5 / 7
女傭兵とレイピア(前編)
しおりを挟む「ふぅ……」
小高い丘のてっぺんで、鎧を着た女性がため息をつきました。
長い白髪を後ろで一本に縛り、腰にはすらりとした剣を下げています。
細やかな装飾が光る鎧と合わさった出で立ちは『孤高の女騎士』といったところでしょうか。
「ようやく着いた……何とかなったのは運がよかったってところかな……」
ほとんど休みもとらないで歩いてきたせいで、ずいぶんと疲れがたまっています。
「……どうして使えなくなっちゃったんだか……ねぇ? アンタに言ってるんだよ?」
左腰に下げられている剣の鞘を撫でながらランは呟きます。
剣が突然切れなくなってしまったのは今から三日前のことです。
折れたり曲がったりしてしまったのではなく『切れなく』なってしまいました。
手持ちの研ぎ道具などを使って手入れをしてみたものの状況は変わらず、しかたなくそのまま腰に下げて旅を続けてきました。幸いにも、襲い掛かって来るようなモンスターや、街道沿いで獲物を狙っている野盗たちに出くわすことなくここまでやってくることができました。
しかし、傭兵を名乗っておきながら、下げているのはただのナマクラという状態は一刻も早く解消しなければなりません。疲れを訴えてくる体に鞭打って、ランは目の前に見えてきた『エンブルク王国』へと向かっていきます。
◆◆◆
「あんた傭兵かい?」
「なに? 女が傭兵なんてやってちゃ悪い?」
「いやいやそんなこと言ってないさ。ただ……ちょっともったいねぇと思ってさ」
「それはどうも」
衛兵の口説きをあしらいながら、女性は入門のための手続きをしていきます。
「……けっこう本格的な仕組みをやってるんだね」
「まぁ、悪く思うなよ? よそもんが変な騒ぎを起こしたりしたら、俺らにも文句言われちまうからな……治安維持のために面倒なのは大目に見てくれってこった……名前は?」
「分かっている。名前は――ランだ」
「ラン? この辺りの名前じゃないな」
「ああ、ちょっと東の方の出なんだよ」
「ふーん……はいよ、ギルド行くなら南通りをまっすぐ行きな」
「どうも――ああ、そうだ、ここに鍛冶ギルドはあるのかな?」
「おお、あるぞ。しかもとびりき良いのがな、そこらのとはわけが違うぜ?」
「へぇ……ほんとに?」
「ホントだって、俺らの装備だってほとんどそこで作ってもらってるぐらいだからな」
やたらとべた褒めする衛兵の言葉に、ランは期待と怪しさ半分ずつ抱きます。
「へぇ……」
そして怪しさの方は、たどり着いた建物を見てだいぶ和らぎました。
一等地にふさわしい場所に立てられている石造りの建物は、重厚な雰囲気を持ってあたりの空気すら支配しているような趣があります。少なくとも武具を使う人間からの信頼を勝ち得ているということは間違いなさそうです。
「こんにちは。工房に何かご用ですか?」
ランが建物を眺めていると、顔をのぞき込むようにして、女性が声をかけてきました。
顔を向けた先にいたのは。なんとも気品に溢れた雰囲気の女性です。歳は三十代ほど。紺色のワンピースにかかとのあがったブーツ。髪は金色で、うなじにかかるぐらいの短さで切りそろえられています。金髪に似合う青色の瞳がこちらを見つめています。
「あ、ああ……剣の修理を頼みたいんだが……」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
女性に案内され、ランは工房の中へと足を踏み入れます。
工房の中は、たくさんの人でにぎわっていました。
武具の修理や素材の売買をしにきた冒険者や傭兵に、工房との取引を行いに来た武器商人たち。その間でひっきりなしに行き交っているのは、お客たちを次々とさばいていく職員に、注文に従って腕をふるう職人たち。実に様々な人達の姿があります。
この女性はここで働いている受付嬢なのだろうか。
ランがそんなことを思っていると、
「姐さんお疲れ様です!」
女性の姿を見るがいなや、奥にいた職人が手を止めて大声を張り上げました。
「お疲れ様です!」「お疲れ様です! 姐さん!」「お疲れ様です!」
それを機に、まるで波が広がるようにして声が広がっていきます。
(なんだ……? この人……受付の人とかじゃないのか……?)
周囲からの注目を集めている女性を見て、ランは首をかしげます。
その前で、女性は整然とした口調でカウンターの向こう側の職員に話しかけます。
「魔剣の修理の出来る職人ですぐ動ける人はいるかしら?」
「はい――先日のオールポート騎士団からのまとまった依頼が入っているので、すぐに動ける者はおりません。使いを出して呼び戻しましょうか?」
「そう……分かったわ。ここは私がやります」
「え、イザベラさんが、ですか……?」
「あら、私だって立派な職人の一人でしょう?」
「は、はい! では、さっそく準備を整えておきます!」
女性の一声と共に波うちだっていた空気が一斉に動き出します。
「あの、あなたは……」
「あ、申し遅れました。わたくし、クレメント工房の棟梁を務めさせて頂いております――イザベラ・クレメント・ホーリーと申します。誠意をもって修復を務めさせて頂きます。よろしくお願いいたします」
◆◆◆
「拝見します」
作業場へと移動したところで、イザベラは受け取った剣をゆっくりと鞘から抜いていきます。
厚手の作業着に着替えたイザベラの姿は、さきほどとは打って変わって、職人然とした雰囲気にあふれています。
「ただの刺突剣(レイピア)……ではありませんね」
白磁の鞘に納められた、わずかに反りを持った白銀色の剣。持ち手を保護する護拳には、繊細な紋章が施されていて、美麗さにも重きをおいているということが分かります。むろん、美麗さだけではなく、露わになった刀身には一目で分かる強力な魔法が込められています。
「……特注品なんでね」
「なるほど……素材はミスリル……高硬度魔法まで……業物ですね……」
刀身を舐めるように見つめていたイザベラは、やがて剣を鞘に納めました。
「しかし、どこも破損などはしていないようですが……」
「え? いや、そんなはずは……だって、切れないんだぞ?」
「切れない……? まさか、そんなわけないですよ」
ランの言い分を確認するべく、試し切りをしてもらうことにします。
別室に移動して、試し切りに良く使われる麦わらを丸めたものを用意。
そこにランの一線が横なぎに振るわれます。
すると。
「切れない……ですね……」
「だろう? ……どうしてなのかな?」
振り切った刀身を受けた麦わらは、棒で叩かれたような鈍い音を鳴らして倒れるだけです。ランの剣の状態から見ると、麦わらの一本どころか、五本・六本をまとめたとしても楽勝なようにしか思えないのですが。
「うーん……」
これにはイザベラも頭を抱えてしまいます。
なにせ、刃こぼれしてもいないし、剣の振り方も文句なしなのですから。
「し、失礼いたします!」
その時、部屋の扉が開いて、作業着姿の女の子が飛び込んできました。
金色の髪を一つにまとめ、丸く開かれた瞳は澄んだ青色をしています。
「イロリナ……! なんですか慌ただしい……!」
「ごめんなさい……でもお姉さま直々に修理していると聞いたので……」
「お姉さま……?」
ランは二人の顔を交互に見比べます。二人の顔立ちはたしかに似ています。
イロリナがもう少し年齢を重ねたうえで髪を短くすれば、二人はそっくりになることでしょう。
「あ! 申し遅れました! 私はクレメント工房所属の魔工鍛冶師、イロリナ・クレメント・ホーリーです! よろしくお願いいたします!」
「イロリナ……もう少し声を抑えなさい」
「ああっ、ごめんなさいっ、お姉さま直々の修理がもう楽しみで楽しみでもう……!」
「分かりましたから落ち着きなさい……お客様の前ですよ」
ただし、本当に瓜二つになるためには、イロリナの方にもう少し落ち着き払った態度を身に着けさせるということが必要かもしれません。
「仲が良いんですね」
「すみません……この子はいつもこうでして……」
「仲が良いというのは良いことですよ」
姉妹のやり取りを見て、ランは笑みをこぼします。
「こ、これは……ミスリル剣……! 鋼を超える強度を生み出す完成された精製金属……それをこの細さと薄さで体現するなんて……ちょ、ちょっと見せて頂いても……じゃなくて、は、拝見! 拝見させて頂いてもよろしいでしょうかっ!?」
「あなたはいいですから……もう下がっていなさい」
「いえ、構いませんよ」
「ホントですかっ?」
「ああ、ちょっと……遊びじゃないんですから……」
「失礼します……!」
イザベラの静止もむなしく、イロリナは鞘から現れた刀身にすっかり魅了されています。
しばらく穴が空くほどに見つめたのち、イロリナはぽつりと呟きました。
「それで……これのどこが悪いんですの……?」
◆◆◆
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる