上 下
20 / 35

20 十二歳の王子と「ミレーヌと」守護精霊

しおりを挟む
「おーい! ルイー!」

 ミレーヌが茶色のローブをはためかせて、突進してくる。ここしばらく、街道の整備で領都を離れていたはずだけど、いつの間に帰ってきていたのだろう。持ち前の俊足をとばして、みるみるルイとの距離を詰める。

 土の魔術師の仕事は山ほどある。土の魔法を完全に使いこなせるようになったミレーヌは、ちょくちょく近場の仕事にかりだされている。十二歳ともなると、魔法陣の勉強だけというわけにはいかないらしい。

 お城の壁の近くを歩いていたルイが、担いでいた大きなパンで、肩をポンポンと叩いた。待つ気はないみたいだ。チラッと視線を送っただけで、そのまま、お目当ての大きな木に向かった。

 降りそそいでいた陽の光を、木の葉がさえぎったところで、ミレーヌがルイに追いついて、肩に手をかけた。振り返ったルイが、わたしに向けてヒョイッとパンを放った。風の刃で一口サイズに切り分けて、そのうち半分をあきれ顔のミレーヌに渡した。

「ねえ、ルイ。どういうことになってんの? ちょっと見ない間に、ずいぶん変わったわね。魔術師じゃなくて守護精霊持ちってことになってるし、みんな、ルイのことをあれこれと噂してるしね」

「いいタイミングだったね、ミレーヌ。おいしいハムがあるんだ。食べる?」

 ルイはバスケットから取り出したハムをナイフで切って、ミレーヌに突き出した。すかさず、ミレーヌがパンでハムをはさむ。

「ローブだってそうじゃない。金糸の刺繍に変わってるじゃないの。すっかり守護精霊持ちよね。給金もずいぶん上がったんじゃない?」

 ミレーヌのジト目が、ルイの胸に刺繍された紋章に吸い込まれる。辺境伯領の魔術師のローブには、左胸と背中に盾の形をした紋章が大きく描かれている。

 盾の左半分には魔術書が、右半分には剣の形をした炎が描かれた紋章は、一ヶ月ほど前にミレーヌと会った時は、魔術師を表す緑だった。

 風の属性を表す白いローブは前と同じだけど、紋章の色は金に変わっている。金糸の刺繍は、このローブを着ている者が守護精霊持ちである、ということを示している。

「きゅうきん?」

 目をまん丸にしてミレーヌを見返したルイが、ぶふっ、と吹きだすように笑った。手にナイフを持ったまま、お腹を抱えそうになったので、ヒョイッと取り上げて、ミレーヌに渡しておく。

「うん? 上がらなかったの? ちゃんと言ったほうがいいわよ。守護精霊持ちは魔術師より高給取りのはずよ」

 ミレーヌは手にしたナイフを、ルイに向かってブンブンと振った。同時に、反対側の手で持ったパンにガブリと齧りつく。

「いや、上がったよ。たしかにね。ミレーヌの言うとおりだよ」

 ひとしきり笑った後、ルイは目尻を擦りながら、あぐらを組んだ。

「ここのところ、みんなにいろんなことを聞かれたけど、給金のことを聞かれたのは初めてだよ」

「えっ? そこがいちばん大事でしょ?」

 モゴモゴと口を動かしながら、ミレーヌは首をかしげた。ふたりとも、村に住む両親にけっこうなお金を送っている。お金というものを一切使わないわたしには、今ひとつピンとこないけど、大事なことなのだろう。

「いや、まあ、たしかに、お金は大事だね」

「あと、伝えないといけないこともあるかな。ねえ、ルイ、村の八不思議って知ってる?」

「八不思議? 七不思議じゃなくて?」

 ルイが目をパチパチと瞬いて、ミレーヌの目をのぞきこんだ。トロムス村の八不思議のうち、七番目まではすべて、ボーデ湖の精霊さんが関わっている。大きな木に雷が落ちたのに燃えなかっただとか、湖の水が天高く渦巻いたのは、実は風の精霊と大げんかをしたせいだとか、そういった話だ。

「そう、八番目。まだ、精霊様に聞いてないの?」

 ミレーヌはもぐもぐと口を動かしながら、ルイのバスケットに手を突っ込んで、ハムを取り出した。

「いや、聞いたことないけど。精霊様も知ってるの?」

 こちらに視線を寄こしたルイに、わたしは軽くうなずいた。ルイの表情から、わたしのことがわかったのだろう。ミレーヌがニコッとわたしに笑いかけた。

「さすがはルイの守護精霊様だね。何でもお見通しなんだ。そっかー、やっぱり、すごいなー」

「えっ? どういうこと? 精霊様に関係があるってこと? 七番目までは知ってるけど、八番目なんてあったかな?」

「ルイには内緒だったんだ。これまではね。でも、もういいんでしょ?」

 ミレーヌはわたしに意味ありげな視線を投げかけた。

《うーん、いいんじゃないかな。ルイと王子様のことは、すっかりばれちゃってるしね。村の八不思議については、ミレーヌに任すよ。わたしには関係ないからね》

 二週間ほど前に、王子様と一緒に領都に戻ってきたわたしたちは、その足で、ブルンフョル辺境伯爵に会った。ルイを初めて見た辺境伯は、たくわえたあごひげをピーンと引っ張りながら、ずいぶんと長い間、動きをとめていた。

 それから、ルイと辺境伯と王子様で話し合ったり、辺境伯領のおえらいさんが集められて会議が開かれたりした。その流れの中で、ルイが高位の風の守護精霊持ちである、ということが公にされることになった。

 ただ、正妃派と公爵派がどう出るかわからない現状では、ルイが王子様と双子であると、おおっぴらに公表するのはやめておこう、ということになった。どうやら、人のおえらいさんが頭を悩ませるほど、ルイの立場は面倒くさいらしい。隠すことはないけど、向こうの出方を見てから考えよう、ということに落ちついた。

「ルイにはね、お墓があるの。ものすごく小さなお墓なんだけどね。それが村の八不思議の八番目なの」

 ミレーヌは、ルイが切ったよりもはるかにぶ厚く、ハムを切り取った。パンにはさんで、口を大きく開けて、ガブッとかぶりついた。

「ぼくのお墓?」

「モゴモゴ……村を出るときにね、アロルドおじさんとハンナおばさんに頼まれたんだ。……モゴモゴ……もし、ルイの本当の親が見つかったら、このことを知らせて欲しいってね」

 あくまで、食べることをやめないらしい。ミレーヌはさらにぶ厚く切ったハムを、また、パンにはさんだ。真剣な表情で話を聞こうとしていたルイが、あわててハムを奪い返して、バスケットにしまった。

「おじさんとおばさんの赤ちゃんは、生まれて二ヶ月ぐらいで亡くなったんだって。……モゴモゴ……その後、ルイを見つけてね。きっと、精霊様がわたしたちのこどもとして育てなさいって……モゴモゴ……連れてきてくれたんじゃないかって、大喜びしたんだって」

「ああ、そういうこと。亡くなった赤ちゃんがルイだったんだ。それで、僕と同じ名前のお墓があるってことか。たしかに、それは不思議というか、秘密というか……」

「おじさんとおばさんにね、ルイが赤ちゃんのときに着てた肌着をあずかってるの。もし、領都で本当の親が見つかったら、証拠として見せてねっ……モゴウゴ、ゴホッ……」

「うんうん、なんていうかね、ミレーヌ。もうちょっと、しんみりと話すことなんじゃないかな?」

「うん? そう? わたしはまだ見てないけど、ルイって王子様とそっくりなんでしょう? 今さらね。……モガモガ……それにね、わたしとしては、ルイに守護精霊様がついてるって知った時にね……フゴフゴ……あー、やっぱり、ルイは精霊様が運んできたんだって、思うわけじゃない?」

 すっかりパンを平らげたミレーヌは、チラッとバスケットに視線を送ってから、ルイに顔を近づけた。

「しかも、あずかってる肌着が、信じられないほど高級な生地なのよ。きっと、ご貴族様のこどもだわって思ってたら、だんだんトゲトゲの王子様になってきたじゃない?」

「トゲ?」という口のまま動きをとめたルイの肩を、ミレーヌがパシーンと叩いた。

「いや、まちがいないわ、これ。ルイは王子様だったんだって、思ったわけよ。すくなくとも、トゲトゲのね」

 ミレーヌはニヤッと笑うと、茫然としているルイからバスケットをひったくって、ハムをむしゃむしゃと食べ始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...