上 下
10 / 21

#10 入学式(2)

しおりを挟む
「先程は危ないところを助けていただき、ありがとうございましたっ」

 少女がぺこりと頭を下げた。
 階段でのハプニングの後、ちょうど来た電車に、学たちは乗り込んだ。あいにく席は空いてなかった。
 つまりは、3人は立ったまま。
 少女が折り目正しく両手を前に重ねてお辞儀する所作は美しいが、学としては電車の揺れが気が気でなかった。

「もうお礼は十分だから。ほら、手すりにつかまって」

「あ、はい……ふふふ」

「何かおかしかったか?」

「いえ。男性の方にしては珍しいくらいに優しい方だなと思いましたので。見ず知らずの女である私を気遣ってくれますし」

「――そうです!ご主人様はお優しいのです!」

 メイドがいきなりカットインした。

「ああ、お二人の会話に出しゃばた愚かなメイドをお許しください。ですが!ですが、私は嬉しいのでございます!あなた様のような方にご主人様を褒められたことが!」

「あなたは……上級メイドさんですね?」

「はい、メイド教団所属のメイド、新藤彩花にございます」

「新藤彩花さん……お名前はお聞きしたことが。敬虔なメイドだとうかがっています。あなたはこちらの方を「ご主人様」と呼ばれるのですね?室伏冬馬さんの名前を「ご主人様」に推す声は度々聞きますが」

「室伏冬馬……っ、あんなのは下っ端メイドが誑かされているだけの異端です!私のご主人様――田代学様こそ、正統!……ですが、まこと残念なことに、ご主人様の派閥はまだ私一人だけにございますが……くっ、私が不甲斐ないばかりにっ」

「学さんというのですね?私もこれからは学さんのことを推しますよ」

「あ、ありがとうございます!!」

「……なんか盛り上がってるぅ」

 あと知らないところで派閥とか何とかマジやめてほしい――学はメイド教団がヤバイカルト集団という認識を新たにした。
 ――それにしても。
 この少女は何者だろうか。
 上級メイドを見抜く観察眼、ただ者ではない……多分。
 彩花は知っているようだが。
 学の視線に気づいた少女がにこりと微笑む。

「自己紹介がまだでしたね。私は近衛京子と言います。同じ学校の同じ1年生同士。よろしくお願いしますね、学さん」

 近衛家。
 それは日本ダンジョン特区に君臨する四大名家の一つだった……。

「不愉快です」

 京子がそう一言、言い放っただけで、教室内はしんと静まり返った。

 学と京子は電車を降りた後も別れる理由が見当たらず、一緒に高校まで行った。
 入学式の観覧席に行く彩花を――いつの間にか、本格一眼レフを装備した彼女を見送って。
 二人はクラス分けの掲示板を見に行った。
 偶然にも学と京子は同じクラスだった。
 そして、学が教室に入った時。
 教室内の女子たちが落胆のため息をついたのだ。
 学も気持ちはよく分かる。このパラレルワールドは男女比が1:20。さっきクラス分けの一覧表を見た限りでは、クラスに男は二人だけ。そのうちの一人がデブ男なのだ。ワクワクドキドキを返せと言いたいはず。
 だが、それをよしとしない者がいた。
 学のまるい背中に隠れていた京子が教室に入って言ったのがさっきの一言であった。

「学さん、黒板に座席表があります。確認しましょう」

 京子の一挙手一投足に周りの女子たちがびくつく。
 畏れられている――。
 学の想像以上に近衛家というバリューネームはすごいらしい。

「お隣ですねっ」

「ああ、奇遇だな」

「奇遇ですね、ふふふ」

 口元に手を当てて笑いかけてくる姿はおしとやかな年頃の少女にしか見えなかったが。
 そんな二人とは対照的にお通夜状態の教室。
 だが、一人の男子生徒の登場でにわかにざわつき、活気づく。
 学もそれにつられて前を見る。
 その男子生徒は、近頃、メディアでよく見かける室伏冬馬には及ばないが、なかなかのイケメンフェイスだった。冬馬とは方向性が逆。野性味を帯びた濃い顔つきだ。
 彼と学の目が合う。
 椅子に鎮座する鏡餅風のその姿を見て嘲笑をこぼす。
 そして、彼の視線は隣の京子へと移る。
 その目は――熱く、情欲の炎が灯っていた。
 彼は近寄って来ようとしたが、ちょうど担任が登場。舌打ちしながら席につく。
 入学式については特に語るものはない。
 気になったことと言えば、新入生の入場と退場の時に学の番になると、どこからかカメラの連写音が聞こえたくらい。
 入学式の後のホームルーム。
 それも終わり帰宅となる。
 学は彩花が待っているだろうから早々に教室を出ようとする。当然のごとく京子があとからついてくる。
 そこへ男子生徒の声――。

「おい、京子、待てよ」

「……学さん、どうしましたか?行かないのですか?」

「いや、君のこと、呼んでるから……」

「京子、待てって言ってるだろうがよ」

 学の重たい背中をぐいぐい押していた京子は、ため息をつきながら振り返る。
 くだんの彼はそれだけで顔を気色に染める。
 顔がいいとモテるのはどの世界も共通で、すでに周囲には女子を侍らせていた。

「こいつらがさ、俺の歓迎会をするって言うから行ってやるんだけどよ、京子も来るよな?」

「あなたはどなたでしょう?まずは名乗ってもらえませんか?」

「はあ?この間のパーティーで挨拶しただろうがよ。俺は井口晃だ」

「それは失礼。それで、井口さん。お返事ですが、あなたの歓迎会には行きませんし、あと私のことを名前で呼ぶのをやめてもらえませんか?不愉快です」

「あ……?」

 男子生徒――井口晃は間抜けに口を開ける。
 徐々に京子の言葉を理解していき、最後には顔を赤くした。

「おいっ、そんなこと言っていいのかっ!俺は「男子魔法学会」に所属してんだぞっ!」

「男子魔法学会への対応はお母様とお姉様に一任しています。お二人からは学校で井口さんと交友をしろという指示は受けていません。そういうことですので、あしからず」

 京子は学の腕を引いた。

「学さん、行きましょう」

 学は今度は京子の力に逆らわなかった。
 去り際、教室内から学に対して嫌な視線を感じた。
 学は厄介なことにならなければいいが、と胸中でこぼす。
 黙ったまま廊下を歩く京子だったが、昇降口まで来て立ち止まる。

「……私といると、ご迷惑でしたよね」

 足下を見つめる彼女に学は明るく言う。

「俺たち友達だろ、近衛さん」

 京子はぱぁあと笑顔を見せ――すぐに唇を尖らせる。

「むぅ、名前で呼んでください」

「あー……一緒に帰ろう、京子」

「はいっ」

 こうして学は高校入学初日、学校での初めての友人ができた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ごめんみんな先に異世界行ってるよ1年後また会おう

味噌汁食べれる
ファンタジー
主人公佐藤 翔太はクラスみんなより1年も早く異世界に、行ってしまう。みんなよりも1年早く異世界に行ってしまうそして転移場所は、世界樹で最強スキルを実でゲット?スキルを奪いながら最強へ、そして勇者召喚、それは、クラスのみんなだった。クラスのみんなが頑張っているときに、主人公は、自由気ままに生きていく

「モノマネだけの無能野郎は追放だ!」と、勇者パーティーをクビになった【模倣】スキル持ちの俺は、最強種のヒロインたちの能力を模倣し無双する!

藤川未来
ファンタジー
 主人公カイン(男性 20歳)は、あらゆる能力を模倣(コピー)する事が出来るスキルを持つ。  だが、カインは「モノマネだけの無能野郎は追放だ!」と言われて、勇者パーティーから追放されてしまう。  失意の中、カインは、元弟子の美少女3人と出会う。彼女達は、【希少種】と呼ばれる最強の種族の美少女たちだった。  ハイエルフのルイズ。猫神族のフローラ。精霊族のエルフリーデ。  彼女たちの能力を模倣(コピー)する事で、主人公カインは勇者を遙かに超える戦闘能力を持つようになる。  やがて、主人公カインは、10人の希少種のヒロイン達を仲間に迎え、彼女達と共に、魔王を倒し、「本物の勇者」として人類から崇拝される英雄となる。  模倣(コピー)スキルで、無双して英雄に成り上がる主人公カインの痛快無双ストーリー ◆◆◆◆【毎日7時10分、12時10分、18時10分、20時10分に、一日4回投稿します】◆◆◆

男がほとんどいない世界に転生したんですけど…………どうすればいいですか?

かえるの歌🐸
恋愛
部活帰りに事故で死んでしまった主人公。 主人公は神様に転生させてもらうことになった。そして転生してみたらなんとそこは男が1度は想像したことがあるだろう圧倒的ハーレムな世界だった。 ここでの男女比は狂っている。 そんなおかしな世界で主人公は部活のやりすぎでしていなかった青春をこの世界でしていこうと決意する。次々に現れるヒロイン達や怪しい人、頭のおかしい人など色んな人達に主人公は振り回させながらも純粋に恋を楽しんだり、学校生活を楽しんでいく。 この話はその転生した世界で主人公がどう生きていくかのお話です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ この作品はカクヨムや小説家になろうで連載している物の改訂版です。 投稿は書き終わったらすぐに投稿するので不定期です。 必ず1週間に1回は投稿したいとは思ってはいます。 1話約3000文字以上くらいで書いています。 誤字脱字や表現が子供っぽいことが多々あると思います。それでも良ければ読んでくださるとありがたいです。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

死んで全ての凶運を使い果たした俺は異世界では強運しか残ってなかったみたいです。〜最強スキルと強運で異世界を無双します!〜

猫パンチ
ファンタジー
主人公、音峰 蓮(おとみね れん)はとてつもなく不幸な男だった。 ある日、とんでもない死に方をしたレンは気づくと神の世界にいた。 そこには創造神がいて、レンの余りの不運な死に方に同情し、異世界転生を提案する。 それを大いに喜び、快諾したレンは創造神にスキルをもらうことになる。 ただし、スキルは選べず運のみが頼り。 しかし、死んだ時に凶運を使い果たしたレンは強運の力で次々と最強スキルを引いてしまう。 それは創造神ですら引くほどのスキルだらけで・・・ そして、レンは最強スキルと強運で異世界を無双してゆく・・・。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

処理中です...