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#20 再会(4)

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 トスン――。
 学の隣からソファを揺らす軽い音がした。
 環に魔石を渡し、ひと仕事を終えた満足感にいた学がまるい顎先を音のした方へと向けると。
 あちらにいたはずの京子が隣に座っていて、唇を尖らせていた。

「私、今、ちょっぴり不愉快です」

「どうしたんだ?」

「学さんの一番の友人は私です。今までも、これからも。そんな私にはくれないのですか――?環さんはよくて、私はダメですか――?」

 京子は身を乗り出し、揺れる瞳で見上げてくる。
 学のもっちりした腹に片手をついて。
 そして、もう一方の手にはいつの間に用意したのか、空の魔石を握っていた。
 学は彼女のそれに手を触れて魔力を込める。

「もちろんダメじゃないさ。じゃんじゃん使ってくれ」

「いいえ。大事にとっておきますね。お守りです。本当なら代金をお支払いしたいのですが……」

「これは友情の証みたいなものだ。金とかそういうの無粋じゃないか」

「むぅ、そう言われると、ずるいです」

「本心だからな」

「でも、嬉しいです。――ふふふ、学さんの魔力、ほんとにきれい……」

 京子は楽しげに魔石の中の黄金色のオーラをのぞき込む。
 彼女の機嫌もよくなって、めでたしめでたし――とはいかない。
 学はできれば「それ」に触れたくはなかった。
 だが、触れないわけにはいかないだろう。
 この場で「それ」をなんとかできる適任者は学しかいなかった。
 そんなわけで。
 学は立ち上がると、今座っていたソファの背後を見る。
 そこにはメイドがいた、学がよく知る彩花がいた。
 彩花はカーペットの上に跪き、まるで祈りを捧げるがごとく両手を組み合わせ、恍惚とした表情を浮かべながら。学を映すその瞳に信仰の熱をはらませていた。

「ああ、ご主人様……!さすごしゅ……さすごしゅすぎます……!その黄金色の輝きこそ、ご主人様がご主人様たる唯一無二の証明……!ああ、それを拝する機に恵まれた今日はなんという幸福な日でしょうか……!私は今この時、この瞬間に命尽き果てたとしても悔いはございません……!」

「よくないから。やめてね?」

 トランス状態の狂信者が一人でも頭が痛いところなのに――学はコの字状のソファの他の「辺」の後ろを見ていく。

「「ご主人様……!」」

 京子と環がつれてきただろう二人のメイドが彩花と同じように跪き、彩花と同じ熱量の眼差しを学に向けていた。
 ――黄金色の魔力色は確かに異世界でも俺だけだったけれどもッ!
 ――彼女たちが諜報部にタレ込めば、どう考えても面倒なことになるッ!
 ――なんとしても狂信者の増殖をここでとめねばッ!
 そう固く決意した学だったが。
 情報の封鎖は割と簡単にどうにかなった。
 ご主人様命令。
 たった一言そう付け加えるだけで、彩花たちは悦んで諜報部を裏切った。それでいいのだろうか、きっと、いいのだろう。少なくとも学は助かった。

「ご主人様がご主人様でいる限り、どのように取り繕ったところで、ご主人様の派閥は今後も増え続けると思われますが」

 そんな彩花の不穏な言葉を、学は努めて聞き流した――。


 おぼろ月が垣間見える夜空の下。
 立ち並ぶビル群には煌々と明かりがついている。
 そんな都心の歩道を三つの人影が行く。

「今晩はお姉さんのおごりだからね。二人共、好きに飲み食いおっけーだよ。特に学くんは遠慮しないでね?」

「あ、環さん。学さんって見た目と違い小食なんですよ?」

「え?そうなの?」

「お昼も私のお弁当のサイズと変わりありませんし、彩花さんに聞いたところ間食もあまりしないそうです」

「へー、意外だねー」

「意外ですよね」

 京子と環はそう言うと、2人の間に挟まる鏡餅風のデブ男の下の腹を指でつつく。ぷるるんぷるるんと揺れ動く。
 そうやって遊ばれるデブ男こと、学は少々困惑していた。二人共、近くない?歩道も広いし、もっと離れてもよくない?と。
 実際、春の夜風が通り抜ける隙間がないくらい3人は肩を寄せ合っていた。

「学さん、先程から黙っていますけど、どうしました?」

「お金の悩みかな?お姉さんのクレジットカード、限度額ないよ?」

「……いや、なんでもない。あと、環さんはクレジットカードをしまってもろて」

 とりあえず、不快には感じなかったので、学は受け入れることにした。
 そんなふうに会話しながら、環の予約したレストランへ向かっていた。
 ちなみに、彩花たちメイドは学たちの後ろを粛々とついていっているし、ここには四大名家のうちの二家の令嬢がいるのだから、メイド教団の暗部がひそかに周りを固め警護していた。
 歩く3人の横を1台のタクシーが通り過ぎる。
 タクシーは数十メートル先の路肩にとまった。
 後部座席のドアが開き、乗客が降りてくる。
 その瞬間――殺気がふくれ上がる――。

「学さん!?」

「学くん!?」

 殺気に瞬時に反応した学は京子と環を両腕で抱き寄せると、距離を取るため、後ろへ跳んだ。そして、油断なく事の成り行きを見守る。
 タクシーから降りてきたのは女だった。
 それもメイドであった。
 だが、学が毎日目にするスカート丈の長いクラシカルなメイド服ではなかった。
 胸元がぱっくり開いており、スカート丈は股下ぎりぎりの短さで、太もものガーターベルトが見えていた。
 夜の商売のコスチューム。その言葉がぴったりな過激なメイド服を着た若い女。
 先程の殺気はその女から出たもの――ではない。
 女の首には全方位からナイフが突きつけられていた。
 メイド教団のメイドたちだ。メイド服の者も、そうでない服装の者もいるが、彼女たちは等しく親の敵のような怨嗟のこもった目で女のことを睨みつけていた。
 唯一、彩花だけが学たちの前に出て背中に隠すような位置取りをしていた。ナイフを抜き、腰を落として戦闘態勢であった。
 彩花は声を低めて詰問する。

「邪教徒がっ、何用でここに来たのですっ」

「いつもいつも邪教徒呼ばわりされて悲しいですわぁ。私は「チュパカブラ」の「ツバキ」という立派な名前がありますのに」

「私は何用か――と聞いていますっ」

「あなた方に用はありませんわぁ。今宵の私はただのメッセンジャー。あちらで熱ぅく抱擁中の近衛と九条のお嬢様に招待状をお届けにきましたの」

 女のその言葉に、学の腕とまるい腹の間にいる京子と環がもぞもぞと身動きする。
 今のところ、こちらのメイドが殺気立っているだけで。
 女の方に敵意は微塵も感じられない。
 安全と判断した学は二人を解放した。

「いきなり悪かった。驚かせてしまったか」

「い、いえっ、学さんが私たちのことを守ろうとしてくれたのは分かっていますのでっ、気にしないでくださいっ」

「お姉さんは心臓がバクバク鳴ってすごいことになってるけど……社交家の京子ちゃんと違って男性に抱きしめられるなんて経験なかったから……」

「私だってありませんよっ」

「ちょっとぉ、話を進めてもいいかしらぁ」

 女からの催促で京子が咳払いをする。

「んんっ、あなたはメッセンジャーで招待状を届けにきたと言いましたね?どなたからでしょうか?」

「室伏冬馬様からですわぁ」

「「――――」」

 今し方まで羞恥に頬を染めていた二人の顔がすとんと無表情になった。
 その変化に学は思わず一歩後ずさる。
 一方の女は首元にメイドたちからナイフを突きつけられているにもかかわらず、余裕な態度を崩さず。豊かな胸元の谷間に手を入れると、二枚の便箋を取り出した。

「彩花さん、申し訳ありませんが、受け取ってもらえないでしょうか」

「……了解いたしました」

 京子の指示を受けた彩花が女から便箋を受け取ってきて戻ってくる。
 二人それぞれに手渡す。
 京子は便箋を流し読みした後、びりりと真っ二つに裂き、環は少し時間をかけて読んだ後、ぐしゃりと握り潰した。

「あらぁ、いいのですかぁ?今、世の女たちがこいねがうギルド「ブリザードテンペスト」のメンバーになれるだけでなく、冬馬様の「女」になれるまたとないチャンスですのにぃ」

「愚問です。一考の余地すらありません」

「私にとってその人はとっくに過去なんだ。興味はないかな」

「くすくす、とりつく島もありませんわねぇ。でも、分かりましたわぁ、お二人のご意志を「ご主人様」にお伝えしておきますわぁ」

 女が自分を取り囲むメイドたちに目配せする。
 メイドたちも流血沙汰を起こすつもりはないようで、大人しく引いた。殺気はみなぎらせていたが。
 女が待たせてあったタクシーに乗り込もうとする。
 その背中に向かって、京子が声をかける。

「あなたが言う「ご主人様」とは、室伏冬馬のことですか?――それとも、男子魔法学会のことですか?」

 女が振り返ると、流し目で艶然と笑った。
 それからタクシーに乗り込んで、夜の街へと消えていった。
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