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第1章 いじめ
名前で呼んでくださいよ
しおりを挟む「お前は、いじめをしてる子供を見たらなんて言う」
私は最初、秋山さんは目の前に座っている桜田君に言ったのだと思った。少しして目線が私の方を向いているのに気づいた。
「名前で呼んでくださいよ。山上優子っていう名前で」
そういえば、ここで働き始めて半年近くになるが秋山さんに、名前で呼ばれたことがないのではないか、と気づく。
「いじめがいかに悪いことかを教えるとか、自分がいじめられたらどんな気持ちになると思う、とかですかね」
「それはもう前提から間違ってる」
「どうゆうことですか?」
桜田君も秋山さんが言わんとしていることを考えているのか真剣に話を聞いている。
「いじめがどんだけ悪いことかってことくらい、子供は分かってる」分かっててやっているにきまってるだろう、と秋山さんは言った。
「相手の痛みが分からないからいじめるんじゃない。相手の痛みが分かるからいじめるんだよ。どうしたら嫌な気持ちにさせられるか、どうすれば自分たちがいい気分になれるか、理解してやってるんだ。子供だって残酷だ」
残酷、という言葉が耳の中で響く。私の頭の中では無邪気に笑う子供の顔の皮が剥がれ、冷徹で表情のない顔が現れた。
「それじゃあ秋山さんならなんて言うんですか?」
「殴る」
秋山さんは拳を作り桜田君の方に向かい打った。その拳が私の頭の中に現れた冷徹で表情のない顔を打ち砕いたような気がした。
「普通に殴ったら悪いのは俺になるからいじめをしてる瞬間を撮影するんだ。今はスマホとかがあるからな、あれで撮る。撮ったら殴る」
「結局子供達には何も言ってないじゃないですか」
「何かを言わなきゃいけないって決まりがあるのか?」
意識したわけではないがふと桜田君の方を見ると表情が少し柔らかくなっているような気がした。桜田君は秋山さんを見ていた。
結局、いじめは集団が個人に対してすることなんだ、と秋山さんは言った。
「仮想敵を作るんだ。集団の中に1人仲間はずれを作れば残りは仲良く団結できるわけだ。生贄みたいなもんだ」
桜田君の体に力が入ったのがわかった。それが怒りなのか悲しみなのか、それとも両方なのか、私にはわからない。
「それじゃあ集団から抜ければいじめはなくなるんですか?」
私は自分がいじめを受けている立場ではないが、なぜか縋るように聞く。
「それはない。抜けたつもりでも向こうからすれば抜けさせたつもりはないからな」
「それじゃあ、僕はどうすればいいんですか」長い間俯き、押し黙って話を聞いていた桜田君が口を開いた。心の底から助けを求めている声だった。
「桜田君と仲のいい子はいないの?」と私は聞く。桜田少年は急にいじめられ始めた、と先ほど言った。ということはその前はいじめはなかったということだし仲の良い友達はいるはずだ。
「一年の頃からクラスが同じだったヤツとは仲よかったんです」
「その子に、助けてはもらえないの?」私は一筋の光が見えたじゃないか、と言わんばかりだった。だけど、桜田君は目を強く瞑り、小さく震えただけだった。それを見て私は仲良かったと、過去形だったことに気づく。
「一対一では友達でも、集団になると敵になることもある」秋山さんはいつの間にか取り出していたお茶菓子の袋を開けながら言った。お前は何も分かってない、とも言った。
「それじゃあ、その子もいじめに加担を」
小さく頷く桜田君を見て、私は何も分かっていなかったことを思い知る。
重い空気の中、秋山さんのお菓子を食べる音だけが響く。
「まぁ、少年がやることはとりあえず2つだ」と秋山さんはピースをし桜田君に突き出す。長く細い指が伸びていた。
「1つ目は、いじめられている瞬間を撮影することだ。証拠を掴め。そうすれば相手を殴ろうがなにをしようがこっちのもんだろ」
相手を殴る勇気を出すのはかなり大変な気もするが私は黙って聞く。桜田君もじっと聞いている。
「2つ目は、その仲の良かった友達と一対一で話をして見ろ。集団になると敵だが、一対一ならまだ友達かもしれないからな」
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