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第4章 秋山の過去
村なのか島なのか
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いつの間にかインターホンは止んでいた。
なぜ、明美の名前がこのノートに。混乱しておかしくなりそうな頭をどうにか落ち着かせ、冷静になろうと努める。
秋山さんと明美は知り合いだった?
だけど、初めて慎吾さんのニュースが流れたあの日、私は秋山さんに明美のことを説明したが秋山さんは何も言っていなかった。それに、この明美の名前が書いてあるページも不可解だ。ノートの一番新しいページには伊藤渚の名前があり、その前のページは名古屋さんだ。どうみてもノートは相談者が店を訪れた順で記入されているのだ。明美の名前が書いてあるページはノートのかなり初期の方だ。つまり、明美は失踪するもっと前にこのお店に来ていたということになる。
じっとりと手に汗が滲む。今にも視界が暗闇に閉ざされて、力を抜くと腰から崩れそうになる。
「おい」
いきなり、部屋の入り口から声をかけられた。
まさか、もう秋山さんが帰ってきた、と私は思ったがどうも声は秋山さんのものとは違った。
「いるのに、なんで出てこねぇんだよ」
「あ、え?」と言いながらも無意識にノートはしっかりと閉じ、テーブルの上に戻す。
「鳴らしてただろ。何回も」と扉付近に立っている男は言い、人差し指を突き刺し何かを押す仕草をする。インターホンを押してたのはこの人か、と気づく。
勝手に入ってきたのか。確かに、このお店は鍵はしてないから入ってはこれるが、まさか実際に入ってくる人がいるとは思ってもみなかった。
改めて男の顔をまじまじと見た。
泣いている子供が男の顔を見たらさらに泣くのではないか、と思うほど男の顔は迫力があった。ギロリとした目つきに細い眉、頬には切り傷だろうか、薄っすらと傷跡もある。太もものように太い腕が半袖のシャツから覗く。この真冬に半袖を着るなんて、季節感という言葉に喧嘩を売っているようにしか見えない。どうみても堅気ではない。堅気、という言葉を知らない人に聞いても堅気には見えないですね、と答えるだろう。
「お前今、俺を見てどうみても堅気じゃない、とか思ったろ」男が迫力のある顔で言った。
「え、あ、いや」
「なんでこの人真冬なのに半袖着てるんだろう、ワイルドかっこいいとか思ったろ」
「いや、それは思ってないです」
ちっ、と男は舌打ちをし、頭を軽く掻いた。たったそれだけの動作でも異様なほど威圧感があり、たじろいでしまう。
「あの、なんのご用件でしょうか」と勇気を出して私は聞いてみたのだが、相談屋に来店しているということはなにか悩みがあるのだろう。百歩譲ってこの男に悩みを増やされている人の方が多いような気がするが。
「秋山に会いに来たんだけどよ、いねぇのか?」
予想外の返事に私は一瞬言葉に詰まる。
「あ、秋山さんは今出掛けてて」
「んだよ、自分で来いって言っておいていねぇのかよ」と男はため息混じりに言い、頭を掻いた。
「あっ」と私は男の顔を見て思うことがあった。
厳つい顔の男。もしかして、桜田君が見たという秋山さんと一緒にいた男とはこの人物なのではないか?
「あの、あなたは一体」と恐る恐る男に聞く。
「俺は村島だよ。秋山から聞いてないのか?」
村島…その名前を聞きすぐには思い出せなかったが、どこかで聞いたことはあった。どこだったろう。そもそも、村なのか島なのか、ややこしい名前だ。
「あっ」と私は思い出す。
「お前、今、村なのか島なのかややこしい、とか思ったろ」
「い、いえ」
そうだ。村島とは、確か桜田君のいじめ現場を撮影し、奪われた五千円を奪い返した人物だったのではなかったか。あの時、村島とは誰ですかと秋山さんに聞いても答えてくれなくてそのうちにすっかり忘れていたが、確かに村島という名前が秋山さんの口から出た。
それにしても、坂崎達はこんな厳つい顔の男性から五千円を奪い返されたのか。それでもう、1つの成敗として成立している気がする。
「あの、いじめ現場を撮影してくれた」
「そうだよそれそれ!」と村島さんは声を大きくする。静かな室内にその声は思った以上に響いたが村島さんに気にした様子はない。
「いやぁ、なかなか良い構図だっただろ? カメラマンになるのも良かったかもしれねぇ」
残念ながら私は桜田君の撮った動画は見たけどあなたの撮った動画は見てないんですよ、とは言えない。
「あの、村島さんは、秋山さんとはお友達がなにか、ですか?」
両手の人差し指と親指で長方形を作り、カメラのレンズに見立て周囲を見渡していた村島さんの動きがピタっと止まった。
「なんだ、それもあいつは教えてねぇのか」お腹の底に響くような低い声だった。
「俺とあいつは動物の密輸組織の一員だ」
なぜ、明美の名前がこのノートに。混乱しておかしくなりそうな頭をどうにか落ち着かせ、冷静になろうと努める。
秋山さんと明美は知り合いだった?
だけど、初めて慎吾さんのニュースが流れたあの日、私は秋山さんに明美のことを説明したが秋山さんは何も言っていなかった。それに、この明美の名前が書いてあるページも不可解だ。ノートの一番新しいページには伊藤渚の名前があり、その前のページは名古屋さんだ。どうみてもノートは相談者が店を訪れた順で記入されているのだ。明美の名前が書いてあるページはノートのかなり初期の方だ。つまり、明美は失踪するもっと前にこのお店に来ていたということになる。
じっとりと手に汗が滲む。今にも視界が暗闇に閉ざされて、力を抜くと腰から崩れそうになる。
「おい」
いきなり、部屋の入り口から声をかけられた。
まさか、もう秋山さんが帰ってきた、と私は思ったがどうも声は秋山さんのものとは違った。
「いるのに、なんで出てこねぇんだよ」
「あ、え?」と言いながらも無意識にノートはしっかりと閉じ、テーブルの上に戻す。
「鳴らしてただろ。何回も」と扉付近に立っている男は言い、人差し指を突き刺し何かを押す仕草をする。インターホンを押してたのはこの人か、と気づく。
勝手に入ってきたのか。確かに、このお店は鍵はしてないから入ってはこれるが、まさか実際に入ってくる人がいるとは思ってもみなかった。
改めて男の顔をまじまじと見た。
泣いている子供が男の顔を見たらさらに泣くのではないか、と思うほど男の顔は迫力があった。ギロリとした目つきに細い眉、頬には切り傷だろうか、薄っすらと傷跡もある。太もものように太い腕が半袖のシャツから覗く。この真冬に半袖を着るなんて、季節感という言葉に喧嘩を売っているようにしか見えない。どうみても堅気ではない。堅気、という言葉を知らない人に聞いても堅気には見えないですね、と答えるだろう。
「お前今、俺を見てどうみても堅気じゃない、とか思ったろ」男が迫力のある顔で言った。
「え、あ、いや」
「なんでこの人真冬なのに半袖着てるんだろう、ワイルドかっこいいとか思ったろ」
「いや、それは思ってないです」
ちっ、と男は舌打ちをし、頭を軽く掻いた。たったそれだけの動作でも異様なほど威圧感があり、たじろいでしまう。
「あの、なんのご用件でしょうか」と勇気を出して私は聞いてみたのだが、相談屋に来店しているということはなにか悩みがあるのだろう。百歩譲ってこの男に悩みを増やされている人の方が多いような気がするが。
「秋山に会いに来たんだけどよ、いねぇのか?」
予想外の返事に私は一瞬言葉に詰まる。
「あ、秋山さんは今出掛けてて」
「んだよ、自分で来いって言っておいていねぇのかよ」と男はため息混じりに言い、頭を掻いた。
「あっ」と私は男の顔を見て思うことがあった。
厳つい顔の男。もしかして、桜田君が見たという秋山さんと一緒にいた男とはこの人物なのではないか?
「あの、あなたは一体」と恐る恐る男に聞く。
「俺は村島だよ。秋山から聞いてないのか?」
村島…その名前を聞きすぐには思い出せなかったが、どこかで聞いたことはあった。どこだったろう。そもそも、村なのか島なのか、ややこしい名前だ。
「あっ」と私は思い出す。
「お前、今、村なのか島なのかややこしい、とか思ったろ」
「い、いえ」
そうだ。村島とは、確か桜田君のいじめ現場を撮影し、奪われた五千円を奪い返した人物だったのではなかったか。あの時、村島とは誰ですかと秋山さんに聞いても答えてくれなくてそのうちにすっかり忘れていたが、確かに村島という名前が秋山さんの口から出た。
それにしても、坂崎達はこんな厳つい顔の男性から五千円を奪い返されたのか。それでもう、1つの成敗として成立している気がする。
「あの、いじめ現場を撮影してくれた」
「そうだよそれそれ!」と村島さんは声を大きくする。静かな室内にその声は思った以上に響いたが村島さんに気にした様子はない。
「いやぁ、なかなか良い構図だっただろ? カメラマンになるのも良かったかもしれねぇ」
残念ながら私は桜田君の撮った動画は見たけどあなたの撮った動画は見てないんですよ、とは言えない。
「あの、村島さんは、秋山さんとはお友達がなにか、ですか?」
両手の人差し指と親指で長方形を作り、カメラのレンズに見立て周囲を見渡していた村島さんの動きがピタっと止まった。
「なんだ、それもあいつは教えてねぇのか」お腹の底に響くような低い声だった。
「俺とあいつは動物の密輸組織の一員だ」
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