上 下
8 / 55
第一章 転生ハムスターは王太子様がお気に入り

8 決戦は敗北確定?

しおりを挟む
 さあ、いよいよ世紀の一戦が開幕いたしました。ティトラン王国軍1万に対しプルッキア帝国軍10万。どう思われますか、解説のハムちゃんさん?

 そうですわね。まさか、10倍もの兵力差があるとは思ってもみませんでしたわ。

 それも問題ではありますが、圧倒的多数の敵の召喚獣と精霊をどう思われますか?

 そうですわね。これも厳しいですわね。しかも、敵にはドラゴンも二頭いるようですし、この兵力差でよく開戦に踏み切りましたわね。

 おーっとー、ハムちゃんさんは先日、何十万の敵がいようと打ち破ってみせると豪語なされていましたよね? おやおや、あれは出まかせだったんですか?

 そんなこと言いましたっけ? それ、記録に残ってますの? 証拠はございますの?

 という脳内ひとり実況ひとり解説はさておき、状況は最悪だ。




 まず、この世界の戦いだけど、騎士同士が剣をふるって戦うようなことは、ほとんどないらしい。

 要するに、飛び道具を持っている相手に、剣で突っ込むようなことはしないということ。

 飛び道具というのはつまり、召喚獣と精霊。

 戦いは主に召喚獣と精霊の優越で決着するらしい。

 じゃあ、騎士は何が仕事かというと、土地を占領したり治安を維持したりという後方任務が主なのだ。

 召喚獣と精霊が戦っている間、騎士は基本待機。

 待機中は魔術師が大勢で、防御膜と呼ばれるドーム状のバリアみたいなものを張って、被弾しないように騎士を守っている。

 まあ、そう言われてみればそうだよね。

 戦闘機がミサイルを放ち戦車が砲撃しているような戦場で、剣を持った騎士が走り回っているほうがおかしい。

 唯一、例外なのが勇者。

 勇者は聖剣エクスカリバーを持ち、離れた場所から斬撃を放つことができる。

 さっきから、私の張っている絶対結界から一歩踏み出しては斬撃を放ち、また結界内に戻って休憩するという動作を繰り返している。

 開戦したばかりの頃は、他の精霊や召喚獣もそうやって敵と戦っていた。

 そうしなければ戦力差が大きすぎて、あっというまに敵に囲まれてしまうからだ。

 昨日、会議でトールが力説していたとおりの戦い方だった。

 王太子軍が敵に対して唯一勝っているところは、私の張っている絶対結界だけなのだ。

 絶対の防御ということに加え、私が味方として認識している者は出入りが自由。

 普通の防御膜は出入りが不可能だが、結界と名のつくものは出入りが可能。

 そういうことらしい。

 その代わり、一万人もの騎士をドーム状の絶対結界に収容している私は、ヒマワリの種をずっと食べ続けなければならない。

 愛しい王太子様の手のひらの上とはいえ、次から次へと補充されるヒマワリの種を食べ続けるのが、私に与えられた任務なのだ。

 一番活躍しているはずなのに、活躍している感じがまったくしない。

 全軍を視野に入れるために造られた、三階建ての巨大な馬車。

 その馬車の上に指揮官として立っている王太子様の手のひらの上が私の持ち場であり、まわりには、トールやシーラといった召喚獣術師や精霊術師が集まっている。

 ただ、今現在かろうじて戦っているといえるのは、トールの召喚獣であるワイバーンとシーラの呼びだした風の精霊シルフぐらいだろうか。

 あとは、勇者が前線でなんとか頑張っている。

 それ以外の精霊や召喚獣は消えるか逃げたかで、トールとシーラ以外の術師はただ茫然ぼうぜんと立ちつくしているだけだ。

 トールのフェニックスも、すこし前に消滅した。グリフォンはずいぶん前に大ケガをして召喚を解除された。

 シーラの水の精霊ウィンディーネは敵の集中攻撃を受けて、雨粒の大きさまで小さくされて、姿が見えなくなった。

 地の精ノームもずいぶん前にドラゴンの炎を浴びて、地面の中に姿を消した。

 敵の召喚獣と精霊は千匹前後いるのだろうか。

 多すぎて数える気すら起きない。

 びっしりとまわりを埋めつくした敵は、絶対結界のまわりを退屈そうに飛び回っている。

 開戦初期に火を吹きまくって大暴れしていたドラゴン二頭も、することがなくて暇そうだ。

 うーん、敗戦濃厚というか、敗戦確定だね。

 どうやって撤退するんだろうね。

 私は眉をしかめたまま、ボリボリとヒマワリの種を食べ続けていた。

「ねえ、ハムスター。何とかならないの?」

 苛立いらだったような声に視線を向けると、シーラがこちらをにらんでいた。

「あんたの結界に守られて逃げられたとしても、もう私たちにこの次はないのよ! ボロボロになった精霊や召喚獣が回復するのに最低でも一カ月はかかるわ! 一カ月もあれば、この国は完全に敵の手に落ちるわ! そうなったら、もうおしまいよ! 私たちだけが生き残っても何の意味もないのよ!」

 シーラのつり上がった目に涙が浮かんでいる。

 他の術師たちも拝むような目でこちらを見ている。

「シーラ、やめないか。このハムスターの絶対結界がなければ我々はすでに全滅している。それに、絶対結界を張りながら、さらに攻撃することなどどう考えても無理だ」

 トールがさとすように語りかけたが、シーラはかまわず、悲鳴のような叫び声を上げた。

「王太子様さえ生き残れば、私たちが全滅してもかまわないのよ! ハムスター、お願いよ!」

 私はヒマワリの種を食べるのをやめて、ため息をついた。

『王太子様、ちょっと私のステータスを見てくれる?』

「えっ!? いいの、ハムちゃん?」

『みんなには内緒にしてね』

 王太子様がうんうん、とうなずきながらステータスと念じるのが聞こえる。

 えっへん。

 婚約者である王太子様と私は、強く念じれば意志を通わせることができるのだ。

 他の人とは接触していないと意思の疎通そつうができないから、トールもシーラも詳しい内容まではわからない。

 ただ、何か話してるんだろうな、とは思ってるだろうけど。

 さっそく、私のステータスを見たらしい王太子様が、強く念じて教えてくれる。

『えっとね、レベルが2になってる。それとね、決戦用支援部隊召喚っていうのが増えてる』

 うん? 

 どういうこと? 

 というか、魔王倒してレベルが1しか上がってないってどうなんだろう?

 ああ、そういえば、死んだから百分の一しかレベルが上がってないんだっけ?

「ねえ、ハムちゃん! ひょっとして援軍が呼べるんじゃない? ハムちゃんが何匹か助けに来てくれるんじゃない? それなら絶対結界を張ったままでも大丈夫なんじゃないかな?」

 王太子様が見開いた目をパチパチと瞬きながら、思いついたように大きな声を出した。

 あっ、という顔で口を抑えた王太子様に、シーラがすぐさま飛びつく。

「王太子様、それはこのハムスターの新しい技ですよね! よっしゃー! さっそく実行しましょう!」

 なっ!? 

 シーラめ、いつもながらすぐ私を使おうとしやがる。

 というか、私の許可を取れよ。

 王太子様の許可じゃなくて。

「なるほど、援軍ですか。試してみる価値はありますな。お願いできますか、殿下」

 お前もか、トール。

 トールとシーラをにらみつけた私に、王太子様がおずおずと尋ねてくる。

「ねえ、ハムちゃん、どうかな? 決戦用支援部隊召喚って試してみたいんだけど、いいかな? ハムちゃんがケガをする訳じゃないみたいだしね?」

 ウルウルとした瞳で私を見つめる王太子様に、私の胸が撃ち抜かれたようにキューンとなる。

 うーん、王太子様に頼まれたら、望みを叶えてあげなくちゃって思っちゃうね。

 でも――

『――どうやったらいいのかな? 召喚ってどうやればいいの?』

 と念じた私に、うーん、と困ったような声を返した王太子様は、トールに、どうやったらいいかな? と尋ねた。

「そうですな、召喚獣の技のひとつだとすれば、強く念じるとかでしょうな。声は出せないわけですし」

 ふーん、案外簡単だね。

 そう思った私はすぐさま心の中で、決戦用支援部隊召喚! と念じてみた。

 その瞬間、私の斜め上の空間がぐにゃっと歪んで、あたり一面がまばゆい光に包まれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...