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#3 女神アイリス

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 学が目を開ける。
 そこは一面の花畑が広がっていた。
 軽やかな風。色鮮やかな花びらが揺れる。
 空は澄み切った青さで、どこまでも高い。
 神域の花園――。
 そう呼ばれるここに、学は何度も訪れたことがあった。
 危険はないので、「魔力解放状態」をオフにした。
 すると、学の全身からほとばしっていた黄金色のオーラが消えてなくなった。同時に、聖剣と流麗な銀色の鎧もどこかに消えた。
 変化はそれだけではなかった。
 まるでぽよよんと擬音が聞こえそうなくらい、学の体が鏡餅体型に――要はデブになった。
 服装もそれに合わせたものになっている。
 学はまるい顎を左右に向けて、この花園の主人を探した。
 ほんの瞬きした一瞬で。
 学の目の前には女性が立っていた。
 黄金色の巻き毛と、宝石のような青い瞳の絶世の美女。
 彼女は学のことを発見するや否や、一直線に学の大きな腹に抱きついた。

「マナブちゃん!会いたかったわ!」

「アイリス様……」

「もうっ!私のことはママって呼んでって、いつも言ってるでしょ」

「さすがにそれは……」

「ほらほら、はやく。マーマって」

「アハハ……」

 愛想笑いする学に「ママ」と呼ばせようと粘っている彼女こそ、神域の花園の主人――または異世界の創造主であり管理神――女神アイリスであった。
 7年前、アイリスは聖剣と聖鎧というチートな武器を学に贈って異世界に送り出した。
 その後も学のことを見守っていて、学が苦境に立たされ落ち込むたびに夢の中でこの花園に呼び出して、お悩み相談をした。そのうち、母性が刺激されたのか、アイリスは学のことを息子と自称するようになったが。
 二人は花畑の東屋に場所を移す。
 長椅子に二人並んで座る。正面のテーブルには紅茶と焼き菓子が用意された。アイリスがたった今、創造したものである。

「ささ、お茶どうぞ」

「いただきますが……その前に、アイリス様。帰還が早すぎませんか?もっとゆっくり、お別れを言いたかったんですが」

「だって、マナブちゃんに早く会いたかったんだもん」

「もんって……」

 子供っぽく口を尖らせるアイリス。
 呆れた様子の学に彼女は向き直って真面目な顔つきになった。

「マナブちゃん、魔王を倒してくれてありがとね。あの世界を代表してお礼を言うわ」

「俺の方こそ、ありがとうございました。異世界に喚んでくれて。かなり辛い目にもあったけど、いい経験になりました。俺の今があるのはアイリス様のおかげです」

「んもー、いい子ね、マナブちゃんは。ぎゅってしちゃう」

 アイリスは学のお腹に抱きつく。学はそれを穏やかに笑った。
 その後、雑談すること暫し。
 お菓子がなくなったところでアイリスは本題に入る。

「これからマナブちゃんを元の世界に送り帰すんだけど……私、送り帰すのが嫌になっちゃった」

「えぇ、それは困るんですが……」

「だって、マナブちゃん、元の世界で家族や学校でいじめられてたんでしょ?そんな世界に私のかわいい息子を行かせたくありません」

「今更、その程度では気にしませんけどね」

「私が気にするの!だから、解決案を考えてきました。わー、ぱちぱち」

 アイリスが自分で拍手して、こほんと咳払い。

「それで、その解決案とは……」

「解決案とは?」

「ずばり!別の世界へ帰還することです!」

「……いや、俺はもう異世界の生活はこりごりなんですが」

 学は確かに異世界で成長した。主に精神的に。だが、もう一度、異世界に行きたいとは思わない。なぜなら、生活レベルが酷すぎた。風呂に毎日入れないし、トイレは汲み取り式。街中はそこはかとなく臭い。そして何より、日本人のソウルフードの米がなかった。7年間、米なしは辛かった。

「俺は米が食べたいんです」

「お米?そう言えば、ずっとそんなこと言ってたわね。ごめんね?お供えされたことがないから、私が創造できなくて。でも、安心して。マナブちゃんに行ってもらう世界はパラレルワールドだから!」

「?」

 言葉の意味が分からず学は首をかしげた。
 アイリスに詳しく訪ねたところ。
 つい最近、新たな世界が創造されたそうだ。その経緯と、特徴について聞く――ちょっと信じられないような世界だが、文明レベルは現代日本とほぼ同じ。米もちゃんとある。
 その説明を聞き終えた学はアイリスに説得され、パラレルワールドへの帰還を決めた。家族や故郷に対する心残りは特になかった。
 詳細についての相談が終わった。
 学は高校1年の時点からやり直すことになった。
 そして、再び花畑で二人は向き合う。

「それじゃあ、マナブちゃん。いってらっしゃい。今度、呼ぶ時はお嫁さんをたくさん紹介してね」

「それは無理かなあ。俺、デブだし」

「大丈夫!マナブちゃん、すっごくかわいいから!」

 ムスコンな女神に学は苦笑いしながら、「いってきます」と挨拶した。
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