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番外編 ゆきかきのち花
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学校にはきっと、勉強をしに行くというよりは友達に会いに行くと言った方が正しいよ。勉強はついでだよ。と隣の席で榊美希が言ったのが聞こえた。
榊は前の席の池田仁美に話している。
俺は確かにそうだな、と思った。
勉強よりも、友達と会いテレビやゲームや漫画の話をして馬鹿みたいに笑って騒いで、それが目的で来てるようなものだ。
中学の思い出も勉強のことよりも何気ない友達との会話の方が覚えてる。
勉強しに行くというより友達と会いに行く、と俺はもう一度心の中で反復してみる。そして密かに、榊に会いに行くためと付け足し、すぐにその考えを打ち消した。
初めて榊を見たのはちょうど1年前だった。
一目惚れだった。
学校帰りにスーパーに寄った。母からお使いを頼まれたから、だったはずだ。スーパーでの用が終わり外に出ると雪が降っていた。今年ほどではないが去年も珍しく少し雪が降った。
駐輪場に同じ年頃の女の子が空を見上げて立っていた。女の子は手を胸の前に出していた。なにをしてるんだろうかと気になったのを覚えている。ふと女の子の横顔を見る。空を見上げていた顔はいつの間にか俯き、手のひらを見ていた。その顔は切なく、悲しそうな表情だった。
なぜか、その顔に惹かれた。その顔が頭に焼き付いた。
その日から、俺はその子の事を考えて、空を見上げる事が多くなった。
それからその子に会う事はなく、高校に進学した。そこで、榊と再会を果たしたのだ。再会と言っても、向こうは俺の顔すら知らなかったが。
そして二回目の席替えの末に奇跡的に席が隣になった。
だけど、どうも榊には3組にいる純也という彼氏がいるらしかった。
登下校を一緒にしているし、忘れた教科書を純也が借りに来るのも何度か見た事がある。
可愛い子には彼氏がいる、当たり前のことだと思いながら俺は、密かに恋を諦めた。
今年は10年に一度の大雪の年らしい。辺りには一面雪が積もっている。学校が終わりバイト先のコンビニに向かう。雪が降っている。榊はこの大雪を喜んでいるのかなと考えていた。
コンビニにつくと、開口一番店長が今日は客が少ない、と大きくため息を吐いた。
「そうですか」
「4時半になったら雪かきしよう」
「客来ないならしなくてもいいじゃないですか」
「田中にやる時給が勿体無い」
この店長はやけにケチだ。そしてときどき恋愛に対していろいろと意見を言う。
「いいか? 田中、誰かを好きになるのは一瞬で、好きでいるのは一生だ。わかったか?」
と言ったのは俺がバイトの面接をし、その場で採用を貰った時のことだ。
俺は一瞬、あの時スーパーで悲しそうな顔をしていた榊を思い出した。だけどそれよりも40過ぎた丸みを帯びた中年のおじさんがそんなことを言うのが酷く気持ち悪く感じた。なぜ今、それを言うのかとも思った。
少し前も、時代は雪のような恋だとかよくわからないことを言っていた。
「外寒いですよ」
「雪かきをすれば温まるさ」
と店長はその丸い顔にうっすらと汗が滲んでいるのが見える。肌はつるっとしていて汚さがないのがせめてもの救いだ。
俺が渋い顔をしているとよし、わかったと店長が言い、手を叩く。
「田中にだって、好きな女くらいいるだろ?」
突然の言葉に瞬時に榊の顔が浮かんでしまい俺は戸惑う。
その様子を見てニヤリとした店長はかなり気持ちが悪かった。
「やっぱり、いるんだな。それでだ、田中と俺で雪かきをしてる間にその子がこの店にやってきたらお前を直ぐにあがらせてやるよ。そして俺は、田中、その子を家まで送ってやれ、って言うよ。これでどうだ?」
「まず、来ないでしょう」
「可能性はあるぞ、というか本当に好きな子いるんだな。同じクラスの子か?」
しまった、と思ったがもう遅い。面倒くさいのでいろいろと省いて白状する。
「その子には彼氏がいるんですよ。」
だから諦めたんです、とは言わなかった。
「本当に彼氏なのか?」
「いや、誰かに聞いたわけじゃないけど登下校してるし仲よさそうだから」
「兄妹じゃないのか?それか姉弟」
「そんなベタなことあるわけがないですよ。そもそも同じ学年だし」と自嘲気味に笑う。
「とにかく、契約成立で」と強引に店長はシャベルを俺にもたせた。
なぜ、目の前に榊がいるのか分からなかった。
渋々雪かきを初めて、じんわりと汗をかき、空を見上げてから汗を拭って正面を見ると、榊がいた。
俺は驚いて「やぁ」となんとも気のない返事しかできなかった。
「よし、田中、お前はその子を家まで送ってやれ」と、店長が言った。
榊を家まで送り、戻って来いと店長に言われ戻ると店には驚くほど客が入っていた。
店に入ると店長が俺を見てニヤリと笑った。本当に気持ちの悪い顔だった。だけど俺の顔も舞い上がっていて気持ち悪かったかもしれない。
翌日、榊が話しかけてきた。
「田中くん、私も雪の花手のひらで見れたよ」
「あんな手が冷たくなることしたの?」
と俺は驚く。本当に思いつきでやっただけなのだ。
「でも、お陰で綺麗なのが見れた」
そう言って笑う榊は、綺麗だった。
「田中、実はもう一人くらいバイトを増やそうと思うんだよ」と店長が言う。
「女の子がいいな。よくこの店に顔出してくれる子がいいよな。どうだ?いいと思うか?」
「まぁ、いいんじゃないですか」と俺は答える。
「でもな、もう一人雇うとなるとお前の上がった時給は減るけど、どうだ?」
「まぁ、いいんじゃないですか」ともう一度答えた。
学校は勉強をするというよりは、友達に会いに行くと行ったほうが正しい。そして、好きな人に会いに行くためでもある。今度は、その考えを頭で打ち消すことはなかった。
隣の席に座る榊がこの問題どうやってとくの?と聞いてきた。
俺はそれを教える。
榊の前の席の池田仁美が
あんたら、いつの間にそんなに仲良くなってんの?と疑惑の目を向けてくる。
榊の顔が赤くなった。気がした。
榊は前の席の池田仁美に話している。
俺は確かにそうだな、と思った。
勉強よりも、友達と会いテレビやゲームや漫画の話をして馬鹿みたいに笑って騒いで、それが目的で来てるようなものだ。
中学の思い出も勉強のことよりも何気ない友達との会話の方が覚えてる。
勉強しに行くというより友達と会いに行く、と俺はもう一度心の中で反復してみる。そして密かに、榊に会いに行くためと付け足し、すぐにその考えを打ち消した。
初めて榊を見たのはちょうど1年前だった。
一目惚れだった。
学校帰りにスーパーに寄った。母からお使いを頼まれたから、だったはずだ。スーパーでの用が終わり外に出ると雪が降っていた。今年ほどではないが去年も珍しく少し雪が降った。
駐輪場に同じ年頃の女の子が空を見上げて立っていた。女の子は手を胸の前に出していた。なにをしてるんだろうかと気になったのを覚えている。ふと女の子の横顔を見る。空を見上げていた顔はいつの間にか俯き、手のひらを見ていた。その顔は切なく、悲しそうな表情だった。
なぜか、その顔に惹かれた。その顔が頭に焼き付いた。
その日から、俺はその子の事を考えて、空を見上げる事が多くなった。
それからその子に会う事はなく、高校に進学した。そこで、榊と再会を果たしたのだ。再会と言っても、向こうは俺の顔すら知らなかったが。
そして二回目の席替えの末に奇跡的に席が隣になった。
だけど、どうも榊には3組にいる純也という彼氏がいるらしかった。
登下校を一緒にしているし、忘れた教科書を純也が借りに来るのも何度か見た事がある。
可愛い子には彼氏がいる、当たり前のことだと思いながら俺は、密かに恋を諦めた。
今年は10年に一度の大雪の年らしい。辺りには一面雪が積もっている。学校が終わりバイト先のコンビニに向かう。雪が降っている。榊はこの大雪を喜んでいるのかなと考えていた。
コンビニにつくと、開口一番店長が今日は客が少ない、と大きくため息を吐いた。
「そうですか」
「4時半になったら雪かきしよう」
「客来ないならしなくてもいいじゃないですか」
「田中にやる時給が勿体無い」
この店長はやけにケチだ。そしてときどき恋愛に対していろいろと意見を言う。
「いいか? 田中、誰かを好きになるのは一瞬で、好きでいるのは一生だ。わかったか?」
と言ったのは俺がバイトの面接をし、その場で採用を貰った時のことだ。
俺は一瞬、あの時スーパーで悲しそうな顔をしていた榊を思い出した。だけどそれよりも40過ぎた丸みを帯びた中年のおじさんがそんなことを言うのが酷く気持ち悪く感じた。なぜ今、それを言うのかとも思った。
少し前も、時代は雪のような恋だとかよくわからないことを言っていた。
「外寒いですよ」
「雪かきをすれば温まるさ」
と店長はその丸い顔にうっすらと汗が滲んでいるのが見える。肌はつるっとしていて汚さがないのがせめてもの救いだ。
俺が渋い顔をしているとよし、わかったと店長が言い、手を叩く。
「田中にだって、好きな女くらいいるだろ?」
突然の言葉に瞬時に榊の顔が浮かんでしまい俺は戸惑う。
その様子を見てニヤリとした店長はかなり気持ちが悪かった。
「やっぱり、いるんだな。それでだ、田中と俺で雪かきをしてる間にその子がこの店にやってきたらお前を直ぐにあがらせてやるよ。そして俺は、田中、その子を家まで送ってやれ、って言うよ。これでどうだ?」
「まず、来ないでしょう」
「可能性はあるぞ、というか本当に好きな子いるんだな。同じクラスの子か?」
しまった、と思ったがもう遅い。面倒くさいのでいろいろと省いて白状する。
「その子には彼氏がいるんですよ。」
だから諦めたんです、とは言わなかった。
「本当に彼氏なのか?」
「いや、誰かに聞いたわけじゃないけど登下校してるし仲よさそうだから」
「兄妹じゃないのか?それか姉弟」
「そんなベタなことあるわけがないですよ。そもそも同じ学年だし」と自嘲気味に笑う。
「とにかく、契約成立で」と強引に店長はシャベルを俺にもたせた。
なぜ、目の前に榊がいるのか分からなかった。
渋々雪かきを初めて、じんわりと汗をかき、空を見上げてから汗を拭って正面を見ると、榊がいた。
俺は驚いて「やぁ」となんとも気のない返事しかできなかった。
「よし、田中、お前はその子を家まで送ってやれ」と、店長が言った。
榊を家まで送り、戻って来いと店長に言われ戻ると店には驚くほど客が入っていた。
店に入ると店長が俺を見てニヤリと笑った。本当に気持ちの悪い顔だった。だけど俺の顔も舞い上がっていて気持ち悪かったかもしれない。
翌日、榊が話しかけてきた。
「田中くん、私も雪の花手のひらで見れたよ」
「あんな手が冷たくなることしたの?」
と俺は驚く。本当に思いつきでやっただけなのだ。
「でも、お陰で綺麗なのが見れた」
そう言って笑う榊は、綺麗だった。
「田中、実はもう一人くらいバイトを増やそうと思うんだよ」と店長が言う。
「女の子がいいな。よくこの店に顔出してくれる子がいいよな。どうだ?いいと思うか?」
「まぁ、いいんじゃないですか」と俺は答える。
「でもな、もう一人雇うとなるとお前の上がった時給は減るけど、どうだ?」
「まぁ、いいんじゃないですか」ともう一度答えた。
学校は勉強をするというよりは、友達に会いに行くと行ったほうが正しい。そして、好きな人に会いに行くためでもある。今度は、その考えを頭で打ち消すことはなかった。
隣の席に座る榊がこの問題どうやってとくの?と聞いてきた。
俺はそれを教える。
榊の前の席の池田仁美が
あんたら、いつの間にそんなに仲良くなってんの?と疑惑の目を向けてくる。
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