世界最後の1日に。

こいづみ

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 早朝の学校は相変わらず静かで今日は運動部も活動しておらず静けさに拍車がかかっていた。

 あのあと朝食を食べ終えた弘樹はすぐに準備をして家を出た。

 また仁美と話すために。

 教室の扉を空ける、まだ肌寒い部屋を見渡して仁美の姿を見つけた。

 弘樹は荷物を自分の席に下ろしそのまま仁美のもとへ向かった。

「おはよう九条さん」

 昨日と同じ隣の席に腰を下ろしながら挨拶をする。

 仁美はしばらく本を読み進めていたが弘樹が返事を待ち続けていると観念したのか短く溜め息を吐き読んでいる本に栞をはさみ机の端に寄せた。

「おはよう、用件はなに?」

 弘樹を真っ直ぐに見据え抑揚のない声音で返事をする。

 急に睨むような冷たく尖った視線に晒されて少し尻込みをした弘樹だが今回はしっかりとその目を見つめ返した。

「あ、えっと特に用事とかはないんだけど」

 しかし声をかけたはいいものの話をすることしか考慮していなかったため言葉に詰まってしまう。

「その・・・九条さんと話がしたくて」

 弘樹は迷った末に正直に話しかけた理由を仁美に話した。

 仁美の鋭い視線から冷たさが抜けていき徐々に困惑の色を宿していく。

「なにそれ?」

 その声音に突き放すような冷淡さはなく、純粋に相手の意図がわからずに疑問がそのまま口をついて出てしまったようだ。

「なにってそのままの意味なんだけど」

 仁美の問いかけに答えるも何を言っているのかわからないというその表情になんだか恥ずかしくなり返す言葉は途中から尻すぼみになってしまう。

 そのまま二人とも押し黙ってしまい今の今まで話をしていただけに辺りの静けさがより一層際立った。

「そのために朝早くに来たの?」

 仁美がこちらの表情を伺うように慎重に口を開いた。

「そ・・・うだけど」

 途端に弘樹は羞恥に顔を真っ赤に染め仁美から反らしてしまう。

 仁美の言っていることに間違いはないのだがそのためにわざわざ早朝のこの時間に登校してくることまで言い当てられてまともに顔を見ることも出来なくなってしまった。

 またしばらくの沈黙が流れるが、今回ばかりはありがたいと弘樹は顔の火照りを取るために地面に顔を向けながら呼吸を整える。

「望月くんだっけ?」

 やっと落ち着いてきたところに不意に名前を呼ばれたため返事を忘れ声の出所をつい無遠慮に見つめてしまう。

 先程からあまり表情は変わっていないがそれでもその雰囲気は柔らかくなっていた。

「何を話すの?」

 仁美は身体ごと弘樹に向き直りしっかりと話を聞く態度を見せた。

「あ、えっと」

 呼びかけられて我に返った弘樹だが何を話せばいいのかうまく言葉が出てこない。

 一番に思いついた事は昨日の最後の会話だがそのときの仁美の雰囲気を思い出しせっかく話を聞いてくれる様子になったのにまたすぐに話を打ち切られるのは避けたいと頭からその考えをすぐに打ち消した。

 しかしそれ以外の話題を何も思いつかない弘樹が話題を探そうと視線を巡らしていると仁美の机の端にある本が目に入った。

「九条さんって本好きなの?」

 苦し紛れに絞り出した話題がとってつけたように視界に入った本についてで話下手な自分が嫌になる。

 話を振られた仁美はその話題の中心である自分の本を一瞥しまた弘樹に視線を戻した。

「別に好きなわけじゃない、ただお金があまりかからないから」

 やはり表情をあまり変えない仁美の答えは非常に簡素な物だった。

「そうなんだ、バイトとかはしてないの?」

「してない、そんな時間ないし」

 もはや会話というより弘樹の質問に仁美が答えるという構図になっているがそれでも会話は成立しているので気にしないことにする。

「時間ないって誰かと遊んだりとかしないの?」

 その瞬間仁美の目が一瞬鋭くなったがまたすぐに戻った、弘樹はそれに気づかずに彼女の答えを待っている。

「しない・・・そんな時間ない」

「・・・えっと」

 仁美の言い方に少し引っかかりを感じたが廊下の奥から人の話し声が聞こえてきて話す猶予がないことを感じた弘樹は。

「あのさ、また明日も話しかけていいかな」

 今日仁美と話が出来たら一番言いたかったことを捲し立てた。

 また困惑気味な視線を向けられるがそれも長くは続かず、やがて諦めたかのように目を伏せたあと。

「別に、構わない」

 話しかけたときと同じようにしかし決して責めるような色のない視線で真っ直ぐに弘樹を見据えそう返事をした。

「やった、そしたら明日もまた早めに来るから」

 弘樹は満面の笑みを浮かべ溢れ出る喜びを隠そうともせずに言葉にした。

「それじゃあ、また明日」

 立ち上がり挨拶を交わした、仁美は声にこそ出さないがほんの少し首を動かしそれに答える。

 明日と言わずに今日の時間が空いている時にでも話をすればいいのだがなんとなく朝のこの時間に二人きりで話すことが特別に感じられてそれ以外の時間に話をすることがためらわれた。

 弘樹が自分の席に戻ったと同時に扉が開かれ続々と教室に人が増えていった。

 いつものように窓の外を眺めながら勇人と小春を待っている弘樹の表情はいつもより明るいものだった。


「全員いるか?」

 ホームルームが始まり担任教師が教室にいる生徒が全員席につくのを待ってから口を開いた。

「何人か来ていないようだな」

 教室に並べられた席には空席がぽつぽつと存在していた。

「まあいい連絡できるやつは連絡しておいてくれ」

 そう言い担任教師は一つ咳払いをし、いつになく真面目な表情で切り出した。

「先日の発表による学校の対応が決定した」

 その言葉に教室はざわざわと騒がしくなり始めたがまたすぐに静かになった。

「単刀直入に言うと今日から学校は臨時休校にする」

 言い終わると教室内は先程よりも大きな騒ぎに包まれた、耳を澄ましてみると廊下からも騒がしい声が聞こえてきていることから別のクラスでも同じ事を報せているのだろう。

「静かに、一応臨時休校は発表のあった日までだその日に何もなければまた登校してもらうから覚えておくように」

「せんせー、そんなすぐに休校とか大丈夫なんですか?」

 右手を挙げ少し茶化すような言い方で勇人が質問をした。

「正直俺も驚いてる、しかし」

 そこで担任教師は覚悟を決めるかのように大きく息を吸い込んだ。

「あの発表が本当なのであればもう学校で勉強なんてする意味もないからな」

 その瞬間教室の中は静寂に支配された。


 みんないつも通り登校し


 いつも通りに挨拶を交わし


 いつも通りに過ごしていた


 あの会見の内容について深く考えないように


 担任教師の言葉はそんな彼等を現実に引き戻すには充分すぎる力を有していた。

「・・・すまん、だが俺だって理解も納得もしているわけじゃないんだ」

 担任教師はそこで言葉を区切りまた大きく息を吸い込んだあと教室内をゆっくりと見渡し生徒たちの胸に刻み込めるようにしっかりとした口調で続きを話始める。

「ただこれだけは言っておきたい、急な決定だがそれは学校側があの発表を本当だと判断したということだ」

 生徒たちは先程の一喜一憂が嘘のように担任教師の言葉に聞き入っている。

「だからみんな、無責任な言い方だがあと一月後悔のないように生きてくれ」

 喋り終わったあとも誰一人口を開くことなく教室はまるで時が止まったかのように静まり返っていた。

 廊下からは別の教室からの騒ぎが聞こえてきていてそれがより一層この場が世界から隔離されてしまったかのように錯覚させる。

「とりあえず話は以上だ今日はこのまま帰って構わない」

 静寂を破った担任教師の声を生徒たちは黙って聞いている。

「明日からも来なくて大丈夫だが俺は今日から一週間は毎日来るつもりだ今日来てないやつに連絡がつかなかったらまずいし急な休みで私物を一気に持ち帰れないやつもいるだろうからな」

 言い終えたあとそのまま扉まで歩いて行きまた振り返った。

「それじゃあ俺は職員室に戻るが、最後にもう一度だけ言う」

 そしてまた大きく息を吸い込みこう続けた。

「残りの一月、悔いのないように生きてくれ」

 そう言って担任教師は職員室へと戻っていった。

 残された生徒たちはしばらく呆然と担任教師の出ていった扉を眺めていたがやがて一人また一人と動きだし私物をまとめたりこれからどうするか仲の良いもの同士で話し合ったりしている。

 そんな中勇人と小春は弘樹の元に集まってきていた。

「なんか、いよいよヤバい感じになってきたな」

 いつもなら良くも悪くも明るい勇人だがこのときばかりは真面目な顔つきになっていた。

 流石にこんな身近にまで大きな変化が出てくると嫌でも実感させられてしまう。

「そうだね」

 弘樹も相槌を打つがそれ以外の言葉は出ず、三人の間に嫌な沈黙が流れる。

 それぞれの思考に没頭してしまっている最中小春が俯きがちに口を開いた。

「このまま本当に全部なくなっちゃうのかな?」

 それは今にも消えてなくなってしまいそうなほどか細く弱々しく、弘樹も勇人ももし別のことに集中していたら聞き逃していただろう。

 小春の方に目をやると今にも泣き出しそうな顔で縋るように二人を見ていた。

 それを見た勇人が小春の方へと近づきその頭に手を伸ばす。

「大丈夫だ」

 勇人は安心させるように小春の頭を撫でながら笑顔を作る。

「なんもなくなったりしないから」

 言いながら小春の頭を撫で続ける、彼女の心が落ち着くまで、ずっと。
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