死に行く前に

yasi84

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第1章 いじめ

月の光でも

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「そもそも、少年が撮った動画だと誰が撮ったかバレバレだ。それに、そんなに都合よく個人の情報がバレるような物が映り込むと思ってるのか?」
 確かに、桜田君が見せてくれた動画は、ほとんど坂崎達は画面外だった。あれで個人の情報を特定しようとするのはかなり難しいかもしれない。
「え、じゃあ、あれは誰が撮ったんですか?」と私は聞いた。あの動画が撮られたのは放課後のことだ。あの日のその時間帯、秋山さんはお店にいたはずだ。
「村島が撮った」
 聞いたことのない名前が秋山さんの口から出たので私は反射的に「誰ですかそれは」と返していた。そもそも村なのか、島なのか、曖昧な名前だ。
 秋山さんは私の質問に答えるつもりはないらしくそれ以上口を開かなかった。桜田君も村島という人物に心当たりはないらしい。秋山さんの知り合いなのだろうか。秋山さんとは半年ほど一緒にいるが家族や友人関係などは何も知らないことに私は気づいた。
「あの日、坂崎達のことを村島に見張らせてたんだ。そしてあの場面を動画で撮る際に坂崎達の顔と学ランについてるボタン、襟の校章、校舎が映るように撮った動画を投稿したんだ。だからあんなにすぐに特定されるまでになった。少年が撮った動画じゃ、無理そうだったからな」
「じゃあなんで桜田君に動画を撮らせたんです?」
「それは仕返しのためだって言っただろう。なんらかのやり返している感触を少年に味わって欲しかったんだ。なんでも人任せで解決したところで成長もしないからな」秋山さんは淡々と言う。
「じゃあ、その5千円っていうのは?」と私と桜田君は予てからの疑問を同時に口にした。
「村島が動画を撮ったついでに取り返したらしい」だから村島って誰なんだ、という言葉をグッとこらえた。どうせ聞いても返ってこないと思ったからだ。
「取り返すって、もしかして坂崎達から」と桜田君が呟いた。
 秋山さんは飄々とした様子で頷いた。冷たい風が吹き、秋山さんが手に持っている5千円札がヒラヒラと揺れていた。
 桜田君は何度もお礼を言って目を潤ませていた。

 そろそろ辺りも暗くなってきて、これ以上テスト期間の学生を家に帰さないのもどうかと思い、私はブランコから立ち上がり「暗くなってきたしそろそろ帰りましょうか」と言った。それを合図に桜田君も立ち上がり秋山さんも立ち上がった。
 広場を出て、3人でしばらく歩きながら私は、桜田君になにかしてあげられたのだろうか、と思っていた。秋山さんのように先のことを考えて、いじめに対処し桜田君に感謝されるようなことは私はできていないのではないだろうか。秋山さんという太陽の光に比べて、私はあまりにも弱い、月のような光なのかもしれない。そう思うと少し気持ちが沈んだ。
「じゃあ、僕はこっちなんです」と桜田君は、T字路に差し掛かったときにお店の方向とは逆の道を指差した。
「そうか」
「じゃあね、桜田君」私は自分が不甲斐なかった。空には月が出ていて、今日は満月だった。いつもなら綺麗だと思っていたかもしれないが今はなんだか切なく感じた。
 その様子を見ていたからかもしれないが桜田君が言った。
「そういえば、山上さん。月の光でも少しだけですけど光合成はできるらしいですよ。もともと太陽の光が反射して光っているから月でも植物は光合成できるんです。あれからちょっと調べちゃいました」笑みを浮かべて桜田君は言った。少年とも大人ともつかない顔だった。
「そういえば、そんなこと桜田君に言ってたね」と私は笑った。あれは確か、優しいってなんなんでしょうか、という桜田君の言葉に私が返せなかったときに不意に頭に浮かんだことをそのまま口にしたものだった。まったく、私は桜田君の力になれていなかったな、という笑いだった。だから、桜田君が「僕、山上さんにもすごく感謝をしてるんです」と言った時は驚いた。
「私はなにもできていないよ」
「僕、言ったんですよ。お母さんに、一緒に戦ってくれって」桜田君はまっすぐに私を見ていた。
「山上さん、言ってたじゃないですか。言わなきゃダメだよって、心配かけなきゃダメなんだよって。だから僕、言ったんですよ。夕飯食べて味噌汁を飲み干したときに、一緒に戦ってくれって。坂崎達のこととかいじめのこととかは言えなかったけどそれだけは言えたんです。お母さん、キョトンとしていたけど、わかったって言ってくれたんです。動画が投稿されて問題になって学校にお母さんが呼ばれた時も、最初は悲しんでいたけどすぐに一緒に戦ってくれましたよ。きっと言ってなかったらもっと悲しんでたと思うんです。なんで相談してくれなかったんだろうって。だから、山上さんにも僕はすごく感謝しています」
 桜田君が言った言葉を私はどこか遠くから聞いているように感じながらも、すっと胸の中に言葉が入ってきて体を熱くさせた。そっか、月の光でも光合成はできるんだな、と、桜田君から教えられたことを反芻していた。
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