
「それもあるかもしれない。だが特に広いわけでもない小田原市内に住んでいた人間の情報がこうも出て来ないのは少し妙だ」小田原市民が聞いたら狭くて悪かったなと言ってきそうなことでも秋山さんは遠慮なくいう。
「まぁ、確かにそうですけど、そんなものなんじゃないんですか? そこまで近所付き合いが良かったわけじゃなければ知らない人は多いですよ。私だって近所の人のことほとんど知らないですし」
「それじゃあ、源恵はなんで小田原に住んでるんだ?」
「それは、知りませんよ。恵さんの勝手じゃないですか」
「源文枝と喧嘩して家を出たのに、わざわざ隣の、電車で20分ほどしか掛からない場所に住むと思うか? それに、そんなに近いところに住んでれば、さすがに一度や二度会っていてもおかしくないだろう」
「それは2人が頑固だからで」私は秋山さんが言おうとしていることがイマイチ掴めなくて、的外れな返事しかできていない気がした。
「でも、まだ伊藤さんが戻ってきてないですから。伊藤さんはなにか情報を持ってきてるかもしれないですよ」
「あぁ」と言ったきり、秋山さんは無言になった。私も秋山さんの言っている意味を考えていて、お互いの間でしばらくの間沈黙が漂った。ふと、明美とよく話していた時は、沈黙になると居心地が少し悪かったが秋山さんとの沈黙は居心地の悪さがないことに気がついた。
その沈黙を遮り、秋山さんが口を開いた。
「悪いが、俺はもう帰る」
「え、でもまだ伊藤さんが」
「あと、明日用事があるから俺は捜索には参加しない」
「用事って」
「店にもいないから明日は捜索だけしてろ」じゃあな、と秋山さんはそれだけ言い、私の、なぜもう帰るのか、用事とは何か、捜すのがめんどくさくなったのではないか、といった質問は全て無視され去って行った。
勝手すぎる、と憤りを隠せなかった。
源文枝に、見つける約束は出来ないが探す約束はできると言ったのは秋山さんだ。これじゃあ探す約束まで果たしていない。本当に今日も探したのか、と疑いたくなった。
「遅くなってすみません」伊藤渚が走ってやって来た。
「あれ、秋山さんは」と辺りを見渡し私しかいない事に怪訝な顔をして言った。
「あの人のことはもう放っておきましょう。よく分かりませんから」
「なにか、ありました?」心配そうに私の顔を覗き込んで訪ねてくる伊藤渚に、説明するのが面倒で「それよりも、なにか新しい情報はありました?」と聞いた。
「いえ、特に何もなかったです」
「そうですか」息を一つ吐き出し私は答えた。
結局、今日の捜索で得た成果は何もなかった。
確かに、秋山さんが言ったように小田原市の源恵が住んでいた範囲に絞って捜索をしているのに、なにも情報がないのは少し妙な気もするし、でも、こんなものなのではないか、と思わなくもない。
どちらかといえば、先ほどの秋山さんの態度があるから、秋山さんの意見に賛同するのは少し嫌だったので、結局、私はまぁこんなものだろう、初日だし、と思うことにした。
「まだ初日ですし、なかなか情報は出てこないですよね。明日に期待しましょう」と励ますつもりで言った。
申し訳なさそうな笑みを含ませて伊藤渚はお礼を口にした。
不意に病院の方に振り向き見つめていた。たぶん原文枝の病室を見ているのだろう。その顔からは、感情は読み取れなかったが、強く拳を握っていたのが印象的だった。
「集合場所は病院で、17時に」
源恵について、ほとんど手掛かりはなかったが、とりあえずは行動に出ないと始まらないので、三手に別れ捜索することになった。伊藤渚が手紙の住所の辺りの捜索を申し出たので、私はもう少し海沿いの方へ行ってみるつもりだ。秋山さんは特に場所は決めずに当たってみる、とのことだ。
「ちゃんと探してくださいよ」
「あぁ」と秋山さんは返事をし歩いて行った。
ポツンと1人残された私は小田原へ向かった。海沿いに歩いていこうと思ったのだが、少し思いついたことがあり近くの学校に足を運ぶことにした。
源恵には中学一年生になった息子がいる。ということはこの小田原市の中学校に通っている、もしくは通っていたはずだ。学校に、聞いてみるのもいいかもしれない。
我ながらいい考えじゃないか、と自分を褒めていたのだが、いざ中学校に源洋介という生徒はいますか、と聞いてみると、個人情報は教えられないうんぬんで門前払いを食らった。
小田原市には三校の中学校があり、そのどれもが同じ対応で肩を落とした。
仕方がなく当てもなく探すことになったが目ぼしい情報も見つからずに集合の時間を迎えてしまった。
病院に着いたのは17時を10分ほど過ぎた時で、そこにはすでに秋山さんが居た。
「秋山さん、ちゃんと探しました?」
「あぁ」
「ならいいんですけど」
「なにか進展はあったか?」と事務的な声で秋山さんが聞いてくる。言外には特に何もないだろうが、というのがありありと見えた。
「特にないですね」
「なにも?」
「なにも」
「名前を聞いて心当たりがあった奴はいたか?」
「いなかったですね。誰に聞いても知らないしか返ってこないし、学校には門前払いを食らいましたし」
「そうか」と言った秋山さんの顔は無表情で感情はやはり読み取れないが、なにかを思案しているときの顔だった。他の人には分からないくらいの違いだがさすがにこう毎日秋山さんと接していると、その違いが分かるようになり少し嬉しく感じる。
「なにか引っかかることでもあるんですか?」
少しの沈黙の後、秋山さんは答えた。
「おかしいと思わないか? 源恵と息子についての情報が出て来なさすぎる」
「それは私たちの探し方の問題なんじゃ」
「それもあるかもしれない。だが特に広いわけでもない小田原市内に住んでいた人間の情報がこうも出て来ないのは少し妙だ」小田原市民が聞いたら狭くて悪かったなと言ってきそうなことでも秋山さんは遠慮なくいう。
「まぁ、確かにそうですけど、そんなものなんじゃないんですか? そこまで近所付き合いが良かったわけじゃなければ知らない人は多いですよ。私だって近所の人のことほとんど知らないですし」
「それじゃあ、源恵はなんで小田原に住んでるんだ?」
「それは、知りませんよ。恵さんの勝手じゃないですか」
「源文枝と喧嘩して家を出たのに、わざわざ隣の、電車で20分ほどしか掛からない場所に住むと思うか? それに、そんなに近いところに住んでれば、さすがに一度や二度会っていてもおかしくないだろう」
「それは2人が頑固だからで」私は秋山さんが言おうとしていることがイマイチ掴めなくて、的外れな返事しかできていない気がした。
「でも、まだ伊藤さんが戻ってきてないですから。伊藤さんはなにか情報を持ってきてるかもしれないですよ」
「あぁ」と言ったきり、秋山さんは無言になった。私も秋山さんの言っている意味を考えていて、お互いの間でしばらくの間沈黙が漂った。ふと、明美とよく話していた時は、沈黙になると居心地が少し悪かったが秋山さんとの沈黙は居心地の悪さがないことに気がついた。
その沈黙を遮り、秋山さんが口を開いた。
「悪いが、俺はもう帰る」
「え、でもまだ伊藤さんが」
「あと、明日用事があるから俺は捜索には参加しない」
「用事って」
「店にもいないから明日は捜索だけしてろ」じゃあな、と秋山さんはそれだけ言い、私の、なぜもう帰るのか、用事とは何か、捜すのがめんどくさくなったのではないか、といった質問は全て無視され去って行った。
勝手すぎる、と憤りを隠せなかった。
源文枝に、見つける約束は出来ないが探す約束はできると言ったのは秋山さんだ。これじゃあ探す約束まで果たしていない。本当に今日も探したのか、と疑いたくなった。
「遅くなってすみません」伊藤渚が走ってやって来た。
「あれ、秋山さんは」と辺りを見渡し私しかいない事に怪訝な顔をして言った。
「あの人のことはもう放っておきましょう。よく分かりませんから」
「なにか、ありました?」心配そうに私の顔を覗き込んで訪ねてくる伊藤渚に、説明するのが面倒で「それよりも、なにか新しい情報はありました?」と聞いた。
「いえ、特に何もなかったです」
「そうですか」息を一つ吐き出し私は答えた。
結局、今日の捜索で得た成果は何もなかった。
確かに、秋山さんが言ったように小田原市の源恵が住んでいた範囲に絞って捜索をしているのに、なにも情報がないのは少し妙な気もするし、でも、こんなものなのではないか、と思わなくもない。
どちらかといえば、先ほどの秋山さんの態度があるから、秋山さんの意見に賛同するのは少し嫌だったので、結局、私はまぁこんなものだろう、初日だし、と思うことにした。
「まだ初日ですし、なかなか情報は出てこないですよね。明日に期待しましょう」と励ますつもりで言った。
申し訳なさそうな笑みを含ませて伊藤渚はお礼を口にした。
不意に病院の方に振り向き見つめていた。たぶん原文枝の病室を見ているのだろう。その顔からは、感情は読み取れなかったが、強く拳を握っていたのが印象的だった。
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