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第2章 救国のハムスターは新たな人生を歩む

45 テディ王太子の想い その4

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 この女の子は本当に人なのか?

 初めて見た時から、僕はそう思っていた。

 防御膜を身にまとい、精霊に乗り、人が使うことができない魔族の武器を手にして、魔族四天王を倒した女の子。



 ――まさか、神の使い?



 いや……そんなはずがない。

 代わりの神の使いを寄こせ、というシーラの伝言を、僕はハムちゃんに伝えなかった。

 いや、伝えたところで、本当に神の使いの代わりなどがつかわされるわけがない。


 じゃあ、この子はいったい何者だろう?

 対魔族四ヶ国合同攻戦の直前になって、シーラが強引に参加させた女の子。

 計算高いシーラが養女として迎え、難攻不落と言われた魔族の砦を牽制けんせいする為に向かわされた二班に放りこんだ精霊術師。


 主力である一班に参加させたほうが安全ではないか、と進言した二班の部隊長に向かって、シーラは自信満々に口角をつり上げた。

 一班にいると目立たないでしょう、と。


 女の子の活躍はシーラの計算のはるか上をいった。

 二班は魔族の砦をまたたく間に陥落させ、さらには、魔族四天王に急襲された一班を、そして僕を、女の子は助けてくれた。



 ハーモニー・モランデル嬢。

 精霊と見まちがうほどの整った無表情顔に、一切感情を浮かべない瞳。

 その銀色の瞳は僕を映すのを拒否するかのように、スッとそらされた。

 息をはずませて伝えた感謝の言葉は、女の子の心には届かなかったように思えた。


 ――嫌われている?


 いや、考えすぎだろう。

 この子にとっては誰もが同じ扱いなのだろう。

 シーラに対しても、僕に対しても、誰に対しても同じ距離をとっているだけだろう。

 ひょっとしたら、感情というものがないのかもしれない。

 そう思いかけて、僕は大きく頭を振った。


 いや、そうじゃない。

 この子は自分をおとりにして、僕たちを助けてくれた。

 そうじゃなかったら、あの場所に転がるように現われるわけがない。

 僕は足下の石をじっと見つめ続ける女の子に、もう一度お礼を言った。



 次にハーモニー嬢に会ったのは、対魔族四ヶ国合同攻戦の慰労会いろうかいだった。

 魔族四天王を倒した精霊術師にお礼を言わなければと、アンジェリカ王女がわざわざ声をかけたのだ。

 女の子が精霊のような表情で王女に応えると思っていた僕は、思わず目を瞬いた。

 女の子の瞳に少しだけ、感情が浮かんだからだ。

 ただ、すぐに消えた瞳の光が何を意味しているのか、僕にはわからなかった。



 その次にハーモニー嬢に会ったのは、王立学園の食堂だった。

 その頃には、ハーモニー嬢はずいぶんと有名になっていた。

 精霊術師としての実績だけではなく、ニルスとユリウスのせいではあったけれど。



 ニルスはいつの間にか、ハーモニー嬢にべったりとくっついていた。

 いや、べったりなどというレベルではなかった。

 食事中ですら右手でハーモニー嬢の手を握りしめ、左手だけで器用に食べ物を口に運んでいた。


 どうかしている。

 十五歳にもなった王族のすることではない。

 そう思ったが、ニルスが誰かに甘えている姿を、僕は初めて見た。

 強いて言えば、ハムちゃんぐらいだろうか。

 体が弱く執着心というものをもたないニルスが、唯一こだわりを見せたのは。


 遠く離れた離宮から王都に出てきたばかりだし、無理やりハーモニー嬢と距離を取らせるのもかわいそうだ。

 しばらくは様子を見ようかと、黙っていることにした。




 ユリウスの精霊話を右から左に聞き流しながら、ニルスとハーモニー嬢の様子をうかがっていた僕だったが、そのうちにふたりの会話から耳を離せなくなっていった。

 ハーモニー嬢の話していることが、どうしても理解できなかったからだ。

 いや、理解できないというよりも、理解できすぎるというべきだろうか。


 この女の子の視点は、ありえない場所にあった。

 この子はシーラの養女のはずだ。

 しかも、養女になったのはごく最近だと聞いている。

 それが、なぜ、僕の見ているものと同じものを見られるのか? 


 この子がニルスに語る景色は、僕の目に映るものと同じだった。

 そうでなければ、父上や母上が見ているはずの景色だった。

 その視線は、パレードを見送る一観衆のものではなく、子爵家の養女のものですらない。

 
 女の子はパレードの馬車から見える景色を語り、玉座から見たとしか思えない視点で、式典の様子を淡々と語った。

 ありえなかった。



 ――やはり、神の使いなのだろうか?



 そうとでも思わなければ、納得できなかった。

 ユリウスのおかげで、ハーモニー嬢がまとっているのは防御膜ではなく、結界であることが明らかになっている。

 歴史上、初めて確認された神の加護を持つ女の子。

 人であると考えるほうが、どうかしているのかもしれない。


 そう結論づけた僕は、ニルスとハーモニー嬢に干渉しないようにした。

 一方的にニルスが身を寄せ、絶え間なく話しかけてはいるが、ハーモニー嬢もニルスに好意を持っているように見える。

 常に無表情で、声にも一切感情がこもっていないけど、避けている様子はない。

 それに、この子が神の使いなら、ニルスを守っている可能性だってある。

 もし、そうなら、ニルスに王太子の地位を譲って、ハーモニー嬢にティトラン王国を守ってもらうのもいいだろう。

 そうすれば、僕だって夜にうなされることなく、ぐっすり眠れるようになるかもしれない。



 本当に、そう思っていた。あの時までは――



 いつもと同じ、整った精霊顔で、感情が一切こめられていない平面な声で、ハーモニー嬢はニルスに応えた。

「奥の間は一面に花びらが敷き詰められていて、ふっかふかですよ。プリムラだったと思うのですけど、とってもいい匂いですよ」

 その瞬間、精霊宮殿の奥の間に敷き詰められたプリムラの花びらに飛びこんで転げまわるハムちゃんの姿が、僕の脳裏にはっきりと浮かび上がった。



 ――やっほーおぅ! ほらほら、ふっかふかだよー! 王太子様も飛びこんでみてよー! すごいすごーい!



 コロコロと転げ続けるハムちゃんに、僕は笑いながら返した。

 ハムちゃんは軽いからそんなことができるけど、僕が同じことをしたら花びらがつぶれちゃうよ、と。



 この子は――



 ――ハムちゃんだ。



 思わず、開きかけた口を、伸ばしかけた手を、立ち上がりかけた足を、必死に押さえ込んだ。

 なぜ、帰って……、いや、姿が……、どうして、僕のところじゃなくて……、どういうこと――

 頭に血が上って、何をどう考えたらいいのか、わからなかった。

 ニルスが何か言ったような気がした。


 一緒に? 

 なぜ、ニルスと? 

 いや、おかしくはないのか?

 ハムちゃんであれば、パレードで王族と一緒の馬車に乗るのは、むしろ当然のこと……なの、かもしれない……。


 僕は大きく頭を振って、なんとか声を絞り出した。

「ああ、そういうことなら問題ない。国王陛下には私から話をしておこう」
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