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ERROR.01 人類を脅かすバグが発生しました。

Code.06 一か八かの賭けで、相手の裏をかきなさい。

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 スーツケース形態のニーナから潜望鏡のようなものが飛び出て、レンズから光の束が放たれる。光の束は、タイダロイドのコックピット内をくるりと一回転した。

「タイダロイド、操縦システム一通りスキャンしました。このマシンのスペックは桁違いです」

 言われなくたって分かる。こちらを見上げているバグがえらく小さく見えるから。
 操縦桿の位置と少しだけ動かした感覚で、基本的な操作方法はだいたい分かった。二本ある操縦桿と足元のペダルで、歩行からパンチ、キックまでができる。さらに操縦桿のグリップを捻ることで、上半身を左右に回転できる。この機能を使って、よじ登ってくるアンドロイドたちを振り払った。
 いくらスケールが違うとはいえ、数としては多勢に無勢なのは変わりはない。群がるアンドロイドたちの群れに足元を固められ、タイダロイドは下半身の動きを封じられてしまった。
 
「ニーナ、何か便利な装備はないのか!?」
「機関銃、ミサイルまで多種装備は揃っていますが、使うタイミングを誤れば、化学工場を焦土にしてしまいます」
「そんなこと言ったって、このままじゃコックピットまでよじ登られてしまう!」

 コックピットは胴体部分にあるため、高さは恐らく四メートル程度。アンドロイド同士が踏み台になれば、五、六体ほどでコックピットに到達してしまう。何体かのアンドロイドの腕が、フロントウィンドウを叩いたその瞬間、ニーナが叫んだ!

「今です!!」

 操縦桿のトリガーを引く。

 ズガガガガガガ――

 激しく揺さぶっれるコックピット。火花を上げて吹き飛ばされるアンドロイドたち。

「トリガーを放してください!!」

 ニーナの指示したタイミングは完璧だった。機関銃の銃口付近にアンドロイドが群がったところを見計らっていたのだ。おかげで、工場施設の破壊は最小限に留められた。

「ニーナ、ナイスだ!」

 とサムズアップを送ろうとしたところで、コックピットの後部から凄まじい衝撃が。タイダロイドは俯きに倒れ込み、フロントウィンドウがアスファルトに叩きつけられた。

「ってて……」

 操作盤で額を強打してしまった。どうやら後ろから攻撃を受けたらしい。おそらく仕掛けてきたのは――

「後ろががら空きだったぞ。石黒聡くん」

 スピーカーから奴の声がする。どうやら外部音声を集音して内部に届ける機能が、この機体にはあるらしい。
 前方から群がるアンドロイドは全て陽動。奴は背後から、おそらくはリモートセイバーで攻撃してきたのだろう。ならば、タイダロイドが倒れ込むのも納得だ。
 操縦桿とペダルを操作し、なんとか機体を立て直す。問題は、フロントウィンドウが損傷を受け、大きくひびが入ってしまったこと。もう一発あれを喰らったら、大穴が開いてしまう。そうなる前に方を付けなければ。

 ならば、一か八かの大勝負に出るしかない。

「ニーナ、こいつでパワードスーツを攻撃すれば、中の人はどうなる?」
「さすがに装甲が耐えきれません。大破します」
「そうなったら、お前はパワードスーツから僕を外に出して身代わりになると言ってくれたな」
「ええ、それが何か……?」
「奴なら、どうするかな?」

 まさか――、とニーナは驚きを露わにする。

「無茶です! 捕まっている人がどうなってもいいんですか!」

 そう言うのも頷ける。でも、僕はこれに賭けてみるしかないと思っている。操縦桿とペダルを操作し、機体を回れ右。幸い、倒れ込んだ際にかなりのアンドロイドを巻き添えにできたため、タイダロイドの機動性はほぼ完全に回復した。今この瞬間に、一気にアンドロイドたちを振り切って、奴に真っ向から攻撃をお見舞いする。

「やめてください! 聡さん!」

 ニーナが叫ぶ。すまないが、無視させてもらう。
 まずは、奴に蹴りを喰らわせる。右から左に向かって足払いをするようにして、わざとらしくゆっくりだ。
 奴が後ずさりをして避けた。

「鈍い蹴りだな。殺されたいのか? もうコックピットはぼろぼろだぞ!」

 コックピットが損傷していることがバレれば、むしろ好機だ。奴は必ずフロントウィンドウに入った亀裂を狙って、跳ぶ!
 僕の読み通り、奴は宙に跳んだ。

「かかった!!」

 拳を振りかざす。空中ではパワードスーツの動きは制限される。そこを狙えば、確実に攻撃を当てられる!

「何っ!?」

 そして、拳が届くその瞬間!

「やめてぇええええええっ!!」

 ニーナの叫び声がコックピットの中で反響する中、僕はしっかりと見つめていた。タイダロイドの手にがっしりと掴まれるスーツ姿の女性の安堵に満ちた表情を。

「き、君……!! 彼女そいつを見捨てたんじゃなかったのか!!」

 奴は、元のアンドロイドの形に変形し、攻撃を逃れていた。――大当たりだ。
 予想外だったのは、奴が身体こそ元の人型に戻っているが、頭部の頭髪を模したパーツが全て抜け落ち、スキンヘッドになっていたことだ。

「彼女を見捨てたのはお前だろ、バグ」

 その頭をコックピットから指差して、言い返してやった。

「お前は人質として役に立たないと見捨てて、彼女を放り出した。人間を利用しようとするお前なら、そうするだろうと思ったんだ。それに、たとえお前が有象無象のアンドロイドを操れるとして、段違いのスペックを持つ機体をそう簡単に手放すはずがない」

 奴は悔しそうに歯を食いしばっている。――やがて、ふて腐れた笑みを浮かべ、両手を上げた。それと同時に立ち上がっていた全てのアンドロイドたちが倒れ込んだ。敗北を認めたらしい。
 と、思いかけた瞬間に奴の機体は眩い光を放った。
 
 思わず目をつむってしまう。
 そして再び目を開けたときには、もう奴の姿は消えていた。遠くに飛んでいく二輪車によく似た小型航空機が見える。フライトモービル形態に変形し、逃亡したようだ。
 コックピットから見えるアンドロイドたちは、どれもこれも機能を停止している。――これからひとまずはこいつらを回収しなければならないとなると頭は痛いが、ひと段落ついたということだ。

「聡さん……、ごめんなさい。私、あなたが本気で彼女を助けることを諦めたのかと」
「キツいお灸をすえるんじゃなかったのか?」
「え……?」
「もし、奴がパワードスーツに執着がなかったら僕の作戦は成功しなかった。無謀な賭けをしたんだ。怒られても文句は言えない」
「いいえ、怒りませんよ。聡さんに、諦めないことの大切さを教えられたんですから」

 ニーナが怒ると怖いことはよく知っていたので、少し安心した。
 ひとまず、助け出した彼女をゆっくりと地上に下ろす。

「なんとか戦いを終えたようだな。時間にして十数分の戦闘だったが、いいデータになった」

 操作盤にあるスピーカーから種島社長の声がした。僕らが必死に戦っている最中、彼はデータを採集していたらしい。助け舟を出してくれたのは、そっちが目的かもしれないが、彼がいなければこの戦いで生き残ることはできなかった。

「種島社長、ありがとうございます」

 改めてそのことに礼を言った。

「なあに、気にすることはない。で、これからどうするんだ?」

 まずは何よりも彼女を安全な場所へと連れ出すことが先だ。種島社長にしばらくタイダロイドを借りると許可を取り、タラップを展開して彼女を機内へと招き入れた。
 立ち上がって彼女の身体に外傷がないかどうか確認する。多少スーツがよれてしまったぐらいで、ほとんど無傷の生還だった。

「無事で良かった。君、名前は?」
栗原茉莉くりはら まりです。あの、本当にありがとうございます!」

 茉莉は、はきはきとした声で角度が九十度を超えるぐらいのお辞儀をした。再び目が合ったときには長い髪がだらりと垂れ下がり、メガネが少しずれていた。

「あの、お名前は?」
「ああ、石黒聡だ」
「え!! 石黒聡さんっ!! あのAIC株式会社の技術顧問の!!」

 ただでさえ大きい茉莉の声が輪をかけて大きくなった。ちょっと耳が痛いくらいだ。

「私、石黒聡先生のだいだいだい……大ファンなんです! あ! そうです! これこれ!」

 僕が目を細めていることには、特に触れもしないで、スーツのポケットから四つ折りにしたA4の紙を取り出した。英文がみっちりと印刷されている。そしてしばらく見ているうちに気づいた。

「これ、僕が書いた論文じゃないか」
「そうです! 石黒聡先生! サインしてください!」
「えっ!!」

 論文にサインをもらうなんて聞いたことないぞ……。と思いながらも、彼女の押しの強さで受け入れてしまう。まあ、大した作業じゃないし。しかし、サインを考えたことがないな……。
 とりあえず、自分の名前を筆記体で書いた。
 それを抱きしめて、彼女はため息を漏らす。

「ああ! 夢みたい! 憧れの先生からサインをもらえるなんて」

 そもそも、なんで彼女は僕の論文をスーツのポケットに入れていたんだろうか。まさか、いつも持ち歩いているのか。

「私石黒聡先生のことが好きすぎて、常に論文をお守り代わりに持ち歩いているんです!」

 そのまさかだった。

「私、AIC株式会社の面接も受けたんですよ! そこで鞄にぱんぱんに論文を詰め込んで、面接官の前でそれを広げて石黒聡先生の魅力をみっちりと語ったんですよ!! ――でも落とされた」

 うん、そうだろうなと思った。悪いけど。

「でもこうやって、先生にお会いできるなんて! ああ、生きていて良かった!!」

 だって、さっきから完全にこっちのペース考えていないもの。話しかけようとしたとたんに、こっちに背を向けてしまうし。

「え、しかも石黒先生、結構かっこよくない? 写真で見るよりも若いし。それに私のために命を賭けて戦ってくれたとか。ああ!! もうかっこよすぎて、直視できないいいい! はっ、待てよ。こんなに幸せって……さては私、今日死ぬな!?」

 しかも全部聞こえているし。

「聡さん……、なかなか強烈なコですね」

 ニーナがぼそりと漏らした。同感である。相変わらずこちらに背を向けて騒がしい独り言を言っている彼女に、苦笑いがこみ上げてきたところで、スマートフォンのバイブが鳴った。
 親父の殺害された現場を調べていた刑事からのものだった。使用された拳銃の回収、遺体の運び出し等が終了した模様。

「いくつか机の上に置いていた書類も遺留品として回収しています。それを引き取りに来てください。その中に遺言状もありました」

 親父が亡くなった以上、向き合わざるを得ないことだった。おそらく、内容はニーナが言ったとおりのものだろう。

『遺言状には、あなたに社長を継がせるという旨が書かれていると思います』

 正直、気は進まないが、もしかしたらそこに、ニーナが言う親父の人格バックアップデータのことも書いてあるかもしれない。
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