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家出

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「は? 鈴音の様子が可笑しい?」

「うん、そうなんだ……。ごめんねこーちゃん。まだ約束の時間じゃないのに連絡して」

 別にそれはいいんだが。
 今日、俺と凛は昼に食事の約束をしていた。予約の時間は12時で待ち合わせ時間は11時30分だが、俺は9時に突然凛から電話が来た。内容は俺が今言った事だった。
 
「様子が可笑しいって、どんな風にだよ?」

「私にも正確には分からないけど……なんか様子が可笑しいってのは何となく分かるの」

「それだけ言われてもな……。なんかいつもと違う事を言ってたりとかか?」

「いつもと……そう言えば、いきなり変な質問をしてきたな」

 変な質問?と俺が首を傾げると、凛は頬を紅潮させて少し躊躇った後、

「私に……こーちゃんとの子供が欲しいのか……って」

 俺は多分今、体中の全ての空気を吐き出さんばかりに吹き出した。
 
「な、なななな! なんつー事を聞いてやがるんだ鈴音は!?」

 俺の知らない所でとんでもない親子会話があったことに驚愕する俺。
 
「つか、どういう流れでそんな話が出たんだよ!?」

「いや……私にも分からないよ。だけど、もしかして鈴音は、私達の付き合いを良く思ってないのかな……?」

 不安そうに呟く凛だが、それはどうだろうな。
 だが、俺達が付き合いだした事を鈴音に紹介した時は、アイツはかなり喜んでくれた。
 鈴音は父親の存在に憧れ、家族が増える事を心の底から嬉しがっている様に見えたが……。

「まあ、鈴音は思春期真っ最中の多感な年頃。心変わりをしても可笑しくはないのかもな。鈴音からすれば、俺は義理の父親になるかもしれない奴だが、血の繋がりのない、あくまで他人だからよ」

「だけど、鈴音はこーちゃんの事を本当の父親の様に慕っていた。なのに……それを一時の感情で手放したりするのかな……」

 俺、鈴音が思春期などを理由に毛嫌いするとは到底思えない。
 凛は表情に陰りを見せながら俺に尋ねる。

「ねえ、こーちゃん。もし万が一に、鈴音が私達の付き合いを反対したら……どうする?」

 正直、俺はその問題を全然考えていなかった。
 鈴音はかなり良く出来た娘だ。たまに感情に任せて行動する部分はあるが、それでも家族は大事にする性格だ。俺は兎も角、母親を悲しませることを、アイツはするだろうか。

 俺は凛の問いを頭を捻り考え……。

「正直分からねえ。アイツの口から反対の言葉が出ない限り、考えたくもねえ。だが、もし仮にアイツが俺達の付き合いを反対したら……俺達は付き合わない方がいいだろ」

 俺の曖昧な回答に凛の口は紡がれる。

「そう……だよね」

「ああ。俺はお前を好きだと同じぐらいに、鈴音の事を大切にしたいと思っている。だから、鈴音が嫌がる事はしたくない」

 俺は鈴音の父親になる覚悟をした。
 凛は鈴音が生まれた時から、鈴音の幸せを願っている。
 その意識を俺も持っている。俺も、凛を幸せにしたいと思う程に、鈴音を幸せにしたいと思っている。
 なら、俺達の付き合いで鈴音が嫌な気持ちになるのなら、俺達は結ばれない方が良いだろう。

「だが勘違いするなよ凛。鈴音が反対したからって、俺はお前から距離を置くつもりは毛頭ない。鈴音が
俺達の付き合いを認めてくれるまで、俺は待つつもりだからよ」

「……………ふっ。ありがとう、こーちゃん」

 凛は恐らく、鈴音の反対が原因で俺達の間に再び溝が出来るのではと危惧していたのかもしれない。
 だが、俺は反対されても凛を手放すつもりはない。30年掛かってようやく結ばれたんだ。
 そう簡単に諦めれない。1つや2つの弊害なんて超えてみせるさ。
 
「ここで俺達が勝手に憶測を立てても埒が明かねえよな。まずは鈴音と話合わせねえと」

 俺達は机上の空論の様に勝手に鈴音の気持ちを組み立てているだけ。
 本人と直接話し合って解決法を探った方が良い。
 よし、第1回家族(仮)会議だな。

「鈴音は自室にいるのか?」

「うん。朝食を食べた後に今日はずっと勉強をするって言っていたから、多分部屋にいるよ。だけどこーちゃん。こーちゃんが鈴音に話し合いを持ちかけて、素直に鈴音が応じるかな?」

 確かにそうだよな。
 今回の鈴音の挙動は俺達が原因があるかもしれない。
 それなのに、歳が離れた、しかも男の俺に鈴音が素直に心を開いてくれるだろうか。

 俺も鈴音の気持ちに……なんて考えたくても無理だ。
 俺の実家は普通の家庭で、親が再婚とかをしたわけでもない。鈴音の気持ちを考えたくても分かるはずがない。

 なら他の奴らに相談をしたいが、それも無理だ。
 俺と凛が付き合っている事は会社には現状内緒にしている。白雪部長は何処か察してはいるが。
 それに、こんな身内の事を会社の奴らにおいそれと相談は出来ない。恥ずかしいし。
 学生の時の友達……ってのも、俺は高校を卒業した後に殆どの交流を断っているから、恥ずかしい話、俺は友達がいないに近い。
 
 マジでどうしたモノか……と頭を悩ますが、良い解決案を思いつくことはできない。
 チクショウ。取引関係なら当たって砕けろの精神で行けるが、家族間の問題にその精神で行けば、最悪家庭崩壊を招きかねない。

「ねえこーちゃん。やっぱり最初は私から鈴音にコンタクトを取った方が良いと思うの。私は鈴音の母親だから、鈴音と直接話し合いたい」

「そうだな……。俺が話し合いを持ち込むよりもそっちの方が鈴音的には幾分マシかもな。なら頼むよ。困ったことがあれば俺を直ぐに呼んでくれ」

 呼んでくれって言っても俺は帰るわけではない。
 凛が鈴音の自室前に立った時に、少し離れた場所から凛を見守っている。

 凛は鈴音の自室前に立つと、少し緊張気味に一呼吸入れ、扉を2度ノックする。

「ねえ鈴音。少し話がしたいんだけど、少しいいかな?」

 凛が自室内の鈴音に呼びかけるが、鈴音からの返答はない。

「鈴音? 眠っているのかな? 鈴音、鈴音」

 凛は直ぐに鈴音を呼ぶが、やはり返答はなかった。
 凛は俺と顔を合わせて首を捻る。拗ねているのだろうか?

「鈴音……ごめんだけど入るね」

 元々鈴音の自室には鍵はない。だから簡単に扉を開けることはできる。
 凛は鈴音に確認を取るが、やはり返答はなく、凛が鈴音の自室に入ると――――。

「こーちゃん! 鈴音が、部屋にいない!」

「なに!?」

 俺は凛に呼ばれて鈴音の部屋に入る。
 鈴音の部屋はしっかり整頓されていて床にゴミ1つ散らばっていない。俺の部屋とは段違いだ。
 と、そんな部屋の感想を言っている場合じゃなくて、確かに部屋内に鈴音はいなかった。
 
「買い物でも行っているのか?」

「いや、スマホや財布があるからそれは無いと思う……」

 ベットの上には充電コードが繋がっているスマホ、机の上には現金が入った財布が置かれている。
 スマホは兎も角、財布があるって事は買い物の線は薄いか……財布を忘れているんじゃなければ。

「家の中……トイレや風呂とかはどうなんだ?」

 俺が凛に確認をする様に言い、凛が家中を探っている間に、俺は鈴音の部屋を観察する。
 プライバシーの問題や年頃の娘って所で気が引けるが、クローゼットやベットの下など、隠れられる場所に目を通すが、やはり鈴音はいなかった。
 家中を探す凛から報告が無いって事は、鈴音はこの家にいない可能性がある。
 俺達がリビングで話している間に家を出たか? 
 この家の玄関は重い金属製で錆びついている。この家に来た時にも思ったが、ゆっくり閉めても誰かが扉を開けたってのは分かってしまう。だが、そんな音は一切無かった。

 部屋を観察する俺だが、1つ気になる点を見つけた。それは余りにも目立つから逆に後回しにしていたが、

「部屋の窓が開いている?」

 鈴音の部屋には四角窓がある。その窓が完全に開かれていて、カーテンが風に煽られて舞っている。
 俺は窓から外に顔を出す。
 
 凛たちが住んでいる場所は4階建てマンションの2階。
 …………おい、まさか、な?

 俺は下が土の地面を目を凝らして見ると……地面に誰かが着地した足跡があった。
 いやいやいや、ここは2階だが中々の高さがあるぞ? だが、決して降りれない程でもない。勇気と着地技術があれば全然飛び降りれる高さだが……そんな行動力が、って。鈴音ならやりかねない!

「おい凛!」

 俺は家中を探す凛を大声で呼ぶ。凛は驚きながら鈴音の部屋に戻って来る。
 そして俺は下にある足跡などで立てた推測を凛に話すと、凛は血相を掻いた後、俺と同伴して1階の住人に確認を取りに行く。運良く住人である主婦が居て

「そう言えば……さっき外から何か音はしたけど……」

 と言ったから、俺の推測は間違ってなかった。
 俺は呆れの限界値到達に苦笑いが止まらず、だが俺は叫ばずにいられなかった。

「あの不良娘! また家出をしやがったなぁあああ!」

 主婦の人から聞いた話だと、着地音が聞こえたのは丁度俺が家に到着した頃。
 つまり鈴音は、俺と顔を合わせるのは気まずいと思って、玄関を通らずに窓から飛び降りたってことか! 怪我したらどうするんだよあの馬鹿娘!

「クソっ! スマホを家に忘れてるからして、相当慌てて家を飛び出したんだな。凛! 直ぐに探すぞ! 時間的にそう遠くに行ってないはずだ! 今回は財布も忘れてるし、交通機関も使えてないからな!」

「分かった! もう! 本当にごめんねこーちゃん! 親子共々こーちゃんに迷惑をかけて!」

「本当だよ全くよ!……だが、家族になろうとしているんだから、これぐらいのトラブルは覚悟は承知だ! けど、出来る事なら今回限りで頼むぞ、マジで!」

 俺と凛は決めつけであるが、家出少女を探す為に二手に別れる事にした。
 鈴音を発見したら直ぐに携帯で連絡する。本当に手間のかかる娘だよ、アイツは!
 凛も、最初に鈴音が家出した時、こんな気持ちだったのかよ……。なら、本当に凛と再会した時に鈴音の事を話さなかった事が、今になって罪悪感が芽生えるぜ!

「鈴音! 鈴音! 何処にいやがるんだ!」

 人目も憚らず、俺は大声で鈴音の名を呼ぶが、当たり前か返答などはない。
 街道を走りながら捜索するが、手掛かり1つない。

「チクショウ。本当に何処に行きやがったんだアイツは…………ん?」

 鈴音を探す俺だが、1人の人物に目が止まった。
 道路を挟んだ反対側の歩道を歩く見窄らしい男性。
 服は汚れに汚れ、不精髭を伸ばし、何かに縋る様な目。その男の横顔にアイツの影を重ねた。
 だが俺が知るアイツは、爽やかなイケメンだから似ても似つかないのに……他人の空似か?

「…………そんなことはどうでもいいか。鈴音! 鈴音! 俺の声が聞こえたら返事しろ! 鈴音!」

 俺は、後ろ髪を引かれる様な僅かな不安を持ちながら、家出した不良娘の捜索を再開する。
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