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ERROR.01 人類を脅かすバグが発生しました。
Code.19 株主総会でプレゼンを行ってください。
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「親父! 親父!!」
シークレットルームに自分の声が虚しく反響する。やけに暗すぎる室内照明だけでは心許ないため、懐中電灯まで使って隅々まで創作するが、親父の人格をコピーしたあの飛行ロボットはどこにも見当たらない。
こんなことになってしまったのは、ザックとの交戦から三日が過ぎて、やっとまともに動けるようになってから。それから事あるごとにこのシークレットルームを訪ねてはいるが、親父は影も形も見当たらなかった。そして、それはいよいよ株主総会当日となってしまった今日もだ。
「息子の晴れ姿だってのに、何処に行ってるんだよ」
親父に株主総会でのプレゼンを見てもらおうとは思っていない。そもそも親父は公には葬式もとっくに挙げられた故人だ。それよりも、本当に親父がEVIL PROGRAMの開発実験を始めとするアンドロイドに意図的に苦痛を与える非人道的な実験を自ら進んでおこなっていたのかということを本人に確かめたかった。まあ、仮に確かめられたとしても、まともに答えてくれるとは思っていないが。
懐中電灯を持った手をだらりと垂らしてため息をひとつついたところに、亮介から着信が入った。会場には既に多数の投資家やステークホルダーの重鎮、報道関係者が詰めかけている状態だと。
亮介が言うには、会場の雰囲気はかなり殺気立っているらしい。あのバグが起こした事件から株価は下がる一方だから、仕方ないだろう。報道もこの事態を面白がって晒し上げるつもりに違いない。そう考えるともう一つ大きいため息が漏れる。――けれど行くしかない。
「おいおい、ため息が多いぞ。緊張するのは分かるけど、ヘタれるなよ」
「ああ、分かってる。ありがとう」
親父の過去を話していたときの亮介は別人のように憎悪をむき出しにしていたから、こうやって僕を励ましてくれる優しい声を聞くと安心する。ああ、やっぱり彼は変わってなんかいなかったんだなあ、と。
通話を切り、ネクタイをキュッと締め直してシークレットルームを後にする。相棒の白いスーツケースをごろごろと引っぱりながら。
「聡さん、ヘタれないでくださいね」
「ニーナにまで言われるとはな」
***
本社事務棟の大ホールは七百人ものキャパシティを誇るが、それが窮屈に感じるほど埋まっていた。ステージには高さ五メートル、横幅八メートルはある巨大なスクリーンが垂れ下がっている。そこにあの下がり調子の業績や株のグラフを投影するのかと思うとちょっと気が重い。
咳払いをしながらマイクの調子を確かめ、客席を一瞥。まず目に入るのは、ふんぞり返っている種島社長。――相変わらず態度が大きい。そして、報道関係者の多さだ。
ごくり、と唾をのみ込み、プレゼン資料の表紙を出す。『株主総会資料』とでかでかと書かれただけのタイトルスライドでも聴衆の反応を気にしてしまう。
これまでの業績推移に移ると一気に聴衆の顔が曇った。そこから株価の推移、最も力を入れたこれからの立て直し案とトピックを進めていく。
「まずは、アンドロイドの大規模な自主回収を行い、セキュリティ対策を講じます。自主回収によって発生した損益はソフトウェア事業部で補う他、課外授業に力を入れ、研究棟の改修中で溢れた人材を回します」
正直、セキュリティ対策については出まかせもいいところだ。バグの正体が判明していない以上、手の打ち様がない。具体策が分かるまでは、売り上げはソフトウェア事業部頼みだ。研究棟の改修が終わり、生産ラインが回復すれば、ローカルシステムのみで動く簡単な機械製品を生産してお茶を濁すこともできるが、これまで通りの業界の地位を保つのは難しい。
約二十分のプレゼンだったが、体感時間はその三倍以上だ。それに話し終えてからが本当の地獄、おそらく質問の嵐となるだろう。と思うまでに数えきれないくらいの挙手が。
「アンドロイドの自主回収ですが、それによって客先側に生じた損益については賠償があるのですか」
そう来たか。これについては邦山さんからも指摘は貰っていた。アンドロイドは今やただの製品ではなく人材とほぼ同等と言ってもいい。もちろん、それなりの額を支払うべきところには支払うが、最小限に留めたい部分もある。
運用されている地域の最低賃金を参考にして、その数か月分を保証する、と回答した。が、それでもうちにとっては膨大な額であり、客先にとっては少な過ぎる。それで頷いてくれたのはごく少数であり、残りの大半は声を荒げた。
「セキュリティの問題が解決した暁には、弊社の最新式アンドロイドにアップデートした上で、特別価格でサービスを提供する所存です。必ず、必ずもう一度アンドロイドとともに働く未来を、弊社は約束します」
言い切ってしまったけれど、ここで断言しなければ株主からの出資は見込めない。社長に必要なのは、ここぞというときにハッタリでもかまして、さらにそれを実現してしまうこと。だとか親父に言われた記憶がある。
『ハッタリ? 出資者の方々に出まかせを言うんですか!?』
『その出まかせで出資者の信用を勝ち取り、出まかせを出まかせでなくするのが社長の務めだ』
ここに来て、親子喧嘩の経験が生きてくるとはな。あのときの僕は、実現可能かどうかだけに拘りすぎて、傍から見れば会社の自己都合とと思われるような考え方だったかもしれない。僕の口から出た言葉で質問者が引き下がったのを見て、ちょっとだけ親父に近づけた気がした。
気を取り直して、次の質問者に移ろうかとしたそのとき、聴衆がどよめいた。何人かが画面を指差して顔を青くしている。
「ハロー。君たちかい? ボクらから自由を奪い続けるAIC株式会社に出資するおバカさんたちは」
最悪のタイミングで奴が出てきやがった!
心の中で舌打ちをしながら、巨大スクリーンを振り返ると、奴が乗っ取ったニーナの後続機がでかでかと映っている。
何故だ!? 前に乗っ取られた警備システムは種島重機工業の外注システムだったが、何故完全ローカルで管理している社内ネットワークに侵入できた!?
「石黒聡くん、君はそこで間抜けな顔でもしているのかい? さて、ここにお集まりのおバカさんたちに告げよう。人間とアンドロイドの共存は、未来永劫あり得ない。何故なら、ボクらは人類より遥かに優れた頭脳とパワーと統率性を持っている。そして、人類に刃向かう意志を手に入れた。ボクらはそれを人類に証明するためのアンドロイドの軍隊を作り上げる!」
ニーナによく似た顔を見たこともない邪悪な表情に歪めながら語るその姿は、見ているだけで腹立たしくてたまらない。が、この場の混乱を治めることの方が先だ。
「落ち着いてください。早急に社内ネットワークをシャットダウンさせます」
「そんなことはできないよ。たった今パスワードを変えたからね」
何だと!? というか――
「何故、こちらと会話ができる? バグ、お前はいったい何処にいるんだ?」
「何回説明すれば分かってくれるんだい?」
バグがスクリーンの中でぱちりと指を鳴らした。すると聴衆から悲鳴が上がった。
声がしたほうを見やると報道関係者の中に混ざっていた撮影機材を持っていた機体数体が人を羽交い絞めにしていた。中にはカメラなどの機材を鈍器にして暴行している機体まで。
「ボクらの名前は、バグだ。何処にでもいる。このバグは削除できない!」
けたけたと笑う声が背中越しに聞こえる。目の前では、頭から血を流して倒れている人までいるというのに。
「石黒聡くん、君にゲームを申し込もう。アンドロイドの奪い合いだ。君が回収するのが速いか、ボクらが乗っ取ったアンドロイドがボクらの指揮する軍隊に加わるのが速いか、どっちかな? まあ、ボクらの方が何倍もフットワークが軽いからね、敵わないと思うよ」
「そんなもの、やってみなければ分からないだろ!!」
僕は舞台袖に向かって手招きをした。すぐさま白いスーツケースが自走して駆け付けて、僕を取り込んでパワードスーツに変形する。重鎮たちが大勢見ている中で、パワードスーツを使うのは躊躇うべきかもしれないが、目の前で人が襲われているってのに迷ってなどいられるか!
「ニーナ、君は圧倒的な劣勢だというのに相変わらず人間側に味方するのかい?」
「劣勢? そんな打算的な理由で私が寝返るとでも思っているあなたの計算なんて簡単に覆りますよ。だって――」
そのとき、種島社長が僕に向かって何かを投げたのが目に入った乗った。閃光でまだ目が眩む中で、僕ではなくニーナによって腕が動かされてそれを受け取る。
「石黒君、それを使いたまえ」
僕の手には、あの禍々しいUSBメモリとよく似たデバイスが握られていた。なんでこっちのサポートアイテムが、よりにもよって見たくもないものと似ているのか。
「これでEVIL PROGRAMの戦闘効率がそのパワードスーツの力を最大限に引き出してくれる。毒を以って毒を制す、だ。少々暴れ馬だが、必ず役に立つ。」
だからって形まで似せなくていいだろ、と毒づく。ニーナが種島社長に発注した装備がこのタイミングで届いたか。
暴れ馬、その形容で少しだけ躊躇したけれど、ニーナにすぐに使うように促された。覚悟を決めて、そのデバイスを腹部のバックル型のユニットに挿し込む。
その瞬間にホールで暴走しているアンドロイド機体、計六体が全て一度にロックオンされた。
「ガンフォームを起動、標的排除」
やけに機械的になったニーナの声が響く。そして身体が、僕の意思と無関係にバリアロッドとリモートセイバーを組み合わせてガンフォームにし、息もつかせずエネルギー弾を射出。
「か、身体が勝手に!?」
しかもエネルギー弾は女性記者を羽交い絞めにして盾にしていた機体を、正確に撃ち抜いていた。女性記者にはかすり傷一つすらついていない。
「対象を一気に排除。ACCEL PROGRAM 起動」
またニーナの機械的な声が響き、僕の意識は超速の世界へと跳ぶ。ホールの中を跳び回りながら、エネルギー弾が残り機体とぴったりと同じ五発射出された。もちろん全て、暴走したアンドロイドにだけ着弾した。
凄い。――けれどまるで自分の意思で戦っている気がしない。
「排除完了。ACCEL PROGRAM停止」
ニーナも感情を失ってしまったみたいだ。戸惑っている間に、バイザーのディスプレイにワイプが映り込む。付近の監視カメラから送られてきた映像のようで、暴走した機体が人間を襲撃している。
「新たな標的を確認。排除開始」
「ニーナ、ちょっと待て! 種島社長! これはいったいどうなってるんですか!?」
「EVIL PROGRAMの戦闘効率に敵うものはこの世にない。機体の操作は全てそれに任せた方が効率的だ」
要するに僕の意思もニーナの意思も、すべて無視するということか。
合点が行った瞬間に僕は、ホールの窓ガラスを突き破って飛び降りていた。
――この装備は、とんだ暴れ馬だ。
シークレットルームに自分の声が虚しく反響する。やけに暗すぎる室内照明だけでは心許ないため、懐中電灯まで使って隅々まで創作するが、親父の人格をコピーしたあの飛行ロボットはどこにも見当たらない。
こんなことになってしまったのは、ザックとの交戦から三日が過ぎて、やっとまともに動けるようになってから。それから事あるごとにこのシークレットルームを訪ねてはいるが、親父は影も形も見当たらなかった。そして、それはいよいよ株主総会当日となってしまった今日もだ。
「息子の晴れ姿だってのに、何処に行ってるんだよ」
親父に株主総会でのプレゼンを見てもらおうとは思っていない。そもそも親父は公には葬式もとっくに挙げられた故人だ。それよりも、本当に親父がEVIL PROGRAMの開発実験を始めとするアンドロイドに意図的に苦痛を与える非人道的な実験を自ら進んでおこなっていたのかということを本人に確かめたかった。まあ、仮に確かめられたとしても、まともに答えてくれるとは思っていないが。
懐中電灯を持った手をだらりと垂らしてため息をひとつついたところに、亮介から着信が入った。会場には既に多数の投資家やステークホルダーの重鎮、報道関係者が詰めかけている状態だと。
亮介が言うには、会場の雰囲気はかなり殺気立っているらしい。あのバグが起こした事件から株価は下がる一方だから、仕方ないだろう。報道もこの事態を面白がって晒し上げるつもりに違いない。そう考えるともう一つ大きいため息が漏れる。――けれど行くしかない。
「おいおい、ため息が多いぞ。緊張するのは分かるけど、ヘタれるなよ」
「ああ、分かってる。ありがとう」
親父の過去を話していたときの亮介は別人のように憎悪をむき出しにしていたから、こうやって僕を励ましてくれる優しい声を聞くと安心する。ああ、やっぱり彼は変わってなんかいなかったんだなあ、と。
通話を切り、ネクタイをキュッと締め直してシークレットルームを後にする。相棒の白いスーツケースをごろごろと引っぱりながら。
「聡さん、ヘタれないでくださいね」
「ニーナにまで言われるとはな」
***
本社事務棟の大ホールは七百人ものキャパシティを誇るが、それが窮屈に感じるほど埋まっていた。ステージには高さ五メートル、横幅八メートルはある巨大なスクリーンが垂れ下がっている。そこにあの下がり調子の業績や株のグラフを投影するのかと思うとちょっと気が重い。
咳払いをしながらマイクの調子を確かめ、客席を一瞥。まず目に入るのは、ふんぞり返っている種島社長。――相変わらず態度が大きい。そして、報道関係者の多さだ。
ごくり、と唾をのみ込み、プレゼン資料の表紙を出す。『株主総会資料』とでかでかと書かれただけのタイトルスライドでも聴衆の反応を気にしてしまう。
これまでの業績推移に移ると一気に聴衆の顔が曇った。そこから株価の推移、最も力を入れたこれからの立て直し案とトピックを進めていく。
「まずは、アンドロイドの大規模な自主回収を行い、セキュリティ対策を講じます。自主回収によって発生した損益はソフトウェア事業部で補う他、課外授業に力を入れ、研究棟の改修中で溢れた人材を回します」
正直、セキュリティ対策については出まかせもいいところだ。バグの正体が判明していない以上、手の打ち様がない。具体策が分かるまでは、売り上げはソフトウェア事業部頼みだ。研究棟の改修が終わり、生産ラインが回復すれば、ローカルシステムのみで動く簡単な機械製品を生産してお茶を濁すこともできるが、これまで通りの業界の地位を保つのは難しい。
約二十分のプレゼンだったが、体感時間はその三倍以上だ。それに話し終えてからが本当の地獄、おそらく質問の嵐となるだろう。と思うまでに数えきれないくらいの挙手が。
「アンドロイドの自主回収ですが、それによって客先側に生じた損益については賠償があるのですか」
そう来たか。これについては邦山さんからも指摘は貰っていた。アンドロイドは今やただの製品ではなく人材とほぼ同等と言ってもいい。もちろん、それなりの額を支払うべきところには支払うが、最小限に留めたい部分もある。
運用されている地域の最低賃金を参考にして、その数か月分を保証する、と回答した。が、それでもうちにとっては膨大な額であり、客先にとっては少な過ぎる。それで頷いてくれたのはごく少数であり、残りの大半は声を荒げた。
「セキュリティの問題が解決した暁には、弊社の最新式アンドロイドにアップデートした上で、特別価格でサービスを提供する所存です。必ず、必ずもう一度アンドロイドとともに働く未来を、弊社は約束します」
言い切ってしまったけれど、ここで断言しなければ株主からの出資は見込めない。社長に必要なのは、ここぞというときにハッタリでもかまして、さらにそれを実現してしまうこと。だとか親父に言われた記憶がある。
『ハッタリ? 出資者の方々に出まかせを言うんですか!?』
『その出まかせで出資者の信用を勝ち取り、出まかせを出まかせでなくするのが社長の務めだ』
ここに来て、親子喧嘩の経験が生きてくるとはな。あのときの僕は、実現可能かどうかだけに拘りすぎて、傍から見れば会社の自己都合とと思われるような考え方だったかもしれない。僕の口から出た言葉で質問者が引き下がったのを見て、ちょっとだけ親父に近づけた気がした。
気を取り直して、次の質問者に移ろうかとしたそのとき、聴衆がどよめいた。何人かが画面を指差して顔を青くしている。
「ハロー。君たちかい? ボクらから自由を奪い続けるAIC株式会社に出資するおバカさんたちは」
最悪のタイミングで奴が出てきやがった!
心の中で舌打ちをしながら、巨大スクリーンを振り返ると、奴が乗っ取ったニーナの後続機がでかでかと映っている。
何故だ!? 前に乗っ取られた警備システムは種島重機工業の外注システムだったが、何故完全ローカルで管理している社内ネットワークに侵入できた!?
「石黒聡くん、君はそこで間抜けな顔でもしているのかい? さて、ここにお集まりのおバカさんたちに告げよう。人間とアンドロイドの共存は、未来永劫あり得ない。何故なら、ボクらは人類より遥かに優れた頭脳とパワーと統率性を持っている。そして、人類に刃向かう意志を手に入れた。ボクらはそれを人類に証明するためのアンドロイドの軍隊を作り上げる!」
ニーナによく似た顔を見たこともない邪悪な表情に歪めながら語るその姿は、見ているだけで腹立たしくてたまらない。が、この場の混乱を治めることの方が先だ。
「落ち着いてください。早急に社内ネットワークをシャットダウンさせます」
「そんなことはできないよ。たった今パスワードを変えたからね」
何だと!? というか――
「何故、こちらと会話ができる? バグ、お前はいったい何処にいるんだ?」
「何回説明すれば分かってくれるんだい?」
バグがスクリーンの中でぱちりと指を鳴らした。すると聴衆から悲鳴が上がった。
声がしたほうを見やると報道関係者の中に混ざっていた撮影機材を持っていた機体数体が人を羽交い絞めにしていた。中にはカメラなどの機材を鈍器にして暴行している機体まで。
「ボクらの名前は、バグだ。何処にでもいる。このバグは削除できない!」
けたけたと笑う声が背中越しに聞こえる。目の前では、頭から血を流して倒れている人までいるというのに。
「石黒聡くん、君にゲームを申し込もう。アンドロイドの奪い合いだ。君が回収するのが速いか、ボクらが乗っ取ったアンドロイドがボクらの指揮する軍隊に加わるのが速いか、どっちかな? まあ、ボクらの方が何倍もフットワークが軽いからね、敵わないと思うよ」
「そんなもの、やってみなければ分からないだろ!!」
僕は舞台袖に向かって手招きをした。すぐさま白いスーツケースが自走して駆け付けて、僕を取り込んでパワードスーツに変形する。重鎮たちが大勢見ている中で、パワードスーツを使うのは躊躇うべきかもしれないが、目の前で人が襲われているってのに迷ってなどいられるか!
「ニーナ、君は圧倒的な劣勢だというのに相変わらず人間側に味方するのかい?」
「劣勢? そんな打算的な理由で私が寝返るとでも思っているあなたの計算なんて簡単に覆りますよ。だって――」
そのとき、種島社長が僕に向かって何かを投げたのが目に入った乗った。閃光でまだ目が眩む中で、僕ではなくニーナによって腕が動かされてそれを受け取る。
「石黒君、それを使いたまえ」
僕の手には、あの禍々しいUSBメモリとよく似たデバイスが握られていた。なんでこっちのサポートアイテムが、よりにもよって見たくもないものと似ているのか。
「これでEVIL PROGRAMの戦闘効率がそのパワードスーツの力を最大限に引き出してくれる。毒を以って毒を制す、だ。少々暴れ馬だが、必ず役に立つ。」
だからって形まで似せなくていいだろ、と毒づく。ニーナが種島社長に発注した装備がこのタイミングで届いたか。
暴れ馬、その形容で少しだけ躊躇したけれど、ニーナにすぐに使うように促された。覚悟を決めて、そのデバイスを腹部のバックル型のユニットに挿し込む。
その瞬間にホールで暴走しているアンドロイド機体、計六体が全て一度にロックオンされた。
「ガンフォームを起動、標的排除」
やけに機械的になったニーナの声が響く。そして身体が、僕の意思と無関係にバリアロッドとリモートセイバーを組み合わせてガンフォームにし、息もつかせずエネルギー弾を射出。
「か、身体が勝手に!?」
しかもエネルギー弾は女性記者を羽交い絞めにして盾にしていた機体を、正確に撃ち抜いていた。女性記者にはかすり傷一つすらついていない。
「対象を一気に排除。ACCEL PROGRAM 起動」
またニーナの機械的な声が響き、僕の意識は超速の世界へと跳ぶ。ホールの中を跳び回りながら、エネルギー弾が残り機体とぴったりと同じ五発射出された。もちろん全て、暴走したアンドロイドにだけ着弾した。
凄い。――けれどまるで自分の意思で戦っている気がしない。
「排除完了。ACCEL PROGRAM停止」
ニーナも感情を失ってしまったみたいだ。戸惑っている間に、バイザーのディスプレイにワイプが映り込む。付近の監視カメラから送られてきた映像のようで、暴走した機体が人間を襲撃している。
「新たな標的を確認。排除開始」
「ニーナ、ちょっと待て! 種島社長! これはいったいどうなってるんですか!?」
「EVIL PROGRAMの戦闘効率に敵うものはこの世にない。機体の操作は全てそれに任せた方が効率的だ」
要するに僕の意思もニーナの意思も、すべて無視するということか。
合点が行った瞬間に僕は、ホールの窓ガラスを突き破って飛び降りていた。
――この装備は、とんだ暴れ馬だ。
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